1-8 EL取締法予備審議1


EL(感情固定装置)取締法案に関する予備審議(前半)


 抽選議院の議場は、参議院が開かれていた議場が改装されたものだっ
た。内容的には議院会館にある仮設議場と同じだったが、16個の議席は、
小さな個室といって良いブースが各自に用意されていて、壁面は透明な
素材が使われていた。
 個室の前面は両開きで、そこから出入りするようになっていた。
「なんか、水族館の水槽に入れられるみたいだな」
「審議中は、発言が認められた場合にだけ前面のスクリーンが開いて、
他の議員達に発言が聞こえるような仕組みになっております」
「野次を飛ばせなくしたってこと?」
「それもありますが、肉体的な衝突などを防ぐ事と、緊急時の対策とし
ての意味合いも兼ねています」
「テロとか?」
「爆発や銃弾、生物兵器などから議員の方々をお守りする為です」
「物騒な話だな・・・、て、どうあ!?」
 背後からタックルされておれはよろめいた。
「やっほー、タカシ君!昨日は良く眠れたかな、かな?」
 振り向くと、抽選議員制服姿のレイナがいた。
「とりあえずタックルするな、抱きつくな、離れろ」
「えー。もうあたし達公認の仲じゃないの?婚約者同士でしょ?」
「お前はそう思ってるかも知れんが、おれは違う」
「じゃあ、タカシ君にとって私は何なの?」
 うっ、と言葉に詰まった。レイナの瞳が、中目の冷たいそれに取って
かわっていた。
「ふふ、ここでの意地悪はこれくらいにしておいてあげるね。今は、副
議長としてみんなのアンケートを採ってるの」
「アンケート?」
「そ。タカシ君は、ELの一般販売に賛成、それとも反対?」
「どっちかって言えば、反対だな」
「一般販売に反対なら、EL取締法案に賛成だね。それじゃまた審議で」
 手を振って次の議員の所へ近付いていったあいつは、またレイナに戻っ
ていた。

 おれは議席にどっかりと腰を据えて、議場を改めて見渡してみた。議
員はほぼ全員揃っていて、レイナからのアンケートに答えていた。円形
の輪の一端、議場の前面にある議長席には、バーゲニング演習の時には
いなかった壮年の男性がいた。
 おれはAIに頼んで、議長のプロフィールを議席のモニターパネルに表
示させた。名前は、黒瀬渡。元自民党の大物幹事長の息子で、MR大政変
後に政界入り。解体された自民党と民主党の保守派の遺児を自認する、
将来の首相候補の一人。
 現首相との親交も厚く、間接枠議員達から絶大な支持と信頼を置かれ
て抽選議院議長に選出された。現在54歳。既婚で、バツ一。前妻との間
に男児一人。現在の妻との間に男児と女児が一人ずつ。前妻はLV1で亡
くなられた。

 やがて議場には役者が揃ったらしく、バーゲニング演習でも見かけた
AIがマイクを手にして、予備審議が始まった。

議事AI:「それでは第一回抽選議院審議会を開催致します。今回は本審
 議前の予行演習です。まずは議長のご挨拶からお願いします」
議長:「初めまして。抽選議院初代議長の栄誉を賜りました黒瀬です。
  みなさんとは今後一年間のお付き合いとなるわけですが、共に抽選
 議院の職責を全うできるよう力をあわせてまいりましょう。
  さて、AI達から概要はお聞きしている筈ですが、軽くおさらいして
 おきましょう。
  エモーション・ロッカー。略称EL、いわゆる感情固定装置ですな。
 ナノ・インプラント技術の一種ですが、現在市販は許可されていません。
  日本国内では、公務員に対する規律順守と、服役者に対する再犯防
 止の為にのみ使われていますが、海外では、恋人同士や夫婦が、互い
 に対する感情を固定化する為にも使われています。互いの関係を生涯
 不変のものとするために。
  永遠に互いのみを愛し合う恋人夫婦。それだけ聞けば、美談に聞こ
 えます。賛成する方も多いかも知れません。
  しかし、ここからが本題です。
  もし誰かが、一方的な感情を、他の誰かに押し付けることができた
 ら?押し付けられた相手は、押し付けられたことに気がつけず、解除
 しようという意志さえ持てないとしたら?大変恐ろしいことです。
  国家によっては、独裁政権の転覆阻止の為に、人々の自由意志だけ
 ではなく、独裁者への反抗心も、弾圧から逃れようという心さえも奪っ
 てしまうでしょう。
  いかなる人権侵害にも虐殺行為にも躊躇しない警察や軍隊を持ちた
 いという権力は、世界中にいるでしょう。

  ここで私達が置かれた立場を振り返ってみます。

  企業院は、これを制限付きで市販を許可するよう立法化を求めてき
 ています。すなわち第三者の公的な立会いと当事者間の合意の下での
 み、販売から使用までを許可するというものです。
  対して選挙議院では、僅差でですが、市販を禁止する法案が可決さ
 れました。正式名称は、感情固定装置取締法案です。もたらされるで
 あろう益よりも害の方が多いだろうと選挙議院は判断したことになり
 ます。

  本審議に入る前に、企業院と選挙議院の双方から、各々の法案に対
 する説明と質疑応答の時間が用意されています。
  今回の予備審議では、まず議場での審議や議論の雰囲気をつかんで
 いただくことが目的ですので、気を楽にされてどんどん発言して下さい。
  それでは、EL取締法案に対する、審議開 始前の各議員の判断から
 見ていきましょう。


       10代女性、中目議員、賛成
       10代男性、白木議員、賛成
       20代女性、二緒議員、反対
       20代男性、奈良橋議員、賛成
       30代女性、内海議員、賛成
       30代男性、牧谷議員、未決
       40代女性、鈴森議員、賛成
       40代男性、増満議員、反対
       50代女性、青月議員、反対
       50代男性、轟議員、賛成
       60代女性、クリーガン議員、未決
       60代男性、藍沢議員、賛成
       70代女性、七波議員、反対
       70代男性、赫議員、賛成
       80代女性、春賀議員、賛成
       80代男性、八神議員、反対

議事AI:「賛成 9、反対 5、未決 2」
議長:「私は未決に一票だ」
議事AI:「賛成 9、反対 5、未決 3となりました。それでは、既定
 により多数派の意見から。発言者を抽選で選び・・・、中目議員、ど
 うぞ」

 中目のブースの前のスクリーンが開いた。

中目:「えっと、中目レイナです。よろしくお願いしますね」
議事AI:「あいさつは不要です。発言をお願いします」
議長:「練習とはいえ、最初の議会なんだし、いいだろう。では中目
 さん、どうぞ」
中目:「は~い。レイナもね、ELに善い使い道が 無いわけじゃないと
 思うけど、必要ないとも思うの。だから一般利用の取締に賛成します」
議長:「どうしてです?」
中目:「だって、お互いに大好きだったら、好きあってる間だけ、一緒
 にいればいいだけのお話でしょ?
  王子様と一緒になったシンデレラが、あとになって別れちゃったお
 話なんて、みんな聞きたくないかもだけど、でもこれってその結末ま
 で用意しちゃおうっていう機械でしょ?
  私は、そんなの不自然だと思うからかな、かな」

 中目が発言を終えると、中目の議席の前のスクリーンは音もなく閉じ
た。
 閉じたスクリーンの向こう側で、取締賛成派の議員達が拍手をしてい
たが、その音が議場に漏れることは無かった。

議事AI:「それでは、少数派の中から、抽選で・・・、八神議員、発言
 をお願いします」
八神:「私は、一般販売を一切禁ずる取締に反対です。
  カップルがくっついたままでいようが、別れようが、そんなのはど
 うでもいいんです。
  この装置で、社会から犯罪や不正が無くなる方が、よっぽど大きい
 じゃないですか?
  私はもう長くはない。あと十年や二十年生きてられたら御の字だと
 考えています。
  けれど、私の孫やひ孫達が暮らす社会から、不安をちょっとでも余
 計に取り除けるんなら、私はそれを実現する手段に喜んで賛成します」

 八神議員が発言を終えて着席すると、反対派の議員達が拍手した。

議事AI:「それでは、賛成と反対の両者の意見が出ましたので、以後の
 議事進行は議長にお任せします。ただし、各議員の1回の発言は3分未
 満に区切られますので注意して下さい」
議長:「了解している。
  さて、私としては、中立というか、まだ意見を決めかねている人達
 の意見も聞いておきたい。
  牧谷議員、どうかね?」

 牧谷議員が発言に同意する挙手をし、その前のスクリーンが開いた。

牧谷:「牧谷です、よろしくお願いします。
  ぼくも、個人の関係にELなんてものは不要だと思うんです。
  でも、MR、メモリ・リーダー、いわゆる記憶読み取り装置は多くの
 犯罪やテロを未然に防いで、経済的にどん底にあった日本に多くの優
 良企業を呼び戻す大きな契機となりました。
  ELは、そのMRの機能を強化/発展させたものです。その果実を私達
 はすでに享受しています。
  無税金政府を支えるパブリック・チルドレン達は全て、このELの制
 御を受けています。
  彼らはいかなる不正や犯罪にも心惑わされることがありません。彼
 らの感情がそれらの誘惑に傾かないように"処置"を施されているから
 です」
議長:「つまり、君は少なくともELの利用を広く社会に開放すべきだと
 考えているのかな?」
牧谷:「ええ。この技術はいずれ世に広まって、禁止しても闇ルートで
 販売されてしまうでしょう。
  だからといって、制限無しに販売や購入が許可されるべき代物でも
 ありません。
  ですから、企業院からの提案の様に限定的な販売と利用は許可され
 るべきだと思います。施術の内容も、術後の経過の監視も必要でしょ
 う」
議長:「企業院からの立法案が選挙院からの立法案と正対するものと判
 断された場合、選挙議院からの法案が否決されてからでないと、企業
 院からの法案の審議はできない。今回がそのケースに該当する」
牧谷:「もちろんです。しかし・・・」
議事AI:「時間です。議長は次の発言者を指名して下さい。ただし、男
 性2名の発言が続いたので、次の発言は女性に限られます」

 牧谷議員の口はまだ何かを伝えようとしていたが、閉じたスクリーン
はその内容を他者に伝えなかった。

議長:「では、女性で発言を求める方は挙手を」

 30代の内海議員と、70代の七波議員2人が挙手した。

議長:「牧谷議員と同年代の方の意見を聞いてみましょう。内海議員、
 どうぞ」

 スクリーンが開くと、内海議員は立ち上がって一礼した。

内海:「内海です。よろしくお願いします。
  私は、EL取締法案に賛成します。一般への販売を禁止する為という
 意味合いで。
  私が取締法に賛成したことが、未然に防げたかもしれない別離や犯
 罪につながってしまうのかも知れません。
  MRが大きな役割を果たしてくれてることを、私は否定しません。
  でも、MRも万能じゃないからといって、人の感情を固定してしまう
 のは行き過ぎてます。私達の感情の価値を無にしてしまいます。
  離婚は問題かも知れませんが、それは当人達の問題です。
  出生率がどうかなんてのは他人事で、夫婦の間のことは夫婦達に全
 部任されるべきです。
  そうじゃなければ、自分達が今、どうして一緒にいるのか。
  その理由が『機械にそう強制されているから』じゃ、悲しすぎるじゃ
 ないですか?
  だから、私はELの一般利用を禁ずる今回の法案に賛成します。
  もっと言えば、パブリック・チルドレンに対する感情規制も含めて、
 ELの存在と利用そのものを一切禁止したいくらいなんですけどね」

議長:「それで不正や犯罪の発生率や政治運営コストが昔のように上がっ
 て、あなたの生活が苦しくなったとしても?」
内海:「ええ。私は誰かに強制されて今の私になってるなんて想像したく
 もありません」

 内海さんは着席し、自らスクリーンを閉じた。

議長:「それでは、次は反対派のどなたか?」

 七波さんが真っ先に手を挙げ、議長は彼女のスクリーンを開いた。

七波:「七波楓です。どうぞ楓とお呼び下さいね。
  私はね、制限付けて、ELの利用を認めてもいいんじゃないかと思う
 んですよ。
  夫婦ってのはね、くっつくと別れるだけじゃないんですよ。互いに
 浮気するしないは自由かも知れませんけど、互いに約束した通りに相
 手の行動を制限できるなら、世の男と女の間の揉め事の7、8割は防げ
 るんじゃございませんか?」
議長:「具体的には?」
七波:「あら、言ってよろしいんですの?」
議長:「あなたの良識を信じますよ」
七波:「じゃあ、夜の秘め事には触れないでおきましょう。
  例えば育児。子供が夜鳴きした時に、母親があやさないといけない
 なんて、誰が決めたんです?
  掃除、ゴミ出し、料理、その他もろもろ、細かーいところまでお互
 いが約束した通りに動けるなら、世の中もっと平和になりますって。
  まちがいございません」

 七波議員は一気にまくしたてると、すっきりした表情で着席してスク
リーンを閉じた。
 議長や他の議員達は苦笑していたが、一人だけ立ち上がってスクリー
ンをどんどんと叩いている議員がいて、議長は彼のスクリーンを開いた。

議長:「轟さん。発言をどうぞ。しかし次回同じことをされたら、投票
 権が剥奪されますのでご注意を」
轟:「すんまへん。きぃつけます。
  ただね、あっしは言いたかったんでさ。
  これを使えば、世の中がもっと平和になるかも知れないんでしょう?
  企業が、雇った社員が不正を働かないように制限もかけられるかも
 知れない。例えば刑務所から出てきたような連中でも安心して雇える
 ようになる。元ヤクザが近所に越してきても不安になることはねぇ。
  連中がこのエモーションなんたらを受け入れてくれればな」
議長:「エモーション・ロッカーです」
轟:「何だっていいや。とにかくあっしが言いたかったのは、そんな可
 能性を奪っちまう法案に反対ってことさね。少しばかり窮屈に感じる
 ことが増えても、それでくつろげることも増えるなら帳尻は合うって
 もんでさ」

 なんかひっかかるものを感じたので手を挙げてみたら、目の前のスク
リーンが開かれた。なんとなく、マウンドに登った時の心境が蘇った。

白木:「白木です。轟さんに質問が有ります」

 議長は、閉じかかっていた轟さんのスクリーンを再び開いた。

白木:「ぼくは、ELの市販には反対です。そこで、轟さんにお伺いした
 いことがあります」
轟:「なんでぇ?」
白木:「企業や自治体が犯罪歴のある人を安心して迎え入れられるよう
 になる事は、双方にとって利益があります」
轟:「そうだろう? だから・・・」
白木:「いえ、ぼくがお聞きしたいのは、企業が、雇用した人に対して、
 辞めないように感情をロックしてしまったら、何が起こるかという事
 です」
轟:「・・・そりゃあ、おめぇ、困るっぺ」
白木:「誰が困るんですか?」
轟:「雇われてて、でも辞めたがってたかも知れない連中が・・・」

 轟議員の言葉は尻つぼみになっていた。

白木:「そう。でも、一度ロックされてしまうと、彼らは自分が辞めた
 かったかどうかも覚えていられないんです。ぼくは野球バカだったん
 ですが、例えばどのプロスポーツチームでも、スター選手は引き留め
 ておきたいですよね?普通だったら、待遇その他が引っ掛かって交渉
 は容易じゃない。けれどELを使えば・・・」

 轟さんは口をつぐんだ。代わりに、議長がたずねてきた。

議長:「君が言う感情固定は、まさにそういった形でパブリックチルド
 レンに対してかけられている。彼らが公務以外の職種に関心を示さぬ
 ように。
  しかし白木議員。あなたは選挙議院の市販を禁止した法案に賛成の
 立場ではなかったかな?」
白木:「ぼくは、エモーションロッカーが、かけられた側の意思でいつ
 でも解除できるようにならない限り、市販されるべきではないと考え
 ます」
議長:「それはロッカー、つまり固定化とは呼べないと思うが。二緒議
 員に反論があるようだ。二緒議員、どうぞ」

 轟議員のスクリーンが閉じ、代わりに二緒議員のスクリーンが開いた。
 すぐ右隣りの個室にいる二緒を見て、草津議員からの言伝が頭に浮か
んできたが、慌てて邪念をふりはらった。

二緒:「私はELの市販に賛成なんだけど、そこまで条件付けを緩くした
 ら、固定化の意味は無くなるわ」
白木:「元服役囚とか精神の病を抱える人達とかには、確かに救いの手
 となるかも知れません。
  でも、例えば夫婦間の決め事にしたって、一度固定化したものを絶
 対化してしまうより、後から調整を加えられるようにした方が良いと
 思うんですけど」
二緒:「例えば?」
白木:「例えば、外国人妻を娶る時、経済的に強い立場にある者が、相
 手に絶対服従のエモーションロックをかけてしまう事だって可能な訳
 で。市販でそれを容易にしてしまうのは危険だと思います」
二緒:「あなたが今言った事は、市販が認められていない現在でも、既
 に行われているけれどね」
白木:「だからこそ、もっと慎重になるべきなんじゃないですか?」
二緒:「慎重になるのもいいけど、その間に非合法品はどんどん広まっ
 ていくのよ?相手に何でも言う事聞かせて、しかも解除できないもの
 ほど"良品"としてもてはやされてるでしょうね」

 そういえば、みゆきもそんな事言ってたよな。高卒の女の子が手を出
せるようなもんなんて、とんだ粗悪品だろうけど、それにすがりつく連
中がいるのはぞっとしなかった。その中に自分の大切な知り合いが含ま
れるなんてのは考えもしたくなかった。

議長:「二緒議員は、市販を禁止する今回の法案に反対されていますが、
 その非合法品への対応はどのように考えられていますか?」
二緒:「白木議員が言ってたように解除手段も併せて市販できるように
 しないといけないでしょうね」
議長:「それは、パブリックチルドレンの感情固定も解除できるもので
 すか?」
二緒:「パブリックチルドレンの感情固定は、インプラントとインプリ
 メントというハードとソフトの両面から行われています。物理的に解
 除する事が不可能な訳じゃありませんが、非常に困難でリスクの高い
 手術が必要になります」
議長:「この際、お尋ねしておくべきでしょう。
  二緒議員。あなたの所有するナノ・バイオロボティクス社が、イン
 プラントもインプリメントも、そしてELも開発してきた。
  という事は、その解除手段もまた開発されているのではないのです
 か?」
二緒:「当然ですね」
議長:「そうですか」
二緒:「私達以外のところでも、解除手段は開発していますよ。人身売
 買の被害者達のマインド・コントロールを解除する商品の需要は以前
 からありましたから」
議事AI:「議長、反対派の意見が続きすぎです。少なくとも次の2名は
 賛成派を指名して下さい」
議長:「おお、それはすまなんだ。では賛成派のどなたか・・・、春賀
 議員、どうぞ」
春賀:「緑です。お見知りおきを。
  何も難しい話じゃないと思うんですけどねぇ。
  人間て、自分で考えるから人間なんでございましょ?
  それに少しでも制限かけたら、体の他の部分や外見は人間かも知れ
 なくても、中身は違うものですよ」
議長:「今の発言は、ここにいる中目議員への差別発言になりますよ」
春賀:「存じておりますとも。でもね。そこのお嬢ゃんが悪いんじゃな
 いの。選択肢は与えられていなかったんだから。でも、だからこそ、
 その子は私達と同じ人間じゃないのよ」

 一同の目が中目に注がれたが、中目は目を伏して言い返す素振りさえ
見せなかった。

議長:「貴重なご意見ありがとうございました。
  けれども、今一度、中目議員の立場を補足させて頂きます。
  パブリックチルドレンは、いわゆる違法行為に対しての制限と、国
 家や公共への奉仕心を刷り込まれただけで、体や精神そのものは私達
 と何も変わりません。
  投票権や、被選挙権はしかしながら認められていませんが、抽選議
 員として抽出される権利は、国民投票の結果、彼らの間に認められた
 のです。
  その点をくれぐれもお忘れなきようお願いします」
春賀:「私は何もあの子供たちが人間でないとなんか言ってないんね。
 ただ、私達とは違う人間という事よ」

 春賀さんは言い終わるとスクリーンを閉じて着席した。
 議長は議場を見渡し、反対派の中で挙手していた奈良橋さんのスク
リーンを開いた。

奈良橋:「ども。オレのことはヒロシって呼んでくださいな。で、オレ
 は二緒はんにききたい事があるんやけど」

 議長は二緒さんのスクリーンも開いた。

奈良橋「あんたら反対派は、市販に制限が付けば、とか言うてるやんか。
 けどな、その制限がかかっとるかどうか、どうやったら確かめられる
 ん?」
二緒:「専用の装置とか、投薬とか、思考実験とかから確かめられるわ」
奈良橋:「つまり、外見からぱっと見て、そいつにロックがかかってる
 かどうかも、どんな制限がかかってるかもわからんいうことやな」
二緒:「法律で、施術された人に外見上の識別を義務付けない限り、
 無理ね」
奈良橋:「そこや!制限言うたかて、どうやったら、ある家で働いとる
 奴が、自分の意思でそこにおるのか、見分けがつかへんわけやろ?」
二緒:「それはエモーション・ロックが誕生する以前からもあったこと
 ではなくて?」
奈良橋:「そうや。けど市販されれば、そうなる危険はもっと増える。
 解除できるかも知れなくとも、一度ロックを受けた奴を逃げられない
 ようにしておけば、解除されようという気する起こらんわけやろ?
  あかんわ、それ!
  昔の奴隷達だって、逃げ出せなくても、心の中では逃げたい思う自
 由はあった。鎖が解かれた後に、残るかどうか考えるのは、奴隷自身
 やった。その持ち主やない!」
議長:「中目議員が発言を希望している。ヒロシ君、よろしいかね?」
奈良橋:「ああ、中目はんにも聞いときやかったん」

 中目の前のスクリーンが開かれた。

中目:「何かな、かな?」
奈良橋:「あんた、自分で自分のホレたい男を決められるんかい?」
中目:「ひっどぉ~い!さっき議長さんが言ってた通り、アタシ達は人
 形でもロボットでもAIでもないのよ。アタシは自分の好きな人を自分
 で決められます!」
奈良橋:「へへ、じゃあ聞くで。その男が法に背くよう頼み込んだら、
 中目はんはどうするんや?」
中目:「アタシの事はレイナって呼んで」
奈良橋:「わかった。レイナちゃんはどうするんや?」
中目:「無理。できない。そんなバカなお願いをしてくるような男は願
 い下げだしね」
奈良橋:「それはロックされとるせいやないのか?」
中目:「そうとも言えるけど、じゃあ、ヒロシさんにも聞くわ。
  汚い話だけど、私のウンコを食べてくれないとヤラセテあげない、
 なんていう女の子の言う事を聞く男と聞かない男と、どっちが多いか
 な、かな?」
奈良橋:「その趣味がある奴は、そんな多かないやろな」
中目:「ヒロシさんはどっちなの?」
奈良橋:「そりゃ、オレなら願い下げや」
中目:「それって、ロックされてるんじゃないの?」
奈良橋:「ちゃうで。オレは自分でそう考えて・・・」
中目:「ヒロシさん、誰かのウンコ、食べたことあるの?」
奈良橋:「ない、ないわ!」
中目:「どうして?オイシイかもしれないのに」
奈良橋:「そんなん食い物やないからや!フツー、そうやろ!?」
中目:「フツーって何?それって社会からのロックじゃないの?」
奈良橋:「いや、でも食いたい奴は食うやろ。それを食わせなくするの
 は・・・」
中目:「自由を取り上げてるって言いたいのよね。でも犯罪を犯す自由っ
 て、認められるのかな、かな?」
奈良橋:「いや、認められへん。認められるくらいなら、それは罪に問
 えない筈や」
中目:「じゃあ、犯罪を犯せないようロックされてる私と、されてない
 人達と、どっちが幸せなのかな、かな?」
奈良橋:「そんなん、どっちとも言えへん。わかるわけないやろ」
中目:「だよね。だったら、このおばあちゃんが言ってたけど、私だっ
 て、他のみんなと同じ人間だと思うんだけどな。ロックのかけられ方
 とかけられている対象が違うだけじゃないのかな、かな?」

 レイナの発言に、ヒロシさんは即答できなかった。
 議場に沈黙が下りたのを見て、議長が宣言した。

議長:「ではここで十分間の休憩を挟みます。各自、議事堂内からは出
 ないようにお願いします。それでは、休会します」

 議長が2回ほど木のハンマーでスイッチを鳴らすと、全議員のスクリーンが開いた。
 議員達は各々の議席から出てきて、議場の片隅や休憩室へ向かった。

 ふと左隣を見ると、中目はお付きのAIと小声で何か話し合っていた。逆側にいる二緒さんは、もうブースから出ていなくなっていた。

「どっと疲れたよ。リリーフ投手に任せてベンチに引き揚げるって選択肢は無いの?」
「残念ながら用意されてございません」


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