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2-8 ビリオンズ
ビリオンズ
お昼をレストランの予約席で採った時はどきどき物だった。何せ他の
お客達のど真ん中だったのだ。
おれは奈良橋さんに訊いてみた。
「何で気づかれないんですかね?」
周囲にいる大半は外人に見えたが、それにしても二緒さん一人だけで
も放っておかれる筈は無かった。
「まぁ、普通に考えたらあり得へんやろな」
「てことは、あいつが絡んでるんですか?」
「そうゆうこっちゃな。中目はんは、誰かが他人にどう映るのか制御で
きるらしいんよ。だからうちらも、何でもない男女4人組にしか見えと
らんはずや」
「はず、ですか」
「実際人が集まってきとらんやろ。わいと相子は、しょっちゅう利用さ
せてもらっとるわ」
「そうじゃないと普通のデートなんてまず無理だしね」
「私も時々利用させてもらってるわ」
二緒さんはそう言いながら、近くにいたAIを呼んで、片耳にかける眼
鏡のような装置を4つ受け取った。
二緒さんはそれぞれに簡単な操作を行ってから装置を手渡した。
「これは?」
「かけて、見回してみて」
装置を耳にかけて見渡してみると、透明な液晶部分に、映った相手の
名前のアルファベット表記と年齢、性別、パートナーの有無、そして分
数が表示されていた。
「この分数がまさか」
「そう、耐性値よ」
テーブルの正面にいた相子様や奈良橋さんや二緒さんを見ると、名前
や年齢などは実際と違う情報が記載されていて、パートナー欄は「有り」、
耐性値は「?」と表示されていた。
二緒さんのも個人情報はでたらめだったが、耐性情報とパートナー欄
は「?」となっていた。
「イヤホンの耳の後ろの部分に4つのスイッチがあるでしょ?他人に見
せたくない情報は「?」マークにできるの。
ただし、もしも見せたい相手が見つかったら、その相手だけに情報を
公開できるわ。イヤホン部分についてる別スイッチを押すことでね」
実際に二緒さんはおれに対してやってみてくれた。パートナーの表示
は「?」から「あり」に。耐性値は、1億分の1と表示されていた。
「二緒さん、これって・・・」
「大声で言わないでね。秘密よ」
「は、はい」
ランチを食べる間にも、周囲で見知らぬ人同士が声をかけあってる姿
を何度も見かけた。カップルやグループで動いてる人たちも多かったが、
一人で動いてる人たちが一番多かった。年齢も人種も性別も千差万別な
割には、みんなどうして話が通じるのか不思議だった。
いくつかのアトラクションを回りながら二緒さんが説明してくれた。
「『彼ら』が通訳してくれてるのよ。テレパシーサービスね。お互いは
自分の母国語で話してるんだけど、相手に届いてるのは相手の母国語」
「お互いの意識を直結してるってことですか?」
「そうなるんじゃないのかな。私も細かい技術論はわからないけど、そ
れ以外に説明はつかないもの」
「ふへぇ~」
行列も、基本的には近くの人たちと気さくに話し合う場になっていた。
そして別のエリアに入ると、周囲にいる人たちの耐性値が一桁跳ね上
がったのがわかった。
「エリア毎に、耐性値の違う人達を集めているんですか?」
「そういう趣旨の催し事だしね。さっきまでのが10万分の1クラス、ここ
が100万分の1クラスね。これから中心部に向かうに従って1000万分の1ク
ラス、1億分の1クラス、そして10億分の1クラスになるの」
「耐性が低い人達でも、高い耐性の人達の場所に入れるんですか?」
「1000万分の1のエリアまでは誰でも入れるけど。そこから先はダメ。
10億分の1、通称ビリオンズのエリアまで、私はホストの権限で入れるん
だけどね」
「なら、なおさらレイナが来ないのはおかしい気が・・・」
「あの子は例外中の例外だし、ビリオンズの面々とはもう会ってるもの」
「裏議会でも、ビリオンズは全員参加なんですよね」
「全員生き残ると見られてるから、当然と言えば当然ね」
「じゃあ、その下のクラスはどうなるんですか?」
「さあ、生き残る数によるんじゃないかしら?」
「どういうことです?」
「例えばね、ビリオンズが全員生き残ったところで、10万分の1クラスの
人達の大半も生き残ったとするでしょ?そしたら主導権はどちらの側に
いくと思う?」
「そうか。今までみたいな多数決が基準に来るような仕組みが維持され
るなら、ビリオンズだなんて偉ぶってもいられないわけですね」
「全てはLV3が来た時の人類の生存率にかかってるわね」
NBRランドは中央の海上・海中施設と、それを取り囲む4つの外延エリ
アとに分かれていた。
午後中を遊び倒し、日も暮れてきた頃、中央の海上施設エリアへと移
り、そこから新設された海中城のエリアへと、小型潜水艦のような乗り
物に二緒さんと二人で乗り込んで移動した。
機械仕掛けなのだろう人魚の国を探索するというアトラクションらし
いのだが、『彼ら』の現在の宿主達を模したロボット達まで泳ぎまわっ
ていた。二緒さんによると『彼ら』の英訳で、ゼム(Them)という呼称
の新キャラクターという設定にしているらしい。
おれと二緒さんの乗り物は、途中から相子様達の乗り物とは違う軌道
をたどり始め、海中城のエントランスへと入って行った。
広いパーティー会場のエントランスの様な場所へ乗り物は浮上して停
止し、おれは二緒さんと降りた。
そこにいる人達の耐性値は、皆1億分の1クラスだった。その数、僅か
50人ちょっと。
「人類がこの数以下に減るかも知れないんですね」
「そうよ。顔見せ会っていうのは確かに一つの目的だけど、生き残る人
にどれくらい減るのかを実感してもらうのも大切な目的」
「1億分の1以上の人達が全員生き残ったとしても、百人以下、ですか」
二緒さんと進んでいくと、その会場にいた全ての人達の視線がこちら
を向いた。複雑な視線を向けながら、ひそひそと近くの人達と会話して
いる。
「もしかして、ここだと正体がばれてるとか?」
「そうよ。さて、ビリオンズの皆さんがお待ちかねよ。5人しか見つかっ
てないけど、全員が揃ってるわ」
ダンスフロアのようなパーティー会場の奥の扉は複数のAI達によって
固められていたが、二緒さんとおれが近づくとさっと脇に退いて通して
くれた。
背後からの重い視線を扉が遮断してくれてほっとしたのも束の間、出
迎えてくれた視線も決して暖かいものばかりでは無かった。
男が2人に女が3人。内一人だけ見覚えのある顔がいた。アメリカの国
務長官との面談に同席していたミノリーだ。ミノリーは40代くらいの白
人男性と何かを言い争っていたが、おれと二緒さんに気がつくと議論を
中断して駆け寄ってきた。
「タカーシ!会えて嬉しいぞ!」
「お、おう」
「今晩は、もちろんミーにつき合ってくれるんだろう?」
「それはどうかしら?」と二緒さんが割って入った。
「ミズ二緒、お久しぶりね」
「ええ、あなたも元気そうで何より。あなたのお子さん達も健やかに育っ
てるわよ」
「そう聞いてるけど、本命の子供はこれからタカーシと作るんだから」
おれの腕をぐいっと取ろうとしたのを、二緒さんが反対側の腕を引っ
張って阻止しようとし、二人の間に見えない火花が散った。
「お姉さん方、ぼく達にも挨拶させてもらえないかな?初めまして、柳
眉玄徳です」
手をさしのべてきたのは、5歳にもなっていないだろう男の子だった。
「初めまして。中国の方ですか?」
「はい。中国3政府の代表代行を勤める事が内定しております。お見知り
置きを」
「こちらこそよろしく」
身長はおれの腰辺りくらいまでしか無かったが、その眼光の鋭さから
は幼さなんて微塵も感じられなかった。
「こっちはミヒャエル・エンデ。ヨーロッパ・ユニオンの代表なんても
のを押しつけられる予定らしい」
がっちりと握手を交わした。ぼさぼさの髪と髭をたくわえてるが、柔
和さと油断のなさが同居していた。
「そこのミノリーとの間に子供が2例ある。おれは認知していないがね」
「私は認知しているわ。当然じゃないの」
「何人に分割されて複製されるかわからんものを自分の子供だなんて認
知できないよ。我々は神の御業に対してもっと謙虚であるべきだ。だか
ら白木隆とレイナが精子や卵子の供出や受精卵の複製にも反対している
のをぼくは支持する」
「あなたの宗教を信じるのを自由だけど、そのせいで何億、何十億の人
を殺してもいいの?」
「死は神が我々に賜った祝福の一つさ。それがなぜわからない?」
「宗教論議は答えが出るわけないでしょう?私はジルダ。本名はたぶん
長すぎて覚えられないわ。インド出身。私も精子や卵子の供出にも、受
精卵の複製にも反対。主人以外の男性とセックスするつもりも無いしね」
褐色の肌。彫りの深い顔に長い黒髪。落ち着いた物腰の女性だった。
装置によると、年齢は37歳。
「全くワガママな連中ばかりで困るわ」
おれはミノリーのぼやきを無視して、5人中たった一人、おれの側に
寄って来なかった人を見た。
部屋の片隅に佇む黒人女性。装置の表示によれば、76歳で、名前は、
ミザリエ・S・キングとなっていた。
おれは集団から離れ、声をかけてみた。
「初めまして、白木隆です」
彼女は差し出したおれの手を無視して、だけど瞳をどこまでものぞき
込んできた。そしてやっと言ったのが、物騒な一言だった。
「あなたは、私たち全員を殺すだろう」
「な、なんなんですかいきなり?」
「今生きていてそして殺されていく大半の人にとっても、死はいきなり
訪れるだろう。それはあなたのせいだと霊達は告げている」
「霊?」
「私は霊媒師。死者の声に耳澄ます者。人類はあなたと中目零那によっ
て滅ぼされるだろうと霊達は私に告げ続けている。だからこそ、私はあ
なたに会いに来た」
「ぼくを、殺す為に?」
「あなただけを殺しても死は免れないと霊達は言っている。私はその言
葉を信じる。私は彼らの言葉をあなた伝えに来た」
「あなたは彼らの移住を止められると思っているのですか?」
「止められるのは誰か、あなたは知っている。霊達も知っている」
ごくりと喉が鳴った。
「これで私の用は済んだ。さらばだ」
彼女は近くのAIに声をかけ、そして部屋から姿を消した。
「あの女、私たちにはぜんぜん口きかなかったのよ。やっぱりあなたは
特別待遇なのかしらね」と近寄ってきたミノリーが言った。
それから部屋に残った6人は円卓についた。おれの両脇にミノリーと
二緒さん。ミノリーの隣にエンデさん、二緒さんの隣に柳眉。エンデさ
んと柳眉の間にジルダさんが座った。
AI達が食事を運び込み、食べながらの歓談となった。
「それで、最初の議題は何にしますか?」と柳眉が言った。
「今晩タカーシとベッドインするのは誰かをまず決めておきましょう」
とミノリー。
「あなたはそれしか頭に無いの?」と二緒さんが冷ややかに応じたが、
ミノリーは意に介さない。
「何ならあなたが先でもいいわよ。でもその後ミーがたっぷりと搾り取
らせてもらうからね!」
「下品だ」ぽつりと柳眉とエンデさんがつぶやき、二人は目を合わせて
笑った。
「明日の朝食のメニューについてとかでもいいのだけれど、芸が無いし
時間がもったいないわね。こうしている内にも私の夫は死ぬかも知れな
いもの」とジルダさんが言った。
「今日の名目は顔見せと親睦ですが、おっしゃる通り、話し合っておく
べきことは山積しています」と二緒さん。
「例えば?」とおれは訊いてみた。
「例えば、人類がここにいる5人と中目さんしか生き残らなかったとす
るわ。私は除外しておくわね。白木君と中目さんの間の子供もまだ生ま
れてないだろうから除外しておく。
そこまで減らされてなお、私たちは『彼ら』と共存していけるのかし
ら、とか」
「『彼ら』に復讐する権利は無いのか、とか」とジルダさん。
「『彼ら』との共存がまず可能なのかどうかとか」と柳眉。
「これから先、白木君の種付けが成功していったとして、それをどれく
らい複製しておくべきなのか、とかね。おれは反対だが」とエンデさん。
「150億。当然でしょ?」とミノリー。
「人工子宮を150億個用意するのは現実的ではありません。受精卵の状
態であればまだ保存は可能ですが」と二緒さん。
「現存する台数はどれくらいあるんですか?これから半年とかで用意で
きるとしてどれくらい作れるんですか?」おれは訊いてみた。
「今までNBRの施設をフル稼働させて、世界中で約5千万台。月産でも250
万台くらいが限界」と二緒さんが答えた。
「ぜんぜん足りないじゃないですか?」
「NBRが外部に技術供与していないからです。外部にライセンス生産を
許可すれば、数倍にはなる筈です」と柳眉。
「でも、150億台は、LV3の到来には間に合わないことは確実よ。それに
人工子宮は倫理的にも非常に微妙な境界線上の技術と材料を必要とする
もの。コーラやコップを大量生産するのとはワケがちがうわ」
「どうしてちがうんですか?」とおれ。
二緒さんが一瞬言い淀んだのを見て、ミノリーが先に答えた。
「人工子宮の実体は、子宮と言うよりは胎盤に近いもの。その材料もIPS
細胞の複製による生成を必要とするから。
つまり、本来は女性として育っていたかも知れない細胞から、胎盤だ
けを創り出すように手を加えた命から創り出す物。こんなの世界中で治
外法権認められてるNBRでしか作れなかった物よ。私だってLV3なんても
のが来なければ使おうだなんて絶対思わなかったわ」
「人を合法的に培養する装置ですものね。ライセンス供与したとしても、
そこが無事生産を軌道に乗せられるかどうか、非常に微妙だと思うわ」
と二緒さん。
「EU圏と中東圏、いやキリスト教圏とイスラム教圏での製造は諦めた方
がいいだろうね」とエンデさん。
「同感です。それに先ほど言った通り、無理に人工子宮で育てておく必
要はありません。彼らが宿れる状態の受精卵を必要個確保して保存して
おければいいのですから」と二緒さんが答えた。
「技術的には、150億個の受精卵の確保と保存は可能なんですか?」と
柳眉が二緒さんに尋ねた。
「可能よ。ただし、物理的な保存環境の整備や維持の問題もあって、実
際に保持し続けられるのは200億個くらいかしら」
「つまりさ、どの組み合わせの受精卵を複製するかが問題になるわけね」
とミノリーが言うと、二緒さんはうなずいた。
「だから、それが白木君と中目さんの間の受精卵でも無い限り、1セット
でキャパシティーを使いきってしまうことは考えられないということ?
そして二人は複製を認めていない」とジルダさん。
「そんなの単純でしょ。耐性がなるべく高い者とタカーシの間に出来た
受精卵を優先的に保存・複製する。当然よね?」とミノリー。
「そうなるでしょうけど」と二緒さんが言った。「たぶん1億から10億の
を一つのロットとして用意。ビリオンズの間で出来た受精卵も複製・保
存するでしょうから、そこで最低20億。他に白木君との間で成功例が出
る度に、1ロット、最低1億から10億ずつ。
白木君とミノリーの間に成功例が出れば、おそらくは優先的に地球の
人類の人口分は最低でも確保されるでしょうね」
「なんで最初から150億じゃないの?」
「彼らの移住が可能かどうか、融合した後の経過も確認する必要がある
でしょうし、おそらくは10から50億くらいで臨床試験しながら、ロット
を増やしていく方が現実的だわ」
「それはそうだろうけど、LV3がいつ来るかわからないなら、見切り発車
的な対応も必要なのではないの?」
「他に成功例が無ければ、ね」
「どういうこと?!」
皆の注目が二緒さんに集まった。
「耐性の差は妊娠率にほぼ絶対の影響を及ぼす。これは中目さんやミノ
リー以外でも確かめられてきた事実でした。
しかし・・・」
二緒さんはにっこりと、でも照れくさそうに微笑んで言った。
「私の友人の一人と、私が、彼と性交し、受精することに成功しました」
ファッキンジ○ザスとかグレート!とか、WoWとか、ホントですか!?
とかいう驚きの声が上がった。
「日本の言葉で言うと種馬でしたっけ?」と柳眉だけが皮肉で応じた。
がおれは当然無視。
「本当よ、白木君」と二緒さんが微笑む。「複製した受精卵は、まだ2個。
1個は保存し、1個を人工子宮で、オリジナルは私自身が育てます」
おれは言葉を失っていた。
「私の友人は、受精卵を人工子宮に預け入れ、複製も保存も異議は申し
立てないそうです」
「彼女とあなたの耐性値は?」とジルダさん。
「私は、約1億分の1ですが、私の友人の耐性値は1/1。つまり一般人です」
テーブルが一瞬だけ静まり返る。
「それで、『彼ら』の誰かは宿れたんですか?中目さんのには誰も宿っ
てないか宿れてないか不明だって報告受けてますけど」と柳眉。
「私のにも、友人のにも、まだ、ね」と二緒さん。
「やっぱりそうよ!」とミノリーは気勢を上げた。「タカーシとの間の
子供は彼らの移住を拒絶する性質を持つんだわ。だから最悪、現存する
人類が滅んでも、浸食されないオリジナルの人類は残せるってことよ!
さあ、時間がもったいないわ!レッツ・メークラァァヴ!」
おれの腕をつかんでミノリーが立ち上がりかけたが、エンデさんが手
のひらでミノリーの頭を押さえつけて椅子に戻した。
「まぁそう焦るな。それでオリジナルの人類が残せるとしたって、他の
問題は残る。
今生きてる人たちと『彼ら』は死んでしまうんだろう?おれ的には仕
方ないと思わないでもないが、それで済まない人たちも当然いるだろう?」
「例えば、私とかね」とジルダさん。
「ぼくもです」と柳眉。「中国だけで15億くらいの人口がいます。オリ
ジナルの人類が生き残るってだけじゃ、ぼくは不満ですね」
「じゃ、どうすればいいっていうの?」とミノリーが言った。
「『彼ら』の移住先を確保すること。必要数分。これが最低条件です」
「でも、どうやって?」と二緒さん。
「『彼ら』に情報開示と協力を求めるしかありませんね。白木隆の成功
例のどれでもいい。『彼ら』の間で志望者を募って、移住してみてもら
うんです。オリジナルでも複製のでもいい。そして結果を伝えてもらう。
これしか有りませんし、そこがはっきりしない限り、人命救助という意味では、何も進みません」
「同感よ」とジルダさん。「そして成功例を必要数複製するしか無いわ」
「EUでも同じだろうな」とエンデさん。「政治とか国家的枠組みなん
てものにおれは興味が無い。だけど普通の人たちが死にたがっているか
というと、大半はちがうだろう」
「あなた、さっきまでと言ってることがちがわない?」ミノリーが食い
つく。
「一般論を言ったまでだけど、どこの国や地域でも同じ意見でまとまる
だろうさ。自分が対象から除外されていなければね」
「きたないのね」
「大人だと言ってくれ」
「『彼ら』に要請するとなると」二緒さんが言った。「中目さんから伝
えてもらうしか無いわね。もっとも、もう伝わってて、『彼ら』の間で
話し合われてる可能性の方が高いと思うけれど」
「最悪、LV3がタイムリミットですかね」と柳眉。
「ぶっつけ本番か」おれは言った。「事前に試して確認できることは、
なるべくやっておくべきでしょう。そう言っておきながら協力できない
こともあったりするんで申し訳無いんですけど」
「人が人なのは、自分で信ずる核があればこそ、だよ、白木君」とエン
デさん。「ぼくは個人的には君とレイナを支持する。EUとしては支持し
ないかも知れなくてもね」
おれはふと思いついて言った。
「エンデさん、ミノリーとの間に2件の成功例があるってのは聞きました
けど、過去の他の女の人たちとはどうだったんですか?」
「できたことは無かったよ」そう言ったエンデさんは寂しそうだった。
「最初の妻とは10年以上連れ添ったが、子供が出来ないのが離婚の理由
になった。その後も何人かと関係を持ったが結果は同じ。今の恋人とも
3年ほどつきあってるが、一度も避妊したことは無いよ」
「あの、立ち入ったことをお聞きしますが、ジルダさんは?」おれは訊
いてみた。
「主人しか男性は知らないけど、子供はできなかった。そう、避妊もも
うずっとしてないのだけれど。人工受精も何通りか試してみたけど、ど
れも失敗し続けたわ」
「私は」とミノリー。「エンデとの間に出来たのが初めてね。国内の耐
性保持者とも試したのがあるけど、どれも失敗した」
「ぼくは見ての通り子供ですから。ちなみにキング女史にお子さんはい
ないそうです。もっとも、生涯独身を通されてたそうですが」と柳眉が
言った。
「あなたはどうなの?」とミノリーが訊いてきた。
「中学の頃からほんの数人程度だけど、どれも避妊はしてたから、参考
にならないよ」
「正確には高校時代のみゆきさんも含めて9人ね」二緒さんがちくりと
言った。
「まぁ、あなたや中目零那をビリオンズに含めるかどうかについては世
界中で意見が分かれてるけど、やはりエクセプションズ、例外対象にカ
ウントすべきなのかもね」二緒さんが続けた。
「今回の日本の人口維持法のようなやり方で国民の遺伝子だけでも保存
しようとしている動きは世界中にある。LV3が収束してからそれらの遺
伝子を元に人類の数を復元しようとするのも可能だろう。
だから問題は一つに絞られる。彼らの移住可能先は、一例でもいいか
ら現存するのか否か、だ」とエンデさんが言い切る。
「ここに今現れてくれないのかしら?ナカメさん?」ジルダさんが呼び
かけたが、レイナは現れなかった。
「白木さん、頼んでみて頂けますか?」と劉備。
「レイナ、どうせ聞いてるんだろ?どうなんだ?答えてくれよ」
しかし応答は無かったし、レイナも現れなかった。
一同はふーっと息を付き、お互いを見渡した。
「それじゃ、今晩はここまでかしら。これ以上続けても堂々巡りでしょ
うし」と二緒さんが告げた。
「じゃあ、あなたが先?私が先?どっちにする?レイナ、あなた聞いて
るんでしょう?私が彼とファックしてもかまわないのよね?」
応答は聞こえてこなかったし、部屋には何の変化も起こらなかった。
「OKと解釈するわ。じゃ、リツコ、どっちがいい?」
「あなた、どうせ朝まで寝かせないとか言うつもりでしょう?だから私
が先で。話もあるし」
「うん、ぼくもその方がいい。それにミノリー、もうちょっとだけ考え
させてくれ」
「何それ。レイナとだけしかしないって言うならわかるけど、他に二人
も妊娠させておいて私から尻込みするの?」
「たぶん逃げないよ。だけど、おれはセックスマシーンじゃないし、種
馬でも無いんだ。ただの人間なんだよ」
ミノリーはしばらく考え込んだ後言った。
「わかったわ。じゃ、今はキスだけ。いいわね?」
有無を言わせぬ様子だったが、おれは言い訳するように二緒さんをち
らりと見た。二緒さんは抗議の声を上げようとしていたが、口をつぐん
で顔を背けてしまった。
ミノリーは立ち上がっておれの顔をぐいと自分に向けさせると、とて
も濃厚なキスをしてきた。もうそれはおざなりなセックス以上に性的な
感じの・・・。途中でエンデさんが「子供はあっちに行ってようか」と
柳眉に話しかけ、柳眉が「子供だけどここにいる資格はある筈です」と
やり返してそこに居残った。二緒さんは何も言わなかったが、時間が経
つにつれ背後からのプレッシャーは大きくなっていた。ジルダさんは何
も言わずにこちらをじっと見つめ続けていた。
舌と唾液をこれ以上は無いくらいに混ざり合わせて抱き合った状態が、
5分か10分だったか、時計を見ていなかったおれにはわからない。だが、
いよいよ限界に来ていたらしい二緒さんの
「そろそろいいんじゃないかしら?」
という一言でやっとおれは解放された。
二緒さんはおれの背中をミノリーから引きはがすように引っ張り、体
を密着させてきた。
「じゃ、楽しみにしてるよ。話とコトが済んだらすぐに声かけてね、待っ
てるよ!」
ミノリーはまた唇を軽くふれさせてきて、部屋から去っていった。
「ぼくもあと10年、いや7、8年早く生まれてれば・・・」
柳眉の独り言に、エンデさんがフォローを入れた。
「俺たちがくたばる頃、お前はこれから生まれてくる子供たちとぶいぶ
い言わせてるかもしれないだろ?それで交換条件が成立するんじゃないか?」
二人はにっこりと笑みを交わした。馬が合ってるのかもしれない。
「それじゃあたしも部屋に帰るわ。夫が待ってるし、政府も報告を待っ
てる」
ジルダさんが引き上げたのを合図の様に、ほかの二人も部屋から出て
いった。
残されたおれと二緒さんは見つめ合い、二緒さんはテーブルにあった
ナプキンでおれの唇をごしごしと拭ってから、キスしてきた。
ミノリーの大胆さにはほど遠かったけれど、それでも二緒さんにして
は積極的に舌を絡めつつ、体も押しつけてきた。
そんなキスも一分もせずに終わり、体を離して二緒さんは言った。
「相子と奈良橋さんが待ってるわ。それに他の人たちも」
その言葉を待っていたかの様に、二人は元居た部屋にテレポートした。
<次へ>
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