加藤健一事務所vol.66『モスクワからの退却』観劇報告
2007年6月9日 本多劇場にて
*配役*
エドワード:加藤健一 アリス:久野綾希子 ジェイミー:山本芳樹
*ストーリー*
エドワードとアリスは50代後半の夫婦。アリスは詩を愛する個性的な女性で、エドワードを深く愛しているが、はっきりしない彼の言動に焦燥感を覚えている。
穏やかな学校教師であるエドワードはアリスを思いやり、彼女に合わせようと暮らしてきたが、何を言ってもアリスを苛立たせる結果に終わる事に
疲れ果てている。
33回目の結婚記念日を目前にした週末、一人息子のジェイミーが二人を訪ねてくる。そして翌朝、アリスが留守の間に、エドワードはジェイミーにアリスと
別れるつもりであることを話す。さらには他の女性と愛し合っている事を打ち明ける・・・。
壊れかけた二人の関係を、アリスはなんとか立て直そうとするが、エドワードの決意は堅い。そして両親を愛するジェイミーは、間に挟まれ苦悩する。
既に家を出ていたエドワードのもとに、アリスが現れる。彼の目の前で自殺を図るつもりだったが、かつて自分と暮らしていた頃には見られなかった、
生き生きとしたエドワードの様子に、彼が今幸福であることを知り、アリスもまた、エドワードのいない新たな生活を受け入れるのだった。
夫婦だったもの、そして両親であったものが、一人の男と一人の女になったとき。それでもジェイミーは、二人の息子であることを幸せに思っていると、
一人語るのだった。
*感想*
ぴよりーぬが観るにしては、重いテーマです。そして、自分と重ね合わせられる部分がある分、余計に避けて通りたいかもしれない内容でした。
自分が大人になって、どうにか自力で生きていけるような、ジェイミーくらいの年齢になると、両親の離婚に泣いて喚いて止めるようなことはしませんよね。
大人の事情やそれぞれが思っていること、感じていることを、同じ大人の視線で受け止めることが出来るようになっているから。両親を愛しているから、
それぞれの主張を尊重したい、だから間に挟まってしまう、でも何も出来ずにオロオロしてしまう。実際に家庭にこんな事態が起こったら、
子供はそうなるしかないんでしょう。
テーマはシリアスですが、あちこちに笑いのエッセンスが撒かれていて、一見するとドロドロになりそうな家族劇を少しでも軽くしていました。
それはとにかく、快活で個性的なアリスの性分と、温和で静かで善良なエドワードの性分と、どちらかと言うとエドワード寄りの性分を受け継いだらしい
ジェイミーのやりとりで、笑わせたいわけじゃないのになんだか滑稽で可笑しい、そんな笑いです。
加藤健一さん。お芝居を拝見するのは初めてですが、第一印象はすごく深みのある良いお声だな、というところ。善良で、アリスに頭が上がらない、
アリスと接するときは何か、恐る恐る感が漂っています。アリス以外の女性を愛したけれども、一緒に過ごした33年間というのは、間違いでもなんでもなくて
自分の大切な一部だと語られる口調が沁みました。
久野綾希子さん。かつて劇団四季にいらしたことのある女優さんです。私が四季を観始めた頃には、残念ながら既に退団されていましたが、
CDなどで歌声を聞いたことがありました。朗らかなお人柄なのではないかなと推測される、明るい歌声です。個性的で、エドワードを愛するあまり
とんでもないことをやらかしちゃうような女性ですが(そりゃあまあ、色々・・・)、久野さんがされることでキュートな、かつでエドワードが夢中に
なったのも無理ないというアリス像が印象的でした。
山本芳樹さん。この方が出演されていなかったら、この作品を観ることはなかったでしょう(苦笑)。言わずと知れた、Studio Lifeの看板役者さんです。
いつもライフの作品だと、ティーンネイジャーの役をされることが多いんですが(って言うか、ライフの作品にティーンは必須)、今回はほぼ等身大の、
どこにでもいる青年の役で、山本さん特有の繊細さで両親の間で板ばさまっちゃってるジェイミーを演じていらっしゃいました。いつも以上に
自然体の演技が素敵でした。
上演時間はおよそ2時間50分。食卓用のテーブルと椅子、そして、エドワードとアリスのそれぞれの椅子。出演者は3人。ほとんど袖に引っ込むこともなく、
キャストは常に、舞台のどこかしらにいる。BGMもそれほど多くない、シリアスなテーマのストレートプレイ。でも、長いとは感じませんでした。
舞台は夢を見る場所、日常をひと時忘れる場所と言うのがぴよりーぬの持論ですが、リアルであっても上質な作品は、退屈させないものだなと思いました。
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