Ranita in メキシコ

Ranita in メキシコ

友達


その中で今でも大親友、いや親友を通り越して兄妹のような関係でもあるT.K.の事について書こうと思う。
私達はよきライバルでありよき友達でもあった。

T.K.は日本人だ私は兎に角英語が喋れる様になるまでは、日本語をしゃべらないように日本人を避け、日本の物が置いてある店にも近づかないよう強く心に決めていた。でもT.K.は別だったなぜなら彼もまた私と同じ意思を持っていたからだ。

私達は気づいたらいつの間にか友達になっていた、と言うのもT.K.も私と同レベルの英語力だったので半年間クラスが一緒だったと言う事もある。
月に1度クラス分けがあるのだが、私達は一番下のクラス、レベル1を3ヶ月も繰り返していたのだ(笑)やっとレベル2に上がれたと思ったらまたもやそこで3ヶ月停滞、T.K.も同じく3ヶ月停滞。これが腐れ縁の始まりだったのかも(爆)。

後々分かった事だが私達は偶然にも一緒の飛行機に乗り合わせていたようだ、なので学校で会う以前に出会っていたのかも知れないが、そんな事は勿論覚えちゃいない、でも飛行機が定刻時に飛び立たなかった事は今でも覚えている。なんとその原因の張本人がT.K.だったと後から聞いた時には大笑いした!!! 奴はなんと搭乗ゲートに行くまでにお抹茶か煎茶かは忘れたが、お店から『出発前に一杯どうですか』 と声をかけられ搭乗時間ギリギリだったにも関わらず悠長にお茶などすすっていたのだ。なんて緊張感のない奴なのか、はたまた動揺しすぎだったのか....


話はそれたが、私達は英語力がゼロだったにも関わらず日本語は一切使わなかった。休憩時間にカードでどうやってお金を引き出すのか一緒に行き表示されている言葉をメモっては順番待ちで並んでいる人の迷惑にならないようにまた後ろに並びメモっては辞書で調べる。

スターバックスへ行っては聞き耳を立てどんな風に頼んでいるのかを盗み聞きする。

お互い必死だったな~あの頃は。

レベルがなかなか上がらず英語の壁にぶち当たっていた当初。T.K.は私に1通の手紙をくれた、そこには『俺達は今暗いトンネルの中にいる、非常口を使って抜け出すのは簡単なことだ、でも真っ直ぐ進めば必ず出口はある』みたいな、ま~と~っても臭いセリフが綴られた手紙だったが。
私はまた頑張ろうと勇気付けられたものだった。
あの時の手紙を無くしてしまったのが心残りだ。

因みにT.K.は未だにこのセリフを口にする事がある、これはT.K.のお気に入りのセリフなんだろう(笑)。

私達は本当によく頑張って勉強した、その甲斐あって半年後にはお互いに英語力が随分と伸びていたのではないだろうか、私はラテン系の子達と気があったのでよく一緒に遊んでいた、T.K.はヨーロピアン系の友達が多かった。
そしてたまに話をした時にT.K.の口から新しい単語が出ようものなら私も負けてられぬと頑張って勉強したものだ。

初めの半年間はレベルも2つしか上がらなかったが、その後はお互いトントン拍子で上がって行き、選択するクラスも別々になりその後同じクラスになることはなかったが、

語学学校卒業後 私達は同じコンピューター系の専門学校へ通った。
この頃になるとお互い日常会話ぐらいは話せるレベルになっていたので私達は日本語を解禁にした。

その後T.K.はモントリオールの大学へ進み私はワーホリを取ってバンクーバーで一年働き、メキシコに渡り今に至るわけだが、T.K.は大学卒業後、カナダ移民しバンクーバーに戻り商社に就職し今は社会人として頑張っている。

私達は別々の国にいるが今でも連絡をとりあい何かあった時は相談に乗ってもらったり乗ったりとお互い励ましあっている仲だ。

語学学校へ通うと色々な友達と知り合えるチャンスはあるが、時期が来るとほとんどの人が帰ってしまうので音信普通になるケースが多い。そんななか私はいい友達に出会えた事に心から感謝している。




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