~RO Novels~   第五章 信頼のゲフェン編  突入

~RO Novels~   第五章 信頼のゲフェン編  突入

第二章~フェイヨン編

     Ragnarok Memories

      第二章   ~静寂のフェイヨン編~





一節:~山岳都市~

 鳥のような馬(ペコペコという)に乗った四人は、プロンテラを出て森を越え丘を越え、「山岳都市・フェイヨン」にやってきた。街の周りを取り囲むようにして川が流れ、木でできた壁が街を丘野をわけている。鳥のさえずり、虫の鳴き声がたくさん聞こえた。
 街の前までたどり着くと、ゼルバードは三人をペコペコから降ろした。ソレーユだけが異様なまでに疲れている。
「なさけねぇなぁ、ソレーユ。たかがポリンぐらいで驚きやがって。珍しいもんじゃねぇだろ。」
そんなソレーユを見て呆れたようにニケが嘲笑した。
「お、俺は・・・あんなの・・・・・・見たことも・・・・・・ない・・・・・・」
息も絶え絶えにソレーユが声を搾り出す。実は、この街に来る途中、森の中でポリンという体がベトベトした丸い半透明の魔物とであったのだが、ソレーユのいた前の世界では魔物がいなかったので、彼だけは驚きすくみあがったという訳だ。ちなみに、この魔物は最弱の魔物の一種であり、ニケの攻撃によって一瞬で消し飛んだ。
「ニケ、そんな、ソレーユに悪いわ。彼は記憶をなくして・・・」
「だから、俺は記憶なんかなくしたわけじゃないって!!本当に黒いマントの奴にここに連れてこられ・・・・・・」
大声を上げたので、町の入り口にいた人たちがなにかあったのかとソレーユたちのほうをチラリと見た。それに気づいたゼルバードはソレーユの口を押さえた。
「まぁまぁ、どっちにしても、そんな事はあんまり言うもんじゃないよ。変な人だと思われるからね。」
「変なのはあんたた・・・」
ゼルバードの腕の中でもがくソレーユ。その少し抜けた光景に思わず、ルナとニケが笑い出す。ゼルバードも笑いをこらえていた。
 しばらくして、腕の中でもがくのに飽きたソレーユを放すと、ゼルバードはソレーユたちに何かの入った重い皮袋を一つずつ渡した。ソレーユが開けてみると、中には光り輝くコイン(お金と思われる)が数百枚と、短剣が一本入っていた。
「これは?」
「君たちは我々の誇り高き"ユミルの旅"の遂行者だ。少しでも役に立ちたいと思ってね。少量だがお金と道具をあげよう。これで当面金に困ることはあるまい。」
ルナが驚いてゼルバードを見上げる。
「こ、こんなに?!いけません!」
ゼルバードは高らかと笑った。
「なぁに、おじさんたちに支給される金額はハンパじゃないからね。これも全て"ユミルの旅"を送る者たちへのせめてものお礼さ。・・・・・・さて・・・・・・」
そう言うとゼルバードは急に真剣な顔になった。
「いいかい、三人共。"ユミルの旅"は未だに一度も成功していない過酷な旅だ。年々巡礼者も減っている。けれども、どうか、諦めないでほしい。勇者ユミルたちの意思を継ぎ、必ずロード・オブ・デスを打ち破ってほしい。」
「はいっ!!」
ニケとルナは大きく返事した。それを聞いて、またゼルバードが優しく微笑む。
「よしよし、いい子達だ。じゃぁ、おじさんは行くよ。またグラストヘイムへ帰らなくちゃいけないからね。」
「ま、待ってよ!」
赤いマントを翻しペコペコを走り出させようとした時に、ソレーユが横槍をいれた。ゼルバードがまた振り返る。
「俺、どうやって元の世界に帰ったらいいかわからないよ。」
「お前は寝れば治るだろ。」
ニケがたいして興味もなさげに答えた。
「そうだねぇ、もしもだが・・・・・・君の言っている事が本当で、こことは別の世界があるとしたらだ。精霊たちに聞くのが早いかもしれないな。」
「精霊?」
「ああ。五百年前ぐらいかな、ロード・オブ・デスを打ち破った七人の勇者たちがいてね。彼らは死後もその地方で精霊となって生き続けてるんだ。"ユミルの旅"の巡礼場でね。彼らなら、何かわかるかもしれない。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ゼルバード様!まさかこいつを俺たちと同伴させる気じゃぁ・・・・・・」
ニケが慌ててゼルバードに尋ねた。ゼルバードはさも当然というように首を縦に振った。
「無論、その通りだよ。ほら、よく言うじゃないか。"旅先で出合った仲間は大切にしなさい"って。」
「で、でも・・・"ユミルの旅"は過酷だし・・・第一、こんな生まれる前の赤ん坊さえ知ってるような事を知らない奴を旅には・・・・・・」
それを聞いてゼルバードは少し考えた。そして、思いついたと指をパチンとならした。
「そうだ。君たちにこれをあげよう。だから、彼を少しの間連れて行ってくれないか?」
ゼルバードが茶色い布切れのようなものをルナの方へ投げた。ルナはそれを受け取るやいなや、すぐにびっくりして「わぁ」と声を上げる。
「何ですか、それ?」
「"巡礼者公認書印"のついた肩布だよ。これを持ってれば、どんな聖地にだって入れる。」
ニケも思わず驚く。ソレーユだけが話についていけず、もらった皮袋を振り回しながら三人の顔色を順々に覗っていた。
「それは・・・?」
「最近の世界は荒れていてね。特にオーク族の村なんかは、"ユミルの旅"を遂行する者だと言っても、精霊のいるオークダンジョンにはいれてくれない事があるんだ。だから、巡礼の中心であるグラストヘイムがこの公認書を発布したのね。これさえもってれば、どんな野郎だって"ユミルの旅"に口出しできないようになるんだ。これを持つ者はグラストヘイムと常に共にあるという意味なんだよ。」
得意げにゼルバードが説明する。とはいっても、"ユミルの旅"自体がよくソレーユにはわからなかったので、その重要性もわからなかった。
「でも、こんなもの私たちがもらって・・・」
「ははは、気にするな。それにそれを持っていれば、お前さんたちも楽だろう?」
ウィンクして、ルナの頭を撫でた。そして、再び向き直る。
「それでは、諸君!健闘を祈る!!ゆけ、ペコちゃん!」
そう言って颯爽とペコペコに跨り走り去った。後には、三人が残されていた。
「はあ、ゼルバード様って噂通り、面白いおじさんだな。」
ニケが「ははは」と、軽く笑うとルナも微笑する。
「まぁ、とりあえず・・・ソレーユ。」
真剣な眼差しでソレーユと向かい合うニケ。しかし、何を言っていいかわからないのか、しばしの静寂があたりを包む。
「とりあえず、三人のもらったものを整理するか。フェイヨンの宿屋にでも行こうぜ。」
ニケを先頭にして、三人はフェイヨンの街の中へ入っていった。



 あたり一面に広がる緑の草葉。さきほどのプロンテラよりも高山地帯にあるので、空気がとても澄んでいた。木造の、少し古風な感じの家々が軒を連ねている。街に入った三人は、街人に宿屋の場所を聞き、宿をとった。宿には、中年の痩せた主人がいて、娘と思われる17,8ぐらいの少女に、二階の部屋へ案内させた。黒髪を肩で切ったショートカットの良く似合う女だった。
「何かあったら、気軽にお申し付けください。」
満面の愛想笑いでソレーユたちにそう言うと、部屋から出て行った。ニケは、一気に緊張が抜けたのか、フカフカのベッドを前にして、すぐに横になった。
「ふぅー・・・つかれたぜ。」
頭をボリボリと掻きながら、「くぁぁ~・・・」と大きく欠伸をするニケ。ルナも同じようにベッドに腰を下ろして欠伸をした。ただ、ソレーユだけはまだ緊張の糸が途切れず、座りもしないで、部屋を行ったりきたりしていた。
「おいおい、ソレーユ。少しは落ち着けよ。」
見かねたニケがソレーユに意見する。しかし、ソレーユは睨み返すと、また無言で部屋を右往左往し始めた。
「なっちまったモンはしょうがねぇだろ?寝て治らなくても、精霊様に会えば、きっとわかるさ。」
「精霊様」という言葉を聞いて初めてピタッとソレーユの動きが止まった。まず、最初に自分の置かれているこの世界について知る必要があると、そう思った。
「さっきから聞いてると、その精霊様やら、"ユミルの旅"やら、ロード・オブ・デスとかって言ってるけど、それは一体何なんだ?!」
そこでルナがはじめて口を開いた。
「じゃぁ、持ち物の整理が終わったらソレーユに話してあげよう?記憶を無くしてるとはいえ、わからないままじゃ嫌だよね。」
という事で三人はもらった皮袋の整理を始めた。まず、ニケがテーブルの上に中身をぶちまける。ジャラジャラという音と共にソレーユと同様数百枚のコイン、何かの葉が出てきた。これはイグドラシルの葉というとても貴重な葉で、煎じて飲めば、体のあちこちの傷が一瞬にして治るものだとルナがソレーユに教える。次にルナ、これも同様大量のコインと、ハートマークのついたヘアピンが入っていた。ルナは最初、かわいいと感動していたが、その裏に、「愛のこもったぜるばーどすぺしゃる」と書いてあるのを見つけ、苦笑いをした。最後にソレーユ。前に出したように、コインと短剣が一本入っていた。ニケがそれを品定めするように見て、突然「ああ!」と大きな声を上げた。
「どうしたの、ニケ?」
ソレーユも不安そうな目でニケを見つめている。ニケは二人に短剣の柄の部分を見せた。そこには剣の模様に絡みつく対になった二匹の龍の紋章が入っていた。
「これがどうかしたの?」
ルナもソレーユもそれが何なのか全くわからなかった。ニケがあきれたように二人を見る。
「これはグラストヘイムの王家の紋章だぞ!それが入ってるって事は、これは王族が使うグラディウスだぜ、たぶん。」
この世界に知識がないソレーユにも、「王族が使う」という事はすごいものだという事がわかった。
「よし、これはおれが貰っとこう。」
懐にグラディウスを入れようとしたが、途端にルナが怒る。
「ニケ、短剣なんか使わなくたって大丈夫でしょ?!ソレーユに護身用として持たせておいたほうがいいわよ。」
「だって、こんなモンこいつに持たせてられるかよー。」
「ニーケー?」
「はいはい、わかりましたわかりました。…ほらよ、ソレーユ。大事に扱うんだな。」
ポイっとグラディウスをソレーユの方向に投げた。慌ててキャッチするソレーユ。ずっしりと重いその短剣を繁々と見つめた。何か、不思議な力を感じたような気がした。
「さて、整理も終わった事だし、寝るか。」
ニケはそう言ってつまらなそうにベットの上に寝転がった。ルナはニケにべーと舌を出して、それからにっこりとしてソレーユに向き直った。
「じゃぁ話してあげるね、この世界と"ユミルの旅"について。」
ゴクンと唾を飲み、ソレーユは頷いた。
「昔昔、ずぅっと昔、世界には人間、オーク、他の動物が共存して生活していたの。戦いのない、平和な時代があったらしいわ。でも、そんなある日、突然世界に"死へと誘う者・ロード・オブ・デス"が現れたの。本当に突然ね。そして、現れては町を破壊し、人々を殺し、家を焼いたの。それでね、不思議なのは、ロード・オブ・デスが人間だけを殺すっていう事だった。それで、当時の人間たちは、オークが呼んだんじゃないかって思ったの。でも、オークはそんな事は知らないってずっと言ってたんだけど、結局人間は彼らが呼んだと決めつけて、オークと戦争を始めたの。その時に、昔から巨大な魔法の力を持つ民がいたんだけど、その人たちは争いは好まないと言って、エルメスプレートという最北端の山脈の奥に行って、人間には味方しなかった。それが、今の"シュバルツバルト共和国"っていう国になってるんだけどね。」
「それで、人間とオークはお互いに憎しみあうようになって、戦渦はどんどん広がった。けれども、500年前、とある一人の女性が世界にやってきた。その人が"ユミル"よ。彼女は当時バラバラだった世界を束ね、協力することの大切さを説いて周ったらしいわ。そして、彼女には各国から仲間ができた。オーク族の長・オーガニス、気さくな凄腕剣士・ヴィージ、月の使者・月夜花(ウォルヤファ)、東湖城城主・カイ、蟻の女王・マヤー、不死王・オシリス。彼女たち七人はユミル指揮の下で属性という枠を超え、ロード・オブ・デスに終焉を与えるべく立ち上がったの。そして、彼女たちはロード・オブ・デスを倒した。彼女たちは、世界に眠っていた、"手に入れし者、巨大な力を得ん"と言われていた七つの神器を集め、神曲を奏でた。ユミル様たちはその力を手に入れ、精霊化し、奴を倒したの。その時の世界中の喜びと言ったら、もう世界が割れてしまうんじゃないかって思うぐらいすごかったらしいわ。世界中の人々がユミル一行を精霊として崇め、その後死んでからも精霊として神器を護る役目についたの。そして世界は再生していった。」
そこまで言うと、ルナは急に暗い顔になる。
「でも、それからわずか10年後、再びロード・オブ・デスが現れた…そして当時首都であったプロンテラとその衛星都市イズルードを焼いた…その時、プロンテラの王様が消えちゃったらしくて。さっき見たように、その騎士団たちが死んでもなお生き続け、王の帰還に備え、死霊の騎士レイドリックとなってプロンテラを護っているの。それでね、当時第二首都だったグラストヘイムの王はこれを聞いて、世界中にユミルの神器と神曲の話をしたの。そして、主に私たちのように故郷を失った人を中心に、ロード・オブ・デスに復讐するために旅の巡礼者は年々増えていった。ユミル様たちの歩んだ道を行き、世界を救う旅――そしてその旅はいつしか、"ユミルの旅"と呼ばれるようになった…」
「それでルナたちも"ユミルの旅"をしていると。」
聞き終わったソレーユは真剣な顔をしていた。
「でも、そのロード・オブ・デスって奴は復活しちまったんだろ?だったら今度も復活しちまうんじゃないのか?」
ルナは少し弱い笑いをたてた。
「そう…でも、復活するかもしれないし、しないかもしれない。するとしても、止められるかもしれない。」
「そんなもんか。」
これ以上は話さなかった。ルナは故郷を顧みているようだ。ニケはグゥグゥと寝息を立てて寝ている。ソレーユはこの世界の事と向こうの世界の関係について考えていた。



二節:~真夜中のララバイ~

 それから数時間経って、宿の少女が夕食を運んできてくれた。焼きたてのパンと赤いスープ。スープの中には赤ハーブという、ハーブの中で香り付けに最適なものが入っているから赤くなっているだけらしい。一口飲んでみて、それもわかった。暖かいスープが乾いた体に浸透していくようだった――。
 三人は夕食を食べた後、特にすることもないので、ベットに入った。
「おやすみ、ニケ、ソレーユ。」
にこやかにルナが言うと、ソレーユは少し顔を赤くする。
「お、おやすみ。」
ニケがその顔を見て、ベッドの中からブフッと笑っているのが聞こえた。ルナは明かりを消し、三人は床についた――。
 ―何時間経っただろう。夜中、ソレーユは変な夢を見た。幼い時の記憶か、ソレーユは、自分の家に4歳ぐらいの自分を見ていた。青い髪を無造作に立てた子供が一人で積み木をして遊んでいる。と、結構高くつめていた積み木が、上にもう一個置こうとしたら崩れてしまった。子供は泣き出した。すると、部屋の奥から一人の綺麗な女性が出てきた。
ソレーユと同じように、透き通った青い髪をしている。ソレーユはビックリした。自分の本当の母親の夢など一度もみた事がなかったからだ。
「か、母さん?!」
しかし、その女性はソレーユには気づかず、その子供を抱いて、頭を撫でてあげていた。そしてコバルトブルーの目を優しく輝かせ、子守唄を歌った。
 ヴィッディ アラシャメ ケプラット ローデス――
   ヴィッディ アラシャメ ユミル ――
     ヴィンドレス アクオータ インデルン……

 子供は泣き止んで穏やかな眠りに落ちたような顔をしている。ソレーユは急に懐かしい気分になった。しかし、すぐに耳鳴りがして、突然目の前が真っ暗になる――
 はっとしてソレーユは目覚めた。ゆっくりと体を起こし、部屋を見回す。ニケが豪快に、ルナが清楚にそれぞれのベッドで寝息を立てていた。ソレーユはそれを確認すると、二人を起こさないようにして部屋を出ていった。
 廊下は寒い風が入り込んでいる。ソレーユは開いている窓を全部閉め、一階に降りてく。階段を下りる音が不気味に廊下にこだました。
 一階には、ダイニングのようなところのソファーの上で店主が小さくなって寝ていた。その前のテーブルには酒の入ったビンとコップ、つまみのようなものの残りが置いてある。
「あ、どうかなさいましたか?」
急に声を掛けられてソレーユは「うあぁっ」と声を上げてしまった。慌てて振り返ると、そこには店の少女がいた。
「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりじゃなかったんですけど…」
「俺のほうこそ大きな声出してごめん。いや、実は目が冴えちゃってさ。」
少女はなぜか少し頬を赤らめながら、「そうですか。」と少し考えた。
「じゃぁ、ホットミルクをお作りしますので、そこにお座りになっててください。」
「ありがとう。」
ソレーユは店主のいないほうのソファーに腰を下ろすと、少女はゆっくりと厨房へと消えていった。する事もないので部屋を見回す。良く手入れされた花がきれいに壺に入っていて、部屋もピカピカになっている。これもあの少女がやったのかなとソレーユが思っていたその時、厨房のほうから「熱っ!!」という少女の声が聞こえた。
「大丈夫?」
心配そうに厨房を見て少女に聴いた。「はい、大丈夫です。」という返事とほぼ同時にまた、「熱っ!!」という声が聞こえた。
5分ほどして、少女が涙目になりながらも厨房からカップに入ったホットミルクを持ってきた。意外にも少女は自信作と言わんばかりの満面の笑みでそれをソレーユの前に置く。
「お待ちどうさまです。」
「ありがとう。」
そう言って一口飲む。その瞬間、ソレーユの口いっぱいに砂糖の甘い匂いが広がった。一瞬しかめっ面をすうソレーユ。もうミルクというか白い砂糖の飲み物に近い。
「これ、砂糖どのくらい入れた?」
少女は少し考えた。
「えっとですね、夜は甘いものがいいと聞きましたので、角砂糖10個ほど入れましたけど…」
「…」
噴き出してはいけないと、必死に甘さに堪えながら無言で飲んでゆくソレーユ。
「どうですか?」
静寂を破るように少女がソレーユに尋ねた。チラリと横目で見ると、屈託のない真剣な目つきでソレーユの感想を待っていた。
「う…うんうん、うまいよ…なんていうかね…この甘さがいい。」
若干涙目で搾り出すようにそう言った。半分ぐらい飲みほすと、底に溶けきらない砂糖の塊が残っていて底が見えない。さすがにそれは飲めないのでそこまで飲んでからカップを置いた。その時初めて少女がにっこりと笑う。
「良かった。いつもお客さんに甘すぎるって言われるんですけど、私的にこのくらいが丁度いいんじゃないかなぁと思っていたので。」
「うん、そうだね。―ちょっと夜の風に当たってくるよ。」
逃げるように席を立つソレーユ。すると、カップを片付けようとしていた少女が指を上に上げた。
「それでしたら、この宿の屋上がいいですよ。眺めもいいですし、一応椅子もありますし。」
「じゃぁ、そうさせてもらうよ。―おやすみね。」
「お休みなさい。」
ソレーユはそそくさと屋上へ上がっていった――。
 屋上へのドアを開けると、冷たい風が一気にソレーユの火照った体を冷やした。少女の言ったとおり、二つの椅子が屋上に設けてあった。その一方に座り、ソレーユは町を見渡す。キレイな月の光に護られるようにしてフェイヨンの町が照らされていた。虫の鳴き声も重奏を奏でるように聞こえる。
 しばらく夜の景色を眺めているうちに、ソレーユはまたさっきの夢を思い出した。今まで母親の夢など見た事がなかったので、一種の戸惑いのようなものを感じているようだ。
「何で今になってこんな夢見るんだ…。」
そうして答えを見出せないままずっと考えていると、宿内へと繋がるドアが開く音がした。ソレーユがぴくっとなってそっちを向くと、ルナが優しく微笑んでいた。
「ルナ。」
ルナはソレーユの方へゆっくりと歩いて、隣にあった椅子に腰掛ける。
「宿屋の女の子に聞いたらここだって教えてもらったから。」
ソレーユは少しの間、ルナをじっと見つめていたが、また外の景色に顔を移した。ルナも真似て同じように外の景色を見る。
「キレイだね、フェイヨンの町。」
「そうだね。」
「あ、ほら、鈴虫が鳴いてる。…あ、コオロギも。」
「……」
「何か考えてるの?」
「まぁね。」
「何考えてたの?」
「なんで教えなきゃいけないんだよ。」
「だって…なんか辛そうだし・・・・・・私で良かったら相談に乗るよ?」
そうルナが言ってから、しばらくの間静寂が続いた。
「ソレーユ…良かった……」
一言だけ言ってソレーユに微笑みかけた。そして、ソレーユの腕を掴むと、自分の手とソレーユの手をこすり合う。
「ル、ルナ?」
動揺してソレーユがルナの顔を見ると、その顔には、大粒の涙が浮かんでいた。
「起きたらソレーユいなくて、それで私、消えちゃったんじゃないかって……」
そう言ってからルナは弱く声を上げた。
「もう嫌なの…」
「え?」
ソレーユが聞き返した。するとルナはソレーユの手をぎゅっと握った。
「もう…誰一人、私の前でいなくなってほしくないの…!」
そしてさらにソレーユの手のひらを強く握り締める。そうしてルナはソレーユの体温を感じずにはられなかったのだ。彼女の記憶―突然のロード・オブ・デスの襲来によって、一瞬にして全てを失ってしまった悲しい過去――ソレーユはその話をゼルバードがプロンテラでしていたのを思い出した。そして、自分もなぜか強い共感を覚えた。ソレーユは、ルナがこのあまりに酷い過去を持っているため、周りの人が急に消えてしまうことに対して、異常に恐怖を感じるようになったのだとわかる。そして、それがさきほど会ったばかりの自分に対してもそうだという事がわかり、それに安息間を覚えた。
「ごめん…」
ルナは顔を振った。
「私こそごめんね。勝手に泣いたりしちゃって…」
ソレーユはルナの顔を見て、ルナはソレーユの顔を見て、それぞれ微笑んだ。真夜中の月明かりが、夜のフェイヨンとともに、二人の見つめあう姿を照らす。
「俺な、さっき、母さんの夢見たんだ。」
不意にソレーユが語り始めた。
「俺の母さんは俺が三歳の時に行方不明になっちゃったんだ。だから、義理のお母さんがいるんだけど……それで俺全然顔とかも覚えてなかった。だけど、今日夜の夢、って言っても夢だから、本物かはわからないけど、母さんの顔がはっきりとわかったんだ。俺が小さい頃の記憶が戻ってきたみたいに、突然わかるようになったんだよ。だから、なんでかなって考えてた。」
それを聞いてルナがわかったと言わんばかりに大きく頷く。
「それは、たぶんユミル様のおかげじゃないかな。」
「ユミル様の?」
「うん。これはもう伝説の中の話だから、本当かどうかはわからないけど、精霊の力を手に入れたユミル様は死後の世界と現世を繋ぐ道を行き来できるようになって、戦いの犠牲者たちを蘇らせたって書いてあったのを読んだ気がする。だから、きっとお母さんの記憶をユミル様が…」
「母さんが死んだみたいな言い方するなよ!」
ソレーユが声を荒げた。ルナはびっくりしたが、前の穏やかな表情に戻った。
「そうね。きっとどこかで生きてるわ。」
しかし、ソレーユは悲しい顔をすぐには緩めなかった――。
 二人はその後しばらく、外の景色を無言で眺めていた。しかし、急にルナがソレーユの方を向く。
「ねぇ、ソレーユ。あなたのいた世界ってどんなところだったの?」
「信じてもないくせに。」
「あら、私はあると思うなぁ、あなたの世界。」
その言葉に不思議そうに首を振った。
「なんだって?」
その反応が面白かったのか、ルナは悪戯に笑う。
「だって、こんな広い宇宙の中で、世界がここだけって考えるほうがどうかしてるわ。」
「ニケとか、ゼルバードさんはそう思ってないみたいだけど…」
ルナはまた笑った。
「そうね。ゼルバードさんはともかく、ニケはぶっきら棒だから。思ってることを素直に表現できないのよ。本当は優しいナイーブな奴だから。」
それを聞いて、さっきの豪快な寝相を思い浮かべたソレーユは、ぶっと噴き出した。
「って事は、ニケも信じてるってこと?」
「私はそう思うわ。」
それを聞いてソレーユは少し安心した。
 その後、ソレーユは学校の話や、自分の家族の話、大好きな歴史の話をした。ルナはそれを興味深そうに聞いている。中でも、むこうではユミルが世界を作ったと言われている話をしたときは、向こうの世界とこっちの世界のどこかに接点があるのかもね、と言って興奮していた。
 それからまたしばらく時は流れ、気がつけば、東の方向から出番を迎えた太陽がゆっくりと昇り始めている頃だった。町にも少し人の声がする。二人は結局夜通し話していたのだ。
「あら、もう朝ね。」
ルナは黄金に輝く地平線上の太陽を見つめた。ソレーユもそれを真似る。
「本当だ。」
「キレイ……何かの宝石みたい。」
「そうだね。」
「"ユミルの旅"をすることで、私たちはこれからいろいろなものを見れる…そこはユミル様に感謝しないとね。」
ソレーユに微笑みかけるルナ。そしてそのまま立ち上がると、大きく背伸びをした。
「さて。今日は第一の精霊様に会わなくちゃ。部屋に戻って日が完全に昇ったら町長のところへ聖地に入る許可をもらいましょ。」
そう言って、ドアのほうへゆっくりと歩いた。日の光を浴びたルナの姿を見て、ソレーユは何とも言えない暖かい気持ちになる。
「ルナ。」
思わず大きな声でルナを呼び止めた。ルナはくるりと振り返り、「なぁに?」と微笑んだ。数秒間の沈黙……そして、ソレーユはハニカミながら言った。
「俺のこと、信じてくれてありがとう。」
ルナは首を横に振った。そして二人は部屋へと戻っていった。朝の日の光が、フェイヨンの町と共に、二人の笑顔と後姿を照らした。その時、一瞬ソレーユの腰の短剣が輝く――。



三節:~フェイヨンの町長~

「ワォ、あなた方もユミルの旅を遂行する信者様でアルネ?!」
大きな大きな家の中で、ひげをたらふく蓄えた、キョンシーのような服を着ている男がたいそう興奮気味にそう言った。なぜか頭にはリンゴを乗せていた。
 朝日が昇った後、ソレーユたちは宿屋を後にして町長の家にやってきたのである。最初、こんな若い男女三人だったので全く信用してもらえなかったが、ゼルバードからもらった巡礼者公認書印のついた肩布を見せるやいなや、ころっと態度を変え町長の部屋まで丁重に連れて行かれた。町長は5,60歳ぐらいに見えるが、体の引き締まり具合といい、どうみても強そうな男であった。
「あの……それでフェイヨンにある聖地へ入る許可をもらいにきたのですが。」
ルナが丁寧な言葉遣いで町長に話しかける。町長はにっこりして首を縦に振った。
「もちろんアルネ。それに、フェイヨン一の弓遣いもお供させてみなさんをお守りサセルネ。」
そう町長が言うと、村長の隣にいた男がぱっと的のようなものを出した。しかしその後、しばらくの静寂が続く。
「…?」
ソレーユたちは不思議そうに町長の次の言葉を待っていた。見ると、町長の顔が見る見る赤くなっている。そして、はち切れた風船のように、急に怒鳴った。
「オワゾーネ!!何してるアルカ!!これで何回目だと思ってるアル?!チン(私)が『お守りサセルネ』って言ったら、素早くフォンツォーの持ってる的に向かってダブルストレイフィングを打てと、何度言ったらわかるアルネ!!」
しかし、それでもオワゾーネと呼ばれた弓遣いは現れない。業を煮やした町長は静かに隣のフォンツォーにオワゾーネを探しに行くように指示した。
「あの小娘が……」
そう小さな声で悪態をついた後、ぱっと明るい顔に戻り、ソレーユたちに向き直った。
「アイヤー、我が町伝統の迎え入れ方を失敗しただけアルヨ。ま、隣の部屋でお茶でも飲んで待ってるヨロシー。」
 そういうわけで、隣の部屋に行き、お茶を一杯ご馳走になる。しかし、それでもオワゾーネを探しに行ったフォンツォーは帰って来ず、さらに一杯…そしてフェイヨン特色の和菓子を十数個ご馳走になることになった。その間に、町長は時間をもたせるため、フェイヨンのあれやこれやを必死に説明していた。ソレーユとルナは真剣に聞いていたが、ニケはあまり興味を示さずに、茶菓子ばかりを食べている。
 そうしているうちに2,3時間が経過し、いつの間にかお昼時を迎えていた。町長の街自慢もそろそろネタが尽きてくる。
「あとデスネー……フェイヨンには昔ボンコンという少年とムナックという少女がおりまして……」
「あ、町長さん、その話はさっき聞きましたよー。」
ルナはできるだけ気分を害さないようにニコニコしながら町長に教える。しかし、町長は真剣に考える顔をしてその場で黙り込んでしまった。と、その時……
「ダブルストレイフィーング!!」
突然部屋に掛け声がこだまし、その瞬間2本の矢がすさまじい勢いで町長の頭のリンゴに命中した。あまりに急な出来事に心臓が飛び出る思いだっただろう町長は、両手を高く上に上げ、目と口をあんぐり開けたまま固まっている。びっくりしたソレーユたちであったが、部屋の入り口で弓を構えているタレ目で薄いピンク色の髪の少女が目に入った。腕を黒い布で巻き、お腹はへそを出している。この人がおそらくオワゾーネと呼ばれるフェイヨン一の弓遣いだろう。と、その後ろからフォンツォーがダッシュで現れ、固まっている町長を見つけると、顔を修羅のごとくして町長の傍に寄って元に戻させようと背中をバシバシと叩いた。
「町長!しっかりスル!しっかりスル!大事なお客様の前!しっかりスル!」
その言葉に、最初は無反応であったが、はっとなって町長は硬直から解放される。
「し…死ぬかと思ったアル……」
「町長さん、ごめんなさぁい~。遅れましたぁ。」
とろけた声で弓遣いがそう言うと、再び町長ははっとなった。矢が刺さったままの頭のリンゴを撫でながら、強い口調で弓遣いに詰め寄る。
「オワゾーネ!どこで何をしてたアル?!」
その剣幕にも、オワゾーネは全く動揺せずに町長ににっこりと微笑んだ。
「街の茶菓子屋さんが新作のおまんじゅうを販売し始めたから、食べてましたぁ~。」
「貴様……」
その言葉で怒りが頂点に達した町長。噴火する火山を見守るようにその場のオワゾーネ以外全員がゴクリと唾を飲んだ。――しかし……
「あ、きちんと町長さんの分も買ってきましたよぉ~。」
言ってオワゾーネはごそごそと腰にぶら下がっているポーチから饅頭の入った袋を町長の前に出す。町長はもう、何と言っていいかわからず、そのまま何秒か硬直していたが、やがて何を言っても無駄と諦めたように静かにその袋を受け取った。
「ありがとうアル……」
先ほどの剣幕はどこにもない。ただ、無気力にそうポツリと漏らしただけだ。それでも、オワゾーネは先ほどと変わらずニコニコしている。
「ぃぃえ~。あ、それとそのおまんじゅうはぁ~、黄ハーブのお茶と一緒に食べると消化もいいらしいですょ~。」
「ああ、後で試してみるアルヨ……」
饅頭の袋を無気力に見つめ、町長は自嘲な笑いをした。
「フォンツォー、チンは部屋でこの饅頭を食べるアルから、お客様の事は任せたアルヨ。」
そう言うと、ゆっくり歩いてその場から消えていく町長。矢の刺さったリンゴが妙に悲しく見える――。しばらくは全員があっけに取られたまま動けなかった。
「みなさんが今度聖域に入るユミルの旅ご一行様ですかぁ~?」
その中でオワゾーネが愉快に話を切り出すと、途端にその場の緊張の糸が途切れる。
「あ、そうです。あなたは……」
ルナは急にできたぎこちない笑顔で尋ねた。
「わたしはぁ、この町で一番の弓遣いとして~、ユミルの旅ご一行様を指南するオワゾーネっていいまぁす。」
えっへんといった感じで自慢げにオワゾーネが、大層な肩書きを述べたが、さきほどの言動などを見る限りではとても信じられない。
「よろしく~。」
そんな事はお構いなしにルナ、ソレーユ、ニケに強引に握手を求めた。三人は何となく変な気持ちを抱きながらもその手に答える。
「よ、よろしく。」
その時、ソレーユは思った。
(騒がしくなりそうだな……)
――その後フォンツォーが三人を待たせて、三十分ほどオワゾーネに説教をした。だが、その甲斐もなく、オワゾーネはわかっているのかわかっていないのか(おそらく後者)返事をただ繰り返すのみであった。フォンツォーもだんだん町長のように無気力になり、見送りに町長の家から出てくるときには、完全に顔が逝っていた。
「まぁ、オワゾーネは力量だけは確かアルから、安心するヨロシ。」
家の前でフォンツォーが自嘲の笑みをこぼしながら無気力にそう言った。それを聞いたオワゾーネは褒められたと思い込んで顔を赤くする。
「んもー、フォンツォーったらぁ。変なプレッシャー掛けないでくださいょ~。」
「じゃ、じゃぁオワゾーネさんをお借りしますねー。」
ルナがそう言うと、全員は振り返り別れを惜しむオワゾーネを連れて、早歩きでフィヨンの洞窟に向かった――。



五節:~最初の試練・月夜花~

「おーぃ、オワゾーネ。本当にこっちで合ってんのか?」
 フェイヨンの街を北に抜けたところにフェイヨンの洞窟があり、一行はその中に入っていった。中はひんやりとしているが、高山地帯であるのも助けて、湿度はあまりないようである。洞窟の壁は不気味なほど黒く、炭素を多く含んでいる事がわかった。また、壁にはランタンが所々に掛けてあり、巡礼者たちが道に迷わないように工夫されている――はずなのだが…
 ずいぶん前、何の問題もなく洞窟の地下3階にたどり着いた一行であったが、その後、狭い道を進んでいると二手に分かれる人道があった。片方はランタンが掛けられている道であり、もう片方には永遠の闇が続いていた。普通に考えればランタンの道を行くはずなのだが、オワゾーネは「こっちが近道!」と言って暗い方の道へと進んでいった。しかし、かなり進むと、足場も全く変わってきて、人間が通るには少々酷な凸凹道になってきた。しかし、オワゾーネは何の不安の色も顔に出さずに、真っ暗な方向へとひた走っていった。すでに1時間以上歩いている。それで、業を煮やしたニケが、闇の中そう尋ねたわけである。
「あってますょ~。たぶん。」
オワゾーネはそう言いながら暗闇の中なのにも関わらず器用に凸凹した道を歩いていった。それにしても、最後の「たぶん。」が気になるソレーユたち。
「案内する気あんのか……」
ソレーユが悪態をつくのも無理はない。しかし、彼女には聞こえていなかった。というか、完全に聞いていない。
「っきゃ!」
とその時、ソレーユの後方からルナの叫び声がした。どうやら足を挫いたらしい。すぐに三人は引き返し、ルナの近くに寄った。無論暗闇の中で。
「大丈夫か、ルナ?」
ニケが心配そうにルナの顔を覗き込む。
「大丈夫大丈夫。ちょっと挫いただけだから。」
「ちょっと見せてぇ。」
すると、オワゾーネはマッチと火打石を取り出し、火をつけた。ぽわーっと淡い炎の光と共に全員の顔が照らし出される。ソレーユたちは久しぶりに見る生の顔になんとも言えない懐かしさを覚えた。ルナは必死に笑っていた。どう見ても痛みを我慢している。しかし、その炎も消えてしまった。辺りは再び濃い闇に包まれる。
「大丈夫よ。っさ!行きましょ!」
無理に立ち上がろうとするルナ。しかし、オワゾーネはルナの足首をがっちりと押さえて放さなかった。
「動かないで!」
ただ一言、さっきまでの彼女とは明らかに違う強い口調でそう言った。ニケとソレーユはびっくりして何もいえない。ルナも驚いている。
「わたしのポーチの中に包帯がある。それで固定しよう。」
彼女は手際よく包帯を取り出してルナの足首に巻きつけた。暗闇の中で行われたその作業は神業と言っても過言ではないだろう。
「さぁ、これでいいわ。」
押さえつけていた手をどかされると、ルナはゆっくりと立ち上がってちょっと歩いてみた。多少の拘束感はあるものの、何もしていない時と比べてかなり楽のようである。
「ありがとう、オワゾーネ。」
彼女は暗闇の中、満面の笑みで礼を述べた。
「いいぇ~、いいんですょ~。」
いつのまにかオワゾーネの口調が元に戻っている。
「さぁ、先を急ぎましょぉ~。」
彼女はそう言って再び先頭を歩き出した。
「女ってのはよくわからねぇよな。」
ニケがソレーユの耳元で囁く。ソレーユも深く頷いた。
 ――そうしてしばらく歩いていると、奥に淡い青色の光が見えた。四人は急いでそこへ行くと、そこは出口で、開けた空間になっていた。どうやら、オワゾーネの言っていた方向は、近道がどうかは別として正しかったようである。開けた洞窟の壁にはいくつもの青い光を放つランタンが掛けられており、奥のちょっと岩が高くなっているところには、神社のような装飾が施してあった。そして、そこには小さな黄色い狐がソレーユたちを見つめるように腰を落として座っている。
「狐……?」
四人は警戒しながらそっと傍に寄っていった。すると、その小高い場所の麓あたりまで来たときに、狐が「コーン。」と一言鳴くと、ソレーユたちの前に、少し大きな狐が現れた。急に現れたのでソレーユたちは驚いて2,3歩後退する。
「な、なんだよ、こいつ?!」
ソレーユがそう叫ぶと、その狐は冷ややかな視線を彼に投げかけた。それを見たニケがソレーユの口を押える。
「おい!精霊様の前だぞ!!失礼な事言うな!!」
その狐は最初、何かを詮索するような目をしていたが、やがて話し始めた。
「あなたたちはユミルの旅を遂行する者ですか?」
冷たい視線とは裏腹に優しい声をしている。それにちょっと安心したルナはこくりと頷いた。
「はい。初の巡礼です。あなたはフェイヨンの精霊・月夜花(ウォルヤファ)様ですか?」
「そうよ。私の名は月夜花。静寂を守る月の使者。もしも私の力が必要ならば、私にその意思を見せなさい。」
そう言うと、途端にその狐は丸くなり、そして人の形へ変化した。頭を狐の被り物のようなモノで覆っている、15歳ぐらいの少女になった。右手には、鐘のついた黄金のステッキを持っている――。
 彼女はフワリと浮き始めた。
「意思を見せるって……まさか?」
ソレーユが足をすくませながらニケに尋ねる。ニケが説明しようとした時、月夜花のいた方向から針のようなモノが飛んできた。それがニケの左頬を掠める。
「まぁ、こういう事だな。」
言ってニケはジャンプし、月夜花の近くまで一気に距離を縮めた。そして、右手を大きく振りかぶり、素早く突き出した。
「鉄拳!!」
しかし、素早い月夜花の動きでかわされ、それは無常にも空を撃つ。それどころか彼女はニケの後ろをとった。そして、目を閉じ、何かの呪文を唱え始めた。
「ライトニングボルト!」
その瞬間、月夜花の手から閃光が迸り、それはニケに直撃した。
「おわあああああああ!」
悲痛な叫びと共に地面にたたきつけられる。
「ニケ!」
ルナとソレーユが駆け寄ると、ニケの体がぴりぴりと痺れている事に気づいた。
「大丈夫?」
「ああ……それにしても……精霊様はやっぱつええな。」
「あなたたちの意思はそんなものですか?それに……」
月夜花はニケを見下ろした後、角でびくびく震えているソレーユに視線を変えた。
「あなたはなぜそんなに怯えているのですか。」
そして、月夜花がソレーユに突進してきた。ソレーユは恐怖のあまり失神しそうになっている。
「あなたみたいな中途半端な覚悟の者は、ユミルの旅を遂行する事などできません。」
彼女が持っていたステッキを振り上げた。しかし、その時……
「ダブルストレイフィーング!!」
オワゾーネの放った二本の矢が月夜花に向かって飛翔した。一瞬不意を突かれた月夜花は避けきれず、一本はステッキを持っていた方の手を掠める。
「…っく!」
すぐに矢を持ち替えるオワゾーネ。月夜花はターゲットを彼女に変え、襲い掛かった。
「えい、えい!」
矢を撃ち続けるが、不意をつかなければ月夜花に当たらない。その間にも、月夜花はくるくると宙を舞い、華麗にオワゾーネの矢を避けながら近づいていった。
「っは!」
そして月夜花は完全に間合いに入り、渾身の一撃をオワゾーネに浴びせかかる。
「わわわっ!」
何とか避けるも、その際に弓を手放してしまった。さらに、月夜花の追撃。彼女は再び目を閉じ、詠唱を始める。
「ライトニングボルト!」
両手をオワゾーネに向け、そう叫ぶと、再び閃光が迸り、オワゾーネに襲い掛かった。しかし、その時!
「はあああ!」
何とさっきまで怯えていたソレーユがオワゾーネをかばうように前に立ちはだかった。そして、腰に当てていた短剣・グラディウスを盾にするように構える。次の瞬間、電撃
はソレーユのグラディウスに直撃し、黒い煙を上げた。あたり一体が煙に包まれる。
「ソレーユ!オワゾーネ!」
ニケとルナが叫ぶ。が、返事がない。しばらくの間、クロ煙と一緒に辺りを静寂が包み込んでいた。それを、ルナ、ニケ、月夜花は静かに見ている。と、その時、煙の中から青い光が差した。そして、それは辺りの煙を一掃し、二人の姿を映し出す。倒れこんでいるオワゾーネ。その前でグラディウスを構えるソレーユ。前と何も変わっていなかった。ただ一つ、ソレーユのグラディウスが青く強い光を放っていること以外は。
「え?」
驚いてグラディウスを見つめるソレーユ。と、急にグラディウスはカタカタと震えだし、やがて凄まじい閃光を放った。それは、月夜花に向かっていき、彼女に直撃した。
「きゃああああああああああああああ。」
たまらず声を上げる月夜花。ぴりぴりと痙攣している。
「今だ、オワゾーネ!」
ニケの言葉にはっとなったオワゾーネは、弓を素早く拾い、二本の矢を射った。
「ダブルストレイフィングー!!」
月夜花にまっすぐ進んでいく矢。しかし、不思議な事にそれは月夜花の前で消えてしまった。
「?!」
「……もういいわ。」
しょぼしょぼと手を前に出し、降参のポーズをとる月夜花。
「あなたたちの勝ちよ。しかと、その意思を見せてもらいました。」
その瞬間、ルナたちの顔に安堵の色がふわりと出てきた。





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