2-9 予想外の波紋


予想外の波紋


 部屋に戻ると、相子様と奈良橋さんが、仮想ディスプレイ越しに、越
智首相と話していた。
 おれと二緒さんが部屋に現れたのに気が付くと3人はそれまでの会話を
打ち切って押し黙った。
「えっと、どうも・・・」
 何となく気まずい雰囲気が流れていた。相子様も奈良橋さんも朝の陽
気さはかけらも無かった。
「お待たせしました」
 二緒さんはおれの腕を取って、相子様の傍へと連れて行った。
 おれと二緒さんがソファに並んで座ったのを見て、越智首相が尋ねて
きた。
「相子殿下、私から彼に話しますか?それとも?」
「少なくとも、わいはパスや。席も外させてもらうで」
 言うや否や、奈良橋さんは部屋から出て行ってしまった。
「あの、何が有ったんです?」
 おれの問いかけは無視され、首相と殿下との間で無言のやり取りがあっ
た。
「私から言います。答えは変わらないだろうから」
「では、一言だけ、白木君に私から言ってもいいかね?」
「何をです?」
「おそらく、日本政府の要請も変わらないだろうということを」
「ここにいるんですから、もう伝わりましたよ。ね、白木君?」
「はぁ。でも一体何の話です?」
「後でちゃんと説明するわ」と二緒さんが言った。
「では、報告を待っているよ」そう言い残して首相の姿は仮想ディスプ
レイ毎消えた。
 気まずい沈黙が降りていた。二緒さんと相子様の間で視線が何度も行
き交った。
「私から言おうか?」と二緒さん。
「ううん。ちゃんと、私から言う。あのね、聞いて、白木君」相子様が
言った。「耐性の差だけじゃ説明できない何かが、あなたにはあるみた
いなの。だから、あたしとの間でも子供は出来るだろうって、政府は判
断した。出来た子供は悠との間に出来たことにすれば問題は無いだろうっ
て・・・」
 絶句した。
 何でもやるというのは、まさにこういうことかと腑に落ちた。
 言葉を失ったままのおれに相子様は言った。
「悠は反対してくれてる。私もイヤ。ヤらせるなら、クローン再生した
私から採取した卵子とでも後からかけあわせればいいだろうって私は思っ
てる。でもね、死んじゃうかも知れない大半の人たちからすれば違うん
だって。自分たちが死ぬ前に、天皇家の末裔が生まれるのを確認してお
きたいんだって、さ・・・」
 二緒さんはおれの傍から離れ、相子様の脇に行って背中をさすった。
「『彼ら』に侵食されない天皇家の血。政府からすれば理想的かもね。
でも、あなたどうこうじゃなくて、私はイヤなの。私は、私を信じたい。
悠を信じたい。彼との間の愛を信じたい。だから、私は断るつもりでい
る。いえ、断る。卵子のストックも全部廃棄されてる筈だしね。でも、
あなたはどう思う、白木君?」
「相子様がいやがってるのを、ぼくが強制したくもありませんし、そう
するべきだとも思えません。けど・・・」
「何?」と相子様。
「精子の提供くらいなら仕方ないと思える?」と二緒さん。
「はい。直接セックスしなくたって、相子様がこれから排卵されるのを
どこかのタイミングで複製して、そのコピーと掛け合わせてみれば、少
なくとも、結果は出るんじゃないかと。それでダメなら、無茶を言い出
した人たちも納得して諦めてくれるんじゃないかと思うんですけど・・・」
「レイナちゃんが、それを死ぬほど嫌がったとしても?」
「ほんとにナイフを首に突きつけられてどっちかを選べと言われたら、
ぼくはこの提案を引っ込めます。けど、そこまでで無いなら・・・」
「あなたの提案で納得して引き下がる様な連中じゃないわよ。かつての
和久とレイナちゃんの関係を、私達にも当てはめたいの、白木君?」
「それは、嫌ですね・・・」
「体外受精がもしうまくいかなかったら、自然受精ならってきっと言い
出すに決まってる。もし子供が出来たら出来たで、次回はもっと高い耐
性値で産まれてくるかも知れないとか、きりが無くなるのは目に見えて
る。私はそんな全てに付き合うつもりは無いの。私は、悠と子供を残す。
それだけ。シンプルでしょ?」
「もし、出来なかったら?」おれは言ってみた。
「その時はその時よ。どうせ国会審議がどうなろうと、私の遺伝子サン
プルはどこかに残されててクローン再生させられるんだろうから。この
社会が続いてる限り、結論は変わらない。だから私は自分の意思を貫く
の。だけど私はあなたに強制できない。あなたも私をレイプなんてしな
いと思うし、ね」
 相子様はようやく昼間の笑顔を見せてくれた。
「レイプなんてしませんよ。それこそ死んでも。けど、諦めない人たち
は諦め無さそうですけどね。だから、どこかで妥協点を探る必要性も出
てくるかも知れないって思うんです」
「私は妥協しない」相子様はきっぱりと言った。「絶対に、私は、悠と、
私と彼の間の子供を残すの」
 言い切った相子様は立ち上がった。
「じゃあ、私と悠は別の部屋取ってるからそっちですることするね。あ
なた達はこっちの部屋ですることしてね」
 相子様は片目をつぶって見せるとくるりと身を翻し、部屋から出て行っ
た。

「何か、えーと、すごい話になっちゃってますね。いや当事者なんです
けど」
「ほんとにね。私とだけならともかく、良子とデキちゃったのが、すご
く効果的なアピールだったみたい」
「ぼくだってびっくりしてますよ。3連発で当たりなんてどーいう確率
なんですか?有り得ないでしょ?」
「ほんとにね。10人くらいの子持ち夫婦だっているだろうけど、してる
回数からすれば妊娠率なんて知れたものよ」
「なんかもう自分が変な意味で情けなくなってきました」
「でもね、タカシ君。あなたが私を、その意味では良子も、抱いてくれ
てなかったら、私はずっと過去に、悪夢に囚われてたままだったの。良
子も私も、まさかデキるとは思ったなかったけどね」
 てへ、という感じで照れ笑いした律子さんは可愛かった。
「じゃあ、します・・・?」
「うん。だけど、まずシャワー浴びさせて」
「あ、じゃあ、ぼくも一緒に」
「ダメ!何言ってるのよ!」
「・・・まぁいいですけど」
 二緒さんはそのまま一人で姿を消した。だが、しばらくしてからバス
タオル姿で戻ってきた二緒さんの髪はまだ濡れていなかった。
 二緒さんは顔を真赤にして何も言わずにおれの手を引いて浴室へと連
行した。そのままシャワーを浴びながら1回。ベッドの上で1回終え、二
人は横たわった。
「これ以上は、タカシ君の体に悪いわね」
「思いやり、ありがとうございます」
 二緒さんは、くすくすと笑いながら、でもすぐに真顔に戻って言った。
「あのね、恋人になれないのはしょうがないけど、でも、時々会って、
して。今みたいに・・・」
「ぼくも」どうしようもないと感じながら答えた。「そうできたらいい
と思ってました」
「この浮気男め」
「褒め言葉ですか?」
「違うはずよ。たぶん、ね・・・」
 それからしばらくキスを交わした後、二緒さんはおれの上に寝そべり
ながら言った。
「このまま寝かせて。そして眠りに落ちたら、ミノリーのところに行っ
てあげて。あの子は、すごく真剣なの・・・」
「わかりました。でも、眠れますか?」
「努力してみる。だけど、まだ胸がどきどきしてる」
「どうしてですか?」
「きっと、たぶん、夢みたいだから。今が・・・」
 そう言って見つめてきた二緒さんの瞳は、ほんとうに吸い込まれそう
に綺麗だった。レイナという存在がいなければ、迷わずに惚れてしまっ
ていた。間違い無く。
 それからどれくらいの時間が経ってからか、幸せそうな寝顔になった
二緒さんを上に乗せたまま、おれはレイナに無体な注文をした。
「レイナ、二緒さんを起こさないようおれを移動させてくれ」と。

 そんな最低男の願いを、でも、レイナは叶えてくれたみたいだった。
 気がついた時は、たぶん別のホテルのやはりロイヤルスイートのベッ
ドルームにおれはいた。



ミノリーとの逢瀬


 ミノリーはベッドにはいなかった。
 部屋を見渡すと、窓辺で泣き崩れていた。
 おれは素っ裸だったが、開き直ってミノリーの側の壁に寄りかかって
言った。
「来たよ」
「・・・おそい!」
 目を真っ赤にしてるのは眠いせいじゃなさそうだった。
「悪い。二緒さんが寝付くまでに少し時間がかかったんだ」
「それまで待ってたの?」
「ああ。それくらいしか、してあげられないから」
 ミノリーはきょとんとした目でおれを見つめてきた。
「あなたバカじゃないの?」
「いきなりなんだよ」
「あなたのフィアンセはレイナなんでしょ?二緒とは成り行きの肉体関
係ですませておくべきじゃないの?」
「同感だけど、おれはそういう人間らしい」
「誰にでも本気になれちゃうの?」
「誰でもってわけじゃない。ただ、自分がそうしたいからそうする。そ
うじゃなきゃ、おれがおれじゃなくなってしまうから」
 ミノリーはすぐにでもおれを押し倒してくるかとも予想してたが、た
だ肩を並べて窓辺に座り込んだだけだった。手を探ってきて握りしめて
はきたが。
「ミーはもう、自分が自分じゃ無くなっちゃったみたい。誰かのためと
自分に言い聞かせながら、男達に股を開きすぎてね」
「かつてのレイナみたいに、か?」
「そうね。あなたのフィアンセが降板しちゃったから、私に全部押しつ
けられてきたようなものよ」
「それはすまなかったな」
「だから、ミーも、あなたで打ち止めにしたいの。受精に成功させて、
複製もさせて、自分の胎内でも育てて、それでもうお勤めは終わり。LV3
が来るなら来ればいい。もう、誰でもない奴と体を重ねるのはイヤな
の・・・」 
 おれは、ミノリーの頭を胸元に抱き寄せて黄金色の髪にキスした。指
で波打つ髪をとき続ける間、ミノリーは頭をおれの肩にもたせかけたま
まかすかにふるえ続けていた。
 どうする?、とは尋ねなかった。窓の外がかすかに明るくなってきて
も、ミノリーは動かなかった。
 太陽が海から顔を出して窓の外が金色に染まる頃、ミノリーが言った。
「しても、いい?」
 おれはちょっとだけかっこつけるつもりで、You are welcomed!、と
返してやった。
 ミノリーはくしゃりと微笑み、それからおれの股間に顔をうずめてき
た。
 おれは床に寝そべり、彼女とお互いに奉仕しあった。そのまま上になっ
て跨ってくるかと思ったら、立ち上がっておれを引き起こし、ベランダ
へと出た。
 新鮮な朝の空気が裸に気持ちよかった。ミノリーの金髪が朝陽を反射
してまぶしかった。
「あなたを見ながらしたいの」
 ベランダの手すりに背中をもたせかけたミノリーと、立ったまま正面
から一つになった。
 あまり激しく動ける体勢ではなかったが、時折キスしながら、最後ま
で至った。
 終わった後、お互いに照れ隠しするように抱き合ったまま、ミノリー
は言った。
「ほんとはもっとがつがつとヤリまくる予定だったのよ。でもこれはこ
れで・・・」
「ご満足頂けましたか?」
「うん。でも、だめね」
「何が?」
「もっと欲しくなってきちゃった」
「・・・後何回かならつき合えるとは思うけど」
「バカ。あなたを独占したいって意味でよ。ミーはレイナも好きだから、
だから彼女の優先権を認める。二緒ともう一人はどうでもいいわ。でも、
タカーシ。あなたも好きよ」
「それはどうも」
「張り合いが無いわね。こんなナイスバディーな若い金髪娘が全裸で告
白してるのに」
「うれしがったって、きっとお気に召さないだろうから」
 ミノリーは、ぷっと吹き出した。
「それもそうね。じゃ、情が移る前に、確認することは確認しておかな
いとね。レイナ、もし受精に成功してるなら、私を運んで。成功してな
かったら、あと何度か試したいんだけど、どう?」
 ミノリーの姿は消えなかったが、彼女はおれには聞こえない返答をレ
イナから受け取ったみたいだった。
「出来たってさ。嘘みたいね、こんなあっさり」
 おれはもう肩をすくめるくらいしか出来なかった。
「嘘でもいいから、後何度かはしたかったけど、今はあきらめておく。
じゃあね、タカーシ。また会いましょう!」
 ミノリーは抱きついてきてキスした体勢のまま姿を消した。
 おれはそのまま空を昇り始めた太陽にしばし向き合ってから、言った。
「おれも部屋に戻してくれないかな?議員宿舎の部屋に。お前に会いた
いよ、レイナ」
 その願いの半分は瞬時にかなえられた。



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