『「目詰まり」という大嘘』
── ナフサ・重油・物流の三重苦 ──
先日お伝えした、ポテトチップスやケチャップの包装が白黒に変わった一件 ── あれはナフサ(原油精製の中間留分)の枯渇という現場の悲鳴がパッケージに滲み出した結果でした。ところが現政権は、これを「国内の 目詰まり を解消する」という詭弁で覆い隠そうとしています。

そもそも「目詰まり」という言葉自体、商売の現実を一度も見たことがない人間の発想です。在庫を抱えるということは、仕入れ代金が先に出ていき、キャッシュは後からしか入ってこないことを意味します。円安で息も絶え絶えの日本の中小企業に、在庫を寝かせる体力など残っているはずがありません。
そしてほぼ同時期、北海道のある自治体が実施した重油の年間入札に 一社も応札しない という衝撃の事件が起きました。慌てた役所が「 1 ヶ月単位の単月入札」に切り替えても、結果は同じ。もはや政府ですら燃料を買えない国 ── それが今の日本の偽らざる姿です (1) 。
蛇口から水が出ないのを「パイプの中で水が詰まっているからだ」と言い張る政府に対して、現場が「いや、元栓が締まってるんですよ」と叫んでいる ── まさにそういう構図です。その悲痛な叫びを、政府は圧力でかき消そうとしています。
⭐️ 数字が暴く「枯渇」の実態 ── 輸入量はすでに 7 割減
高市早苗・首相は国会で胸を張ってこう言い放ちました。「ナフサ供給は年を越える見通しがついた」「国内の目詰まりを解消する」と。
ここで、政府が決して国民の前に並べようとしない、しかし誰でも統計から計算できる数字を直視してみましょう。石油統計に基づく海外輸入ナフサ量は、 2024 年 12 月に 約 200 万キロリットル だったものが、 2025 年 3 月には およそ 100 万キロリットル へと激減しました。前年同月比でわずか 32 %、つまり 約 7 割減 という凄まじい落ち込みです (2) 。
しかもこの数字は、 2 月に中東で出荷されて 3 月に到着した分まで含んだものです。中東からの出荷が 4 月以降ほぼゼロになった今、 4 月・ 5 月のデータが出れば、さらに恐ろしい数字が並ぶことは確実です。これはもはや「目詰まり」ではなく、まごうことなき「 枯渇 」です。
第二の欺瞞は、高市氏の「年を越えて確保できる」発言に潜む言葉のマジックにあります。昨年の月間平均ナフサ輸入量は 187 万キロリットル。このうち、現在ホルムズ海峡封鎖の影響で出荷停止となっている UAE 、クウェート、そして大統領令で出荷禁止となった韓国からの輸入分が **157 万キロリットル、全体の 84 % ** に相当します (3) 。
残された供給源はわずか 30 万キロリットル分。ここから政府が言う 135 万キロリットルを、どう捻出するつもりなのでしょうか。
経済産業省の資料には、米国・アルジェリア・ペルーなど中東以外からの輸入を「 5 月には 3 倍にする」と書かれています。しかし冷静に去年の実績を見ると、米国からの輸入は約 6 万 8000 キロリットル、アルジェリアから約 1 万、ペルーから約 10 万。合計してもせいぜい 17 ~ 18 万キロリットル。これを 3 倍にしたところで 50 万キロリットルにすら届きません。 135 万キロリットルにするには、ロシアなど他の国から輸入するしか手立てがないのが現実です。
しかも、 4 月に達成したはずの「 90 万キロリットルのメド」について、 5 月中旬になっても具体的な実績報告は一切出てきていません。高市氏が頻繁に開催する中東タスクフォース会議でも、ナフサ輸入の話題は議題から消えています (4) 。
⭐️ 業界の内部資料が暴く「在庫 3 ~ 4 ヶ月、稼働率 68 %」
3 月 24 日に自民党本部で開かれた「イラン情勢に関する関係合同会議」に、石油化学工業協会と石油連盟が提出した内部資料には、次のように記されています。
「川下の製品の在庫は全体で 2 か月、ポリエチレン、ポリプロピレンといった主要樹脂の在庫は 3 ~ 4 ヶ月。長期的なナフサ供給の影響は、特定の分野というよりも、幅広い分野の製品の生産のための原料供給に、ほぼ同時に影響を及ぼす可能性がある。」
高市首相が「まもなくそんなに心配していただかなくてもいい情報もお伝えできる」と語ったのは、この合同会議の 1 ヶ月後でした。ところが石油化学工業協会への取材によれば、主要 4 樹脂(低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン)の 3 月時点の在庫は、いずれも 前月比で 9 ~ 14 %減 と大きく減少しています。
化学メーカー各社はナフサ不足で減産に追い込まれ、国内のエチレン生産設備の稼働率は 3 月に **68.6 % ** まで落ち込みました。流通を整えたところで、生産量そのものが減っているのですから、品不足が解消するはずがありません。
元経産官僚の古賀茂明氏は、こう指摘しています。
「私が聞いているところでは、経産省は製品不足を認めないように石油関連業界に 箝口令 を敷いている。高市総理が石油不足、ナフサ不足は大丈夫だと言い、国民に節約は求めないという姿勢でいる以上、経産省としては足りないとわかっていても認めるわけにはいかないわけです。」
つまり、高市首相のいわゆる「サナエノミクス」 ── 政府支出で供給能力を高めて景気拡大を図るという建付け ── にとって、節約呼びかけは政策の自己否定になる。だから本当のことを国民に知らせず、補助金(税金)を投じてガソリン価格を抑え、石油を従来どおり使わせる。この構造が、現場の真実を国民の目から遠ざけているのです。
⭐️ 重油不足は「構造的崩壊」 ── 漁船が出航できない国へ
日本の石油精製技術は、中東産原油に最適化される形で進化してきました。ガソリンが約 30 %、軽油が約 25 %、これだけで原油の半分以上を占めます。しかし環境対応で発電燃料が重油から石炭・ LNG に切り替わった結果、重油の生産得率(歩留まり)は年々下がってきていました。
生産得率とは、原油を処理したときに、そのうち何%が重油として得られたかを示す「収率(イールド)」のこと。同じ原油処理量に対して、重油として計上される量の割合が小さくなっているのです。
そして、 生産得率が低いものほど、供給ショックの影響を最も激しく受ける ── これが今、目の前で起きている重油不足・潤滑油不足の正体です (5)(6) 。東南アジアでは初期段階から水産業への影響が警告されていましたが、日本でもついに漁船が燃料を確保できず出航できないという同じ現象が始まりました。
重油不足は、突発的なトラブルではなく、起こるべくして起こった「 構造的崩壊 」です。これを「目詰まり」の一言で片付ける政府は、自国の産業構造すら理解していないことを露呈しているとしか言いようがありません。
⭐️ 物流の現場で進行する「静かなドミノ倒し」
物流の現場ではすでに、ドミノ倒しが静かに始まっています。全日本トラック協会の調査では、全国の中小零細運送会社は今、 エンジンオイルの在庫がなく、整備すら受けられない状態 に追い込まれています (7)(8) 。物流が止まれば、スーパーの棚から物が消えるだけでは済みません。あらゆるビジネスが終了します。
そこに襲いかかったのが軽油価格の高騰です。 2025 年 2 月 28 日以前は約 120 円だった軽油が、 5 月には約 160 円弱まで跳ね上がりました (9) 。すでに赤字続きの中小運送会社の体力を、一気に削ぎ落とすには十分すぎる衝撃です。

ストレッチフィルム(パレットに巻く巨大なサランラップのようなもの)、アドブルー、エンジンオイル ── 物流という工程を実行するために必要な " 裏方の資材 " が、次々と消えていく。 6 月から 7 月にかけて、雪崩のような倒産連鎖が起きる可能性は極めて高い状況です。
⭐️ 産業全域に広がる「ナフサ不在」の連鎖
影響はもはや、特定業種にとどまりません。
カルビーの白黒ポテトチップス事件は、まさに「 ナフサがないぞ 」という産業界からの SOS メッセージだったのです (10) 。
日経新聞ですら、これまでの「危機ではない」という論調を、ようやくここ一週間ほど前から転換し始めました (11) 。経済界の総本山のような新聞社が論調を変えるということは、もはや事態が隠しきれない段階に来たことを意味します。それでも日本政府は、過去のオイルショックを遥かに超える規模の供給途絶 (12) を、平然と「石油ショックではない」と言い続ける異常事態が続いています。
⭐️ 韓国との落差 ── 「眠れぬほど厳しい」と語る隣国の本気度
韓国は日本とまったく同じ条件下にあります。エネルギー自給率約 20 %、備蓄 200 日。それでも韓国の大統領は「 眠れないほど厳しい状況 」と国民に正直に告げ、中東への特使派遣、 3 ヶ月分の備蓄数量の明示、節約要請までを実行しています (13) 。
一方の日本のエネルギー自給率は 12.6 %、 OECD38 ヶ国中 37 位 (14) 。にもかかわらず、政府が発するメッセージは「どんどん使ってください」のみ。隣国の本気度との落差は、もはや滑稽な水準と言わざるを得ません。これほどまで日本という国が劣化したのは、なぜでしょうか。
さらにネット上では、より深い懸念も囁かれ始めています。 2016 年の安保法改正により、「重要影響事態」に該当すれば自衛隊を外国にも派遣できるようになりました (15) 。「ホルムズ海峡問題を意図的に長引かせ、エネルギー供給途絶を理由にこれを発動。憲法改正への流れを作るのが官邸筋の狙いではないか」 ── そう指摘する声が 3 月末から出始めています。
補助金という麻酔も、私たちから真実を遠ざける装置として機能しています。政府はガソリン補助金を 6 月末で打ち切ると発表しましたが、前月だけでも約 2000 億円弱、それ以前は月 5000 億円規模の税金が補助金に消えてきました (16)(17) 。冷静に考えれば、電気・ガスの累計補助金 10 兆円を国民一人あたりに換算するとわずか 2000 円程度。痛み止めにすらなっていないのです。
⭐️ 危機を「生命体らしい生き方」への転換点に
以上の現実を直視すれば、政府がどんなメッセージを出そうが出さまいが、私たちの生活がこれまで通りに戻ることはもう無理である、という認識を持つ必要があります。
これは近年最大のピンチであると同時に、 チャンスに転換できる機会 でもあります。
石油やナフサに依存しない生活を取り戻す。それは取りも直さず、 政府に依存しない生活 を取り戻すことでもあります。日本は明治維新の前まで、他国からの輸入に頼ることなく、自国ですべてを賄っていました。ようやくその時代の知恵を取り戻し、自然と調和した「 生命体らしい生き方 」へと変換できるチャンスととらえれば、この最大の危機もただ悲観するだけのものではなくなるのではないでしょうか。
「目詰まり」を本当に起こしているのは、ナフサでも重油でも軽油でもありません。 権力欲、金銭欲という煩悩に取り憑かれた人間たち ── その心のパイプこそが、いま最も深く詰まっているのです。
【参考文献】
(1)
北海道自治体 重油年間入札・単月入札 不成立事例( 2025
年 3
月時点) —
燃料販売会社経営者証言ベース、北関東同種事例
(2)
経済産業省 資源エネルギー庁「石油統計速報」 2024
年 12
月~ 2025
年 3
月 月次データ
(3)
経済産業省「ナフサ輸入実績」 2024
年月次データ — UAE
・クウェート・韓国出荷停止分の試算
(4)
首相官邸「中東情勢に関する関係閣僚会議(中東タスクフォース)」議事要旨 2025
年 4
月~ 5
月
(5)
全国漁業協同組合連合会「漁業用燃油( A
重油)の調達状況に関する緊急報告」 2025
年 4
月
(6)
石油連盟「製品歩留まり率の長期推移」産業構造変化分析レポート
(7)
全日本トラック協会「軽油・整備油確保に関する会員調査」 2025
年 4
月
(8)
国土交通省「貨物自動車運送事業の実態調査」最新版 —
中小零細事業者比率( 99.7
%)・ 20
台以下事業者比率( 76
%)
(9)
資源エネルギー庁「石油製品価格調査」週次データ 2025
年 2
月~ 5
月(軽油 120
円 →160
円推移)
(10)
カルビー株式会社「ポテトチップス パッケージ印刷に関するお知らせ」 2025
年 4
月~ 5
月
(11)
日本経済新聞「ナフサ供給逼迫、産業界に影響広がる」 2025
年 5
月上旬報道(論調転換)
(12) IEA
(国際エネルギー機関)「 Oil Market Report
」 2025
年 5
月号
(13)
韓国産業通商資源部 公式発表 2025
年 4
月~ 5
月期、聯合ニュース報道
(14) IEA
「 Energy Security Indicators
」加盟国別自給率データ(日本 12.6
%、 OECD38
ヶ国中 37
位)
(15)
内閣官房「平和安全法制等の整備について」重要影響事態安全確保法( 2016
年改正)
(16)
経済産業省「燃料油価格激変緩和補助金」実績公表データ 2024
~ 2025
年度
(17)
元売各社 卸価格・市場実勢価格分析(補助金前提価格 vs
実態価格)
(18) NYMEX WTI
原油先物価格 + Worldscale
運賃指標 2025
年 5
月時点推計
(19)
週刊ポスト「石油関連業界が自民党会議に提出した『ナフサ不足』内部資料」 2025
年(自民党「イラン情勢に関する関係合同会議」 3
月 24
日提出資料/石油化学工業協会・石油連盟)
(20)
石油化学工業協会〈石油化学産業の状況について〉(自民党合同会議提出資料、 2025
年 3
月 24
日)
(21)
古賀茂明氏(元経産官僚・政治経済評論家)コメント —
週刊ポスト取材
(22)
内閣官房副長官補室・経済産業省製造産業局素材産業課コメント —
週刊ポスト取材
(23)
日本塗装工業会 村木克彦・専務理事コメント/国土交通省宛要望書