Bar UK Official HP & Blog(酒とPianoとエトセトラ)since 2004.11.

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2013/05/28
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【番外編<上>】から続く

5.ギムレットは当初、超甘口カクテルだった

s-s-No.28.jpg ギムレットは現代においては、辛口ショート・カクテルの代表格と思われています。しかし、英国で 誕生した当初(1900~1910年代頃)のギムレットは、「プリマス・ジン(若干甘口のジン)+ライム・コーディアル(甘口のライム・ジュース=ローズ社製が一般的だった)」という材料 でつくられていました。

 ライム・コーディアルはかなり甘口なので、生のライム・ジュースとは似て非なるものです。以前、僕はとあるBarで、実際にこの材料を使って“元祖”ギムレットを再現してもらったことがありますが、現代のギムレットのイメージとはかけ離れた味わいでした。

 しかし時代が進み、Barで生ライムが手に入りやすくなると、ギムレットは辛口傾向になります。ジンも、プリマス以外の様々なジンが使われるようになりました。結果、生き残ったのは辛口のギムレット。甘口の“元祖”ギムレットはいつしか忘れ去られていきました。s-IMG_3361.jpg

 欧米でも今ではギムレットといえば、辛口です。日本にギムレットが伝わったのは第二次大戦後と言われています(戦前は、味わえたとしても海外駐在の邦人、すなわち商社マンや外交官くらいだったでしょう)。

 戦後も長い間、生ライムがとても高価で希少だったため、普通のBarでは生のライム・ジュースを使うことなどはとても望めず、もっぱら合成ライム・ジュースが使われていました。僕自身も、Barで初めてギムレットを飲んだ時は、明治屋かサントリーの合成ライムだったと記憶しています。

 今日のように、ほぼどこのBarでも生ライムが扱え、きりっと辛口で爽やかなギムレットが楽しめるようになったのは、1980年代後半からです。かつては1個500円前後もした生ライムは現在では、スーパーでも一年中安定供給され、100円台で買えるようになりました。カクテル好きには、ほんとに良い時代になりました。


6.レッド・アイはほぼ間違いなく日本発のカクテル

 レッド・アイは、ご存知トム・クルーズ主演の映画「カクテル」(1988年公開=日本では89年公開)でブレイクしたカクテルです。しかし、映画でのレッド・アイは今日の日本で飲まれている標準的なレッド・アイ(ビール&トマト・ジュース)とは違い、生卵も加えるという驚くべきカクテルとして描かれていました(出典:Wikipediaほか多数)。

 実は、 日本では、映画公開以前からBarで「レッド・アイ(生卵はなし)」というカクテルが飲まれていたという事実 はあまり知られていません。この映画が発信源だと思っているBar業界の方も意外と多いのです。s-IMG_3394.jpg

 映画の原作はヘイウッド・グールド(Heywood Gould)という方の同名の小説ですが、これが発表されたのは1984年です。しかし日本では、1982年に出版されたカクテルブック(福西英三著「カクテル入門」)にすでにレッド・アイは登場しています。

 僕自身の記憶でも、日本のBarでは、70年代後半にはレッド・アイの名は結構知られ始めていたと思います。少なくとも、本土返還前の沖縄では「トマト・ビール」という名前でこのカクテルは飲まれてたという証言もあります(出典:http://webcache.googleusercontent.com/ )。

 映画や原作では、トム演じる主人公フラナガンの友人で、 バー・マスターのダグが、フラナガンのために生卵入りのレッド・アイをつくる有名なシーン があります。
 ダグがこう言います。「卵を入れずにこれ(レッド・アイ)をつくるアホが世間にはごまんといる。アホどもは、このドリンクの名前の由来は、赤い眼をしている時に飲むことが多いからだという。が、真相はつねに単純で、名は体を表すのだ。こいつ、赤い眼に見えるだろ」。(出典:文春文庫「カクテル」53頁=芝山幹郎訳 ※生卵を落とし込んだトマト・ジュースのビアカクテルを底から見れば、確かに赤い眼ぽく見えます)。

 しかし、上記の時期的な理由からしても、これは映画&小説のために考案された「オリジナルなレッド・アイ」であって、今日私たちが味わっているレッド・アイとは基本的に別物であると考えるべきでしょう(WEB情報では、「原作者のヘイウッドが東京のBarで飲んだレッド・アイが忘れられなくて、小説のなかの小道具として使ったらしい」との話もありましたが、真偽のほどは未確認です)。映画は、専門家から酷評されたこともあって、この生卵入りのレッド・アイも、その後米国内でもほとんど忘れ去られてしまいました。

 実際、欧米のBarやPubで「レッド・アイをください」と言っても、まず99%通じないそうです。「ロンドンのPubでレッド・アイを頼んだら、『何ソレ?聞いたことないよ』と言われ、『ビールとトマト・ジュースのカクテルだ』と説明したら、ラガー・ビールとトマト・ジュースと空グラスを出され、仕方なく自分でつくった。店員さんは不思議そうな顔をしていた」というエピソードを掲示板で紹介する人もいました(出典:http://www.misichan.com/cocktail/d/cocktail134.html )。s-Cocktail.jpg

 米国でもレッド・アイがさほど知名度がないことの裏付けとしては、ヤフー米国版のQ&Aのページ「Is there a name for tomato juice with beer? 」(http://answers.yahoo.com/question/index?qid=20080905163600AA3Wwim )が面白いです。ほとんど誰も名前を知りません( 写真右 =映画「カクテル」 (C)ワーナー・ブラザーズ )。

 日本のカクテルブック等では、レッド・アイを欧米発のカクテルと紹介しているケースが目立ちますが、僕がリサーチした 結論としては、レッド・アイはほぼ間違いなく日本生まれのカクテル で、「二日酔いの血走った目」というイメージから名付けられたのが正解ではないでしょうか。それが何らかのルートで「カクテル」の原作者グールドに伝わり、アレンジされて映画にも登場したのではないかと僕は想像しています。

 こうした見解を裏付けるかのように、 70年代以降の欧米のカクテルブックで、この「レッド・アイ」というカクテルを紹介している文献は調べた限りでは、まったくありません。 「Red Eye Cocktail」と打ってグーグルで検索しても、欧米のサイトではほとんどヒットしません。英国の専門サイトが唯一、日本とほぼ同じレシピのレッド・アイを紹介していましたが、面白いのは、そのページの掲示板に、「生卵を入れないとレッド・アイにはならないよ!」というユーザーのコメントがあったことです(出典:http://www.cocktail.uk.com/Cocktail-Recipe/Red-eye.htm )。

 欧米のWEBサイトでは、映画の「レッド・アイ」をそのまま紹介していたり、生卵入りレッド・アイを「レッド・アイ・ア・ラ・カクテル(Red Eye a la Cocktail)」という別名で紹介したり、日本版レッド・アイのレシピにさらにウオッカを加えたレシピ(日本では「レッド・バード」という名のカクテル)にしたり、日本でレッド・アイを飲んだ外国人が母国でその驚きを紹介していたり、アサヒビールが2012年6月に売り出した缶入りのレッド・アイを話題にしていたりと様々ですが、まぁその程度のレベルです(出典:Google「Red Eye Cocktail」)。

 ちなみにWeb上でみる限り、欧米でのビールとトマト・ジュースだけのカクテルの呼び方は「レッド・ビア(Red Beer)」「トマト・ビア(Tomato Beer)」「レッド・ルースター(Red Rooster)」「ブラッディ・ビア(Bloody Beer)」など様々です(「レッド・ビア」が多数派という)が、どれをとってもさほど有名ではありません(出典:Yahoo! Answers英語版、Wikipedia英語版)。


7.昔のカクテルはぬるいのが普通だった

 Barにも製氷機が当たり前にある今日、私たちはどこのBarへ行っても冷たいカクテルが楽しめますが、 1920年代以前は、カクテルといえばそう冷たい飲物ではありませんでした (欧米では今も、英国のPubのように、氷を少ししか入れないぬるいカクテルを出すところもありますが…)。s-Linde.jpg

 近代カクテルが誕生したと言われる1850~60年代、欧米では簡単な仕組みの製氷機が登場したばかりで、高価なこともあって小さなBarやPubで備えているところはほとんどありませんでした。ドイツのカール・リンデ(Carl von Linde)= 写真左 ((C)The Linde Group)=が初めて本格的な業務用製氷機を発売したのが1879年で、欧米の飲食業の現場で製氷機が普及したのは1910~20年代以降と言われています。

 それまでは、冬場に凍結した川や湖から切り出した氷を氷室(ひむろ)で保管し、BarやPubでは木製の冷蔵庫を使って保管していたようで、もちろん量も限られ高価なため、カクテルに好きなだけ使うなどはとてもできませんでした。したがって、 マティーニやマンハッタン、ロブロイ、ギムレットなど、現代でも人気の古典的カクテルと言えども、誕生当初は、かなりぬるい状態で味わっていた のが実態だったと思われます。

 1920年以前のカクテルに生卵(卵白や卵黄)を使うカクテルが多かったのは、キリっと冷えたカクテルを楽しむなど簡単には叶わなかった時代に、カクテルを飲みやすくするために、まろやかな味わいを演出しようとしたバーテンダーならでは工夫だったのでしょう。

 ちなみに、1860年(万延元年)、日本で始めて誕生した横浜ホテルのBarでは当然、天然氷を使っていて、木製の保冷箱のようなもので保管していたようですが、どのくらいの時間溶けずにもったかは想像に難くありません。街場にBarができた明治末期~大正時代でも事情はそう変わりませんでした。大きな氷を入れて冷やす木製冷蔵庫は登場していましたが、氷が貴重品であったことには変わりはありません。

 日本に米国製製氷機が初めて輸入されたのは1920年代末ですが、家が一軒買えるほどの値段だったため、当初は一流ホテルか一部の金持ちしか持つことができませんでした。国産の業務用製氷機が普及し始めるのは1950年代後半です。現代では「ぬるいカクテルなんてカクテルじゃない」と思いがちですが、1920~30年代に生きていた人たちがもし現代のBarにタイムスリップしたら、「カクテルが冷たすぎる!」と驚くに違いありません。

<完>

【御礼】昨年6月以来続けてきた「【全面改訂版】カクテル--その誕生にまつわる逸話」は今回で終わります。成田一徹さんの急逝や偲ぶ会開催に伴う繁忙のため、途中中断を余儀なくさせられましたが、バー関係も含む友人の励ましもあって、ゴールにたどり着くことができました。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。この連載がバー業界に働く皆さんのお役に立てば、これに勝る幸せはありません。






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うらんかんろ

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Comments

kopn0822 @ 1929年当時のカポネの年収 (1929年当時) 1ドル=2.5円 10ドル=25円 10…
汪(ワン) @ Re:Bar UK写真日記(74)/3月16日(金)(03/16) お久しぶりです。 お身体は引き続き大切に…

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