家と仕事とAIH6回目まで


 しかし、T君は家の件でいろいろ言われて帰ってきた。「親の恩を忘れたんか?」義父はこんな状況でも同居をしたいのか?そもそも、自分が作った子供に恩を売るものか?親の恩とは自分が子供を持った時にはじめて感じるものではないのか?義父は私が育った環境とは違うことをよく口にする。父親絶対の家庭で育っていた。義父が黒と言ったら白でも黒の家庭だったらしい。義母は「不妊治療をして家まで買えるの?」って聞いてきたとも聞いた。Tに「籍ぬくぞ」と脅されたらしい。そんなに家を建てるのに反対なのか?「籍を抜くって言われたってすでに結婚の時ぬいてるじゃんなぁ」って、T君が笑顔で言ってくれて、私の中の重たいものも取れた。なんだぁもうあの家をきにしなくていいんだね!って。こっちから絶縁したら後味悪いけど。貯金を頭金にして後は借り入れようって話が進んだ。あとは少し実家に税金のかからない程度の額をもらえばいいやなんて。
 4月に入り、母の従妹が婦人科の婦長で口添えもあって、F病院にかかることとなった。
 母はT君の誕生日に「まこの分も入ってるから」と4万円くれた。
 前は1万だったのに、治療をはじめてから正月とかイベントの時に必ず高額をくれるようになった。とっても感謝してるけど、治療で使うのは辞めようと話した。いつか旅行をしようということでおさまった。
 F病院で一通り検査が始まった。「子宮癌の検査をしましょう」って言われAIHの時についでに細胞も取った。それが13日の金曜日だった。
 AIHの日は朝Tくんが連れて行ってくれて帰りは実家で寝込むことになった。Tくんは、「おかあさんにまこが痛がっているのを見せてもいいものか?」って悩んでいたけど、毎回仕事を抜けて迎えに来てもらうのも難しいので頼むことにした。私は必死で実家で痛みをこらえた。家で一人でいたら痛がろうと泣こうと良かったけど、実家ではさすがに普通を演じた。これはかなりきつかった。血で汚れたパンツを母は黙って洗ってくれた。生理でもない血を洗う母の気持ちを考えるとここにいたら母もつらいのではないかと、悶々していた。ご飯を食べられるのも有難かった。
 その夜細胞も取られて痛くて寝込んでる時に義母がTELしてきて「誕生日だから、なんかいる?4人で食事でも」T君は断った。誕生日の頃に電話があったら、また卵が出来ないかもしれなかったって思ったら、ちょっとホッとしたけど、当日だったので子宮がキューってやっぱりなってしまった。縁を切ったならそっとしておいてほしかった。
 1週間後「再検査しましょう。1~5まであって、12は異常なし、45は癌。貴方は3です」って。検査のため爪ほどの細胞を取られ、激痛が何度も来た。。
 2週間後。T君も病院について来てくれた。「異常なかったですよ。癌でなかったです。炎症を起こしていました。」と言われ、3回目のAIHのあの痛みは炎症のせいってことに気がついた。あれほど義父の言葉がひっかかっていて、病院を変わるのを拒んだけど、変わったおかげで炎症だと原因がわかった。って思うと、気持ちがすーーーって楽になった。
 炎症ってやっぱりAIHのせいなんよね・・・ってT君と話して「今回はやめておきます」と先生に断りをいれたが「卵ちゃんと出来てるからもったいないですよ。自然妊娠じゃ難しいことだし」と再度勧められて、もう一度することになった。
 すでにAIH5回。排卵誘発剤で背中や顔にブツブツでて、吐き気もおさまらない。きっと体自体は限界きてると思うけど、やっぱり家族欲しい。T君も子供欲しいくせに「まこチャンが子供欲しいなら別れる」って言った・・・私が頑張らなきゃ・・・
 唯一の救いは、治療の合間に見る「夢のマイホーム」とか「犬飼おうね」とか先の話だ。
 義父は、実家の親がそそのかして家を買おうとしてると勘違いをしてるのか?どうなのか、T君が絶縁を言い渡されてから実家には言っていないらしい・・・私には関係のない話だわ。なんて、笑うことにした。話は進んだ。楽しい日々だった。
 兄夫婦に子供が出来た。来年の1月の予定だ。家が近いとのことでF病院にかかっていた。めでたい話なのに、母は私になかなか話をしてくれなかった。喜んであげるのに、なんで?って思ったけどやっぱり泣いてしまった。T君は「ごめん」って謝った。兄嫁さんは私を気にして「まこチャンにも出来ますように」ってメールが着た。同じ先生だったけど、替えてもらった。皆に迷惑がかかり始めてきていて、申し訳ないけど、兄嫁さんは正常妊娠だからどの先生でもいいよね?ってことで。かなりずうずうしいお願いだったけど快く承諾してくれた。兄嫁さんには頭があがらない。本当にありがたかった。私は毎週かかっている。そんな時兄嫁さんにどんな顔で逢えばいいのか、わからなかった。泣き叫ぶかもしれない・・・本当に助かった。私は医長に診てもらっていて、兄嫁さんには医師で、本当に申し訳なかった。
 6月2.3日と神戸に遊びに行ってきた。母にもらったお金を使った。
 誕生日と結婚記念日と、いっぱいのストレスを捨てに・・・歩きつかれて、疲れたけど、2人でいっぱいいろんなものを見た。いっぱい話をした。時折激痛があったけど、そんなんかまわなく歩き続けた。
 帰ったその夜、どうもお腹の痛みが違うって思って、妊娠反応のおしっこをかけてみた。うっすら赤い線が出た。やばい・・・お腹が痛くても歩き回っていた。病院まで5日もある。冷静にならなくては・・・って思うことにした。
 5日のPM10時に義母から電話あった。今取ったらまたお腹が痛くなる・・・T君が出た。「誕生日おめでとうってイイヨッタヨ」と一言で終わったのでかなり安心した。
 やっと病院の日を迎えた。尿検査で+と出たが、この症状はこの前流産した時と同じように胎嚢が見えないものだった。不安だけがつのってしまった。
 2日後の日曜日、やっぱり出血。今回の流産は掻爬をせず、自然に流すことになった。次の日、PCを立ち上げた。義兄からメールが着ていた。
 Tのお父さんと話をしました。同居はしたいけれど、現状では無理だと思われています。今のように交流がないことは問題です。できた溝を少しでも埋める努力が必要です。また話をしにいきます。以上です。
 T君に問うた。「これってどういうこと?」って。「どうせ、おにいさんへの態度と俺らぁの態度は違うんじゃけぇ、しらんわ」って。話にも触れなかった。何を言いたいのか、わからない。
 Tの親は結婚してすぐに出来てるから、私の気持ちはわからない。娘だって治療をしなくても子供が授かっている。現在AIH5回。流産2回。あとこれをどれだけ数をこなせば赤ちゃんを抱くことが出来るのだろう。「大丈夫?」こんな言葉なんて聞きたくない。他人は治療をしてると聞くだけでそんな言葉を返してくる。うんざりだ。鬱にもなったし、枯れるくらい泣いた。結果がでないから結局つらい思いをするのは私だ。これ以上、自分に鞭をうつのも疲れてき始めて、T君に「誰かに言われたことある?子供は?とかさ」と愚痴った。すると「おとんに『種無しか』と言われた」と返って来た。自分が作った息子によくそんなことを言うんだ・・・とビックリした。T君もつらいだろうに。Tの気持ちを考えると余計に辛くなった。
 流産してから初めて病院に行った。「初期だったので、大丈夫。きれいに流れていますよ」と言われ、「なんで、前も流産したのに」って問うと「奇形ですかね」って「AIHの時にパーコールをするのに?」「そうですね。ゼロにはなりませんからね。クロミッド倍にしましょうか」と、先生は卵を増やすことしか出来ないでいる。また流産したというのに、その処置はないのだ。
 仕事を辞めると伝えた。あまりにも出血で体力が落ちていてしんどかった。自分の限界を初めて感じた。F病院にかかってればAIHでもお金が安いので、治療費は何とかなると判断した。でも、専務は待ったをかけてきた。こんな私でも必要らしい。嬉しいけど、自分が大事だと末までと決めた。
 6月26日に6回目のAIH。もう、自分の中では、だるすぎて、好きにしてくれ・・・状態だった。最近、立ちくらみが多すぎて、自分でも怖くて仕方がない。痛かったけど、頑張った。T君の数値が少しだけど以前の病院よりあがっているのが救い。
 7月になった。会社は相変わらず辞めさせてくれず働いている。T君も親も辞めろ攻撃をしてきている。現に早く辞めなきゃ・・・体重も落ちてしまった。低血圧と体重が落ちたので朝起きれなくなってしまった。
 15日の日曜日。妊娠検査薬をしてみた。またうっすらと線がでた。嬉しいけど、また?って不安がかなり倍増・・・
 24日の通院で「数値があがらないから、胎嚢も見えないし。また出血があったらいいけど」って。初期流産を希望された。7週目なのに、注射も薬も出してもらえなかった。今回も・・・今度出血があったら正常でいれる自信がない。誰か助けて!怖くて怖くて仕方がない。私はいつまでこの苦しみから逃れることができるのだろうか。誰か玄関に赤ちゃんを捨てていってほしい。なんて思うようになってきた。
 翌日、薬の効果はよくわかるくらい・・・出血が始まった。かなりひどくて会社で2時間もしないうちにナイト用をしていても溢れてしまった。会社のWCで一人汚れたズボンを洗いながら虚しくなった。私は赤ちゃんを流してる。その思いと激痛で嫌になった。
 家も諦めた。いい物件は高かったのもあるけど、他のことが考えられないくらい体も心もズタボロになっていた。さすがに続けての流産は心身精神こたえたのだ。
 病院で先生に「AIHを今月はしたくない」と話した。それを先生は「そうですね。AIHも6回しても出来ないから、ステップアップします?でも確率もそんなにないですよ。5人に1人くらいですよ。うちでは出来ませんけどね」と・・・私は治療をお休みしようと相談したのに、先生の口からは体外受精の話が出たのだ。ショックを隠して「いえ、今月は様子をみたいです。半年続けてAIHをしてたわけだし」と伝えた。先生も納得してくれた。
 気持ちが穏やかになった。「今月は痛い思いをしなくてすむ」しかしそれは数日のことで「AIHをしないと出来ないのに、赤ちゃんを今月は期待できないのだ」と、卵が勿体ないと、私には休む時間なんてないのではないのか・・・と悶々して、T君にあたった。でもT君には気持ちが通じない。痛い思いはないのだからなんで?って気持ちなんだと思う。でもでも・・・子供を少しも期待ができないなんて卵はどうするんだ?卵を無駄にしたくないって焦りと不安で押しつぶされる。気持ちが静寂になれない。
 実家にお中元のお礼電話があったらしく、それで終わっておけばいいものを義母は母に「不妊治療って姉ちゃんの友達もしてるけど、たいしたことないんでしょ?」と言ったらしく、母もとうとう切れていた。娘が頑張っているのにそんな人から聞いた話で片付けようとする義母はおかしいと・・・。一応たしなめた。そういう人なんだと。
 8月の盆前に、専務に再度伝えた。やっぱり男の人だ。「とりことり嫁でいいんじゃない?」って。自分の会社のために私に治療をやめて養子を勧めてきた。「自分達の子供が欲しいから」と辞めると断言した。仕事はいつでもできる。卵は今しか出来ない!体を取り戻さなくては・・・とにかく体重を!!
 Tくんが家に行きたくないといってたけど、盆だから行きなさい!って尻をたたいた。これで少しは穏やかになるだろう。
 今日、8月24日付けで仕事を辞めた。皆、理由を話すと「頑張って」って声をかけてくれた。「ありがとう」と笑顔で返して見せた。
 メルトモが「不妊治療は、痛いしお金も飛ぶけど、死ぬわけじゃないんだから」と。たしかにそうだ。痛いけど、炎症は起きたけど死ななかった。女は強いんだ!私も強くならなきゃ。母は強しだ!母になりたいんだ!・・・きっと。
 でもでも、治療費を考えると後悔してしまった。大丈夫なんだろうか?これからなのに。
 9月に入った。排卵日の週がT君は大阪に出張だった。「このクロミッドを飲んでも仕方ないのに」って思う反面、「排卵日がずれれば」と期待を込めてクロミッドを飲む。利尿作用がすごくて1時間に6回トイレに駆け込んだ。吐き気と腹痛も来た。1ヶ月ぶりに飲んだからか、体が拒否反応を起こしている。半日寝込んでなんとか落ち着いた。副作用は後半の2週間飲む薬よりもかなりきつく感じる。
 出張から帰ってくる。1週間長かった。こういうとき仕事をしていればまぎれたのだろうな・・・と母に愚痴る。でも「あんたは辞めるのに苦労するから働かんでいいよ」と。そうだ、今は自分が大事な時だと。中途半端に仕事をもうしたくない。落ち着こうと必死。
 排卵日が過ぎて帰って来るのにはなんか勿体ない。6個も出来てたのに・・・でも一人の夜は怖いから、やっぱり嬉しいかな。



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