ひとくちいなり

ひとくちいなり

桜~福山城~

3大桜 と呼ばれる名木がある

☆雨宿
雨宿1
なんかね。この写真じゃ分かりにくいけど横にこう…伸びてるんですね。

城の北東石垣にある「雨宿」
白いさくら
雨宿2
白い八重桜
品があって華やかです

☆蝦夷霞桜
龍雲院
蝦夷霞桜1
そんなに大きな桜ではないものの、ひっそりと咲いてます。

蝦夷霞桜2

☆しろたんぽぽ
白蒲公英
南の方では白い蒲公英は珍しくないらしいが、ここ北海道では松前だけに咲くそうだ。
そういえば蒲公英、たくさん咲いてるけどみんな黄色いよ。
ここだけ白い。

☆血脈桜
光善寺の血脈桜(けちみゃくざくら)
血脈桜1
これはまた豪華な咲きっぷりです。

血脈桜2

血脈桜とはまたなんて名前が付いてるんだろうと思ったら、案の定伝説がありました。

その1
今から二百数十年前、松前城下の生符町(いげっぷ、現在の大磯)に柳本伝八と言う鍛冶屋がいました。
若い頃から上方見物を夢見て一生懸命働いていました。
やがて跡取り息子が、家業を継ぎ永年の上方見物の夢がかなうことになり、娘の静江を伴って松前を船出しました。
江戸、お伊勢参り、京都の名所旧跡を訪ね百万遍知恩寺松前光善寺の本山では、先祖の供養にお経を上げてもらいました。
奈良を巡り吉野山に着いた二人は山を彩る桜の美しさに魅せられ、しばらく宿をとることにしました。
宿の近くには尼寺があり、若い庵主と静江はたいそう仲良しになりました。
やがて松前への帰郷の日、名残を惜しんで、若い尼僧は一本の桜の苗木を静江に手渡したのです。
松前に帰った親娘は菩提寺である光善寺の前庭に植えてもらいました。
桜は年毎に美しい花を見せ、人々の目を楽しませるようになりました。

へ~。でもなんで「血脈」?
と思ったらその2がありました。

その2
時は流れて伝八も静江ももうこの世にありませんが、桜は大木となりその名花ぶりは松前の評判になっていました。
ある年のこと光善寺では古くなった本堂を建て直すことになりこの桜がどうしても邪魔になり、切り倒しの相談がまとまりました。
切り倒しの前日の夜、住職の枕元に桜模様の着物の美しい娘が現れ、涙を浮かべて「私は明日にも命を失う身でございます。どうか極楽浄土へいけますようにお血脈をお授けください。」と願うのです。
住職は夜も更けており「明朝にしてくれ」というのですが、娘は聞き入れる風もなく、ただ泣くばかりで、やむなく住職は念仏を唱えお祈りし、血脈を与えたのです。
娘は丁重にお礼を言い住職の前から姿を消しました。
住職には何かしら夢うつつのような出来事でした。
翌朝、ふと切り倒す桜を見上げていると、枝先に何か白いものが結び付けられていました。
近寄ってみた住職は、一瞬声をのんでしまいました。
なんと昨夜あの娘に与えた「血脈」ではありませんか。
「そうか昨夜のあの娘はこの桜の精だったのか」直ちに桜を切り倒すのは取りやめ、盛大な供養をしました。
本堂改築の縄張りも変えられました。
明治36年2月6日光善寺が火災で焼失した時、幹が焼けましたが現在の姿に復活したそうです。

ちなみに「血脈」というのは「在家の受戒者に授ける法門相承の系譜。死後、棺におさめる。」ものらしい。
そんなのが欲しかったのか?
しかも、桜を切らずに本道改築できるんじゃん!と突っ込んだのは私だけ…?

☆福山城の桜
福山城はまさに桜満開状態。
でもここの桜は種類が凄くたくさんあって、一ヶ月くらいにわたり様々な桜が咲き誇るそうだ。
この時期一番咲いていたのはこの白い桜、「雨宿」と
雨宿3

「南殿」
白とピンクが一緒に咲いているぅ~。
福山城

この白い桜は花びらで散らずにそのまま散る様で、地に咲く蒲公英たちに混ざって、まるで咲いているようにそこここに落ちている
たんぽぽとさくら

さくらに気をとられていると、足元にはたんぽぽ。
これも凄い
たんぽぽ

桜に負けじともくれんが今にも咲きそう。
もくれん

天守閣には桜が似合う
福山城桜

福山城桜2



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