そうは


向かいました。おなかの痛みはやや治っていたものの、悔しいやら情けないやら、みんなに悪いやらで気分は最悪。超ブルー。
病院では、子宮口を広げるためのラミナリア(だったと思う)を入れる処置をし、数時間待って手術ということでしたが、このラミナリアが入れるときと広がるとき、めちゃくちゃ痛かったです。
その後、全身麻酔にて、そうは手術をしました。時間はおそらく20分くらいだったと思います。麻酔が切れて陣痛室で寝て、日帰りにての退院となりました。だんだん実感が湧き、とても子供がほしいと思いだし、何故みうは私の腕に抱くことができなかったんだろうと思うと涙が止まらなかったです。
医者に診察を受け、再度2週間後に妊娠反応を見るため、来院してほしい事、又、3回
生理が来るまでは次の妊娠を絶対しないようにとの注意をうけ、帰宅しましたが、
その際、新生児室の隣を母と一緒にとおらなければいけませんでした。
『絶対、赤ちゃんを産んでやるんだ!!』そう決心して病院を後にしました。
ミウが行ってしまったのは2000年9月6日、6週と4日の本当に短い命でした。


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