The Other Life Vol.7『孤児のミューズたち』観劇報告
2007年7月28日 シアターXにて
*配役*
カトリーヌ:楢原秀佳 マルテイーヌ:倉本徹 リュック:小野健太郎 イザベル:林勇輔(borneチーム)
*ストーリー*
1965年4月 カナダのケベック州、ラク・サン・ジャン地方の小さな村。カトリック教会の保守主義が色濃く受け継がれているそんな村で、
小学校教師として勤めるカトリーヌは弟妹の行動に日々頭を抱えていた。周りから、知的障害と白い目で観られている三女・イザベル。
母親の格好を真似してスカートをはき続け、10年間小説を書き続けている自称作家の長男・リュック。それぞれの勝手気ままな言動に
振り回されながらも、諦めにも似た心境の長女・カトリーヌ。そんな時、カナダ軍大尉でドイツに駐屯中の次女・マルティーヌが
突然帰ってきた。リュックの葬式に出席する為に、である。勿論リュックは生きており、イザベルがマルティーヌを呼び出すための
方便に使ったのだということが判明する。憤慨するマルティーヌに、「死んだと思っていた者が生きていたことを知った時の
気持ちが分かったか」と家を飛び出す。
かつて、彼ら姉弟にもれっきとした両親があった。ある時、スペインからやってきた技師が彼らの家に留まることになり、
彼らの母はその技師と恋に落ちた。その事実に、父親は志願して軍人となり、自爆的な戦死を遂げた。母は技師と共に家を出た。しかし
当時まだ幼かったイザベルにその事実を話すことが出来ず、3人は「母は旅行先のスペインで死んだ」と口裏を合わせることにしたのだった。
そして、それはマルティーヌの口からイザベルに語られたのだ。
寒空の下、あざみの花を摘んで戻ってきたイザベルが言った。2ヶ月ほど前、女性の声で電話があり、姉弟たちの様子を尋ねたと。そして、
このイースターに合わせてこの家に戻ってくると。このあざみは、その女性=彼らの母親の為に摘んで来たのだと。
突然の事態に、姉弟たちは混乱する。
母親の来訪を明日に控えた夜、リュックが書き続けてきた小説が完成し、兄弟揃って、彼の作品の朗読を聴くことになった。タイトルは
『スペインの女王から愛する息子への手紙』。彼が崇拝し続けてきた母の視線で、スペイン人技師フェデリコとの出会い・愛・そして
家を離れるまでに起こった様々な出来事が描かれていた。忘れたい過去を、抉り出すようなその小説に、兄弟たちは自分の奥深くに
抱え込んだジレンマを吐露しあう。そして、母親が生きていることをイザベルが知った以上、隠しておくことはないと、
カトリーヌは折に触れて仕送りを工面して寄越す母親の手紙を皆に見せる。その手紙の住所はケベックシティ。母は
スペインになど行っていなかったのだ。
果たして、母親の来訪の日。落ち着かない時間を過ごすうちに、髪を結い上げ、綺麗に身支度を整えたイザベルが、
母親を演じ始める。母親が来るというのはイザベルのでっち上げだったのだ。事情を尋ねる姉たちに、イザベルが答えた。
1ヶ月ほど前に、ある男性と知り合って、その人から母親が死んでいないことを教えられた。それは村中の人間が知っていることだと。
そしてイザベルは、彼の子を宿しており、家族の役割は、正しい巣立ち方を教えることだと。ドアの外でクラクションが鳴り、
イザベルはスーツケースを持った。ぶつかり合いながらも今日まで自分を守り、育ててくれたカトリーヌに抱擁すると、
彼女は振り返りもせずにドアを出て行った。マルティーヌも軍へ戻っていった。本当に母親に会いたかったと呟くリュックに、
カトリーヌは自分がいると慰めるのだった。
*感想*
まず、舞台がシンプルです。ドアと描かれた黒い壁・窓。そして舞台の中心にテーブルと、形が様々の椅子が5脚。その舞台を囲むように
コの字型に客席があります。
決して仲がいいとは言えない姉弟たちの、聞いていて辛くなるようなぶつかり合い。お互いと諍っていないときは、
自分自身を苛む。ところどころに「クス」と笑える瞬間があるのが救いと言うか、それがなかったら息詰まって呼吸困難になりそうな、
濃厚で、辛辣で、痛々しい作品です。
後半、イザベルがマルティーヌに「自分たちが子供を持ったら、その子に同じことをすると思う?その子に当たるのと、
私たちを酷い目にあわせた人たちに復讐するのと、どっちがいいと思う?」と尋ねる場面があるんですね。マルティーヌが泣きながら
「・・・子供じゃない」と短く答えるんですが、何だかその場面が印象的でした。そしてラスト、家を出るイザベルを引き止めようと、
家を売ってもいい、そして貯金もあるからというカトリーヌに抱きついて「・・・何でも好きなもの、買って・・・?」と言う
イザベルの一言が、一気に涙腺を緩めてしまいました。重厚でありながら、観てよかったなと思う作品です。
カトリーヌ・楢原さん。年に一度くらいしかライフの舞台に立たれないので、どうしても観ておきたかったんです。
きゃーすてきーとか言うミーハーな感覚じゃなくて、素晴らしい役者さんだと思うので。生で拝見するのは『夏の夜の夢』が
初めてでしたが、映像で拝見した際に、そのお芝居のあり方に感嘆しました。今回のカトリーヌも、自分だけはマトモだと
思い込んでいる生真面目さがどこか滑稽で、きついことを言っていても弟妹・特にずっと面倒を見てきたイザベルを
愛しているのを感じました。
マルティーヌ・倉本さん。恐らく、生で終始シリアスな徹さんを拝見するのは初めてでしょう。女性軍人の軍服姿が
颯爽としていて、キャリアウーマン風の出で立ちが素敵です。姉弟たちの中で、実は一番感情的な人なのかなと思いました。
何せ、クリスマスプレゼントに母親の愛人が出て行くことを望み、22口径を持ち出しちゃうんですから。一見一番クールそうに見えて、
それが繊細さと感情的な部分の裏返しであるのを感じました。
リュック・小野さん。すっとした長身とイケメンで、メンバーの中では一番の若手さんです。姉弟の中で唯一の男性ですが、
母親を崇拝するあまりに、母が残したスカートを履いて小説を書く。そして、出来上がった小説を、母親になりきって読む。
特に女性らしく見せているわけじゃなくても、彼が描いている母親像が想像できるようなリュックです。ピンポイントで言えば、
時折見せるイザベルへの愛情が、何だか素敵なのです。いえ、理由は分かりません。何か素敵なの(おいおい)。
イザベル・林さん。いつでもほんとに、素敵な役作りをされますね。今回は末っ子と言うことで、1幕の間は髪の毛を三つ編みじゃない
おさげにしていらして、可愛らすぃ☆ぶっちゃけて言ってしまえばリュック・小野さんより先輩なんですけど、ちゃんと
妹に見えるのがさすがです。知的障害と言われていながらも、実は物事の本質が一番見えているのは彼女ですよね。そして、
見事に姉たちを手玉にとって、一番大切なことをほろっと告げて家を出て行く。最初はどうしよう、コノ子、と思ってしまうのですが、
段々と愛しくなってきました。
深くて重い作品ですが、それだけに終わらせないのが倉田マジック。今回はほんとに都合が合わなくてあんまり観に行けないですが、
再演希望の作品になりました。


