甥っ子誕生から流産まで


 寝ている子供を見て「かわいいね」が精一杯だった。部屋に赤ちゃんグッズがたくさんあった。
 職訓に通っている時の9月妊娠が判った。病院にすぐ行くと「まだ見えない。子宮外かもしれないから、」って言われた。病院でおめでとう!の言葉もなかった。
 「子宮外?」ってビックリで一応母には話しに行った。「世話になるかもしれない」って。
 一週間後、心配したとおり出血があり、流産の掻爬をうけることになった。T君は「まこの家に連絡する?」って言ったんだけど「心配するから・・・」って終わって話すことにした。
 掻爬の手術は、とても寒かった。寒くて、看護婦にタオルケットをかけてもらい、麻酔前の注射を打って「ちょっとボーっとしますよ」と言われた。ボーっとしていたら、先生が来て麻酔を入れられた。看護婦に「一緒に数をいいましょうね」といわれて「ひと~つ」・・・で記憶がなくなってしまった。私はとてつもない下戸。脈が速すぎたらしく、点滴がめちゃ時間がかかった。終わってストレッチャーで運ばれている時に廊下でうとうとしているTをみかけた。
 夜家に帰って、一応両方の親にTELするって言っていて、その後、麻酔のため記憶が薄れて、目を開けたら母が枕元にいた。心配して見に来てくれたけど、うすれていたので記憶がそんなにない。
 次の日、T君は昨日付き添ってくれていて、仕事が残っていて会社に行った。日曜日だったので私の兄が付き添ってくれた。安心して眠って過ごした。
 1週間して、動けるようになった。1週間以上Tの家に顔を出してない。また義姉から何を言われるかと思うとぞっとし、「家に行かないと」って言って出向いた。
 義母はアイスコーヒーを出してくれた。カフェインをまだ胃が受け付けなくてT君が「まこは飲めない」って言うと、義母が「はぁ?飲めないっていうの?飲めるでしょ」って言うので、無理に飲んだ。
 義母は「なんで、妊娠が判った時に言ってくれなかったの」って怒った。仕方なく流産に至るまでを話す羽目になって、帰りの車で泣きじゃくった。私は一部始終を話したのだ。
 話の途中で「2週間前に温泉やハウステンボスに行った」と言うと「何で気が付かないの?」と義母に言われた。ハウステンボスの頃は3週目。気がつくはずもない。なんで5週で妊娠が判った途端に流産したとあれだけ話しても判らないんだろう・・・同じ女なのに。義母は私の心配よりも子孫を流した私が憎かったんだろうか・・・「大丈夫?」の言葉はなかった。私はひたすら謝罪・・・。なんかおかしい・・・この人たちは絶対おかしいと感じはじめていた。


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