『RaiN』
Aパート
[1] 晴れ
のち 雨男
それから数日後、シンジュクのとある大学の一室に二人はいた。
一人は 佐武 春(さたけ しゅん)
もう一人は 滝乃木 サツキ(たきのき さつき)
という名で、二人は四人掛けの長い机の端と端に着席していた。
間の席には二人の荷物がそれぞれ置かれている。
二人で四人分使用しても出席している学生が11人と始めから少ないので机の数は充分余っていた。
四人掛けの机は椅子とセットで16組あった。教室の中央と両端に通路を設けるように左右に八つずつ。
黒板を前にして左、窓側の机の1番後ろに 春
と サツキ
は陣取っていた。
窓際に 春
、中央の通路側に サツキ
が座る。窓の外には数々の高層ビルが立ち並び、地上との距離でこの建物もかなりの高さだと分かる。
春 は授業中にも関わらずその頭を腕で覆い、机に頬を付けて寝ていた。一応ノートはあるが筆記用具は出ていない。
その授業態度に比例するように 春の鞄
は薄く小さい。ノート数冊と携帯ゲーム機でいっぱいになる大きさだ。
対する サツキの鞄
は肩から下げるタイプでそれなりに大きく、そして膨らんでいた。
サツキ
はシャープペンを握り、顔を上げ教科書とノートを広げていた。
しかしそのノートには迷路をなぞったようないびつな線が「...の消費電」という文字から続いていた。
顔は教壇に向いていたが目は完全に閉じられていた。その教室内で覚醒している人口は 1/12 。
講師だけだった。
正午になり、講師は板書と課題のプリントを残し教室を後にした。
機を見計らうかのように学生9人が目覚め始め、そのほとんどがプリントを手に食堂やコンビニを目差し出ていく。
「うぁー寝ちゃったー」
長々と書かれた板書を写す サツキ
とそれを待つ 春
だけがその場に残された。
「はーやーくーしーろーよー」
白紙のノートを鞄にしまい、机に座り、足を椅子に乗せて 春 は急かす。
通常、食堂は授業終了から10分程で満席になるほど混み合い、地下の売店も三台あるレジに長蛇の列が出来る。
授業終了時間が12:10であるから残された時間はもはや5分も無い。
「弁当も売り切れるだろーがー」
「そうと決まれば出発だー!」
売れ残りのパンを長い列に並び数分かけて買うのは遠慮したかった。
今日はいつにも増して人が多かった。それは予め仕組まれていたかのように、まるで居眠りをした学生に神が天罰を与えるかの如く 春
と サツキ
は昼食にありつけない。
当初の予定通り、もう校外に出るほかなかった。
階段を使い地上に、東西南北の四方にある扉で駅に一番近い所から外に出た。 春
が率先して歩き、 サツキ
はそれに続いた。
「美味いラーメン屋知ってんだ!」
自慢げに言う 春
の鼻先にポツンと水滴が落ちた。空を見上げたが、さほど曇ってもいないのにまた数滴が顔に触れる。そして弱くもパラパラと雨が降り始めた。
「あ……雨だね。どーする? 止める? 食堂空くまで待つ?」
サツキ
が胸に手を当てながら聞いた。自分の意見一つ発せずに。
「あ?どうかしたのか?」
「何が?」
「その手。どっかいてーのか?」
開いていた手を閉じ右肩から掛ける鞄の紐を握りながら サツキ
は続ける。
「でも...ごめんね。ボクって 雨男
だから、一緒に外出るとよく雨に見舞われるかも。」
「はぁ...そりゃ初耳だな。でも、こんくらいの雨なら気にしねーよ。ちっとばかし遠いけど昔親父に連れていってもらったラーメン屋があんだよ。そこに行ってみよーぜ」
単に外出と雨天が重なることに一喜一憂する 奴 だと判断したのだろう。
しかし駅に向かうまでの数分の道程で小雨だった雨は大きな雲も無いのに雨量を増し始めていた。
太陽も陰り、遠くの空に厚い雲が見えた。
傘を持っていない 春 は少しウザったく思い、調度見えた地下道の入口から駅の下を行くことにした。
定期を使って改札を素通りし、駅の反対側を目指す 春
。
駅構内に入らなくても駅の反対に行く方法を サツキ は知っていたが目的地が分からないので一応黙って付いていくことにした。
そのまま地下道を通り、それらしい所で地上に出る階段を見つけると振り返りもせず春は上る。
雨は止んでいたが、暑い雲が頭上を覆い尽くしていた。
春 の後に少し遅れて サツキ が階段を昇り切って姿を見せた。
「ちょっとは待ってよ~」
そして、堰を切ったように目の前に水煙が舞い、シンジュクは土砂降りの雨に見舞われた。
「……お前、ふざけんな。」
春 は信じていなかったが移動を封じられた怒りの矛先を 雨男 に向けた。
「直ぐ止むよ……きっと……多分……おそらく……止むといいなー」
「仕方ない……こんな事もあろうかと、てゆーかいつもあるんだけど……パンパカパーン!雨具~♪」
「そんなんあるならもっと早く出せよな...」
「あー」
折りたたみ式の傘を 春
に取られ声を上げる サツキ。
「う……小さいなこれ」
「お前の犠牲は無駄にはしないぞ……」
そう言って 春
は傘をさして雨の中に出た。
雨が傘を打つ音で耳が塞がれる。
振り向くと サツキ がせっせとレインコートを着込むのが見えた。コンビニでビニール傘を買ってこようという考えを捨てながら 春 は言葉をかけた。
「常に二段構えなくらいの 雨男
なのか?」
雨音で掻き消された言葉は サツキ
へは届かず返答は無かった。
白というよりも灰色の生地に青の刺繍の入ったレインコートは雲の切れ間に覗く青空を思わせるデザインだった。
フードを被り、膝までコートに覆われた サツキ は一見して不審者だった。
「よし!んじゃ行くぞ!」
その後、数分間歩き回り、 サツキ
を絶望させるセリフを 春
は口にする。
「どこだ、ここ?」
最終的にラーメン屋は見つからず、 二
人
は発見したうどん屋(チェーン店)で昼食を済ますことにした。
「ここなら学校の近くにもあったような...」
「うるさいな……仕方ないだろ! 雨で視界が悪くて道が分かんなくなったんだよ! ……それに 5年くらい前 の記憶だし……」
「つまり! 雨男のお前
が悪い!」
春 は店の入口で傘を畳みながら、コートを脱いでいる サツキ に振り向きながら理不尽な結論を述べた。
しかし、春はサツキの向こう、自動ドアの更に先の異変に気づいた。
「??」
雨が止んでいるとかそういう事じゃ無い。分厚い雲が裂け、そこから太陽が顔を出し、光が注いでいた。
「止んだみたいだね。やっぱり通り雨だったのかも...ぃやーうどんかーラーメンよりうどんの気分だったんだよねー」
それは 春 には結論付けられなかったが、 雨男 が雨の降った後に目的に達しようとしていることは確かだと感じた。
このままでは完敗だ。その思いが 春
の足を動かした。
「出ろ!晴れたんならラーメン屋を見つけられるかもしれない。」
「あ……」
「降って来た。」
「やっぱりうどんでいいです。」
春
は屈服し、自動ドアに引き返した。
「天ぷら♪ 天ぷら~♪」
サツキ
の機嫌はうなぎ登りだが、その財布の中身は彼の好物の海老天には遠く及ばない。