東方見雲録

東方見雲録

2026.06.29
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日   1999年4月20日
意匠図案説明  中村汀女句碑、羽根木公園、ウメを描く
開設場所    〒155-0033 東京都世田谷区代田5-29-7
引用サイト: こちら

代田 地名



世田谷区の北部に位置し、同区北沢地域に属する。北で大原、東で北沢・代沢、南で若林、西で松原 ・羽根木・梅丘と接する。

概要
北沢川が地区南部を西から東に流れるが暗渠化されている。地形は北沢川に向かって下る傾向があるが、北端の六丁目には南北に長い窪地があり、東西それぞれに上がる傾向も見られる。

若林、世田谷との結びつきの強い一丁目、代田八幡宮、世田谷代田駅がある二丁目、三丁目、羽根木公園があり、梅丘、松原との結びつきの強い四丁目、北沢との結びつきの強い五丁目、六丁目と様々な側面を持ち、区域内の一体としての印象は希薄さが見られる。

環状7号線、梅丘通りに沿った路線商業地、下北沢駅に近い近隣商業地などの商業地の他に共同住宅地、戸建住宅地等が混在している。
こちら

この地域は、北条氏康の家臣垪和又太郎が永禄12年(1569年)にこの地の領主になったとき、すでに代田屯と呼ばれていたようです(『北条分限帳』)。代田の地名の由来は、「だいたらぼっち」の伝説によるという説が有力だと考えられています。昔、代田の西の守山近辺(現在の守山小学校付近)の窪地のことを村人は「だいたらぼっち」と呼んでいました。それは、この地に雨水や湧水を集めてできた沼地があり、その形が人の足跡に似ていたことから、大男「だいたらぼっち」の足跡と呼ぶようになり、池の近くの玉川上水に大男が一晩でかけたといわれる橋を代田橋と呼びましたが、今はこの橋も池もなくなっています。この「だいたらぼっち」が変化し、「だいた」になったというものです。(「ふるさと 世田谷を語る 代田・北沢・代沢・大原・羽根木」(平成9年3月発行)
引用サイト: こちら

羽根木 地名
羽根木という地名は、享保10年(1725年)の記録にも残されるほど古く、地名の由来は、古老の言い伝えでは、昔から樹木が多く茂っていて、いろいろな鳥が飛んできて止まるので、鳥の羽根と合わせて羽根木になったということです。(「ふるさと 世田谷を語る 代田・北沢・代沢・大原・羽根木」(平成9年3月発行)より引
引用サイト: こちら

中村汀女句碑

中村汀女の「外にも出よふるるばかりに春の月」句碑
引用サイト:羽根木公園   こちら


とにもでよ ふるるばかりに はるのつき

「外に出てごらんなさい。手を伸ばせば触れられそうなほどの春の月がある。」


中村汀女は明治時代生まれ、高浜虚子に師事し、昭和時代に活躍した女流俳人の第一人者です。

この句は句集「花影」に収められています。
引用サイト: こちら


関連日記:2025.12.07の日記 羽根木プレーパーク   こちら





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Last updated  2026.06.29 00:00:09
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