Going My Way♪~気まぐれkaaの日記

「夢と出会い」



先週、シンクロナイズド・スイミングの奥野史子さんの講演会が甲南大学であったので聴きに行きました。
http://www.konan-u.ac.jp/news2/070623.pdf

3人姉妹の末っ子で、姉たちの影響で4歳からシンクロを始めずっと続けてきた中での色々なお話でした。
外見の華やかさとは裏腹にものすごく激しいスポーツだというのは想像できましたが、本当にその努力はただただ尊敬ものです。

練習に通うため、放課後に遊べないなど、イジメもあったそうですが、大きな目標があったことと、やられたらやり返す、という負けず嫌いな性格だったため乗り越えてこられた。
そして、シンクロ界で有名な井村コーチの厳しさは半端じゃなかったそうで、いつも怒られてばっかりだったけど、愛情があった、愛情の鬼だと言われました。

大きな夢に向かって努力しながらも何度かくじけそうになったけれど、やめたら自分を支えるものがなくなる、と思って頑張ってきたそうです。

そして、メダルを取って当たり前と言われていた92年のバルセロナで、ソロ、デュエットともに銅メダルを取ったとき、語り尽くせないほど様々なドラマがあったようです。
デュエットで演技前にプールサイドまで歩いていく途中、頭が真っ白になって最初のポーズを忘れてしまった、そしてそれを引きつった笑顔のままペアの相手に伝えると、相手もやっぱり笑顔を見せたまま「私も」。
でも、合図と共に体が勝手に動いた。
その時二人とも涙を流していたそうで、そのまま水に飛び込んで演技を始めたところ、ものすごく体が軽くて今までにない演技ができたそうです。

メダルを持って日本に帰ったら一気に環境が変わってしまい(親類や友だちがいきなり増えたらしい)、天狗にならなかったのは母親の「感謝を忘れたらあかん。トップに立ったら余計に頭を低くせなあかん」という言葉と井村コーチの厳しさだった、とおっしゃっていました。
そして、翌年はメダルが取れなくて、初めての大きな挫折を味わい、友だちも減った、と(苦笑)。
その時に、支えてくれた人たちがいる、その人たちのために頑張ろう、と思ってまた頑張り、94年の世界選手権で「夜叉の舞」という今までにない喜怒哀楽を表現する演技で2位になった。
その時もなにかに後押しされるような、神秘的な体験をされたそうです。

私はシンクロもフィギュアスケートも好きで良く見るんだけど、時々何ともいえない神々しい演技をする人を見かけます。
きっとそういう時なんだろうな、って思いながら聴いていました。

そして最後に、本か何かの中の言葉を紹介されていました。
「当たり前のことをどうして喜ばないのか。
 食事をすること、寝ること、笑うこと、泣くこと。。。
 その当たり前のことをできない、無くした人だけそのありがたみを知っている。」

というような言葉でした。

本当に素敵に輝いている女性でした。
行って良かったと思います。


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