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11月になると急に寒くなるという予報に今のうちにと、こたつやストーブの用意。ホットカーペットもすぐに出せるようにしてある。その前に、冷房のフィルターもきれいに洗って乾かし、セットしてある。ジャケットやセーター、靴下、コートもいつ寒くなってもOK!!毛布もしっかりスタンバイ。冬を待つ冬支度。季節の変わり目を感じていいなと思う。■□■10月の書き残したネタ帳■□■*中之島エリア=ダイビル。*西船場エリア=山内ビル、リストランテ・サリーレ、船場ビル、江戸堀コダマビル、日本基督教団大阪教会、ダコタハウス、菅沢眼科クリニック、京町ビル、安田ビル、崎山ビル。■□■これまでのネタ帳■□■*能登半島・羽咋(はくい)と松本清張「ゼロの焦点」*能登・七尾線*こんなものいらない:なぎさドライブウエイ*石川県の松:松くい虫・黒松の育ち方*消える砂浜(年間1m~1.5m)*アサリ採り*朝の散歩で見たものは:ごみ、貝、そして北から来るもの・・・。*娘レイの引越し。*カヌー体験*カワウ*小幡デコ*選挙と消費税*「ナラタージュ」*友人とメール:派遣*住宅政策*体調の不安*花に恨みはないけれど:桜だらけ*四国紀行*古いまち並みで思う、いらない飾り*高知城で知る危機管理*京都府・舞鶴市の倉庫郡*舞鶴引き上げ記念館*朝鮮帰国船事故*梅の古木*日野*平凡な地名*古い地名*大根のクビ*日野の観光協会*ホエール・ウオッチング*京都ネタ*高級ホテル(高級はくせになる。朝食)*孫と遊ぶ(百人一首、その後の「桃太郎」の妄想)*オバマ大統領誕生*今年の目標、去年の目標。*茨木のり子の詩「鶴」■□■2009.10月に見た映画■□■45■空気人形■10.1046■キッチン~3人のレシピ~■10.1047■私の中のあなた■10.1148■ディア・ドクター■10.2249■パンドラの匣■10.2250■パイレーツ・ロック■10.2851■マイケル・ジャクソン THIS IS IT■10.29・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月31日*「鎮守の森」考/ハロウィンといのこ *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.31
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■マイケル・ジャクソン THIS IS IT:あらすじ■誰も見たことのない彼に会える。「This is it」――。誰にも真似できない、唯一無二の音楽スタイルを築きあげたキング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソン。この地球上で最も天才的なパフォーマーでありシンガーソングライターと言っても過言ではありません。この映画では、彼がいかにあらゆる面にこだわり、いかに完ぺき主義者だったかも見せています。2009年6月25日に急逝したマイケル・ジャクソンが遺した、ロンドンで実施予定だったコンサート“THIS IS IT”の何百時間にも及ぶリハーサルとビハインド・ザ・シーンの映像。いまだ謎の残るその死の直前まで、マイケルが行っていた猛特訓風景とその素顔を収めた貴重な映像の数々を基に構成され、あたかも観客が実現されなかったロンドンコンサートの最前列にいるかのような臨場感を味わえる。幻のコンサートがいまスクリーンで実現する――。 スーパースター、マイケル・ジャクソンは、50歳。40年以上、この世界にいた。けれども私が知っているのは、整形手術や「ネバーランド」と名づけた家での生活など黒い部分。そんなスキャンダルまみれの彼しか知らなかった。しかし、死後、いろんな特集を見て、ビックリした。こんなにスゴイ人だったとは・・・。「.We Are The World 」や「スリラー」の曲とダンス。彼の代名詞のようなムーンウォークなどなど。考えてみれば彼の曲やパフォーマンスは、誰でもが知っているものばかりだ。映画をみて、彼の偉大さを改めて感じた。音の長さや強さなど細かいところまで、スタッフに指示していた。そのスタッフは、世界中からオーディションで選ばれた人たちばかり。マイケルの半分の年齢の若い人たちばかりだ。みんなマイケルと同じ舞台に立てることに感激していた。マイケルは、環境問題にも強い思いを持っていた。ロンドン公演でも環境をテーマにした曲が歌われるはずだった。「 THIS IS IT」という映画のタイトルは、「いよいよだ」というような意味がある。それと同時に、「今がその時だ」という意味も。地球が壊れそうだ。今やらないと地球は本当に壊れてしまう。今やらないと取り返しがつかなくなる。「今がその時だ」この映画はマイケル・ジャクソンのラストメッセージなのかもしれない。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月29日*ヤッコメ *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.29
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■パイレーツ・ロック:あらすじ■♪音が出ます。スウィッチを入れたら君はもうひとりじゃない。1966年、イギリス。政府がジャズ音楽を推奨し、BBCラジオでは週に2時間しかロック音楽が流れなかった時代。海賊ラジオは公海から毎日24時間、四六時中、ロック&ポップ音楽を提供し、国民の半分以上から熱い支持を集めていた。更正のために船へやってきた青年と仲間たちの姿を描くドラマ。この船上を舞台に、60年代の若者たちのロマンス、そして音楽を描いたロックコメディ。 公式サイトを開くと、いきなり、「ダンス天国」が!!懐かしいあの時代の曲を聴きに、団塊の世代がわんさかとやってくるかと、ヒヤヒヤして映画館に行ったが、半分も埋まっていなかった。ほっとするような、残念なような・・・。私は1966年当時、十代だったのだが、いなかに住んでいたので、遠い国の音楽には、縁のない生活だった。そんな私でも、映画の中では、「あれ、知ってる」という曲がいっぱい流れている。最近では、イヤホーンでひとりで聴くというスタイルが多い。けれども、1960年代は、音楽を聴くにはラジオだった。唯一のラジオに対する思いは、今の若者には分からないだろう。1960年代は、ラジオの幸せな時代だった。それにしても海賊ラジオを潰そうとする、政府のやり方のきたないこと。ロックは、抑圧された若者の叫びというけれど、政府に抑圧されるとは、なんという、いい時代だとも言える。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月28日*雨の名前:凄雨(せいう)*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.28
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今すぐスタート!地球のためにできる30のこと:その18■移動手段は車より電車を選ぶ。いつも好きなときに、好きなところに移動できるクルマには魅力がいっぱい。でも電車が縦横に走っている都会や、混雑する時期の旅行なら、電車を選ぶのも賢い選択のひとつ。渋滞に巻き込まれてイライラすることも少ないし、移動するだけで疲れることもない。もちろん、渋滞のときにクルマが少しも進まないのに、二酸化炭素をたくさん出す、という悪循環も防げる。一人旅なら、クルマより電車の方が素敵な出会いも期待できそう。***環境問題を意識した生活を送る、と考えるとなんだか難しそう。でも本当は、頭で考えるよりずっと簡単なことばかり。今すぐできる小さなアクションから地球を守ろう!「エル」エコ特集より■地球にできる30のこと■ 関西は鉄道が充実している。大阪の梅田から神戸に行こうとすると阪神、阪急それにJRと自分の好みで行ける。京都にも阪急、京阪、JRと選べる。それに比べて、地方はJRしかない。それが廃線になったりすると、車を運転できない人間は「交通難民」になってしまう。車を使うより、電車などの方がCO2を出さないと分かっているのに、なぜ鳩山内閣は、高速道路を無料にするというのか?今、必要なのは、高速道路無料化ではなく、老人や子どもなど車を運転出来ない人に対する援助だ。赤字の地方路線やフェリー(これも島など、地方とつながる)などの公的援助だと思う。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月27日*伝説の少女漫画「マキの口笛」 *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.27
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よく耳にするけど一度としてみたことのないものたち、あります。[堪忍袋の緒]、[転ばぬ先の杖]、[左うちわ]、[舌鼓]、あります。「ないもの、あります」 クラフト・エヴィング商会・著2月1日に入院した父を見舞ったのが2月3日。見舞いの品が、チュウリップの花と、この「ないもの、あります」という本。実際には、存在しないが、よく聞く言葉を商品カタログのように紹介した本。軽妙な文とイラストでかいてある.[相槌]、[思う壷]、[目から落ちたうろこ]、[おかんむり]???、おもしろすぎる。この本で、父を笑わせよう。[一筋縄]、[大風呂敷]も笑うだろうな。きっと、元気になって、この本をネタに笑う日が来るだろう。そう思っていた。妹と一緒に病院に着くと、「起こしてくれ」と父。ベッドの上に起きたので、さっそく、私は、この本を取り出して、見せた。「おもしろいよ。[助け舟]に「[金字塔]・・・。それから、こんなんもあるよ。[冥土の土産]。」父は、弱々しく笑った。読むのは、ムリだなと持って帰った。その後、2日ほどは、新聞も読んだと言う。 この本から23日後に父は死んだ。「ないもの、あります」。父が元気だったら、きっと、喜んだろう本。父は、[語り草]になってしまった。■2002.10.26・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月26日*父の麦わら帽子:目次*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.26
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先日、テレビを見ていたら、自民党の石破茂(いしば しげる)氏が出ていた。彼は出身地の鳥取県に出かけて愛想を振りまいていた。彼の後援会らしき人との会話があった。後援会の人「民主党は、よくやってる。特に、官僚に対しては、きっちりとモノを言ってる。自民党とはえらい違いだ」石破茂氏「そりゃあ、自民党の大臣は、内容をよく知った人じゃないもの。官僚に対してモノが言えないわけですよ。」私は関係ないけどと言わんばかりの石破氏の言葉を聞いていて、腹立たしかった。それって車のことをよく知らない人が運転しているようなもの。パイロットでない人が飛行機の操縦かんを握っていたようなもの。大臣じゃなくても、なんでこんな人が国民の代表?と思う人が沢山いる。そりゃあ、変な方に行くは、日本は・・・。そんな無能な人に大金を払うなんて、おかしい。もう、無能な議員なんていらない!!■落選した無能っぽい元議員たち。■■石原 宏高父親が石原慎太郎。親の七光りは、通じなかった。■井脇 ノブ子ピンクスーツのけったいな人。なんで出たの?出したの?■杉村太蔵2005年、当選直後のインタビューで「早く料亭に行きたい」、「BMWに乗りたい」などアホ度全開だった。■こんなものいらない:花だけ■■こんなものいらない!:乾燥剤■■こんなものいらない:ベビーバス ■■こんなものいらない :電気ポット ■■こんなものいらない!:温水洗浄トイレ ■■こんなもの要らない:パソコンのキーボード ■■こんなものいらない:ご飯のしゃもじと洗剤のスプーン ■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月25日*「霜降」だけど・・・。/サルビア歳時記:10月の季語 *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.25
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■パンドラの匣:あらすじ■♪音が出ます。死と恋と自分結核を患う少年・ひばり(染谷将太)は終戦を機に、「健康道場」と称する風変わりな療養所に入所する。そこで出会う、気まぐれな看護婦・マア坊(仲里依紗)と、美人婦長の竹さん(川上未映子)、おかしな療養者たちとの日々。やがてひばりは生きる活力を取り戻していく――。生誕100周年となる太宰治の同名小説の映画化。療養所の日々の中で少年に芽生えていく恋心と希望をユーモアたっぷりに描く。 今年は太宰治の生誕100年ということで2つの映画が上映されている。ひとつは、「『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~」ともうひとつが、「パンドラの匣」。 なぜ「パンドラの匣」を選んだのかというと太宰治の一番ポップな青春小説、キラキラとあざやかに完全映画化!というコピーにひかれたから。ポップといっても時代は終戦直後。レトロ感満載なのだ。主人公の少年は、結核を患っている。当時、結核は、死の病。病気を治す「健康道場」に向かうバスには、車掌さんがレトロ・・・。健康道場で知り合った、つくし(窪塚洋介)の頭には鳥打帽でレトロ。(窪塚洋介、久しぶり。「GO」、「ピンポン」などで大好きだったのに最近見なかった。)患者も看護婦(?)も下駄や草履をはいている。喋ることも古く、「がんばれよ!」と言うと「よしきた!」という返事。こんなにも昭和20年って古い時代ですか?と思わず言うくらいに古いというかレトロ感漂う映画だった。面白いのは、皆があだ名で呼び合うこと。ひばり、竹さん、つくし、かっぽれ・・・。ハンドルネームみたいだ。ふと気がついてみると、もう昔の僕ではなかった。新しい男に、生まれ変わったのだ。終戦で、去年まで、いや昨日までの価値観が変わった。新しい箱を開けたけれど、そこには、どんな喜びと希望と失望と悲しみが待っているのだろうか?今、自民党から民主党に政権が変わって、新しい箱の蓋を開けた私たちの気持ちにも似て・・・。いや、それどころの騒ぎではないほど、終戦というのは、大変革だった。「パンドラの匣」というタイトルは終戦直後の日本人をあらわしたのかもしれない。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月23日*道頓堀ダイブ /トリビアの井戸:道普請 *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.24
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■ディア・ドクター:あらすじ■♪音が出ます。その嘘は、罪ですか。街まで車で2時間もかかる僻村にやって来た、医大を出たばかりの相馬(瑛太)。研修医として赴任してきた彼を待っていたのは、看護師と一緒に診療所を切り回している、物腰の柔らかそうな中年医師、伊野(笑福亭鶴瓶)。数年前、長く無医村だったこの地にふらりとやってきたこの医者は、高血圧から心臓蘇生、地方老人の話し相手まで、様々な病を一手に受け、村人から絶大な信頼を寄せられていた。そんなある日、伊野の元にかづ子という独り暮らしの未亡人が診察にやってくる。ずっと診療所を避けていた彼女だったが、次第に伊野に心を開き始める。そして、彼女の診療を通じ、伊野が隠していた意外な素顔が浮かび上がってくる――。笑福亭鶴瓶が映画初主演を果たした、『ゆれる』の西川美和監督の最新作。♪緑の中を走り抜けてく、真っ赤なポルシェ~~という歌がふと浮かぶ映画だった。(古)医大を出たばかりの、ボンボン医師・相馬(瑛太)が真っ赤なオープンカーで走るのは、緑の田んぼ。田んぼの美しさが際立った。映画の始まり、曲で言えば、イントロの部分には、闇の中の棚田を、走るバイクが目を奪う。植えられたばかりの棚田の優しげな景色。ザワザワと揺れる田んぼは、これから何かよくないことが起こる前兆のような感じ。稲穂がついて時間が過ぎたのをあらわしている。田んぼのある景色は美しいと思った。瑛太の真っ赤なオープンカーが緑の中でアクセントになっている。この映画、見ようかどうしようかと迷っている間に終わった。ただ今、アンコール上映中。映画の最初の方で食べ物を喉に詰めて、死にそうになる老人がいた。高橋昌也というらしい。この人、■空気人形■にも出ていたが、今回も父にそっくりだと思った。見ながら思ったことがある。それは、2人の老女。一人は、これでもかというくらいに、部屋にモノを置いたり飾ったりしている。もうひとりは八千草薫演じる老女。部屋で目についたのは、古い足踏みミシンくらい。整然としている。私も、整然とした、八千草薫のようにありたいものだが・・・。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月23日*道頓堀ダイブ /トリビアの井戸:道普請 *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.23
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天地 はるな様そう、はるなさんと私は「緑の糸」で結ばれていたのです。今までいろんな色の糸で結ばれていた人はいたのですが、赤い糸を緑の糸を持った人には、なかなか出会えなかったのです。今の私はシアワセ者です。里山保全の会に出会えて沢山の気づきがあったのですから。「自然保護」だなんだかんだと言って、自分の身近にある自然に目を向けていなかった、おばかさんな私。でも今は、悲観することもなく、現実を見つめ、その中で自分が何をしていけばいいのか、何をしたいのか、何をしたいのかという方向性が見出せてきたので、とてもらくちんです。俗に言う「雑草」で花束を作ったり、かぼちゃでプリンを作ったり、ハーブをお風呂に浮かべたり、草刈りしたり・・・。 はるなさんもご存知の「私の部屋ビズ」という、みどりもんの雑誌が好きで、定期購読しているのですが、今年の夏の号に「ヘルマン・ヘッセ」という作家の紹介がなされていました。ドイツ最大の抒情詩人らしいのですが、お恥ずかしいことに私は全く知らなくて・・・。彼の絵と詩が載っていたのですが、すっかりファンになってしまいました。この夏、大阪のどこかのデパートで「ヘルマン・ヘッセ展」が開催されていたようなのですが、全く気づかず残念なことをしました。本もいくつか出版されていて「車輪の下」なんかが有名らしいのです。最近「庭仕事の愉しみ」という本が出版されたとのこと。さっそく購入して読みました。この本は、なんと「ベストセラー」に入ってるそうです。今、ガーデニングが流行りなので売れ筋らしいけど、このまま定着してくれたらいいのになー。 私は思うのです。一人で環境を守ろうと熱くなるのもいいんだけど、人とのつながりが、とても大切だと思うのです。いくら、これはいいことだと熱くなってみても、誰も賛同がなければ折角の熱い心がもったいないもの。だから、流行のガーデニングでも、なんでもかんでも、それが「自然」を考えるきっかけになったら言うことなし!だと思うのです。たった1人が10のことをするより、10人がたった2のことをする力のほうが、はるかに大きいのですから・・・。・・・ということで「楽しく生活することが一番やで」と悟った私は、軟弱な遥スタイルを確立し??、継続していくことに決めたのです。そうすると不思議なことに、こんな私でも「感性」が豊かになってきたような気がして、いろんな発想をしだすようになったのです。「台風は、なぜ起こるのかではなく何のために起こるのか」とか、「葉っぱは、なぜその色と形を選んだのか?それは、その葉っぱが、おしゃれだと思ったからなのか」などと、聞いていたら「???」と思われる人が多いでしょうが、真剣に考えるようになったきたのです。あー、また変わりモノ扱いされるだろうけど楽しい! 最近、農業にハマっていて「**農場」に行くことが多くなったきたのですが畑で取れたものを料理してみんなで食べるのって、とても楽しいし、美味しいのです。先日も行って「トマトバジルのサラダ」、「モロヘイヤのおひたし」、「野菜のピッツア」、「かぼちゃといんげんのバターソテー」、「トマトソースの野菜スパゲッティ」、「かぼちゃのプリン」、「バナナケーキ」など、みんなで作って食べたのですが、美味しかったのなんのって。家の狭くて暗い台所と違って料理することが楽しいこと。また次回も行くぞーと意気込んでいるのです。こんなことばかりして遊んでいるのですが、今のところ、これが私のぴったりなのです。 浜辺 遥◆おしゃれ手紙◆は以前、公開往復書簡として書いたものです。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月21日*「昭和恋々」:七輪 /柿の木あれこれ*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.21
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9月10日にイギリスに旅たった次女のレイ。いろんなモノを持っていったり送ったりしたけれど、私が持たせたかったものがある。「ジェイン・エア」と「十五少年漂流記」だ。子どもの頃から何度となく読み返した「十五少年漂流記」をもう一度、読み返した。 休暇で、楽しい6週間の船旅に出たはずの、8歳から14歳までの15人の少年。だが、彼らが乗った帆船スルギ号は、荒れ狂う嵐のために、2週間ものあいだ、太平洋のまっただ中を吹き流されていく。マストは折れ、帆がちぎれた。それでも、少年たちは舵を握り、大波と戦うのだった。朝、空が白みはじめ、突然、ひとりが叫んだ。「陸地だぞ」。漂着した地は無人島だった。彼らは力を合わせて生き抜かなければならない。島を何度も探検して地名をつけながら、いかだや住まいを作った。釣りや猟をし、リーダーを選び、争いを克服して、みんなで助け合った。だが、ある日、思わぬ出来事が…フランス、イギリスをはじめ、世界各国で愛読されてきた、血湧き肉躍る、冒険小説の傑作。 小さい頃から何度となく読み、憧れ続けた無人島生活。でも、まったくのひとりというのは、いやで、15人くらいいれば楽しいだろうなと何度も想像した。しかし大人になってよく分かった。私は、ドノバンのように狩が出来ない(鉄砲など撃てない)。バクスターのように器用に大工仕事が出来ない。ブリアンのような勇気もないし、ゴードンのように冷静でもない。モコのように船を操ったり、15人分の食事も作れない。いや、少年たち、ひとりひとりだったら生きていけないのだ。15人が力を合わせたから、過酷な自然とも闘えたし、大人の悪人を相手に闘えも出来たのだ。「十五少年漂流記」の原題は「A Two Years, Vacation」。2年間をイギリスで過す、レイには、「十五少年漂流記」を読んで欲しい。そして、人間はひとりでは生きられないということを分かって欲しいのだ。■イギリスで手ぬぐいを ■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月19日*トリビアの井戸:運動会と綱引き /公園づくりの仲間になって下さい!*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.19
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日本で一番モダンな街、モダンな人々、モダンな建築・・・。かつて、人々はその街を「大大阪(だいおおさか)」と呼んだ。それは世界と肩を並べた戦前の大阪。Since 1925・・・。大阪は日本で一番大きな市域となるとともに、一番大きな人口を抱え、経済、文化、芸術そしてモダン建築が花開いた。あれから80余年、再び大阪に残るモダン建築が脚光を浴びている。決して観光資源として注目されてきたわけじゃなかったモダン建築郡が、街の誇りとして、そして未来へ引き継ぐ財産として。大大阪モダン建築には当時の濃密な空気が宿っている。それは当時とびきりの最先端ビルヂングだったのだ。さあ、本書を片手に大大阪の街に出よう!輝きの原点。大阪モダンストリートを歩く。 ■大大阪を見つめたダイビルが■が壊されると知って友人に即、電話。それなら、いっそ、ダイビルあたりのレトロビルをまとめてみて廻ろう。10月14日、さっそく見に行くことに行って来た。そんな時のガイドブックはないものかと、探したがなかなかない。これが京都だったら、いろんなガイドブックが揃っているのに、大阪だと、「うまいもん」「コテコテ」がキーワードのガイドブックばっかり。(ノД`)そんな中で「大大阪のモダン建築」は、大阪のガイドブックとして最高!!大大阪と呼ばれた頃の、大阪の背景や個別のビルの解説、使われていた頃の持ち主の話などが写真と共に掲載さえている。もちろん、住所や建築年、設計者など基本的なことも載っている。エリアごとになっていて、地図もある。今回行って写真を撮ったのは、次のビル。■中之島エリアダイビル。■西船場エリア山内ビル、リストランテ・サリーレ、船場ビル、江戸堀コダマビル、日本基督教団大阪教会、ダコタハウス、菅沢眼科クリニック、京町ビル、安田ビル、崎山ビル、これら歴史のある美しい建築がいつまでも残って欲しいものだ。次回は北浜方面に行く予定をして分かれた。■おまけ■「乙女の大阪」もいいかも。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月17日*父の麦わら帽子:ドンゴロスいっぱいの松茸/宵越しの茶は飲むな*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.17
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■私の中のあなた:あらすじ■もう姉のドナーにはならない。11歳のアナ(アビゲイル・ブレスリン)は、白血病を患う姉・ケイトに臓器を提供するドナーとして、遺伝子操作によって生まれたデザインベイビーだった。彼女は、輸血や骨髄移植など様々な犠牲を強いられてきたが、ケイトの病状は一進一退。両親は遂に腎臓移植を決意するが、アナはこれを拒み、弁護士を雇い訴訟を起こす。「自分の身体は自分で守りたい」と両親を訴えるアナ。ケイトを最優先に考え、アナに迫る母親(キャメロン・ディアス)、何も出来ない父親、非行に走る兄、そしてアナの協力がなければ死んでしまう姉。アナと家族の戦いが始まった――。実話を基に著したベストセラー「わたしのなかのあなた」を原作にしたヒューマン・ドラマ。妹のアナの心と体を傷つけてまでも、白血病の姉を救う必要があるのだろうか?私はないと思う。臓器移植という救い方があるために、東南アジアなどでは、まったく見も知らない人に臓器を売るとう商売まであるそうだ。臓器を売る人は、貧しく、買う人は豊かな人だけという図式は、全く不平等だ。臓器を買ってまで、延命したからといって、その人は本当に健康に一生を終えることが出来るのだろうか?そのあたりが気になるから、臓器移植については、前向きになれない。臓器を提供するドナーとして、遺伝子操作によって生まれたデザインベイビーがいるというのは、映画だけの話だろうか?それとも、現実にそんなことが行われているのだろうか?恐ろしいほどに医学は発達している。けれども、子どもを助けたいと思う母親(キャメロン・ディアス)の気持ちや、家族の気持ちは分かる。また、そんな中、臓器提供を拒むアナの気持ちと本当の理由が分かって、涙が止まらない映画だった。( ̄― ̄°)映画のはじめの方にシャボン玉とトランポリンをするアナたちの姿がある。BGMにハワイアンの名曲「タイニーバブルス」が流れていた。「タイニーバブルス」とは、小さな泡という意味だとか。映画のちらしにも、シャボン玉をする姉ケイトの姿が。頼りになる父親と弁護士で美人の母親と3人の子ども達。それは幸せそのものの姿だ。姉ケイトの病気さえなければ・・・。幸せは、シャボン玉のようにもろいという暗示なのだろうか?・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月15日*火鉢のある暮し/大阪しぐれ:あもも団子も・・・ *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.15
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■キッチン~3人のレシピ~:あらすじ■彼らだけの愛のレシピ天真爛漫で純粋無垢なモレ(シン・ミナ)はずっと小さい頃から一緒だった年上の旦那様・サンイン(キム・テウ)と幸せな結婚生活を送っていた。だがある日、彼女は忍び込んだ現代アートの展示会で出会った不思議な青年、ドゥレ(チュ・ジフン)と、まぶしい日差しに誘われるように関係を交わしてしまう。そんな中、夫のサンインは会社を辞め、レストランを開くことをモレに打ち明ける。そしてレストランを開くために、サンインはパリ仕込みの天才シェフを連れてくる。その人物こそ、モレが出会ったドゥレだった…。こうして居候することとなったドゥレ、モレとサンインの奇妙な共同生活が始まった――。ドラマ「宮~Love In Palace」で脚光を浴び、人気絶頂のチュ・ジフン主演で贈る、トライアングル・ラブストーリー。 映画の予告編を見て、インテリアをもっと見たいと思って見た映画。韓国の若い夫婦の部屋。といっても、誰もがこんなステキな部屋に住めるわけではないだろう。それに、大手会社をあっさりと辞めるなんてこともないだろう。なんてツッコミは韓国映画にはご法度。それにしても、韓国の家の建具は日本のものに似ている。居候の天才シェフが住む部屋は、畳こそないが、座るスタイル。映画館でもらった絵葉書にうつっている、3人(妻、モレと夫、それに、天才シェフ)は縁側のようなところに座っている。天才シェフ役のドゥレ(チュ・ジフン)が履いているのは、どうみても草履。やっぱり韓国と日本は繋がっているんだな・・・。手垢のついていない若い夫婦の部屋。それが結婚生活を続けるうちに、思い出という名の手垢がつく。きっぱりとした、新鮮な部屋を見て、つくづく羨ましかった。モレの持っていた日傘が欲しいよ~♪天才シェフ役のチュ・ジフンは、■「アンティーク」■にも主演して大人気だそうだ。手にパンフレットとポスターを持った韓流ファンとおぼしき年配の女性が多かった。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月13日*さんまの歌*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.13
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■空気人形:あらすじ■あなたの息で、私のカラダを満たして。古びたアパートで持ち主である秀雄(板尾創路)と暮らす空気人形(ペ・ドゥナ)。ある朝、本来持ってはいけない“心”を持ってしまう。秀雄が仕事に出かけると、洋服を着て、靴を履いて、街へと歩き出す。初めて見る外の世界で、いろいろな人間とすれ違い、つながっていく空気人形。ある日、レンタルビデオ店で働く純一(ARATA)と出会い、その店でアルバイトをすることに。密かに純一に想いを抱く空気人形だったが…。★配役をみると空気人形を演じる女優、ペ・ドゥナを私は、まったく知らなかった。空気人形の持ち主を演じる板尾創路は、関西人なら知っているだろうが、主役という感じではない。心を持った人形が恋をする相手、ARATAは、名前しか知らなかった。もし、人形が今をときめくアイドルや女優だったら、こんなにヒットしなかったかも・・・。いや、ストーリーがしっかりしていれば、小栗旬や松山ケンイチでなくてもいいということだ。そんなことを思わせるほど、素晴らしいストーリーだった。★寂しい人々。空気人形の持ち主、秀雄は、人付き合いがヘタで、人よりも人形を愛している。その上、仕事は、ファミリーレストランの店員。未来のない、今を生きているという感じがする。夜更けの仕事帰りに寄るコンビニでの買い物姿が哀しい。一人暮らしの老人の日向ぼっこ姿(この老人の髪型や髭が父にそっくり)や、ファーストフードを吐くまで食べる人や汚い部屋に住む人・・・。「空っぽ」な人間の姿が人形の姿と共に切なく寂しい。寂しくて、せつなさの残る、いい映画だった。■おまけ■人形といえば、以前、「探偵!ナイトスクープ」で放送された傑作がある。この時は、大笑いした。★マネキンと結婚したい! 間寛平探偵が担当。1997年1月31日放送。以前訪れた造り酒屋で出会ったイケメンのマネキン人形に「フォーマルハウト」と勝手に名付けて恋をしてしまった女性が「彼と結婚したい」と依頼。そのマネキンが保管されているという倉庫で何千体もあるマネキンのなかから見事に対面を果たし、茨木市内のホテルのチャペルで両家(?)の親族が集まり式が挙げられた。その後2005年、フォーマルハウトと半年で破局したこと、その後人間の男性と再婚(無論戸籍上は初婚である)し、子供もいるという事が明らかとなった。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月11日*イチョウのまな板 /月遅れの重陽の節供の宴 *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.11
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今すぐスタート!地球に出来る30のこと:その17■ゴミはきちんと分別 ゴミはそのまま捨てるのは簡単だけれど、ひと手間かけて分けてあげれば、立派な資源に生まれ変わる「ゴミ」も。ドイツやスエーデンでは、ゴミの回収は有料だけれど、分別すれば「ゴミ」ではなく資源になるから、無料で回収してくれる。きちんと分別して回収してもらえば、PETボトルは布に、牛乳パックは再生紙へと、それぞれの素材にあったものへとリサイクルされる。***環境問題を意識した生活を送る、と考えるとなんだか難しそう。でも本当は、頭で考えるよりずっと簡単なことばかり。今すぐできる小さなアクションから地球を守ろう!「エル」エコ特集より■地球にできる30のこと■ 最近どの市町村でもごみ収集の分別が細かくなっているので、台所は分別のためのゴミ箱がいくつか必要ですよね。このゴミ箱は1つで2分別のゴミ収集が可能♪一見、大きいから扱いにくそう。。。と思ってしまいますが、このゴミ箱は底のフックを外すと2つに分かれるので取り外しや持ち運びにもとっても便利。中にはゴミ袋ストッパーが付いていて、袋がずれない上ゴミ箱の外側に袋がはみ出すこともありません♪使い分けに便利な分別表示ステッカー付き! ・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月9日*23456/柿は女の生涯*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.09
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■ダイビルの写真■大正時代末期から昭和初期にかけて、大阪が*“大大阪(ダイオオサカ)”*と呼ばれていたことをご存知だろうか。今でこそ、吉本・たこ焼き・阪神タイガースだけの街と思われている大阪だが、この時期は人口が東京を上回り、文化・芸術・産業の中心としてモボ&モガが闊歩する華やかで活気にあふれていた黄金時代だったらしい。大阪、中ノ島には、そんな時代の多くのレトロビルが残っている。ダイビルもそんな時代を見つめ続けた。1925年(大正14年)竣工のダイビル本社ビル。大正ネオロマネスク様式の重厚なレンガタイルの外装に、正面玄関軒上の「鷲と少女の像」を始めとする、建物内外の浮き彫りの数々。名建築家渡辺節の代表作だ。製図主任は若き日の村野藤吾。構造設計の権威内藤多仲により当時既に耐震設計を施していた点でも画期的!!長年、商都大阪のシンボルとして親しまれていた。それが、まもなく取り壊されるという。専門家の間では重要文化財クラスとされる大正時代の名建築を壊していいものだろうか。大阪府は今、大阪水都というキャッチフレーズで、中ノ島界隈をアピールしている。けれど、いくら京阪中ノ島線が出来ようが、大川に観光船や、アート船「ラッキードラゴン」を浮かべようが、川ベリの景色がきれいでなければ、魅力がない。1920年代の大阪が大大阪(だいおおさか)と呼ばれていた頃の風格を持つ、ダイビルこそ、なによりも観光のウリになると思うのに・・・。重要文化財などに指定して、このダイビルを残すことは、出来ないのだろうか。■「壊される運命」あきらめぬ■所在地: 〒530-6591大阪市北区中之島3丁目6番32号 地下鉄四つ橋線「肥後橋」駅下車 徒歩4分■大阪のレトロな建物■**大大阪時代**江戸時代の大阪は、商業的な繁栄をほこった豪商は莫大な富を築きあげ、街の自治を任される程の存在になっており寺子屋などの教育機関をも手がけていたようだ。このように民間が力を持っていた事で、大阪は文明開化以降も大きなイニシチアブを握る事ができた。明治時代から昭和時代初期は、政府が造幣局や砲兵工廠を置き、金属工業や繊維産業を中心に商社・卸売・新聞など様々な商工業が発展し「東洋一の商工地」と称され、多くの企業が勃興した。メセナ(企業による文化活動への投資)が活発に行われ、特に関東大震災後には、東京からの移住者も加わった事やなど大阪市は当時の東京市を人口・面積で抜き、大阪市は日本最大の都市へと成長、世界でも第6位の都市となった。当時大阪は「大大阪」という呼称で親しまれた様だ「モダンの稜線」より・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月7日*ドンゴロスいっぱいの松茸/ごめんね、母さん・・・祭のごちそう*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.07
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好きなものを好きなだけ「量り売り」って愉快だ。例えばお酒。そんなに飲める口でない人にとっては、一升瓶で買うのはもったいないと思うでしょう。いろんな銘柄のものを味わいたいとも思うでしょう。だから「量り売り」なのです。今回は様々なジャンルの量り売りのお店をご紹介。あれもこれもちょっとずつ、よく使うものは大量にとお買い物を楽しんでみてください。 ■オリーブオイル、バルサミコ酢。「上質なオリーブオイルは、栄養がぎっしり詰まったオリーブのジュースと言えるでしょう」と店長。店内には世界オリーブオイル・コンテスト(SOL)の年度別金賞オイルや、クチコミ人気の量り売りオイルが並び、好きなだけ瓶に詰めてもらえる。なかでも人気はシチリア産レモンをオリーブと一緒に絞ったコロンナ社のレモンオイル。100gで735円。オリーブオイルの他に、シチリア産天然海水塩や塩漬けケッパーなども量り売りしている。瓶容器も店内で販売しているが、容器持参でもOK。■「チプレッソ」■阪急服部駅下車すぐ。11:00~19:30日曜休日大阪府豊中市服部元町1-7-306-6865-2151■チーズ自家製チーズをはじめ国内外のチーズを扱う専門店。店内の商品はすべて試食が可能で、量り売りで販売している。「ワインだけでなく、ビールや紅茶にあうものなど、好みを伝えていただければ、それにあったものを提案しますよ」と店長。自分の好みにピッタリあっなチーズをとことん追求しよう。■「フロマジェリーレクオーレ」■大阪市営地下鉄・長堀鶴見緑地線・西大橋下車徒歩5分。12:00~19:00水曜、第2、第4火曜日休み大阪市西区新町1-30-606-652-1228■はちみつ店主の大塚美和さんが日本全国の養蜂家を訪ね歩き、自らしぼって瓶詰めしたはちみつが豊富に並ぶ。あかしあ、れんげ、百花蜜と今月のおすすめの4種類を量り売りで提供。「ウチは健康のために毎日スプーン一杯のはちみつをオススメしています」と大塚さん。価格がリーズナブルなので、容器持参でたくさん買う人が多いそうです。■Bee Bless(ビーブレス)■南海・七道駅下車徒歩3分。10:00~19:00日曜、祝日、休み大阪府堺市堺区三宝町2-130-40120-38-2583関西は、特に京阪神は、私鉄が発達している。その私鉄が同じ券で使えるのがスルッとKANSAI。昨日、近くの駅で見つけたのが、そのスルッとKANSAIの広報誌、「遊びマップ」10月号。今月の特集は量り売り。上記の他に紅茶や香水、薬草の量り売りも掲載。好きな瓶に好きなだけ詰めてもらえば、ごみも減ってエコ。「遊びマップ」は、関西の私鉄駅で無料でもらえます。 「量りウリって愉快だ」。って、表紙に量りとウリが・・・。 _| ̄|○・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月5日*雨の名前:通草腐らし(あけびくさらし) /秋の田で*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.05
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2016年のオリンピック開催地に決定した。東京もオリンピック招致レースに参加していたが、あっさりと落選。オリンピックを東京にというのは誰が言い出したのだろうか?リオに決まって本当にがっかりしたという人はいるのだろうか?今の時代、見ようと思えば、テレビでリアルタイムで解説付きで見られるのに・・・。ロイターのインターネットサイトで行っているオンライン調査でも、10月3日午前11時現在で賛成47%(1852票)、反対35%(1371票)、どちらでもよい17%(682票)と賛成が半数を割り込んでいた。東京は、中央区晴海に新設する五輪スタジアムを中心に大半の競技会場が半径8キロ圏に収まるコンパクトな配置にして環境に優しいとアッピール。東京都の4千億円の五輪積立金や安定した都市インフラや治安も「売り」とアッピールした。私はこれを読んでビックリした。中央区晴海にまた五輪スタジアムを新設する?!東京都には4千億円の五輪積立金がある?!そんなお金があるのなら、もっと有意義に使えるだろう。例えば、もっと緑を増やすとか、そのための助成金にする。新しく建てる公共の集合住宅は、雨水の利用や屋上緑化または、屋上にソーラーパネルをつけるなど環境にやさしいものにする。電気代や水道代などを節約する家庭が徳をするような料金システムにする。などなどなど・・・。税金は、石原都知事の思いつきによるオリンピックよりも、もっと意義のあることに使って欲しいものだ。ムダを削れという鳩山内閣。オリンピックは、最大のムダ。鳩山首相も、内心はホットしているのではないだろうかと思う。■おまけ■1964年10月に開催された東京オリンピック。このテーマソング「東京五輪音頭」は、三波春夫の持ち歌だったと思っている人も多いが、楽曲発表の際に歌唱したのは三橋美智也であり、作曲者の古賀政男自身も三橋美智也が歌うことを想定して作曲したという。(私はこの歌を歌える世代だ。)( ̄▽ ̄)・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月3日*旅は他火 /豆名月・栗名月・・・片見月 *・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.03
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■「十三夜」の月を見る。十三夜とは、陰暦9月13日(10月中旬)のこと。栗をお供えするならわしがあって、別名「栗名月」、「女名月」と呼ばれています。9月の十五夜と10月の十三夜、どちらかだけしか見ないのは「片見月」といって、縁起が悪いとされていたようです。■「重陽の節句」には、菊を飾る。陰暦9月9日は、重陽の節句。菊は丈夫な花で、解毒作用があるとされています。10月のよく晴れた日を「菊日和」とも呼ぶそうです。 ■そろそろ冬の身支度を。コート、ブーツ、マフラーなど、たんすにしまっておいた冬の一張羅(いちょうら)を天気のいい日に陽のひかりと風にあてましょう。(陰干しに限る、と表記のあるものは日陰で。)「サルビア歳時記」 木村衣有子 夫が部屋を全部を占領していて整理がつかない。今年の夏服も、一部、どこにいったのか分からない。早く、整理をしてくれ、夫!この写真のニットの帽子もない。気に入っていたのに・・・。母さん、私のニットの帽子、どこに行ったのでしょうね。トホホ・・・。(ノД`)■サルビア歳時記:1月の三箇条■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★10月1日*案山子 /落穂拾い*・・・・・・・・・・・・・・
2009.10.01
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