その5.難民達

その5.難民達


 双子島から戻って以降、中国系難民からの突き上げは日に日に厳しくなり、全国で陸地へと潜り込んでしまう人も、海や陸で捕まった人の数だけで毎日三桁を数えるようになっていた。
 彼らの主な要求は3つ。
 1つは、洋上でなく陸地に収容施設を建設して難民を受け入れること。
 1つは、当面の生活に必要な援助を引き続き与えること。
 1つは、他の在日外国人が享受しているのと同等の権利が与えられること。

「つまりは、難民として認定すると同時に、難民以上の権利を与えろということだ。そんなわがままが許される筈は無い」
 とか、
「250万もの人々を受け入れる余地も余裕も無い。数百数千の限界集落を存在の危機から救えるとしても、半数以上が中国系難民になるのだとしたら、それはもう別の自治体に、存在になってしまう。言語的にも文化的にも異なる集団を混ぜ合わせて治安が保てる筈が無い」
 などなど。

 世論調査では、20%未満が全難民の即刻強制送還を主張。40%が中国本土が安定するまで現状維持した後送還。15%が犯罪歴が無く素行が良く受け入れ先自治体が要請した分だけの難民を受け入れるべき。10%未満が、どこかに特別州を設けて難民をそこに集約すべしという意見だったが、特に3番目の意見はどの世論調査でも不人気だった。
 しかし、小鹿のおじさんを始めとした中国人難民の人権擁護委員会の面々は精力的な活動を展開し続け、おれの執務室にも自分自身か雪乃のどちらかが毎日訪れていた。

 人口集約法は、そんな難民達の動きを受けて、修正や再修正を求められてすでに2回差し戻されていた。
 難民達をどう扱うべきか、世論も民意も、毎日の小さなニュースの積み重ねに押されたり引かれたりして過半数のラインを揺れていた。

 二度目の差し戻しの翌日、おれは雪乃に誘われて、故郷の難民洋上施設の視察に行くことに決めた。
 北陸道の各施設からの陸地への脱走者は、全国での発生平均の1/10以下で、特に輪島市沖の施設からは皆無とのことだった。

 難民の収容施設は、海水の蒸留施設や発電施設などの生活インフラが集約された浮島を中心に点在し、そこから延びた係留柵の難民達も乗ってきたボートがつながれているのが基本構造だった。
 ただしあまりにも過密につめこまれたり長期の滞在には不向きな船から人を分散する為に、男女別の宿所船も存在していたが、こちらは常時満員とのことで、増設は道州政府や国家政府の予算枠が限界まで使われているので難航しているらしかった。
 驚いたのは、通信施設まで揃っていたので、携帯やパソコンなどからインターネットを使用している人々が少なくなかったことだった。元、円、ドルが利用できる銀行端末や、商店などのようなものまでいくつもあった。
 各施設を周りながら雪乃に通訳してもらったのだが、洋上施設の安定した生活に満足している人々も決して少なくなく、陸上施設に移されるよりは早く本土に帰りたがっている人たちも少なくなかった。
 全ての施設を回った後、雪乃に尋ねた。
「なんか、お前のおじさんから聞いてた話と違うんだけど、正直に訳しちゃってて良かったのか?」
「いいの。AIがついてたら嘘ついてもバレちゃうしね。それにお父さんはお父さんの事情で動いてるけど、あたしはあたしの事情で動いてるから」
「お前のお父さんの事情ってさ、在日中国人、難民の人達を含めてだけど、彼らの人権や生活を守っていくことだろ。だけどお前のは何だよ?」
「知りたい?」
「まぁな」
「じゃ、あたしと結婚してくれたら教えてあげる」
「却下だ」
「ひ、ひどい!ちょっとは考えて悩んでくれたって・・・」
「なおさら却下だ」
「もう、もう、死んでやるー!」
 そう叫んで海に飛び込もうとした雪乃の襟首はしっかりと捕まえて引き戻した。
 雪乃は落ち着きを取り戻してから、別れ際にヒントをくれた。
「あたしの事情はね、大賀の事情だよ」
「おれの?」
「そ。あとは自分で考えてね」

 おれはもやもやした気分のまま、地元に戻ってきた本当の目的、瑞姫の母親に会いに、彼女の勤務地のレーダーサイトへと向かった。


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