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『 母からの手紙 』
2013年 3月に母を看送った後、淋しさと毎日の生活の変化に戸惑い
何も出来ない日々が続きました。
外へ出て、「お母さん、お元気?」と声をかけられることに耐えられなくて
閉じこもる生活になりました。
そんな時、癒してくれたのは18年寄り添ってくれている愛犬でした。
もう彼女も認知症に入り、殆ど目が見えません。
母が施設に入ってから私が外出すると帰るまでずっと吠えていたと
ご近所さんが言われていました。
母が逝ってしまった後、彼女は私のそばから離れず腰を下ろすと
必ず私のそばに寄りかかるように居てくれていました。
暑い夏を過ごせるかと心配し、エアコンは彼女の為にずっとつけていました。
夏が過ぎ9月に入ってすぐに彼女に変化が。
もう、自分で立って歩く事がおぼつかなくなり手を添えて抱えて歩かせないと
すぐにひっくり返ってしまうようになりました。
なので、お散歩(排尿・排便)時にはタオルを胴体に巻き体を吊るすようにしての
散歩となりました。
それは最後意識が無くなるまで外へと彼女は訴えました。
そして、あれだけずっと私から離れなかったのに寄り添ってくれていたのに
彼女は私から離れて過ごすようになりました。
抱っこをしてもすぐに嫌がり下ろしてくれと逃げ出します。
「この子はわたしにさよならをしているんだ。
べったりしているとお別れが辛くなるからと私を慣らしているのだ」と悟りました。
どんどんと力が無くなり腰が立たなくなってすぐに転びます。
最後まで食欲があり、水分はトロミ剤を、食事は離乳食状態にし
スプーンで食べさせていました。
ガーゼに水を含ませると上手にそれをピチャピチャト吸ってくれます。
ある時、あまりの勢いで食事をしたものだから喉を詰まらせ仮死状態に。
慌てました。 どうしたらいいの??? うろたえましたが
「逝ってしまっても仕方がない」 と覚悟を決めて
手を口の中に入れ喉の奥の詰まりものを取り出したのです。
彼女は息を吹き返した時は腰が砕けてしまいました。
そんな彼女も10日間ほどの介護を受け、11月の初めに天国へ逝ってしまいました。
彼女の介護をしながら思いました。
「母と逆で良かった。 これが逆だったら私は母の世話に通えなかった」と。
そして、何より私は愛犬の死を冷静にそしてかつ、
十分な知識で看取ることが出来た事は母の介護の経験の何物でもないと感じたのです。
食事のこと、体位交換、排尿、排便等々
息を引き取る時の下顎呼吸も母のそれと同じでした。
すべてが、老犬の死に役立ち私を力強く役目を果たさせてくれたことに
母への思いが重なり「時は必ずふさわしい時に与えられる」の聖句通りだと
心に染み入るりよえりでした。

そしてまた、
母がお世話になった病院の家族会へも最初の内は辛くて参加出来ませんでしたが
何とか頑張って今も参加させて頂いています。
その家族会に参加させてもらい諸先生方のお話や家族の方々の悩みや
発言に対して
「私はまだまだブログを通じて知らせたい事が沢山ある」との思いが膨らみました。
母の手紙が愛犬の 「健康手帳」に挟んであったのも奇遇でした。
これから、少しずつですが 「認知症」 そして 「介護」 の事を
発信出来ればと思っています。