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ところで現在もその深刻な影響が続いているこの大震災、亭主にとってはドメニコ・スカルラッティ晩年の1755年に起きた「リスボン大地震」がどういうものだったかをリアルに想像させるのに十分なものでした。以下、亭主がシットウェルの邦訳に付けたこの地震についての注釈を再録しておきましょう。
<リスボン大地震>1755年、カトリックの祭日(万聖節)であった11月1日、午前 9 時 20 分頃に発生。西ヨーロッパの広い範囲を強い揺れが襲った。地震の規模はマグニチュード 8.5と推定されており、津波による死者一万人を含め五万五千人~六万二千人が犠牲になったとされる。リスボンはこの地震と津波により壊滅的な被害を受け、宮殿や図書館、16世紀の独特のマヌエル様式の建築が崩壊。わずか半年前にこけら落としを祝ったばかりのオペラ座をはじめ、地震の揺れに持ちこたえた建物も火災により焼失した。テージョ川沿いに建っていたリベイラ宮殿(現在のコメルシオ広場の位置にあった)も地震と津波で崩れ、七万巻の書物やティツィアーノ、ルーベンス、コレッジョらの絵画も失われた。(国王ジョゼ1世とその家族は、祭日を市郊外で過ごすためにたまたま街を離れており、幸運にも難を逃れている。)リスボン大地震はヨーロッパの精神世界にも衝撃を与え、ヴォルテールの小説「カンディード」のような作品を生み出すなど、20世紀のホロコーストにも比される影響をもたらしたとされる。
今にして思うと、ネットで調べながらこれを書いていたのが遠い昔のことのようです。
今回の大震災は21世紀の黙示録となるのでしょうか。
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