『福島の歴史物語」

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2008.06.17
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      風 の ま に ま に

 アリゾナ州フェニックスで、農業用水路の破壊、家屋の爆破、放火そして発砲など、多くの日系人が犠牲となる事件が発生した。満州事変への反感、そして日系人個人の努力の結果としての成功への嫉妬がその底流にあり、それがまた日米間の外交問題に発展しようとしていた。日本の強腰が移民に犠牲を強いていた。いままでとは、話が逆になっていた。
 サンフランシスコの日系市民連盟が、日本人除隊兵の市民権獲得運動をはじめ、各種のアメリカの団体に協力を求めた。対外戦従軍除隊兵団体が、「日本人除隊兵に市民権を与えよ」との国会請願を、その総会で決議した。
 一方ハワイでの一世たちは、自然発生的にアメリカでの身の処し方を憶えていた。人種に関わりなく、この地でみんなが一緒に生きて行くしかないということを学んでいたからである。

  事を荒立てることを嫌い、話し合いで片をつける。
  社会のルールには忠実に従い、控えめで自分の出来る範囲で全力
 を尽くす。
  力のない時は、「仕方がない」と諦め、他のやり方を探して次善
 の策を考える。

 富造は、宗教活動にも力を入れていた。日本末日聖徒史に、次の文章が残されている。
「末日聖徒イエス・キリスト教会の在ハワイ日本伝道部のキャッスル・H・マーフィー伝道部長は、前年ユタから引越してきた池上吉太郎(当時・非教会員)の要請に応じ、奈知江常、トミゾー・カツヌマ、エドワード・L・クリソルド、エルウッド・L・クリステンセン(日本からの帰還宣教師)たちの意見を取り入れ、クリソルド、クリステンセン両兄弟の指揮の下に、ホノルルのカリヒ支部に日本語の日曜学校を設けることを決定しました」
 そのようなとき、一八九八年の最初の移民募集で最初に応募した伊達崎村(だんざきむら)出身の親友、岡崎音治が永眠した。二人は生前、どちらが先に死んでも死後をみることを約束していた。富造は追悼文を日布時事に掲載、音治の郷里の霊山(福島県伊達郡)からわざわざ石を運ばせて墓碑を建立した。約束に違えず立派なものであった。そしてその墓碑の裏には、建立に協力した富造らの名が彫られている。

マウナ・岡崎
(岡崎音治の墓・側面に福島県伊達郡伊達崎村とある)

 岡崎音治の死とともに、富造は二つの祖国を強く意識するようになっていた。最初はアメリカ人たらんとし、そののちは日本に忠誠であろうとした。しかしその愛する日本の様子が異常であると思われた。
  ──いったい日本は、どうなってしまうのか?
 今まで日本に強い愛着の念を持っていただけに、富造にとっては耐えきれない苦しみとなって襲っていた。しかし富造には、こういうときだからこそ日本とアメリカの架け橋に、という願いが沸々と沸いていた。
 ハワイでは、準州から州に格上げになる案が話題となりはじめていた。
 ところで日本はロンドン軍縮会議に参加したが、それは日本の意志に沿うものとはならなかった。そしてこのようなとき、軍縮に水を注すような事件が発生した。ドイツが、再軍備を宣言したのである。
  ──ヨーロッパもアジアもきな臭くなった。ただアジアでの騒動の原因が日本であることが、残念だ。
 そう思っていた矢先、富造を探検家の菅野力男(郡山市出身)が訪ねてきた。菅野は、郡山の安積中学を中退した後、頭山満の書生となった男である。頭山満はカリスマ的右翼の頭領でありながら、犬養木堂らと孫文の中国革命を支援したり、当時アメリカ領のフィリピンやイギリス領インドの独立運動にも力をかしていた。またこの頃は、アメリカ排日移民制度に反対していた。そしてこの頭山の命令で、菅野力男は孫文の中国革命運動支援の工作員として蒙古に渡って裏面工作を担当、革命後、東南アジア、アフリカ、チベット、ペルーなど三〇余国の秘境を探検した身長一八〇センチを超す巨漢で、生前自ら「世界探勝居士」の戒名をつけていた男であった。二人は、世界や日本の現況について話し合ったが、交友がそれ以上のことに進展することはなかった。
 アメリカで激化する排日運動に対抗するかのように、日本でも反米運動が高まっていた。しかしその感覚は、アメリカへの「あこがれ」に対して、裏切られた思いだったのかも知れない。末日聖徒イエス・キリスト教会ではハワイにおける日系人支部の成功を受け、グランド大管長はホノルル支部に日本伝道部を再開することを決めた。日本伝道をあきらめた訳ではなかったのである。
 官約移民五十年祭が執り行われた。こういうときだからこそ、平和のためのアピールが必要と思われたのである。富造も役員として活躍した。

   官約日本人移民第一回船組が東京市号でハワイに到着してから
  満五十年目の二月十七日、在留日系人によりハワイ各地で官約移
  民五十年祭を盛大に挙行された。ホノルルおよびオアフ島主催の
  祝典会場はヌアヌ街の帝国総領事館で開かれ、正門では来賓を、
  一般入り口は海手側から受け入れた。その入り口は、緑の葉と日
  米両国旗で飾ら
  れた。
   午前十時に近づく頃には、広い会場はギッシリ人々で埋められ
  その数一万とも称された。開会五分前の九時五十五分、第一回船
  および第二回船で来着した五十年在住者が晴れ着を着て、日本着
  の美装をした第二世嬢宇野の接待員に導かれて式壇に上がり、其
  処に並べられた椅子に着席し、同時に接待嬢達から赤いカーネー
  ションのレイを首に掛けられる間に、式壇の海手側に陣取ってい
  たハワイ音楽隊は旧国歌(ハワイ・ポノイ)の奏楽を開始し、会
  衆の心を浮き立たせた。式は滞りなく進み、アメリカ合衆国万歳、
  大日本帝国万歳を唱和し、国歌吹奏(アメリカ国歌と君が代)を
  して終了した。      (ハワイ日本人移民史)

 移民たちは、どちらの国も祖国としようとしていたのである。

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最終更新日  2008.06.17 05:35:25
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