リターン・オブ・ザ・ドラゴン

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実録昇龍塾血風録2



若村が昇龍塾内弟子を卒業してから5年の歳月が流れた。
若村は陸上自衛隊に入隊し、レンジャー課程を修了し自衛官を退官したのだった。
陸自でレンジャーと言えば、誰もが敬意を表する憧れの存在だが、そのレンジャーバッジを手にした途端に退官したのだった。自衛隊の中での次の目標が見つからなかったと若村は言うが、かなりの変わり者である。

その後、若村は倉澤と共にうどん屋をはじめた。倉澤は無類のうどん好きで香川県まで食べ歩きに行き1日で10軒回る事もあった。その倉澤のうどんフリークとしての知識と若村の機動力が合体して❝讃岐うどん羅漢❞を開業したのだったが、何とも無謀な挑戦であった。

ちょうどそのころ若村より4つ上のビジネスマンが昇龍塾に入門して来た。
名を原勇気と言った。
原は息子竜之進が生まれたばかりで、父親として男の背中を見せたいという意思で昇龍塾に入門したのであった。




原という男(第2話)

原は空手にそこまで興味があったわけではなかった。
中学、高校、大学と陸上部に所属し、身体を動かすのは好きな方だったが
社会人になり、めっきり運動不足になっていたので、運動不足解消として昇龍塾の門を叩いたのであった。

ある日、原は先輩に話しかけた。

「試合に出るモチベーションってなんですか?憎くない相手と殴りあうのは、どうも・・・、自分には・・・。」

「そもそも憎い相手と殴り合うという発想が違う。お互い磨いた技術を用いてお互いを試し合うのが試合だと思う。」

先輩はそう応えたが、原は「押忍」と返事をし
わかったかわかってないかのような反応をしていた。




ビジネスマン空手(第3話)

しかし、その後、原は次第に空手にのめり込んで行った。
試合に出場し、活躍するようになっていったのである。
稽古日以外にも自主練をし、マスターズの大会では度々入賞するまでに成長したのだった。この頃のフルコンタクト空手界は倉澤の青春時代や若村、松山らが活躍した活気ある業界ではなかった。しかし、マスターズと年少部が非常に熱く、原のように仕事をしっかりしながら趣味として空手をやり、試合に出るオヤジ空手家が増えている時代であり、まさにビジネスマン空手真っ盛りであった。そして年少部は特に熱く親世代の期待を背負って非常にヒートアップしていく時代でもあった。




竜之進入門(第4話)

原が昇龍塾に入ってから6年の歳月が流れた。
息子竜之進に男の背中を見せるために始めた空手であったが、その竜之進がついに小学校に入学し、昇龍塾の道着に袖を通す日が来たのであった。
竜之進が入門するとほぼ同時期に入門した同学年の西山義康。
やがて竜之進と義康はライバル関係になって行く事になる。
ライバルだけど、親友。そんなスポ根漫画を地で行くような幼い二人であった。

義康には2つ上の兄がいた。西山弘明。
弘明は小学生とは思えないほど研究熱心で、動画サイトで技の研究をしまくっていた。
弘明が覚えた技を義康に伝える。義康は弘明と比べると不器用だったが、パワーがあった。持ち前のパワーと兄弘明から教わったテクニックで常に竜之進を寄せ付けなかった。他の同学年の子たちは、皆どんぐりの背比べであったが、義康只一人がボスキャラのように同学年の頂点として君臨していた。小兵である竜之進は小学校入学早々義康という壁にぶち当たるのであった。



転勤(第5話)

義康と竜之進はよく試合に出た。
義康は兄弘明から、竜之進は父親から導かれ共に成長していった。
竜之進、義康共に初級クラスでは度々入賞するようになっていたが、道場内での組手ではパワーに勝る義康にはいつも押され気味であった。
竜之進が昇龍塾に入門して丸2年経った頃に残念な事が起きた。
原の栄転により、原家は山口県岩国市に転勤して行く事になったのだ。
竜之進と義康は数年後再び拳を合わせる事を約束し、原家は西宮を後にしたのであった。


岩国(第6話)

原家は慌ただしく勤務先の岩国に引っ越しして行った。
新居の片付けも完全にすまないうちに原は出稽古先を探し出した。
いくつかの道場に見学に行って、話を聞き、青雲塾という道場にお世話になる事に決めた。
塾長は非常に人柄がよく、原を快く受け入れてくれた。
原は昇龍塾の道着を着たまま出稽古という形をとらせてもらい、竜之進は青雲塾所属として空手道を邁進して行く事になるのであった。


修行(第7話)
岩国の青雲塾は週4日の稽古であった。
原と竜之進は週4日道場稽古に参加し、原は青雲塾では客員指導員という立場におさまっていた。
竜之進はライバルであり親友の義康に追いつくために日々研鑽し
青雲塾の道着を着て試合に出続け、経験を積んで行くのであった。
そして2年の月日が流れた。


吉報(第8話)
2018年の春、倉澤はある電話を待っていた。
いや、電話とは限らない。LINE かメールか。
とにかくある報せを待っていたのである。
午前中が過ぎ、昼が過ぎ、午後になった。
夕方になっても何の報せもない。
おかしい・・・。きっとよくない事になっているのではないか・・・。
そんな思いが倉澤の胸中を駆け巡っていた。
その時、倉澤の携帯に着信があった。
原からであった。

「押忍!辞令が出ました!4月1日から三宮営業所配属に決定しました!ようやく昇龍塾に帰れます!」

倉澤はこの報せを待っていたのであった。
原の性格なら、恐らく報告は電話でしてくるだろうと思っていた。
しかし、なかなか連絡がないのでドキドキしていたのだった。
ようやく原と竜之進が昇龍塾に帰って来るのであった。


再会(第9話)
4月になり、原、竜之進が帰ってきた。
そして弟の薫之進も昇龍塾に入門。
竜之進は5年生になっていた。
ハイキックを自在に操り飛び後ろ回し蹴り、後ろ蹴りの武器を引っ提げて帰って来た。
義康もまた修行を怠っていなかった。兄弘明と動画サイトで技を研究し、日々研鑽していた。
倉澤は手始めに同じ5年生の直人と竜之進を組手させた。
竜之進は直人からハイキックで技有りを奪うと後半は逃げに回った。
試合慣れしているのはいいことだが、あまりに試合にとらわれ過ぎて技有りを奪うと打ち合わないという姿勢に倉澤は注意をした。
直人に快勝した竜之進は2年ぶりに義康と拳を交える事になった。



ライバル再び(第10話)

「久しぶりやな竜之進!」
「義康、久しぶり。」

二人は再会を喜びあうと共に闘志もギラギラとぶつけあった。
義康(直人には楽勝で勝ったな。さすが竜之進。そうでなくっちゃ困るぜ!)
竜之進(二年前は常に義康に後れを取っていたけど、あの頃の俺じゃないよ。)

「義康!プロテクターをつけろ。竜之進と組手をせい!」

倉澤が言った。
向かい合う二人。

「正面礼!お互いに礼!構えて!はじめぇ!」

義康が距離をつめてパンチを畳みかけていく。
距離を取る竜之進。

「竜之進、回って!回って!」原が叫ぶ。

「義康、詰めて!詰めて!」兄弘明が叫ぶ。

1分の組手であったが内容は濃い。
動き回る竜之進、スピードあるハイキックはいい。
でも、義康のパワーには押されてしまった。
倉澤は義康に軍配を上げた。

あれだけ練習したのにまだ義康には勝てないのか。
俺は一生義康に勝てないのかな・・・。
竜之進は少し凹んでしまった。


自主練(第11話)
昇龍塾に帰ってきてからほどなくして
原は稽古日以外に特訓するため道場を使わせて欲しいと倉澤に申し出た。
倉澤は快諾し、原親子は稽古日以外に特訓する事になった。
原指導の下、原兄弟、西山兄弟が特訓で汗を流した。
かつて若村、島田が毎日稽古に励んだ昇龍塾の自主練は形を変えて受け継がれた。
我が子だけではなく、昇龍塾全体のレベルアップのために西山兄弟を指導する原に倉澤も感謝の気持ちを忘れなかった。


早朝ランニング(第12話)
竜之進、義康はメキメキと実力をつけていった。
道場稽古、原指導の自主練。
それに加えて二人は早朝ランニングもはじめた。
週3日早起きしてのランニング。
ランニングしたあと公園で二人でシャドーをし、軽いライトスパーリング。
ライバルだけど親友。昭和のスポ根漫画の主人公のような幼き獅子たちであった。


一本勝ち(第13話)
稽古日は竜之進と義康は毎回ガチで組手をさせられていた。
しかし、竜之進はなかなか義康に勝てない。
道場内の組手では、判定を取られるがいつも義康優勢で終わっていた。
僅差だが常に押されていたのだった。

だが、ある日の事。
竜之進の狙いすました飛び後ろ蹴りが義康のレバーをモロに捉えた。

「うっっっ!」

呻き声を上げて蹲る義康。竜之進は残心を取った。
見事な一本勝ち。
空手の一本は3秒以上のダウンで一本だが、
テンカウントでも立ち上がれないほどの見事なKO劇であった。

主審をしていた倉澤は、かつて松山が若村のローキックで倒された時の事を思い出していた。


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