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やすじ2004 @ Re:「長慶子」を残した藤原実資。(06/30) こんにちは、お疲れ様です 湿気が高かった…
2024.04.25
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カテゴリ: カテゴリ未分類

厄介な人達だと心の中で溜め息をつきながら、
次の部屋を見る。何だか様子がおかしいので、電
灯をベッドの方へあててみると、ベッドの上には
誰ひとりとして寝ていない。


キョロキョロと見回すのを、男達はベッドの下か
ら笑ったりした。若いエネルギーを抑制されてい
る患者達は、時々、卑猥なことを言って、三枝子
の顔が赤くなるのを喜んだ。


永井という男は、彼らとは別の人種であった。派
手なところのないことが、一層、三枝子の目につ
いた。
顔色も蒼く、頬骨の出た彼であったが、その清潔
な眼の輝きは、結核菌に侵されている病人とは思
われないほど、美しかった。


彼の眼を長く見つめることは、三枝子には出来な
かった。三枝子よりも三月ほど前にこの療養所に
来ていたことや、自分と同い歳であることが、カ
ルテから知れた。


 そんな或る日のことであった。三枝子は源さん
達から、女の秘密の日をあてられてしまった。そ
の場はなんとか繕ったものの、後から恥ずかしさ
と悔しさとが、一度にこみ上げて来た。


気づいた時には、かなかなの鳴く、杉の木立の下
に来て、溢れる涙を細い指で拭っていた。

・・・・あんまりだわ!ひどすぎるわ!・・・・
何度、そう口に出して言ったか知れない。

「山野さん、どうかしたのですか?」

と尋ねる声がした。誰だか判らないが、まさか涙
でヨレヨレになってしまった顔を、男性に見せる
訳にはいかない。杉の木に尚更もたれるようにし
て、しゃくり上げた。

「どんなことを、皆が言ったか知りませんが、そ
れは貴女に対する甘えなんですよ。どれほど貴女
の評判が良いか知れません。可愛いて言ってます。

貴女への悪戯、それは一つの挨拶なんです。それ
を軽く受け流して、乗り越えてごらんなさい。き
っと楽しい勤務に変ります。まるで、みんな、子
供のように従順になってしまいます。」

その忠告者が立ち去るのを感じながら、三枝子は、
そうっと指の間から、その後姿を追った。見覚え
のある、大切な後姿であった。

永井はすべてを知っていたのかも知れない。いや、
偶然に彼女を見つけたのかも知れない。いずれに
せよ、彼は三枝子の日頃の悩みに気づいていたの
だ。

振り向きもしないで、小さく消えていく彼の後姿
を三枝子はいつまでも見送っていた。





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Last updated  2024.04.25 07:57:28
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