海洋冒険小説の家

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(12)公家衆は堺に乗り込んで・・・

    (12)
 商人チームの装束は侍烏帽子(注1)に色鮮やかな小素襖(こすおう)を着て、カルサン(注2)をはき、鹿の皮で出来た行縢(むかばき)をはいた。一人を除いて。乗馬靴は物射沓(ものいぐつ)という鞣革(なめしがわ)製の深い靴である。まあ、現代風にいえば、ブーツというところか。左手は手綱、右手には榊の木で作られた毬杖(注3)を持つ。榊の木は天秤棒などに使われていてしなやかで強い。この毬杖もそれぞれが趣向を凝らして、色々な色で塗り分けられていた。道具に凝るのは、昔から続く日本人の特性らしい。堺には打毬の道具を扱う専門店も出来ている。
 公家チームは立烏帽子(注4)に美しく上品な狩衣(かりぎぬ)に、浅葱色(あさぎいろ)や紺地に金の八藤の文様を浮き立たせた指貫(さしぬき)の袴、そして行縢に物射沓という、まあ、なんともいえぬその姿の華麗で美しいこと。
 商人側は赤、公家側は白の布を腰に巻きつけて識別できるようにしていた。
 突然、法螺貝(ほらがい)の空気を切り裂くような音がりょうりょうと鳴り響いた。次郎丸はいよいよ試合が始まるのだ、と気持ちが高まってきた。急いで自分の座るべき場所を探した。南北に長い毬技場の東の斜面の真ん中に南海丸の鯨の旗が立っていた。あちこちに屋号や紋所の入った旗が立ち並び、それはそれで壮観なみものだった。鯨の旗の下には南海丸の乗組員やその家族、店の女主人・瀧と使用人、河内の六兵衛、小町の源左に高田の将監など、船足軽の面々がはや座っていた。もう、酒もでて、料理もつまんでいた。
 「おーい、次郎、こっちやで~~」
 舵取りの熊の十蔵が髭だらけの顔に大口を開けて熊のような大声で吼えた。次郎丸は手を振って合図した。本当は名前は次郎丸なのだが、一航海終えて、みんなは元服したみたいに一人前に扱ってくれていて、丸を省略してくれているのだ。この、気遣いは本当に嬉しかった。まだ、十二歳の自分なのに。これは、甲比丹もそうなのだった。次郎丸は走って行った。
 「どや、腹へったんとちゃうか」
 十蔵が顔をのぞきこんで聞く。
 「腹へった~と、顔にかいとるわ」
 六兵衛がニヤニヤして言った。みんなはどっと笑った。
 しかし、腹がへっているのはどうしようもなく、瀧の差し出した籠に山盛りの饅頭をさっそくひっつかんでかぶりついた。がつがつと食べた。
 それをみて船頭の首無しの吉兵衛が無い首をいっそうすくめて酒を飲みながら、
 「くいもんどこにも逃げていけへんのやから、ゆっくり食べや」
 と言って、いたずらっぽい笑顔でからかうように言う。それで、また皆は笑った。次郎丸はもう誰に何を言われようが、とにかく、早く、はらを一杯にしたいのだった。
                        (続く)
[注1=さむらいえぼし、先の折れた烏帽子、注2=ポルトガル風のズボン、注3=ぎっちょう、匙=さじ=ともいう、ゴルフのパターのような形のスティック、注4=たてえぼし、先が丸く立った烏帽子]



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