ちょっと休戦編



春から同居をして、まだ初めての夏だった。

同じ仲間なんだから最初は私も行こうと思っていたし、兄弟も勿論、例年通り私も参加するものだとハナっから決めていて

夫からは「今年は参加者多いから、買出しも大変やでぇ」次男からは「ほんまや~。姉ちゃんまた買い物リスト頼むで~主婦代表やしぃ~!」

なんて言葉が飛び交っていた。いつもなら「おお!まかせろ!そんかわり荷物持ち頼むで!」なんて私も返していたのだが

何故かその年は気分が乗らずに「今年は私パスしとこかな~」と答えていた。  

兄&弟「なんで~!?」←見事に音声多重だった!

私「なんかなぁ・・気がのらへんねん・・あ!でも買出しは付き合うで!二人で行って来てや。車もアテにされてるやろうし」

夫「ほんでお前はどないすんねん?実家に帰るんか?」 

次男も‘ここから先は夫婦の会話ですから‘みたいな急に分別臭い顔になり膝を抱えて、兄と兄嫁の顔を交互に見ている。

友達から義姉弟に変わる瞬間。いま振り返っても本当に奇妙な同居だった。そして切り替えの上手い義弟だった。

「実家はな・・・帰ってもな・・」私は何故か実の両親に甘える事がどうも苦手だ。

でもそれは決して親が悪いのではなく、きっと私が甘え下手な人間なのだろう。つい顔色を見て我慢をしてしまう。

従って今でも実家天国でなない。

考えた挙句にこう言った。「ここで、おかあさんと二人でおろうかなぁって思うねんけど・・・・」

兄&弟「はぁ~~~????!!!!」←またハモル兄弟。 仲ええんかい!?

でもそりゃあ驚かれるだろう。今の言葉で表現するなら「チャレンジャー」ってヤツなのだから! 悪趣味、物好き、この上ない!

夫「なんで・・また、そんな無謀なことを・・」  次「オカンやで!わかってるぅ?」←ごもっとも!

私「う~ん、なんかな~男の子ばかりを育てた女親が、義理とはいえ娘と二人っきりになったらどんな感じになるんかなって見てみたいねん。

  私、人間ウォッチング好きや~ん?案外、女同士で語れるかもしれへんなぁって?お酒も飲みはるんやろ?」

夫「まぁ、お前ほどちゃうけど結構いけるクチやとは思うけどな」  次「へんなヤツ・・」←それもごもっとも!

その頃は「家庭内食事別居」の真っ最中だった。だからこそ久しぶりにジェリーの分も作って、ちょっと休戦しようと思った。

私も険悪ムードに少し疲れていたのかもしれない。

けれども私がサマーキャンプに行かないで家にいると聞いた時、ジェリーは露骨にイヤな顔をした(苦笑)

ジ「なんでやの?トムちゃんも行って来たらええのに・・・」←うつむき加減になる姑

私(お!困ってる、困ってる・・うひひ・・)←笑いをこらえるイケズな嫁

私「今回、私は行きませんねん。息子らだけですよ~♪」 ←何故か意地でも残ってやると思いながら彼女の顔を覗き込んだ。

ジ「ほんなら実家へ帰ってきたらええねん、お母さんずっと一人でいてはるのに・・」 ←やたら顔を伏せていた。

私「うちのオカンは一人で大丈夫!それに実家帰りなんて平凡すぎてイヤやからココにおるわ!おかーさんもそないイヤがらんと、

  野郎どももおらんねんし、たまには女同士で酒でも飲んで話しようや~!何食べたい?久しぶりにワシが作るから何でもゆうてや~!

  二人で居酒屋さんごっこでもしよや!」

ビックリされるだろうが、私は親睦を深めようと思えば思うほど男言葉になってゆく。今でも男友達に対しては何故かそうなる。

だからジェリーは時々「うちには男の子が三人おるわ!」と言っていた。私は酒も煙草も姑の目の前で遠慮なくやった。

しかし、この時は流石のジェリーも驚いて私の顔を見上げた。そして・・・・なんていうんだろう・・。

‘何をたくらんでるのん?それとも本気?‘とでも言いたげな、少し怯えたような、少し嬉しいような、なんとも複雑な笑顔を見せた(爆)


さて休戦日当日!空はとても青く染まり、ジェリーは土曜日出勤、兄弟も元気にサマーキャンプへ出かけた。

結局、私の「何食べたい攻撃」にもジェリーはまた冷奴だの、トマトだのと答えていたのだが、まぁ煮物や焼き魚や揚げ物や和え物なんかも

あれば食べるだろうと用意した。

私は自分が飲兵衛なので、アテは少しずつ多くの種類が欲しい。今でも「飲むゾ!」って日には二人でも張り切って沢山作ってしまう。

定時に帰ってきたジェリーちゃんに「今日は食べる前にお風呂♪」と別々だけど(そういえば一緒に入った事はなかったなぁ・・・入院中に

手伝った事はあるけど・・寂・)早めに済ませてお互いまだ午後7時ぐらいでスッピンになって向き合っていた。

私「おかーさん!お疲れさま~!かんぱーい!!」 ←テンション高め!

ジ「はい。かんぱい」 ←遠慮がち!

しかし!最初はぎこちなかった雰囲気だったのが酒も進むうちに、段々スムーズになっていった!

何故か饒舌になる二人! ご機嫌だ! 何でも酒でうやむやにする日本人の悪いクセやね!絶対に!

何より私のテンポでジェリーも飲んでくれた事が、功を奏した(笑)

私「今日は語ろうゼ~!おかーさん!」 ←何様?

ジ「ほんまや~あの子らもおれへんねんし、伸び伸びや~! ちょっとそれ一本ちょーだい!」

私「え??おかーさん、煙草吸いはったっけ~?」   ジ「私かてあの子ら産むまでは吸うてたんや!」

私「そうやった~ん! いけるね! いけるね!」 byさんまギャグ  火をつけてやった。

それからは息子達の子供時代の話を聞いたり、他愛無いバカ話もしていたのだが、酔いがまわってきたせいか、やがて彼女は自分の生い立ちを

ポツポツと語り始めた。


7人兄弟の上から二番目で、上のお姉さんの後で「また女か」と言われて悲しかったこと。

そのお姉さんが賢かったので「あの子は勉強がある!お前は家のことをしてたらええんや!」とお婆さんに言われて女中のように使われたこと。

両親は商売をしていておまけにその怖いお婆さんは姑にあたるから、母も遠慮をしてあまり自分にかまってくれなかったこと。

次々に産まれてくる妹や弟を「ちゃんとしたりや!」と言われてもどうしていいか解らなかったこと。

いつも不安だったこと。焦っていたこと。怖かったこと。人の顔色ばかり見ていたこと。

そして、あろうことか子供のいない夫婦の所に養女に出され、子供が出来たからといって戻されたことまで。

それらを私にぶつけてくるというのではなく、まるで心の中の重荷をひとひら、ひとひら剥がして置いてゆくように彼女はずっと話していた。

そして私はずっと聞いていた。


人は嫌いな人の生い立ちであっても聞いてしまうと、その人がそうなってしまった理由が少し解ったような気になってくるという。

そして、そうなったのも無理はないように思えてくるという。

真っ白のスポンジを赤い液体に浸したら赤しか吸わないように、青なら青、黒なら黒と。

まっさらで産まれた赤子は、その家庭環境の色を無条件で吸い上げてゆくという。

感じ方、受け止め方、考え方、行動に到るまでの全てを。

ジェリーが憎たらしいことを言うわりに、すぐその後で媚びてきたアンバランスさも、何をしても焦ってばかりですぐ失敗したところも

依存かと思うほど甘えてきた点も、不安の境地で物が無くなったと信じ込み「泥棒が入った」とよく騒いでいたことも。

今ならうなずけるのに・・今ならば・・・きっと。


しかし残念ながら当時の私は「大変な環境やったんやなぁ。辛かったなぁ」というくらいの気持ちしか湧いてはこなかった。

やがてジェリーは泣き出して、私も少しだけもらい泣きをし、朝方になり彼女は酔い潰れてそのまま眠ってしまった。

タオルケットをかけてやって、まだ酔ってもいない私はジェリーの寝顔を見ながらもう少し飲んだ。

この時の想いは今でもハッキリと憶えている。

恥ずかしながら私は「もうこれで姑とはうまくやっていける。もうわかりあえた」そういう不遜な、というか呑気な、思いを抱いていた。

そして近い将来、全く想像もつかない事態が起こり、それまでの自分がまだ見たこともない自分自身の冷酷さや残忍さと

出会うことになろうなんて、夢にも思っていなかった。


結果的に、彼女と共通の夏の思い出はこれ一つになった。次の年の夏には入院していて、その二年後の夏に死んだ。

今思えば、何故あの時それまで楽しみだったサマーキャンプに行く気がしなかったのか。

一期一会になるから 大切にしなさいよ・・・・・・・・・

私にはそんな 大いなるもの の計らいだったように思えてならないのだ。











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