男性不妊発覚


 値段は高かったけど、年末から逃げることにした。
 熱海に行った。でお土産を持たせた。私が行かないことに対して電話があった。「風邪大丈夫?」行かないから風邪だと判断したらしい。T君に聞くとそんなん一言も話してないとの事だった。 旦那の家に行けば行くほど、モヤモヤした気分になっていく自分がいた。
 学校が終わって2ヶ月が過ぎる前に、義姉とメールのやり取りをしていたら「働いてる女性の方がきれいよ」「私も働きたいわ」と、仕事を進めるような内容のメールが来た。慌てて、ハローワークに通い1週間後パートを見つけ働き出した。
 しかし私的には、社会復帰を30ですると言う目的があったのだ。子供がほしい。流産から1年すぎ、早速検査に向った。卵管造影も血液検査もなんでもできるものはしたが、見当たらなかった。そしてT君に病院に行ってもらった。結果は最悪で、量は少ない、奇形多い・・・俗に言う男性不妊って言葉が当てはまった。
 1ヶ月ほどして、義母には伝えようってことになり、話に言った。当時車を買い替えたばかりだったので、車を見せるのも兼ねていた。
 「なんで車替えたの?」って言われ「子供できないから買っちゃいました!」と軽く話そうと思ったこともあり、あっさり伝えたら、「まぁ出来るわよ。こんな大きなお尻なのに」と、私の尻をたたいた。 話をしたけど義母が辛くなるかと思い、時折明るい話をしないと、と思って小鳥の話をしたら「小鳥ばかり可愛がるから出来るんじゃない?」と反撃にでられた。帰った時にピャーピャー鳴く小鳥が憎たらしくも感じた。
 義母は孫がよほど可愛いのか私の名前を「なおちゃん」と甥っ子の名で何度も呼んだ。何度も否定したが、虚しさだけ残った。義姉と間違うならまだしも・・・と。しかし不妊は事実だ。受け止めなければいけない。泣きながらT君にあたった。子供を作ろう!体を休めようと決めて、パートを辞めた。
 「まこさんは流産されたんですよね、それはご主人さんの精子のせいですね。昔は異常が起こったとか言ってましたけど、原因はつかめてんですよ」って言われ、T君はK医大で検査となった。全然いい返事をもらえず、「睾丸が癌になるかもしれないから」って言われもした。
 もう・・・どん底に近い中、孫が出来ない息子を心配してるんじゃないかってことで一部始終を話しに行った。
 義父は時折、会話に参加するくらいでTVの方向に体を向けていた。義母は度々「ねぇちゃんの友達も治療してるのよ」と、義姉の話を持ち出していた。義母の話は全部「ねぇちゃんは、ねぇちゃんは・・・」だ。うんざりだ。義父はCMになると、以前TVで見たことを話し始めた。「人工授精ってのは確率低いんじゃろうが」と。私が流産の時にかかった病院とは違う病院に通っていると話すと「そうやって病院ばぁ替えるけぇじゃ」とも。どれも会話に参加するのはTVのCMの時だった。
 T君が翌日、義母に電話して「まこチャンに謝れ」みたいなことを言ったらしい。
 木曜日に電話がかかってきた、忘れもしない「まこチャン怒ってるってT君が電話して来て言うから電話したわよ」って第一声だった。そのうち私もいろいろと「そうでなくて・・・」って治療の話をしたら「無理せんでいいのよ」って言葉をかけてくれ嬉しかったのだが「でも、T君もKで検査してるから・・・」って言うと「なんでTちゃんが検査してるの?!」って声がワンオクターブあがった。人の話を聞いてたのか?ばばぁ!って思いをこらえいた。最後にきる前に「そんなねぇ。おかあさん不妊治療の話なんか聞きたくなかったわ」とも・・・結局この電話は息子が電話しろといったからかけてきたものだった。都合の悪いことは耳にしたくない・・・それが本音だったのか?
 もう、駄目だと思った。自然妊娠は有り得ない事実と、この反応。案の状、電話を切ったあと、激痛が起きて不正出血がでた。
 義姉からは「年老いた両親をよろしく」とメールが来た。ブチ切れてしまった。なんで私はあんな人たちの老後の面倒を?メールをよこさないように頼んだ。私は面倒を見るために結婚したわけでない。T君と家族を持ちたいから結婚したはずだ。
 男性不妊のメルトモに聞いてみた。姑さんとは上手くいってると聞いた。私は話せば話すほど傷ついていっている。精神的にあの人たちは最悪だった。言葉一つ優しい言葉をかけてはくれない・・・離れるしかないと判断した。


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