~RO Novels~   第五章 信頼のゲフェン編  突入

~RO Novels~   第五章 信頼のゲフェン編  突入

第二章~フェイヨン編2



      第二章   ~静寂のフェイヨン編・後半~





六節:~新たなる仲間~

「やっ……」
一気に気が抜けたせいか、ニケとオワゾーネの体がガクリと傾く。しかし、以前ソレーユだけは食い入るようにグラディウスを見つめていた。その様子を見て月夜花がソレーユに近寄る。
「まさか、スロットが生きていたなんてね。」
彼女はそうもらした。
「スロット?」
ソレーユがそう尋ねると、月夜花はびっくりしたような顔で彼を見た。
「あなた、これにスロットがついてるのを知ってて盾にしたんじゃないの?」
「いいや。俺はただオワゾーネを守りたくて……だって、俺を助けてくれただろ?だから……強く思ったんだ。そしたら体が勝手に動いて……」
それを聞いたとき、一瞬だが月夜花ははっとした声を上げた。
「まさか、彼女の意思が……」
それがあまりにも小さな声だったので、ソレーユには良く聞き取ることができなかった。
「なんだって?」
「……いいえ。何でもないわ。」
ごまかすようにくるりと回り、ソレーユに背を向けてニケたちの方を向く。ニケは体がまだ痙攣していた。それをルナが抱えている。月夜花は二人に手を向けた。そして、何か再び呪文を唱えている。
「ヒール!!」
その瞬間、月夜花の手が光り、ニケとルナを暖かい緑色の光が包み込んだ。二人はびっくりしたように上を見上げたが、やがてそれは消え、後には痙攣が無くなっていた。
「す、すげぇ。これが『ヒール』。」
ニケが驚いて立ち上がり、腕をぐるぐるとまわす。どこも痛くないようだ。月夜花は同じ事をオワゾーネ、そしてソレーユにもした。
「ありがとうございます。」
ルナはペコリと彼女に頭を下げた。少しはにかんだ笑顔をしてくるりと宙を舞い、彼女は神社のようなところへ降り立つ。その様子をごくりと唾を飲んで見送るルナたち。
「スロットは……」
不意に彼女が語り始めた。
「太古、オーディン様率いる神軍と、ロキ率いる巨人軍との戦い、ラグナロク大戦において、神々が人間に渡したとされる秘技。それは相手の技を受け止め、新たな能力を生み出す力。人間はこれによって、巨人の襲来を見事防ぎ、生き残った。」
「ラグナロク……大戦?」
ソレーユが多少憚りながら尋ねる。
「ラグナロク大戦とは、神と巨人の戦い。全ての封印の外れた日に起きた、巨大な戦争。封印されていた元神であるロキは自分の子である狼のフェンリル、地獄の番犬ガルムたち巨人種を引き連れて、神々に戦いを挑んだ。その時、神は人間が巨人に攻撃される事を予想した。」
「その数年前まで、私たちの世界は巨人に支配されていた。しかし、とある一人の人間、ジークフリードが神の住むアースガルズに助けを求めた。彼はオーディンによって神にしてもらい、世界に住む巨人たちを倒した。だから、巨人たちは人間を狙う……再び、復讐の炎を燃やして。そう思った神々は、ジークフリードを呼び戻し、人間にこのスロットという力を与えた。そして、ラグナロクの日――人はこの日を"神々の黄昏"と呼ぶわ。この日、神の軍と巨人の軍はぶつかり合い、お互いに数を削った。そして――」
そこまで言うと、月夜花は一呼吸おいた。そして、再びゆっくりと話し始めた。
「神と巨人は全滅した。それは相打ちの連続によるもの……そして、ラグナロクの日は終わりを告げ、世界はある一点、ジークフリード果ての地、ホッドミーミルの森だけが残った。そこで偶然動物たちと果物をとっていた二人の人間、リーヴとリーヴスラシルだけが生き残っていた。彼らはそこで戦いで傷だらけになったジークフリードに出会い、彼に今日の出来事を語られた。――もう自分たち以外に人間はいないということ、神も巨人も、全滅してしまったという事。それを語った彼はその場で生き絶えた。そして、彼らは自分たちに課せられた役割を感じた。世界の再生――彼らは交わり、子を作った。そこに2対の男女が生まれた。そして、子孫はどんどん増え、世界は再生していった。その過程でオークが生まれ、さらに世界は再生していった――。」
「その後の歴史は定かではないわ。まるで、誰かが抹消したように存在する空白の歴史。この間に何かがあったに違いない。そして、その歴史の最後に残った者、それが……」
「ロード・オブ・デス?」
ソレーユが口を開く。月夜花はこくりと頷いた。
「そう……ロード・オブ・デス――空白の歴史より生まれし忌まわしき者――。それを私たちが倒した。ユミルと共に。……でも、それからわずか10年でヤツは復活し、ユミルも行方不明になってしまった。私はその真実が知りたい。だから、あなたたちに力を貸すわ。」
そう言うと、突然月夜花の体が光りだし、そこから閃光が迸った。しかし、それは前のような攻撃的な閃光ではない。優しい、柔らかい光であった。閃光はオワゾーネの体を貫き、パチンと乾いた音を立てて消えた。オワゾーネはびっくりした顔でキョロキョロと周りを見回す。
「え?え?何なにー?」
「私の神器をあなたに預けたのです。私の持つ、"静寂のフルート"を。」
それを聞いて、ルナたちは困った顔をした。
「月夜花様、彼女はユミルの旅を遂行する者ではないのです。」
「知っていますよ。フェイヨンの指南役なのでしょう?」
意外な答えに一同はびくりとした。
「じゃあなんで?」
「神器は……」
月夜花がオワゾーネに優しく微笑みかける。
「その意思で持ち主を決定します。そして、決してそれは間違いを起こさない。私のフルートは、あなたを選んだのです。それに……」
急に真剣な顔になる月夜花。
「もう疲れたでしょう?あなたの過去の記憶は確かに辛い物かもしれません。でも、あなたはもう十分自分を痛めつけた。だから今度は、あなたが巣立つときです。」
その言葉にオワゾーネのタレ目がぴくっと動いた。
「過去の記憶?」
ニケが尋ねる。
「神器を預けし者の記憶を探り、邪念を取り払う。それも私たち精霊の役目です。彼女には――過去の親の記憶が重くのしかかっているのです。だから――」
突然、オワゾーネがもう聞きたくないというように、両手で耳を押えてその場に座り込んだ。
「やめてよぉ!せっかく忘れてかけてるんだからぁ……言わないでよぉ!」
しかし、月夜花は続けた。
「彼女の記憶――それは、小さい時の幼い記憶。彼女は、親に虐待されていたのです。」
「?!」
ソレーユたちはその場に凍りついた。天然の、ちょっと付き合いにくい人間だと思っていたオワゾーネがそんな過去を持っていたなんて、誰一人思っても見なかったのだ。
「けれども、彼女は何をされようが常に笑っていました。殴られようが、酷い罵声を浴びせられようが。そうすれば、相手は呆れるだけで済むと思っていたようです。一番、それが彼女にとって楽な道。だから、彼女はどんなに苦しいことがあっても笑っていました。そして、徐々にどんなときでも笑うようになり、自分の本心を人に言えなくなり、やがて彼女は笑うこと以外をしなくなりました。しかし、そんな時――ある男がこの家に入ってきて、一家を皆殺しにしたようです。オワゾーネは本家には入れてもらえなかったので、何とか隠れることができました。そして彼女は、一家を殺した犯人の姿を見ました。熊のような銀の服を着た、弓を持つ男です。顔は……残念ながら後姿なので見えません。おそらく、彼女が弓手になったのは彼の影響でしょう。幼い時に、一家を殺人という形ではありながらも、彼女を自由にしてくれた男。」
「――彼女はやがて、フェイヨンに流れ、町長に拾われて大きく、そして立派な弓手になりました。しかし、大きくなるにつれて、徐々に湧き上がる疑問。それは、"なぜ私の家族は殺されたのか"。今思えば、彼らはなぜ殺されなければならなかったのか……やっと殺人という意味がわかる年頃になってそう思い始めたのです。」
「……やめてぇ…」
気づけばオワゾーネは大粒の涙をこぼしていた。しかし、その顔は笑っている。
「いいですか、オワゾーネ。」
月夜花は強い口調で言った。
「過去を無き物になど誰もできないのです。そうやって笑って、ごまかして、その疑問を忘れようと、そういう心ではいけないのです。過去の上に立ち、新たな出発をする事ができる――これが人間だと思います。そして、私はあなたがそれをできる事を確信しています。」
ゆっくりと、地べたに座り込むオワゾーネに近寄る月夜花。そして、彼女の前で手を差し伸べた。
「一緒に――彼らと共に、私と共に、ここで過去と向き合いましょう。そして、新たな出発をするのです、オワゾーネ。」
そう言われると、笑ったまま泣いているオワゾーネは月夜花を見上げた。月夜花は優しく笑顔でオワゾーネを包むようにしていた。そしてその後ろで、ソレーユがはにかみながら頷き、ニケは少し泣きそうになりながら何度も何度も頷き、ルナは優しく微笑んでいた。
「一緒に行こう、オワゾーネ。辛い旅になるかもしれないけど、私たちと一緒に。」
オワゾーネはその瞬間強い光を放った。そして頭上に輝くフルートが出現した。
「ありがとう、みんなぁ。出合ったばかりのわたしにこんなにしてくれて……わたし、もう怖くないよぉ。一人じゃないような気がするもん。」
そして笑顔で月夜花の手をとる。その笑顔は、今までオワゾーネが見せた笑顔とは比べ物にならないほど輝いていた。
「だけどぉ……一ついいかなぁ?」
オワゾーネが恥ずかしそうに尋ねた。
「なぁに?」
笑顔で答えるルナ。
「ここで……今までの分――いっぱいいっぱい泣いていい?」
ルナ、ニケ、ソレーユは同時にコクリと頷いた。最高の笑顔で。一瞬、ホッとした顔をしたオワゾーネは次の瞬間、手をぐりぐりと目に当てて大泣きした。その涙は留まる事を知らない。三人はその光景を静かに見つめていた。その後ろで、月夜花はふっと笑い、ゆっくりと消えていった――。
 泣き声は、冷たい洞窟の中でこだまする。偽りの仮面を洗い流すように……どこからともなく聞こえるフルートの音は、その場を暖かく包み込む――。



七節:~災厄の襲来~

「結局、お前の聞きたかったこと聞けなかったなぁ。」
フェイヨンの洞窟の帰り道、今度はきちんとランプのある道を通って(やはりオワゾーネの言っていた道は近道ではなかった)、お互いの顔を確認しながら帰る事ができた。その中で、ニケが思い出したように並んで歩いているソレーユに言った。
「あ、そうだった。」
「お前も忘れてたのかよ。」
バシっとソレーユの背中を叩いてつっこみをいれるニケ。しかし、ソレーユはそれに何の反応もしないで、何かを考えているそぶりを見せた。
「もう!ニケったらすぐ暴力振るうんだから。大丈夫ソレーユ?」
その後ろを歩いていたルナはソレーユの背中を擦り、後ろから顔を覗かせてきた。
「痛み止めの薬ならありますよぉ~。」
にやにやしながらオワゾーネもポーチから薬を一つ出してソレーユの頬に当てる。
「まったく!女はこれだから!こんなのは男のスキンシップだよな、ソレーユ。」
「あ、ああ……」
しゃきっとしないソレーユを再びニケがバシっと叩く。その勢いで今度は、ソレーユが前につんのめった。
「俺……」
急に口を開くソレーユ。すぐにみんなは足を止めた。
「ん?」
「俺……」
再び繰り返す。そして彼は真剣な顔になった。
「俺……まだ、みんなと一緒に旅してていいかな?」
言って彼は恥ずかしそうに下を向いた。それを聞いた三人は先ほどのオワゾーネの時同様、最高の笑顔で彼を見つめた。
「もちろん!ソレーユがいれば、心強いしね!」
「ソレーユさんがいればぁ、ニケさん寂しくならないで済みますぅ。」
「まぁ、あれだな。いろいろと面倒起こさなければいいぞ。」
ソレーユはその言葉にうれしそうに笑い、頭を下げた。
「改めて、よろしく!」
「よろしく!」
そしてしばしの間、彼らは本来の過酷な目的を忘れ、お互い話に花を咲かせる――。しかし、そんな時間も長くは続かなかった――。それはフェイヨンの洞窟を出たとき……

 彼らは洞窟を抜け、久しぶりに外に出た。しかし、天気はあまり良くなかった。雲は日を隠すほど厚く空を覆い、時より遠くから雷の音がする。そして、彼らは洞窟の前で一人の男がうつ伏せで倒れているのを見つけた。白い長めの服はボロボロになっているが、間違いなくフェイヨンの伝統衣装である。
「おい、大丈夫か?!」
すぐにニケが近寄り、三人もそれに続く。そしてニケがその男を抱きかかえると四人の表情が驚きに変わった。
「フォ、フォンツォー!!」
それは目を大きく見開いて、口から血を流している変わり果てた姿のフォンツォーだった。彼の服にはドロがたくさんついている。どうやらここまで這って来たようだ。その証拠に彼の這った跡がなまなましく道に残っていた。
「ひどい……誰がこんな事を……」
彼は目をさらに見開き口をパクパクさせ、血を吐きながら声を絞り出した。
「ロード……オブ……デ…ス……」
そして、「ひゃあ!」と奇声を発して天に手を伸ばすと、そのまま息絶えてしまった。
「おい!しっかりしろ!!おい!」
ニケが必死に揺さぶるが効果はない。と、その時。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
フェイヨンの街から突然大きな叫び声が聞こえた。それと同時に建物が崩れる音もする。
「いけねぇ!みんな行くぞ!」
いの一番に駆け出すニケ。それに続くソレーユとオワゾーネ。しかし、ルナだけはその場にしゃがみこんで、顔を両手で覆って動こうとしなかった。
「ルナ!」
ニケが連れてこようとするが、ソレーユはそれを止めた。彼には、ルナに過去のロード・オブ・デスの記憶が蘇っているとわかったのだ。
「いいよ。三人で行こう!」
その言葉に一瞬顔が引きつったニケだが頷く。三人はすぐにフェイヨンの街へ降りていった――

 街は変わり果てていた。まだ生きている人々はロード・オブ・デスから逃げ惑い、山林へ、麓へ猛然と走って逃げている。奴の姿は町の中心、ちょうどソレーユたちが泊まった宿屋のあるところ辺りに確認できた。銀の兜をかぶり、両手には銀の槍と盾を持っている巨大な亡霊剣士。死霊の銀馬に乗った奴の身長は、町のどの建物よりも高く、それの二倍はあろうかというものであった。
「あれが……」
「ロード・オブ・デス……」
初めてみるロード・オブ・デスに、ソレーユとオワゾーネは足がすくんでしまった。なんと禍禍しい風体。ソレーユのいた世界に起きる全ての災厄を足してもかなわないと彼は瞬時に悟った。とその時、たくさんの人に混じって、ソレーユたちのほうへ逃げてくる一人の少女が見えた。黒髪を肩で切った少女――それはまさしく宿屋の娘であった。
「あ、君は!」
ソレーユが声を上げると、彼に気づいたように一生懸命走ってくる。ソレーユのいるところまであと数メートル。その時、ふわっと何か銀色のものが彼女の首の辺りを通り過ぎるのが見え、彼女は急に身長が低くなった。続いて、空中を何か丸いものが赤い液体を出しながら飛ぶ。それでも動き続ける彼女には、顔が――なくなっていた。かっと目を見開いて固まっているソレーユ。そして、彼女はソレーユの前まで頭のない状態で走り続け、彼の隣にゆっくりと倒れた……。
「そんな……」
彼女の血を浴びてソレーユはそう呟いた。真紅の鮮血がソレーユの体と心を染め上げてく。彼は横に倒れた首無しの少女を見つめた。そして――
「うわあああああああああああああ!」
彼は怒りと悲しみに我を忘れ、ロード・オブ・デスのほうへ突進していった。
「おい、ソレーユ!やめろ!」
「ソレーユさんー!」
仲間の制止を振り切り、ソレーユは進み続ける。それに気づいたロード・オブ・デスが、ソレーユに狙いを定めた。
「グオオオオオオオオオオ!」
そして、ロード・オブ・デスの槍がソレーユを捉えるその刹那。突然ソレーユは酷い頭の痛みに苛まれた。頭の中を凄まじい勢いで動き回る何かを、ソレーユは感じていた。それは走馬灯のように彼に記憶の一場面を思い出させる。青い髪の女性――ソレーユを世界に連れてきたマントの優しい目――幼い頃の自分――そして再び青い髪の女性――今闘っているロード・オブ・デス――そしてなぜかあの子守唄が聞こえた。
 ヴィッディ アラシャメ ケプラット ローデス――
   ヴィッディ アラシャメ ユミル ――
     ヴィンドレス アクオータ インデルン……
「え?」
その瞬間、辺りは凄まじい光に包まれた。
「ソレーユ!」
ニケは目を覆い隠しながら叫ぶが返事がない。そして、大きな爆発音と共に、その光は砕け散った――
 しばらくの間、その閃光で目を開くことができなかった。徐々に辺りが元の光りを放ち始め、ニケとオワゾーネはゆっくりと目を開く。そこには、無傷のまま立ちすくんでいる寂しいソレーユの姿があった。
「大丈夫ですかぁ?!」
それを見て急いで近寄る二人。
「……」
それでも固まっているソレーユの背中をニケはバシっと叩いた。
「おい!」
「あ、ああ……大丈夫。」
パンパンと両手を叩くソレーユ。
「お前、奴に何かしたのか?」
「?!」
はっとなったようにソレーユはその場を見渡した。建物は崩壊し、あちこちで火事が起きている。そして、道にはたくさんの人の死体が生々しく残っていた。ただ、それを行った張本人、ロード・オブ・デスだけはその場から忽然と姿を消して。
「奴はどこに?!」
探しに行こうとしたソレーユの首根っこを掴んで、ニケが不思議そうな顔をして尋ねた。
「お前がやったんじゃないのか?」
「俺が?!」
「ソレーユさんとロード・オブ・デスが接触しそうになった時にぃ、すっごい光が出て、それでロード・オブ・デスがいなくなったのぉ。」
オワゾーネはその現場を説明した。
「俺が……ロード・オブ・デスを?」
「わからねぇ。だがまぁ、何にしろ奴は去ったみたいだな。」
ニケがふうとため息をつく。ソレーユは再びはっとなって少女が倒れているところへ走っていった。オワゾーネも元あった町長の家に急ぐ。
「なんで……」
再度そこに立ち尽くすソレーユ。大粒の涙が少女の動かない体にしみ込んでいく。しばらくそっとしておき、ニケが後ろから優しく肩に手を置いた。
「仕方ないんだ。ロード・オブ・デスが現れた街は、今まで助かった試しがねぇ。それどころか、この街はまだいい方だぜ。きちんと逃げ切った奴が多い。」
そう言って、少女に手を合わせて合掌した。
「犠牲は……大きい。だけど、助かった奴もいるんだ。……それで良しといこうじゃねぇか。」
ニケはもう一度ソレーユの肩に手を置こうとしたが、それをソレーユは払いのけた。
「何でだよ!!」
「ソレーユ…」
寂しそうな表情でソレーユを見つめるニケ。ソレーユの瞳は深い悲しみに彩られ、ニケをバケモノでも見るような目で見ていた。
「どうしてそうなるんだよ!犠牲が大きい…?!違うだろ?!犠牲は数じゃなくて、出たか出ないかだ!何でそんな平気な顔してられるんだよ!!昨日まで……この子は生きてたんだぞ?!俺たちに……ご飯を運んできてくれたんだぞ!!昨日まで……あの子笑ってた!ミルクをこぼして熱いって言ってた!なのに……もういないんだぞ!!」
憤りそして嘆き、ソレーユは叫んだ。それをニケは真剣な眼差しで聞いていたが、首を横に振る。
「ソレーユ……違うんだ。」
「何が違うんだ!!何も違わない!!お前は……!」
「ソレーユ!!」
急にニケも大声を出し、ソレーユに掴みかかった。そして一発、ゴンっと彼の頬を殴り、吹き飛ばした。それに驚くソレーユ。
「何もわからねぇてめぇが何言ってやがる!!ロード・オブ・デスに故郷を奪われたおれの気持ちをわからねぇ貴様が!おれは……」
気づけばニケの目には涙が溜まっていた。それを必死に堪える姿はソレーユを黙らせるには十分であった。
「目の前で……親父とお袋を殺されて……島のみんなも殺されて……心も体もボロボロで……それでもルナの前では強い存在じゃなきゃいけねぇ。あいつは弱いんだ。俺がしっかりしてねぇと、あいつはすぐ泣いちまう!すぐに死にたいって言い出す!それもわからねぇてめぇは……」
ニケが続けようとした時、オワゾーネの声が二人の会話に割り込んだ。
「ちょっとぉ、二人とも来て下さいー。町長が生きてますぅ!」
その言葉にニケはすぐにオワゾーネの元へ向かったが、ソレーユはその場で立ちすくんでしまった。
「ソレーユ!」
それを見たニケがソレーユに一喝する。それを聞いてはじけたように体が動き出すソレーユ。そして、二人はオワゾーネの元へ向かった――。



八節:~傷痕――そし旅立ち~

 ロード・オブ・デスによるフェイヨン強襲。町長によると、ソレーユたちが洞窟から出てくるほんの20分ほど前の出来事であったらしい。
――晴天の空模様は徐々に曇り始め、時折強風や雷が鳴り響いてきた。変だと思い、町人が外に出て上空を仰いでいると、なんと紫色の巨大な渦が出現した。それは上昇気流の発生によって空気を全て吸い込むように広がり、急にそこから銀の槍が出てきた。それは真下にいた町人を串刺しにし、そのまま紫色の空間に引きずり込んだ。そして、誰かがこう叫んだ。
「ロード・オブ・デスだ!!」
それからすぐに紫色の空間からロード・オブ・デスが現れ、町を槍と魔法でどんどん破壊していった。フェイヨンの兵士が出撃するも、一瞬にして葬り去られてしまう。町長は一刻も早くこの事をソレーユたちに知らさねばと洞窟にフォンツォーを送り、そして自らは剣と盾を擁して奴へと向かっていった。しかし、外へ出ようとした時、奴の攻撃は町長の家にも及んでいた。2階が槍によって跡形も無く消し飛ぶ。さきほどまで2階にいた町長は九死に一生を得た形になったが、それから2階崩壊の破片が町長へ降り注ぎ、結局出撃できずにその場で地団太踏む結果になってしまった。
 そこへソレーユたちが現れ、不思議な事にロード・オブ・デスは後退して姿を消した。そして、町長は生きながらえ、オワゾーネによって発見され、救助された――。


「ふう……これでいいアル。」
 その後ソレーユたちは、瓦礫の下敷きになっている鎧で武装した町長を助け出し、ルナを呼んで大きな墓を作った。町の中で死んだ人、森に逃げる途中に死んだ人、フォンツォー、宿屋の女の子……みんなが入るぐらい大きなお墓を掘って、そこに全員を丁寧に並べた。そして土を被せ、フェイヨンに伝わる返魂のお札を貼った墓標をその上にのせた。作業は夜中まで続き、一応ひと段落を終え、五人は元あった町長の家の瓦礫の上に腰掛けた。
「あの世で……報われるといいな。」
「ウム。」
ニケは隣でまだ震えてるルナに声を掛けた。
「おい、大丈夫か?」
笑顔で返事をするルナ。しかし、声もまた震えていた。
「大丈夫。前よりはずっと良くなったよ。」
それを聞いてニケは複雑な表情をした。ソレーユも黙って空を仰いでいた。
「人間は脆いものアル……」
不意に町長が語り始めると、四人はそれを黙って聞いた。
「ロード・オブ・デス……空白の歴史より生まれし忌まわしき者。たった一度の強襲でやられてしまうアル。今まで築いてきた全てを一瞬にして崩壊させられてしまうアル。それでも人は何もできないアルヨ……それをただ見ている事しか……皮肉なものアル。みなが死に、町長が生き延びる……運命の冷罵を感じずにはいられないアル……」
言葉にならない苦痛――そんな言葉がぴったりだった。町長としての責任を果たせなかったのだ。
「でも、ちゃんと逃げ切ったヤツもいるようだぜ?街から出て行ったやつは無事だ。」
「それがせめてもの救いアル……でも、チンは死んでいったみなに顔向けできないアル……」
ガクリと肩を落とす町長。と、その時急にオワゾーネがピョンと跳ねて立ち上がった。
「大丈夫ですよぉ。」
「ム?」
不思議な顔をしている四人を見て、彼女はにっこりと笑う。
「フェイヨンの人はみんな優しかったしぃ、みんな町長さんの事大好きでしたぁ。だから、誰一人町長さんの事、恨んでないと思いますよぉ。きっと、絶対にぃ。」
それを聞いて町長は最初びっくり顔をしたが、優しく彼女に微笑んだ。
「そう…アルカ。ありがとうアル、オワゾーネ。少し……気が楽になったアルヨ。」
「ぃぃえ~。それよりぃ、これから町長さんはどうするんですかぁ?わたしはぁ、これからみんなと一緒に"ユミルの旅"に出ようと思うんですけどぉ。」
「お前も出るアルカ?」
その問いに迷い無く首を縦に振るオワゾーネ。ソレーユたちもコクリと頷いくと、町長はそれに満足したような顔をした。
「そうアルカー。それじゃ、ちょっと待ってるヨロシー。」
町長はそう言うと、おもむろに腰を上げて全壊した自分の家へ入っていった。そして何かを探すような音を立て、見つけるとそれを持って出てきた。
「これをお前にあげるアル。」
彼が差し出したのは、青い光沢が輝く美しい弓であった。それをオワゾーネは拝謝して受け取る。月の光に照らされ、さらに強く光った。
「これはぁ……?」
「それは『ルドラの弓』といって、大昔フェイヨンにいた伝説の弓士ルドラの愛用品だったアルヨ。その弓は如何なる悪をも浄化し、正義を守る弓と言われているアル。ルドラはその弓で、大昔フェイヨンに攻め込んできた巨人三匹をたった一本の矢でし止めた伝説が残ってるアル。」
自慢げに説明する町長。それを聞いてオワゾーネは目を輝かせた。何度も何度も礼を言った――

「さて……」
日付が変わってから数時間、闇は一層深みを増してきた。
「とりあえず今日はここで休んでいくヨロシ。暗い夜道は危険アルヨ。」
「そうさせていただきます。」
そして五人は寄り添うように星空を見上げて横になった。
「それじゃ、お休みアル。」
「お休みなさい。」
「おやすみなさぁい。」
 満天の星空――月と星々が美しくせめぎ合い、そして夜の唄を歌う。時々夜が恋しくなるのは、この唄が聞きたいからなのかもしれない――


 翌朝、太陽が昇ると、一行は身支度を整えた。そして、次なる目的地を砂漠の町モロクにとる。
「何も土産の品がないアルけど……頑張るアルヨ!」
少し寂しそうに、けれども力強く町長は四人に激励した。
「はい。でも……町長さん本当にここに一人で残るんですか?」
ルナが憚って尋ねた。
「そうだぜ。一緒にどっか住み易そうな場所を探そう。いくら何でも一人で街の復興は。」
しかし、町長は「ははは。」と乾いた笑い声を立てて首を横に振った。
「街の復興はまだ考えてないアル。でも、もしかしたらここに新しい巡礼者が来るかもしれないアル。その時に誰もいなかったらどうなるかわからないアル。」
「そっか。」
町長の言葉に四人は頷いた。
「みんなと一緒に頑張るアルヨ。」
そう言って墓に視線を落とす町長――

「それじゃ……行こっか。」
ルナがくるりと進路を西にとる。
「おう、頑張ってくれよ、町長さん!」
ニケはバシっと町長の肩を叩いた。
「無事に旅を終えたら必ず帰ってきますね~。」
今までありがとう、とペコリと頭をさげるオワゾーネ。
「それじゃ。」
少し元気無さそうにソレーユも会釈する。
 ――そして一行は山岳都市フェイヨンを後にした。ゼルバードと一緒に歩いたフェイヨンの森を再び下る。
「それじゃ、新しい仲間、オワゾーネも加わったことだし!頑張ってユミルの旅成功させよう!」
坂道をオワゾーネと並んでグングン歩きながらルナがそう言った。
「ガンバろぉ~!」
「なんかルナ嬉しそうだな。」
ソレーユと一緒に並んでその後ろで歩くニケがニヤニヤする。ルナもにっこりと悪戯に笑った。
「だって、女の子の友達なんだもん。ねー。」
「ね~。」
「っけ!これだから女は……なぁ、ソレーユ。」
冗談交じりで悪態をつくニケ。しかし、ソレーユはまだ元気が出ず、黙ったままニケに反応しなかった。
「ソレーユ、どうかしたの?」
心配そうにルナが顔を覗き込む。
「いや、何でもない。」
「しゃきっと……せいやーーー!」
突然ふわりとソレーユの体が宙に浮かぶ。びっくりしてソレーユが下を向くと、ニケが彼を持ち上げていた。
「おりゃ!」
そして、おもむろにソレーユを投げ飛ばすニケ。
「わわわっ!」
オワゾーネは彼を受け止めようとしたが、案外勢いがついていて、二人とも地面にしりもちをついてしまった。
「もー!ニケったら!――二人とも大丈夫?」
急いで二人に駆け寄るルナ。二人はお互いに顔を合わせて痛がっていた。しかし、謝ろうと二人が顔を合わせた時、どっと二人が大笑いした。
「ソレーユさん、顔に泥がぁ。」
「お前こそ。」

 ――それからしばらくルナがニケに説教し、再び歩き出した。そして、一行はとうとう平野にたどり着いた。森から出ると、爽快な太陽が一行をお出迎え。その光をいっぱいに浴びて、みなの体が黄金に輝いていた。
「いざ!モロクへー!」
「おぉ~!」
ルナとオワゾーネが嬉しそうに平野を走り出す。それを後から二人がゆっくりと歩いて追いかけた。
「ニケ。」
不意にニケに話しかけるソレーユ。ニケは立ち止まった。
「んん?何だ?」
「さっきはありがとう。それと……昨日はごめん。」
「なんだそんな事か。」
鼻で笑って、ソレーユの胸に拳を当て、再び前へと進み始めるニケ。その右手の親指を立てながら。その後姿を見てソレーユは少しだけ心が落ち着いた。
「は~や~く~!置いてっちゃうよー!」
もうかなり小さくなったルナたちが叫んでいる。それを見て、ソレーユは走り出した。そして、ニケを追い越す。
「ニケ!あそこまで競争!」
「あ!てめぇフライング!」
ニケも後から走り出した――
 一行は太陽を背に、これから立ちはだかるたくさんの壁など夢にも思わず、ただ純粋に、そして軽快にモロクを目指した――







~フェイヨン編エピローグ~

 ――ここは少し戻ってフェイヨンの街。静かになった街は鳥の囀り、木々のざわめきが一層大きく聞こえるようになっていた。しかし、その静寂を打ち破るように、とある男の悲鳴が聞こえた……町長だ。傷だらけで逃げ回っている。その後ろには、見慣れぬ黒いローブで全身を包み、大きな仮面をつけて顔を隠している人間が三人、そして熊のような銀の服を着て、同じような仮面をつけている、弓を持つ男が一人、町長をじりじりと追い詰めていた。
「お前たち、巡礼者じゃないアルネ!」
矢が刺さった左腕を押さえながら血交じりにそう叫ぶ町長。
「我々はそんな事は一言も口にした覚えはない。それより、あなたの街で死んだ人々の死体を譲っていただきたい。且つ……」
そう言うとその男はゆっくり弓を構えた。
「我々の存在を知ったあなたには死んでいただきたい。」
「や…め……」
逃げようとした町長の後ろで、男は矢をとどめていた指を離した。ビュンっと凄まじい音を立ててそれは町長の頭へと直行する。それが町長を貫通すると、彼はそこから血飛沫を上げて倒れていった。薄暗い血は町長の下に溜まっている。
「相変らずえげつないのね。」
それを見ていた一人のローブの者が乾いた声で言った。その声は女性のものであったが、それは驚くほど冷たかった。まるで生気を感じない声であった。弓士はそれを無視して町長の死体を踏みつけ、ソレーユたちが掘った墓の前で止まる。そして、ふふっと笑って無造作に墓標を引っこ抜いた。
「イレンド。」
弓士に言われると、後ろにいた一人がおもむろに前へ出てきた。熊のように大きい。そして墓の上に手を当て、なにやら呪文を唱え始めた。
「ホーリーライト!」
重い金属音のような男の声で仮面ローブがそう言うと、白い柔らかな光がその墓を包み込んで爆発した。土はドンと盛り上がり、辺りに散る。そして、そこからロード・オブ・デスにやられた人の死体が大量に出てきた。
「マーガレッダ、長官に報告しろ。いい実験材料が大量に手に入ったとな。」
マーガレッダと呼ばれたさきほどの女性はささっとその場から去り、ホーリーライトを唱えた男はすっと下がった。辺りは再び静寂を取り戻す。
「ミニュア、巡礼者への手はずは抜かりないか?」
弓士がもう一人の仮面ローブに尋ねた。
「彼らの仲間になるように彼を送り込んでおきました。」
少し幼げな少女の声(やはり冷たい)がそう言うと、弓士は満足そうに笑った。
「よし、それでいい。さあ、いよいよ長官もあの計画を始める時が来たと言っていた。我ら秘密機関―ネオ・イージス―はこれから忙しくなる。次の指令を受けにリヒタルゼンに戻るぞ。……イレンド。」
イレンドは再び何かの詠唱を始める。
「ワープポータル!」
彼がそう叫んで手を前に振りかざすと、その場所に小さな渦が現れた。そして再び詠唱。
「バジリカ!」
唱えると、今度は薄赤い空間が墓の中の人と町長の死体を包み込む。そしてその赤い空間を先ほど現れた渦に当てると、死体は忽然と姿を消した。それを確認すると、弓士の男とミニュアもまた、その渦に触れる。するとやはり姿が消えた。そしてイレンドも……後には何も残っていなかった。ただ、人がいなくなり、真の静寂を得た森と、崩壊した街以外は――






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