Ranita in メキシコ

Ranita in メキシコ

Canadaへ留学


英語にも海外にも全く興味がなかった私、英語なんて最悪で自慢にも何にもならないが、中学校のテストから30点以上とったこと何てなかった。
高校受験の時は普通の公立高校を希望し塾に通っていたが先生にも英語は捨てろ今更頑張ってもどうしようもないし。。。。取りあえずコレだけ丸暗記しとけ、と動詞の活用形(現在形、過去形、過去分詞)のプリントを一枚渡され更に全部覚えたら塾が入っていたビル内にあるレストランのエビピラフをおごってくれると言うので、それに釣られて動詞の活用だけは覚えた。
後にも先にも留学するまでに英語の単語を覚えたのはこの時だけだった。
無事希望していた高校にも運良く受かり楽しい高校生活を送ってはいたが中学の時と違い赤点をが続くと単位がとれない、英語だけは毎回追試それでも合格せず教科書を全部丸写しして来いとか言われ、ますます嫌いになる一方だった。
本当に全く英語に興味もなく日本で生活しているんだし私には必要もない、何で必要もないものを勉強する必要があるのだっと屁理屈をよく言っていた。

所が1996年の冬、私の人生を180度変える事になる女性と知り合った、彼女は私と同じ日にイタリアンレストランでのバイトを始めたと言うこともありすぐに友達になった、そして彼女は当時2度目のカナダ留学から帰って来たばかりだった。
私の周りにいる友達とは全く違ったタイプで私は興味津々で毎晩バイトが終わってから夜遅くまで彼女と色々な話をした。

当時私は体育科の専門学校へ通っており少し遅めの就職活動をしていた。スポーツは大好きエアロビクスのインストラクターにもなりたいけど週末は休みたい、そんな甘ったれたことを本気で考えていた、インストラクターの仕事にそんな所があるわけない。
そんな時、ある病院がスポーツで怪我をした人達を専門にリハビリするトレイナーを募集していると担任から勧められ面接に行ってみることにした。
面接もすんなり終わりすぐに内定ももらい、なんなく就職先も決まり学校とバイトの日々を送っていた。
が、一ヶ月後突然内定が取り消された........
そんな卒業も間近な時に就職募集を出しているところなんて簡単に見つかる訳もなく相変わらずイタリアンレストランのバイトを続けながらジムに通ったり、お煎茶なんか習ってみたり、そんな毎日を過ごしていた。

でもこんな生活が1,2ヶ月過ぎた頃いったい私は何がしたいのか、こんな生活をしていても良いのか、このまま当時5年間付き合っていた彼氏と就職もしないまま結婚するのか。。。。。など考えていた。

そんな時、今まで考えても見なかった海外留学の事が頭をよぎった、そうバイト先で知り合った彼女の話を聞いているうちにいつの間にか私も行ってみたいと思うようになっていたのだ。
私は小さい頃から感受性が強く影響を受けやすいタイプ、そして思い立ったら絶対に行動に移す。

幸いうちの両親は私がやりたいと言ったことは何でもやらせてくれる、ま~お陰で小さい頃はあれもやりたい、これも習いたいで毎日どころか日に2つ掛け持ったりして忙しい日々を送っていた、がっ たちの悪いことにどれも最初はやる気マンマンのくせしてある程度出来るようになると飽きてしまうのだ、こんな私の性格は勿論100も承知の両親なのに一人暮らしも一人で旅行すらした事のなかった私に『行っておいで』と言ってくれたのだ、本当にうちの両親には感謝してます。

この様に私の留学は別に昔から憧れてた訳でもなく、外国に興味があった訳でもなく、たまたまバイト先で仲良くなった友達がカナダに留学した経験があったという事と就職する予定だった病院からの突然の内定取り消し、この偶然が重なり留学するに至ったわけである。

つづく








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