東方見雲録

東方見雲録

2026.08.30
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    1978年10月20日
意匠図案説明   新宿野村ビル、区花・ツツジを描く
開設場所     〒163-0590 東京都新宿区西新宿1-26-2
引用サイト: こちら

新宿野村ビル こちら



1969年、野村不動産は超高層ビルの建設を目指し、東京都の淀橋浄水場跡地の入札に参加したが、入札は逸した。しかしながら、11号地-2(9.298㎡)を所有する熊谷組と交渉の末、同地を1972年12月に取得。翌年1月に「新宿野村ビル建設委員会」を設置して、建設部を中心に全社的な動員態勢を整えた[1]。

建設計画を策定するにあたって、野村不動産は都市計画の先駆者である高山英華を顧問として迎え、安井建築設計事務所、熊谷組の技術陣を交えるなど英知を結集した。その後当ビルは着工するが、途中、石油危機に見舞われ、1975年に建設を再開するなど曲折を経て、1978年6月1日に竣工。当初計画から9年の歳月を経て完工に至った[1]。

白を基調に青緑色のガラスが特徴のビルで、隣接して損保ジャパン本社ビルがある。新宿駅から都庁方面へ地下道を通り、新宿センタービルとの連絡通路を経由すると、少し遠回りになるが雨の日でも濡れずにアクセスできる。

当ビル内には多くの企業がテナントとして入り、地下(B1・B2)と上層階(49F・50F)には飲食店やコンビニなども所在するほか、50Fには展望ロビーもある。ビルの前の広場では、休日にフリーマーケットなどのイベントが行われることもある。


1993年1月から1996年1月にかけ、オフィスビル需要の低迷や急激なOA化の進展に伴い、当ビルも空室が増加してきたため、野村不動産は3期に分けてリニューアル工事を実施した。これによって、当ビルは新しいオフィスビルへとリフレッシュした[2]。

2006年5月に地下1階商業フロアの大規模リニューアルの1期工事が完了。次いで2009年4月30日に青梅街道からの動線を広げるとともに、店舗の多い地下2階へのアクセスが直接可能になるよう、階段とエスカレーターを南と北の2か所に新設したほか、テラス席などを新設した2期工事が完了した[3]。このほか、2011年5月16日に西新宿駅からの地下連絡通路(タイムズアベニューの一部に該当)が開通している[4]。

2016年9月、前年1月から進めてきた野村不動産と竹中工務店が開発した制震装置「デュアルTMD-NT」の当ビルへの設置工事が完了した。「デュアルTMD-NT」は、今後起こる可能性が指摘されている南海トラフ地震と同等レベルの長周期地震動による揺れを約20%~25%低減、揺れ時間を約50%短縮することができるとしている[5][6]。

2020年10月に貸会議室である野村コンファレンスプラザを、それまで48階にあったものから、エスカレーターでエントランスフロアと直結している2階に移設し、リニューアルオープンした。3つの大会議室同士の映像音声同時中継が可能であり最大約400人の会議が可能としている。また、2021年5月には、インターネット高速回線を複数用意し、ウェビナー向け利用も強化している。
引用サイト: こちら

都営大江戸線線
東新宿

A3番出入口サンクンガーデン



新宿イーストサイドスクエア    こちら



引用サイト:新宿イーストサイドスクエアの庭はクセ強めの三次元の緑のループ。   こちら





若松河田 こちら
地名の若松町の「若松」は、江戸時代将軍家へこの地から正月用の若松を献上していたことによるもの。河田町の「河田」は田圃のこと。ここでの「河」は湿地帯の事を指す。古来この辺は川田窪ともいった。駅上の「団子坂」の名も、湿地で人馬が「泥団子」になることに由来する。かつて河田町は市谷河田町という町名だった。1986年(昭和61年)2月、新宿区の住居表示実施に伴い河田町に名称変更。江戸時代、若松町・河田町はともに牛込村域。河田町は市谷村にまで町域が続いているとの理由から市谷河田町と呼ばれているうちに、明治期にそれが正式な町名となった。

かつてはこの地区に路面電車の都電13系統(新宿駅前 - 水天宮前間)が走っていたが、1970年(昭和45年)に廃止された。その後、代替の地下鉄の建設は無く、都バスによってカバーされていたが、東京都庁の西新宿移転に伴う新しい地下鉄建設の経路決定にあたり、新宿区の牛込地区ではこの都電13系統の経路を踏襲することになった。当時の若松町停留所と河田町停留所の丁度中間に新駅を建設することになった。



東京都は、早い段階からこの駅の仮称を「若松町駅」として建設を進めていたが、フジテレビ移転による衰退を懸念した地元商店街(フジテレビ下通り)の声に配慮し、「河田」の名前を駅名に取り入れることになった。しかし仮称と全く異なる駅名にすると混乱も予想されたため、「若松」の名前も残し、新駅は「若松河田駅」という名前を採用することで決着をみた。

なお、移転前のフジテレビの最寄り駅は、都営地下鉄新宿線の曙橋駅であった。



牛込柳町 こちら
旧牛込区の市谷柳町にある駅」であることから命名された。駅所在地は駅本屋の位置の都合上市谷柳町に隣接する原町となっているが、駅自体は主に市谷柳町の下にある。建設当初の仮称駅名は「柳町駅」だった。

かつてはこの地区にも路面電車(都電13系統・新宿駅前 - 水天宮前)が走っていたが、1970年に廃止され、そのまま代替の地下鉄が建設されない地区の一つだった。東京都庁の西新宿移転に伴う新しい地下鉄建設の経路決定にあたり、牛込地区ではこの都電13系統の経路を踏襲することになった。当時の牛込柳町停留場(名称は後述のバス停留所に引き継がれていた)と同じ位置に地下鉄駅を建設したため、駅名も最終的には「牛込柳町駅」が採用された。









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Last updated  2026.08.30 00:00:07
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