~RO Novels~   第五章 信頼のゲフェン編  突入

~RO Novels~   第五章 信頼のゲフェン編  突入

第四章~オーク村編~

Ragnarok Memories

      第四章   ~怒涛のオーク村編~






一節:~オーク族長の子供、その名はアダモニス~


 サマンサたちによって開かれた抜け道をひたすら歩いてゆくと、砂漠の中にあるオアシスのような場所に出た。そしてそこにはハワードの荷台が数日分の食料と一緒に置いてあった。どうやら彼女らはこうなる事を予想していたのかもしれない――


 乾ききった砂漠を越え、どこまでも進んでいく。とりとめのない話に花が咲き、またハワード特製アイスのおかげで、行きよりも長い間砂漠を放浪していたのにもかかわらず、砂漠縦断はそれほど苦にもならなかった。
 丸一日歩き通したか、未明に出発した一行はもう夕暮れに染まった森を歩いている。さすがに疲れた様子だ。抜けはしたが砂漠の砂がまだ残るこの森まで歩いたところで、適当な場所を選んで野営の準備をする事にした一行は、そこから数分歩き、砂漠を背にした大きな洞穴を見つけた。森の中の天然の要塞のようだ。

「ここでいいんじゃねえの?」
ニケが疲れた顔を満足そうに緩める。洞穴の近くまで歩いてルナが念入りに外からその場所を調べた。

「そうねー。ここなら砂も入ってこなそうだし…でも危なくないかな?」

「つかれたー!」
ルナの言葉を聞いていなかったのか、ソレーユとオワゾーネは洞穴に転がるように入っていこうとした。しかし、それをバーネットが両手で止める。

「何だよ、バーネットさん!」

首根っこをつかまれたかたちになった二人は猫のようになっていた。

「……ルナの言うとおりだろう。調べずにこの洞穴を使うのは危険だ。」

そう言って中を調べるために一人入っていった。しばらくの間全員は彼の帰りを待つ。

 数分後、バーネットが中から出てきた。特に変わった様子はないようだ。それを聞いたみなはそこで野営を張ることに決めた。

「ああー!つかれたぜえ!」
欠伸をかくニケを先頭に中へと消えようとしたソレーユとオワゾーネを再びバーネットがとめる。

「何だよ?!安全じゃねえのか?!」

「……タダ飯を食う気か?」

「そうだよ!ご飯作らなきゃ!!別に食べないならいいけどー?」
ルナの一言で目が覚めた三人はぴっと背筋を伸ばした。

「食材ならあります、モドワルセル。」
一礼してハワードがカートの中をぱっと見せると、一行は腕組みをしながら献立を練り始めた。

「うーん……何が作れるかしら?」
ひとまずカートの中から食材を出してみる。リンゴ・バナナなどの果物、燻製にしてあるものと葉で包んだ肉類、魚の干物、砂糖や塩などの調味料にミルクもあった。

「……日持ちしないものから片付けるべきだろう。この中なら果物、生肉、ミルクか。」
バーネットがリンゴをひょいと手にとってふうと息を吹きかけた。

「おれは食えればなんでもいいぞ!」

「あ、俺も。」

献立で試行錯誤したことのないソレーユとニケは能天気な声をあげる。

「なんならこのまま食べてもいいよね~。」
くすくすと笑いながらオワゾーネが生肉を見つめていると、みなはびっくりして早く献立を決めようと躍起になった。

 それから数十分あれこれと話をして、ルナの提案したシチューを作ることにした。彼女とオワゾーネ、ハワードは調理を、バーネットと調理ができないソレーユとニケは薪と味付け用のハーブ集めの役割になった。

「できるだけ早く持って来いよ。料理はスピードが命なんだ。」

「怪我したらわたしを呼んでね~。すぐ行くから~。」

「それじゃー、三人とも、頑張ってきてね!特にソレーユ君とニケ!」

最後の言葉に引っかかるソレーユとニケを含めた三人は、夕暮れの森の中に消えていった。



 ――木々の間から赤い木漏れ日が差込む角度が大きくなり、いよいよ夜が近づいてきた。ところどころで鳥の鳴く声が風流に響く。砂交じりの風は冷たく、ソレーユとニケは体を両手で擦りながら薪とハーブ類を集めていた。会話はない。

「……お前たちは二人で右を行け。二手に分かれたほうが効率が出る。」

気まずさを察したのか、バーネットが一言そう言うと、二人の了解も得ずにさっさと左へ反転して消えていった。

「へいへい、おれらは仲良く二人で探しますよっと。」

ニケの不貞腐れた声にソレーユは苦笑いしたが、それからは不思議と会話も弾んだ。

「精霊様って後何人いる?」

「後五人だ。んで、次に向かってるのはオーク村じゃねえか?」

「そういえば、この世界はオークにあまり会わないけど、彼らはずっとオーク村にいるの?」

「いや、オークに会わないのはここいらが田舎だからだな。近代都市の方へ行けば、街中にわんさかといるらしいぜ?でもまあ、最近はあんま仲良くねえみてえだけど。」

それからしばらくの沈黙が続いて、ニケが切り出しにくそうに尋ねた。

「なあ、ソレーユ。一つ聞きたい事があんだ。」
そう言ってニケは足を止める。それにソレーユも習った。

「なに?」

「お前がオシリス様が"どんな事が起きようと、意味のないものは無い。"って言った時、『え?』って聞き返したじゃねえ?あれは何でだ?」

「!?」
意外だった。あの図太いニケがソレーユの一言を覚えているとは夢にも思っていなかったからだ。

「別に覚えてねえならいいが。」

「いや……覚えてるよ。」

表情を曇らせた。しかしすぐにそれを振り払うように顔をブンブンと振って、少し引きつった笑顔で答える。

「あれはただ、俺の母さんがよく言ってた事に似てるなぁって思っただけだよ。ほんとにそんだけ!」

「ふむ……」

それから二人の間に再び沈黙が流れた。空を舞う鳥の声がよく響くほどに。

「よくわかんねえけど……」
頭をボリボリ掻きながらニケがはははと軽く笑いを立てる。

「最近、お前とユミル様に何か関係があるんじゃねえかって思うんだ。フェイヨンの時にロード・オブ・デスも追い払った。ユミル様の言葉はお前の母ちゃんに似てる。そんでお前の本当の母ちゃんはお前の世界では行方不明なんだろ?」

「な、何でそんな事?!」

「ルナに聞いたんだよ。おれもルナも心の底でお前はもしかしたらユミル様の子供じゃねえかって思ってる。だとしたら……」

「……だとしたら?」

その時、一塵の強い風が吹いた。ゴオォォォォォと音を立て、砂埃を巻き上げ、二人の間を通過していった。たまらず目を瞑る。そして、それが止んだ時、二人は驚くべきものを見た。

「人間ダ……人間ダ…アダモ様の許可なくこの森に入ルナ!さっさと出てイケ!さっさと出てイケ!」

今の風に乗ってきたとでも言うのだろうか、先ほどまで二人しかいなかったその場所に、体が緑色をした、筋肉隆々の男四人が二人の周りを囲んでいた。顎は発達して、口からは白く研ぎ澄まされた牙も出ている。斧を持っており、大きな目は脅すような色をしていた。彼らがオーク族だ。

「オーク!何のマネだ?!」
すぐに二人は背中合わせになって戦闘体制にはいった。
「ここは我らの森。薄汚い人間が入っていい場所ジャナイ。」

「誇り高きオークの土地に、人間などは入ってクルナ!」
オークたちが一歩一歩にじみ寄って来る。
「待てって!おれたちは"ユミルの旅"をしてるだけだ!」

「嘘ダ!人間はそうやっていつも俺達を騙ス!」

「何のことだよ…!」

「ウルサイ!!」

オークの中の一人が大きく斧を振りかぶってニケに襲い掛かった。ニケもそれに合わせて鉄拳を食らわせようとした時、不意に物陰から何かが飛び出し、両者の間に割って入った。それは、周りのオークたちよりも一回り小さい子供オークだった。身長はちょうどニケの半分ほど。赤い角のついたヘルメットを頭に乗せ、手には鉄ではなく石の斧が握られていた。そのオークがニケを背に両手を力いっぱい広げて相手から身を守ろうとしているのだ。それには相手のオークも攻撃を躊躇った。

「人間を守ろうとイウノカ…」

「これは遊びじゃないんダゾ?」

「ドケ!!こんな奴らがいるからアダモ様ガ!!」

しかし、子供オークはぶんぶんと頭を左右に振って応じなかった。

「ドケ!どかなければお前ごと殺スゾ!!」
それでもやはり応じない。

「オイオイ、やめトケ。いくら何でもアダモ様の子供ヲ…」

しばしの硬直。

「……クソッ!俺たちはどうなっても知らないカラナ!!」
吐き捨てるようにそう言って、四匹のオークたちは森の奥へと消えていった。

「あ、ありがとう。えっと……」

ポカーンとしているニケに代わってお礼を言うソレーユ。子供オークは振り返り、大きな黒い瞳で二人を調べるように見つめた。

「に、人間カ?」
ぎゅっと石斧に力を入れる音がする。警戒しているようだ。

「そうだよ。君の名前は?」

ソレーユが何か言葉を言う度に、ビクっとして石斧に力を入れる。

「オ、オラは"アダモニス"。誇り高きオーク"族長アダモ"の子供ダベ!オラを煮たりいじめたりしたらすごい事になるんだカラナっ!」
独特の訛りがある声を出した。

「何で怖がるの?助けてくれたのに。」

その言葉にはっとするアダモニス。

「お、お前らは洞穴にいた女二人と男二人の仲間カッ!?そうなのカッ?!"ユミルの旅"ナノカっ?!」

今度はアダモニスにはっとするソレーユとニケ。

「ルナたちが…?アダモニス!どうしてルナたちを知ってる?!」

「おい、まさかさっきの奴らに襲われたんじゃねえだろうな?!」

アダモニス詰め寄る二人に恐怖して2,3歩後退すると、落ち着けと右手を二人の前に押し出した。

「アイツらは大丈夫ダ。それよりも森に入ったっきり二人の男が見つからナイ、騒いでタゾ?それでそれはお前らの事カ?」

「たぶん…」
ソレーユはこめかみを掻きながらそう言った。

「やばいぜ、ソレーユ。本格的に暗くなってきやがった!」

ふと気づくと、夕日はほとんど落ちてしまい、木漏れ日も消えかけていた。そして、東からは大きなまん丸の月がすでに夜を告げようとしてる。鳥たちの声もいよいよ大きくなり、互いに帰路へとつき始めた頃であった。

「こっち。オラ案内スル。」

 いつの間にか石斧を背中のベルトにつけて、手招きをするアダモニスがいた。二人は一度顔を見合わせ、うんと頷きアダモニスの後ろを足早に歩き出す――。



二節:~シチューの味~


「もー、心配したわ!バーネットさんには何回も探しにいってもらったし…代わりにオワゾーネが薪を拾ってきてくれたのよ!」

日は完全に落ち、月が西に向う中、森から歩いてくるニケとソレーユの姿見たルナは一目散に駆け寄った。それからバーネット以外も近くへ歩いてくる。

「おかえりなさ~ぃ。」

「まったく、レディーを心配させるとは、お前らどういう神経してるんだ?……おや?」

ちょんちょんとソレーユのわき腹をつついていたハワードは、二人の後ろにいるアダモニスに気づいた。ソレーユのズボンを引っ張り、母親にしがみつく子供のような格好になっている。

「オークの子供か?」
ハワードが撫でようと右手を差し出すと、またソレーユの後ろに隠れてしまった。

「途中でオークに襲われてさ、この子…アダモニスが助けてくれたんだ。」

「へぇー、アダモニス君ありがとね。」

アダモニスに向かって中腰になり、ルナがニコっと笑うとアダモニスの緑色の顔がみるみる赤くなった。そして、さっとソレーユの後ろから移動して、ルナの背後に来た。

「こいつ……!」
それを見たニケはアダモニスを捕まえようとルナの方へ行くが、ルナに止められてしまった。

「いいじゃない。それに命の恩人なんでしょ?」

「別にこいつがいなくても大丈夫だったよ!」

「まあまあ……」
仲裁に入るソレーユ。と

「ギュルルルル~!」
太鼓が鳴ったようなすさまじい音がアダモニスから聞こえてきた。

「お腹……空いてるの?」
そのあまりの抜けた音に笑いを堪えながら、ルナはアダモニスの頭に手を置く。

「昼から何も食ってナイダ……」

再びお腹の虫が食べ物を要求した。すると、バーネットが「おほん。」と咳払いをして、シチューの入った鍋のフタを開ける。中から白い煙と共に、何とも言えないいい匂いが辺りを包み込んだ。これには、みなもゴクリと唾を飲む。

「…そろそろ頃合だな。だが、なかなかの量だ。六人では食べきれんだろう。」

「余るわけねえだr……!?」

バーネットの意を汲んだルナが、物欲しそうなニケの言葉を遮るように口を押さえた。

「ちょうど今シチューができたから、よかったら一緒に食べない?バーネットさんの言うとおり、私たちには少し多いみたいし!」

「オラ……?」

「当たり前でしょ~?それに、二人を助けてくれた恩もあるし~。」
オワゾーネがアダモニスに屈みこむと、再び赤くなって、ルナの後ろに隠れた。そして、顔を少しだけ横から覗かせる。

「い、いいノカ?……オラ、オークダゾ?……人間じゃないダゾ?」

それにはみんなが不思議な顔をした。

「何で、オークじゃいけないのさ?お前は俺たちを助けてくれただろ?。」

ソレーユの一言に、少しびっくりした様子だったが、みながシチューの方に歩いていくと、ルナの後ろをトコトコとついて行った。

「もうお腹ペコペコだょ~。」

「……ハワード、皿を頼む。」

ハワードから白い皿を受け取ったバーネットは、白い湯気が出ている鍋からシチューをすくい出した。テキパキとしたその行動にみなは思わず笑ってしまった。

「……何だ?」

不機嫌そうに動きを止めてみなを睨みつける。

「いや、お前がそういう事やってるとなかなか乙なもんだと。」

「意外と家庭的なんだな。」

「いい旦那さんになれますよ、きっと。」

「……ふん。」

不貞腐れたように鼻であしらうと、再び沈黙してシチューを盛り付けた。

「ほらよ、お前の分だ。」
まだルナの後ろに隠れて半身を覗かせているアダモニスに、ニケがシチューを手渡す。それを頭を下げて受け取ると、注意深く調べた。まずは匂い、そしてシチューの中に指を入れる。

「熱イ…こ、これ、何ダ?」
ちゃぽちゃぽと指を何度も入れながら苦い顔をした。

「シチューだよ?初めてかな?」

ハワードが配るスプーンを受け取り、ルナが笑顔で答えた。

「シチウー?」

「ミルクに調味料を入れてお野菜とかと一緒にコトコト煮込む料理だょ
~。」

脇からオワゾーネが説明に入る。

「じゃぁこれはナンダ?」

そう言って手でシチューの具を掴む。綺麗に切られたリンゴだ。

「それはリンゴ。」

「じゃこれハ?」

「それはバナナ~。」

「これハ?」

「それは香り付けのハーブだよ。それでね、このスプーンを使ってすくいながら食べるんだよー。」

スプーンを手渡すと、ルナは自分のシチューをすくって見せた。アダモニスは分かったと頷くと、彼女は笑いながらみなを見渡した。

「それじゃ、食べよっかー。いただきまーす。」

「いただきます!」

みなが一斉に口の中にシチューを流し込んだ。暖かいソースが体を駆け抜けて、冷えた体を一気に温める。

「うめえ!」

「うまい!」

「ほんと~。おいしぃ~!」

「…悪くないな。」

口々にシチューを賞賛するのを尻目に、アダモニスはスプーンの扱いに手間取っていた。すくい上げて、口に運ぶまでの間にスプーンからシチューが皿に戻ってしまう。

「アア、モウ!!」

そう叫ぶと、スプーンを隣に置いて、皿に口をつけてゴクゴクと飲み始めた。

「熱くないのかよ…?」

ニケが自分の喉を抑えながらうかがう。しかし、そんなのもお構いなしに、アダモニスはゴクゴクと飲み干していった。

「ぷはアァ~!これうまいナ!今までこんなモン食った事ナイ!」

初めてアダモニスから笑顔がこぼれた。子供らしい、無邪気な表情だ。

「あはは、おいしそうに食べるねー。もっと食べる?」

隣のルナが笑いながら彼に自分の皿を差し出した。まだ二口ほどしか手をつけていない。

「い、いいノカッ?!お前も腹減ってるじゃないノカ?」

「私はもうお腹いっぱい。」

少し考えてアダモニスは皿を受け取った。

「そうカ……それじゃモラウヨ!」

そして一気に飲み干していく。見ていて本当に気持ちが良いぐらいの天晴れな飲み方だ。

「わたしのも食べる~?」

今度はオワゾーネが…

「……俺のもやろう。」

続いてバーネット……

「俺様のもやる。ありがたく食えよ!」

そしてハワード……

 しかし、すでに食べきってしまったニケとソレーユは、あげることができなかった。何となく背徳感を感じる二人の口に残ったシチューの味は少し苦かった。




三節:~二つ名の騎士・三つ名の騎士~


  ――それから凄まじい勢いでシチューを食べきると、アダモニスは満足したようにお腹をぽんぽんと叩いた。

「フウ…食ッタ食ッタ!お前たちいいヤツ!」

「あはは~!おいしかったぁ?」

「ウンウン!特にあのトロトロとした液体うまかったゾ。」

「良かったー!」

嬉しそうに感想を聞くオワゾーネとルナ。ハワードは横になって、夜空を見上げながらようじを咥えていた。バーネットは焚き木を絶やさないように常に薪をくべている。

「そういえば……」

夜空を見ているハワードを見て、ルナは思い出したようにアダモニスに向き直った。

「こんなに夜遅いけど、アダモニス君は帰らなくて大丈夫なの?」
すると、アダモニスは首を横に振った。

「実ハ…」
みなが一様に彼を見つめる。

「オラここに来たのは『砂漠の森から巡礼者が来る』、ある人に言われたからナンダ。」

「ある人?」

「ウン。――三ヶ月ぐらい前からオーク村にいる探険家ナンダ。村の周囲の環境調べてるラシイ。占いができる不思議な力持ッテル人間サ。」

「なるほど。んで、お前さんは指南役という訳か。」

ハワードの問いに、しかしアダモニスは首を縦には振らなかった。

「ほんとはもっとちゃんとした指南役のオークいるダケド……一ヶ月ぐらい前、人間とオーク喧嘩したンダ。だからみんなあんなにピリピリしテル。」

それにはみながびっくりした。

「その探検家の人が何かやったの?」

その問いには首をぶんぶんと横に振る。

「イヤ……お兄さんは何もやってナイヨ。いい人ダシ、何でも知ッテル。村のオークみな大好きダッタ。悪いハ、ジゲーヴィの軍サ!」

アダモニスが腹立たしそうに鼻息を荒げると、ニケははっとなった。

「ジゲーヴィって…ゼルバードさんと同じ"王の四剣"のか?!あの"瞬神"って呼ばれる…?!」

「ソウダヨ。あいつはここら辺オーク村周辺ナワバリにしてるグラストヘイム軍の隊長サ。」

「……ややこしい奴が出てきたな。」

バーネットが誰に言うわけでもなくそうぼやいた。

「知ってるの?」

「……モロクの人間なら誰でも知っている。モロクも一応あいつの管轄下だからな。最近は全く見かけんと思ったら、やはりオーク村の方に力を入れていたわけか。"瞬神"……お前たちの地方では形式的にそう呼ばれているのだな。」

「どういう意味だよ?」

バーネットはふうとため息をつき、それなりに大きな薪を2,3本火の中に放り込み、手を口の前で組んで前かがみになった。

「お前たちはグラストヘイム軍という組織を知っているな。頂点に君臨するのが、現"国王イモルタリテ"。又の名を"不死鳥"。ユミルがロード・オブ・デスを倒す前から生きているからその名がついた。つまりざっと見積もっても500歳はくだらないというわけだな。」

「500歳?!」

思わずソレーユが叫ぶ。

「……何だ?知らなかったのか?」

「それで、それで?!」

ソレーユの失態を隠すようにルナが話を強引に押し進めようとした。どうやら、ルナとニケ以外はソレーユがこちらの人間だと思わせておきたいらしい。少し不思議な顔をしたが、バーネットは続けた。

「……そして、その下にいるのが王国騎士団。これが普段我々が言っている"グラストヘイム軍"だな。そして、グラストヘイム軍には"ガディウム(最高騎士)"と呼ばれる一人の大将がいて、その下に"王の四剣"、とは言っても今は三人だが、いる。そしてその下に各兵隊長がいて、それ以下が騎士団となっている。……それでだ、王の四剣以上にはその敬意を表して、二つ名を持つ事を許されている。イモルタリテのようにな。"ガディウム"のアンディスは絶滅種と言われている魔法を使えるので"魔神"、"王の四剣"ゼルバードはその奔放とした態度から"神風"、ジゲーヴィはその並外れた身体能力から"瞬神"、"王の四剣"唯一の女であるエルウェはその清らかさから"聖神"……そして、今は死んでしまったが元"王の四剣"ディノはその情熱から"情神"……とみな二つ名を持っていた――これが形式的な話だな。」

再びふうと息をつくバーネット。

「それはおれたちも知ってるよ!」

「…そうだろう。だがな、それぞれの地方で治めている奴にはその地方独特の名を持つんだ。…つまり地方民に呼ばれるあだ名だな。俺はそれが彼らの本性を表しているような気がしてならない……」

「それは、何なんだよ?」

「……アンディスは今アマツと呼ばれる地方を治めている。そして、アマツの人からは彼は悪魔の使いである"使魔"と呼ばれている。エルウェはシュバルツバルト共和国と共生するために形としてシュバルツバルトを治めている。彼女についた名は、その冷徹さから"凍魔"。…そしてモロク地方、つまり俺たちの間でジゲーヴィは"愚魔"と呼ばれている。」

「愚魔?」

「…"愚か者"という意味だ。エルウェの冷徹さも噂に聞くが、おそらくジゲーヴィの方が数段上だろう。ある種異常な選民思想の持ち主だ。」

「心当たりがあるのか?」
ハワードが聞くと、バーネットは黙って遠くを見つめた。

「……お前たちはもともと田舎者だから知らんのかもしれんが、普通オークとはどこでも見かけるべき種族なんだ。」

「それは知ってるぜ。だからグラストヘイムとか、ゲフェン地方とか、シュバルツバルトとか、都会にゃあいっぱいいるんだろ?」

さっき言っただろという具合にニケがソレーユに向かってにやりと笑う。しかし、その答えに対するバーネットは首を縦に振らなかった。

「…確かにそうだが。それは決して安易な理由からではない。…それが一年前ほどか。ジゲーヴィがモロク地方のオークを全てを地方外に排出しようとした。奴はオーク族を人間の下の種族と考えている。」

「何だって?!」

「…当然奴はモロクにもやってきて、オークを根こそぎ連れて行った。それこそ、秘密の地下通路から何から隅々まで調べていた。」

「嘘…?でも信じられない…バーネットさんもいたんでしょ?」

「……あいにく俺はある情報を元にゲフェンの町まで出かけていた。帰って来たときにはもうオークたちはいなくなっていた……」

「じゃあ…」

ハワードが何か言おうとしたが、それを制してバーネットが続けた。

「…もちろんサマンサたちも戦った。しかし、相手が"王の四剣"となってはな…赤子同然だ。傷だらけになりながらも、オークをかばい、必死に戦ったようだ……」

「ひでえ……それが本当にグラストヘイム軍のしたことなのか?」

ニケは拳に力を入れる。ルナもソレーユも何となく信じていたものを裏切られたような気がした。頭の中で高笑いをするゼルバードががらがらと音を立てて崩れていった。

「…グラストヘイム軍がした……と言えば語弊はあるが。別に全てのグラストヘイム軍がそういう事をする訳ではない。ただ、俺たちが見たグラストヘイム軍は少なくともそういう連中だという事だ…っと、話が逸れたな。すまん、アダモニス。で、今度はジゲーヴィたちが何をしたんだ?」

バーネットの語りを黙って聞いていたアダモニスは急な指名にびくっと肩を震わせた。

「ア、アア…あいつら巡礼者のフリしてオーク村入ッタ。挨拶しに父ちゃんのところ行ッタ。そんで、会うや否やいきなり切りかかってオラたちの"誇り"に傷ツケタ。」

「ああ、アダモニスのお父さんはオークの族長らしいんだ。」

補足するようにソレーユが付け足すと、みなは一瞬驚いた顔をしたが、何も言わずにアダモニスの話を聞いた。

「誇り~??」

オワゾーネが不思議そうな顔をして尋ねる。

「ユミルの旅出たオークの勇者オーガニス様から代々伝わる"黄金の兜"ダ。族長それつけて守る役目アル。それ知っててジゲーヴィはわざと兜壊シタ!」

そう言って頭の上に手をもっていき、これでもかと言わんばかりに両手で丸を大きく描いた。どうやら兜を再現しているようだ。

「何のために?」

「ワカラナイ。でもこれすごく大きな罪。オーク怒ッタ。だからさっきみたいに人間を襲う奴もイル。人間の探検家も肩身が狭くナッテル。デモ……」

そこまで言ってから一呼吸置く。一気にしゃべったため、息を荒げていた。そしていったん落ち着く。

「お兄さん狭くなった部屋で昨日占いしてるを見てタラ、オラに笑いカケタ。『明日"ユミルの旅"を遂行する者たちが砂漠の森にやってくるだろう。彼らがオークを救ってくれる。』そう言ッテタ。でもこんな事言っても誰も信じないカラ、オラとお兄さんだけの秘密にシタ。だからオラずっと森回ってたンダ。ハーツレンさん出かけるの危険ダカラ、オラが代わりに来たンダ。」

なるほどとみな頷く中、バーネットは「ハーツレン」という言葉を聞いた途端、再び火の中に入れようとした薪をカタンと地面に落とした。

「??」

目隠しの裏からアダモニスを見つめる。

「…その探検家が"ハーツレン"という名なのか?」

「ソウダヨ。」

「……歳はいくつぐらいだ?」

「ちょうどアンタと同じぐらいダ。」

「フム……人違い…にしてはできすぎているな。」

「また知ってる人?」

ルナがバーネットの顔色を窺った。

「…人違いかもしれないが……"ハーツレン"は俺の師だ。生きていればもう5,60になっているはずだが……」

「師匠?!」

「……まだ幼かった頃両親を殺され、オシリスによって失明させられてから今日に至ったのは彼という存在があったからだ。」


 真夜中の空を焚き火の煙が黒光りしながら昇ってゆく。空の星がきらきらと輝く――そんな中、バーネットは夜空を見上げた。そして、遠い目で過去を振り返るように、目隠しの裏の瞳を心の中で閉じた――




四節:~穏やかな風~


 砂漠の砂が容赦なく吹き付ける町モロク。からからの空気が喉の乾きを煽る。かつて廃れた町だったモロクは、元"ギャングスターパラダイス"のメンバーの手によって少しずつ平穏を取り戻していた。外界から見れば、荒んだ町だが、彼らからすれば住みやすい。そんな町の一角に、一軒の家があった。暮らしているのは四人の家族である。幸せに囲まれて居間で二人、10歳ほどの男女の子供が楽しそうに積み木をして遊んでいた。部屋にはかなりの高さまで積んである積み木のタワーがある。

「お兄ちん、あと一個で記録更新だよ!」
女の子が隣にいた栗色の髪を持つ兄に言った。青い瞳が力強く頷く。そして、ソファーに座ってその様子を微笑ましく見ていた父親に向かった。

「そうだな!父さん!見ててよ!!」

「むむっ!!ちょっと待て!……母さん!母さん!!バーネットとチヨが積み木の更新記録を作ろうとしてるぞ!早く来い!!」

「はいはい、ただいまー……」

父の声に母親は台所から顔を出すと、水道音を切ってドタドタと居間まで駆けてきた。

「あらまぁ!すごい高く積んだわねぇ。」

バーネットが立ち上がった身長よりも少し小さいぐらいまで積まれた積み木を見て驚嘆の声を上げる。

「お母ん、あんまりドタドタすると倒れちうよ!」

バーネットと同じ栗色の短めの髪を揺らして、チヨがキャハハと笑いながら母を指差した。

「あらら…ごめんなさい。さぁさぁ、頑張って!あと一個よ!」

「うん!」

チヨはそう言ってバーネットに積み木を一個手渡した。どうやらこの更新記録は兄の腕にかかっているらしい。バーネットもコクリと頷き、それを丁寧に受け取ると、慎重に積み木のてっぺんへと近づけていった。両親、チヨが固唾を呑んで見守る。と、その時。

「バーーネーーットオォォォ!遊ぼうぜえぇぇぇ!!」

突然外から大きな声がした。それにびっくりしたバーネットは積み木を離してしまった。それが塔のてっぺんに当たり…ガシャガシャガシャ……!音を立てて無残にも崩れてしまった。あまりの突然の出来事に四人は唖然とした。そして、バーネットはワナワナと震える拳を握り、声のした方の窓を開けた。東からの太陽の光は居間に差し込む。

「よーう!バーネット!景気はいいかっ?!」
その影となるように、そこには黒髪をバーネットと同じような髪型にしているサングラスをかけた少年が一人立っていた。彼はバーネットに気づくと、笑いながら手を振った。

「ハワード……お前って奴は…なんでもっと普通に来ないんだ!!」

「お?何だ?タイミングでも悪かったか?」

「お母ん、お父ん、不良兄ちんが来てるよー。」

怒りに燃えるバーネットの隣からヒョコっと顔を出すチヨ。するとハワードは今までだらしなく出ていたシャツをズボンの中に入れて、立てひざをついた。

「これはこれは…バーネットの妹君であるチヨ様。今日も美しい。今晩どうですかな?」

「妹を口説くな!」

持っていた積み木をハワードに投げつける。それをひょいと避け、拾い上げると思わずハワードは笑い出した。

「お前その歳になってまだ積み木とかやってんのかよ…いいかぁ、バーネット!健康な漢(オトコ)はなぁ…!外に出て可愛い子ナンパすんだよ!!」

「それも違うぞ!」

「あらまぁ、ハワード君いらっしゃい。」
そんなやり取りを奥で聞いていた母がチヨを抱きかかえ、ハワードに景気よく手を振った。

「これはこれは…バーネットのお母様!今日も実にお美しい!」

「母さんまで口説くなよ!!」

「あらまぁ嬉しいわねぇ。」
そう言って頬に手を当てて恥ずかしがって見せる。

「母さんもノせられないでよ!!」

「カリカリしてんなぁ。小魚食えよ。」

「黙れ黙れ!今いいところだったんだぞ!今積み……」
そこまで言うと、さっき積み木のことでバカにされたのを思い出し、ぐっと
言葉を飲み込んだ。

「…で、何の用だよ?」

頭をボリボリと掻きながらハワードに尋ねた。

「何って最初に言ったじゃねぇか。遊ぼうぜっ?!何をするかなんて野暮な事聞くなよ?」

「ああ、今日は…」

何か言いかけたが、その後ろから父の声がした。ハワードに聞こえないぐらいの声だ。

「行っておいで。せっかくハワード君が来てくれたんだ。釣りは明日にしよう。」

「で、でも…父さん楽しみにしてたんじゃ……」

その言葉にはははと軽い笑いを立てる。

「別に釣り何かいつだってできる。お父さんは仕事をやめたからもう毎日お前たちと一緒にいられるんだからね。そう焦る必要もないだろ?」

「そっか…じゃあ、行ってくるよ!――ハワード、少しそこで待ってろ!」

「あいよー。」

そう返事をすると、その場に横になって青く澄み渡った空を眺め始めた。

「何かおやつでも持って行く?」

積み木をかたし始めたバーネットに、チヨを抱えたまま母が尋ねる。

「いや!サマンサさんに何か食わせてもらうよ!」

「そんなの悪いわよー…じゃああとで"蜥蜴亭"にチヨお使いさせて何か渡そうかしらねぇ。」

「そうして!俺もいつもいつも悪い気がする…!――よし、行ってくるよ!」

片付け終えたバーネットは三人に見送られて、玄関からハワードのいる場所まで走っていった。


 外はまだ朝が早いという事もあって、寒かった。照りつける太陽はまだ力を持っていないらしい。それでもサンサンと輝く日の光は、この星に住む半球の人々に力強く降り注いでいた。

「積み木の片付けは済んだのかい?」

近寄ってくるバーネットに気づいたハワードはニヤニヤしながら起き上がると、お尻についた砂をパンパンと叩いた。

「で、今日はどこに行くんだ?」

それを無視するようにバーネットがせかすと、ふふっと笑ったが、それ以上は積み木の事に触れなかった。

「そうだなぁ……他の奴ならともかく、お前とじゃナンパしてもつまらなそうだしなぁ……」

「だったら他の奴と遊べよ。」

そう言って、家の方に帰ろうとしたので、慌ててハワードが止める。

「オイオイオイ!冗談だって!!真に受けるなよ。」

「あいにくそういうシャレにはついていけなくてね。」

「……」
それからしばしの沈黙。バーネットも何か良い遊びはないかと考えていた。

「じゃピラミッドに行かねぇ?この前すげー眺めのいいとこ見つけたんだよ!お前にも教えてやる。」

少し考えてバーネットもうんと首を縦に振った。

「よし!じゃ決まりだな!!……っと、その前に"蜥蜴亭"で昼飯の準備……じゃ競争!」

そう言ってハワードは東に向かって走り出した。

「あ、待て!汚ないぞ!!」

それを追うようにバーネットも駆け出す――


 チャリンチャリン……レンガを固めて作った三階建ての比較的大きな宿で、「悪人大歓迎」という紙が貼ってあるドアを開けると、中から酒臭い匂いがぷーんと漂ってきた。

「うげ……まだみんないたのか。」

そこには、至福のひと時を味わった顔で寝ている者たちがたくさんいた。どうやら酔いつぶれているようだ。手には空のビンがいくつか握られている。寝言を吐いている者もいた。

「ハワード!お前はお客じゃないんだから裏から入ってきなって……」

厨房から身長は2mもあろう相撲取りのような風体のエプロンを着た女が赤い瞳をギラギラさせて顔を覗かせたが、ふと後ろのバーネットに気づくとそこで言葉を切った。

「そうさ、サマンサおばさん。お客を連れてきてやったぜ?」

自慢げに胸を張るハワード。サマンサは水道の蛇口を止め、タオルで両手を拭くとエプロンを脱いで二人の方へゆっくりと歩いてきた。そして……

「痛ててててて!…離せ、離せ!!」

いきなりハワードの耳たぶを思いっきり掴んで持ち上げた。それにはたまらず悲鳴を上げ、浮き上がった足をバタつかせてサマンサに蹴りを入れる。

「連れてくるだけじゃ商売にならないんだよ!ろくに手伝いもしないで毎日毎日遊び呆けて!!あ、バーネットいらっしゃい。」

「いらっしゃいました。」

バーネットが奇妙な挨拶をすると、半泣きになっているハワードの顔を見て笑いを堪えていた。

「子供は遊ぶのが仕事なんだよ!!」

やっとのことで降ろしてもらったハワードは、すっかり赤くなった耳たぶを両手で押さえながらサマンサを涙目で睨みつけた。

「うまいとこで子供扱いしてほしいのかい!?だったら酒もタバコもやめるんだね!!なんたってまだ子供なんだから!」

「俺はそれがなきゃ生きていけねぇんだよおぉ……」

それを聞いたサマンサは呆れ顔になった。

「情けない子だね、まったく…バーネットはこんなんになっちゃだめだよ?」

「はい、死んでもこのようにはなりたくないです。」

「てめぇ、少しは庇えよ!」

バーネットに殴りかかろうとしたが、耳たぶの痛みの方が強かったらしく、振り上げた拳を再び耳に押し当てた。

「んで、何の用だい?また弁当作らせるのかい?」

「オウ!その通りだ!ありがたく作れ!!」

その言葉に今度はサマンサの拳骨がハワードの頭に降り注いだ。

「っ……!」

声にならない悲鳴を上げて、その場で悶絶するハワード。

「あんた、今日こそは手伝いな!」

そして彼の体をひょいと片手で持ち上げると、サマンサは厨房に向かって歩き出した。

「バーネットはそこら辺でテキトーにやってておくれ。今水持ってくるからさ。」

「くそっ!横暴だ!このバケモンが!!離せ!離しやがれえええぇぇぇぇェェェ……」

ハワードの健闘空しく、宙に浮いたまま厨房の奥へと消えていった。

 それから近くにあった椅子に腰をかけて、サマンサが持ってきてくれた水を飲みながらハワードが仕事を終えるのを待った。すっかり日は昇っているというのに、酒場の人々は目を覚まさない。昼夜逆転とはまさにこのことだろうとバーネットは一人でため息をついた。それからボーっとしていると酒場の酒気にやられたのか、睡魔が彼を襲う。バーネットはそれに逆らわず、その場で両手で顔を抱えて眠った――


 それからしばらくして、バーネットは頭の上に何か暖かいものがのる感覚と、何か生臭い匂いに目覚めた。眠気眼で見ると、不機嫌そうな顔をしているハワードが弁当が入っているであろう鞄をバーネットの頭の上に乗せていた。

「人が一生懸命店の手伝いしてる間に寝てるとはいいご身分だな!!」

「済んだのか?」

「あたりめぇよ!俺様が作ってやった特製のフェンの焼き魚が入ってるぜ!」

"フェン"とは砂漠を東に行ったところにある海で取れる魚で、量的にかなりいる割に美味であると評判の高い魚だ。特に焼いて食べるのが好まれる。

「何だよ…焼いただけじゃないか。」

その後何か続けようとしたハワードだが、確信を突かれ、怒りのやりどころに困ってバーネットの頭をポンと叩いた。

「いいか、バーネット。大切なのは…結果じゃなくてその過程だ!確かにお前にとっちゃこの魚はただの焼き魚だが、これを焼くまでに俺はさまざまな苦労を……」

「バカな事言ってんじゃないよ!魚の一匹もろくに捌けないで偉そうにもの言うない!」

後ろから小包を持ってサマンサが厨房から出てきた。今度はエプロンを着たままで、それには魚の血がびっしりとついている。手術後のような風体だ。

「ん?あたしの体に何かついてるかい?」

バーネットの視線に気づいたサマンサが不思議そうな顔でバーネットに尋ねた。

「いえ、何も。」
何もついていないわけではないが、その場はとりあえずそう言うのが無難だろう。

「これが二人のオニギリだよ。日持ちするようにイグの実を入れといたからね。でもまぁ、お昼過ぎぐらいまでにゃ食べちまいな。」

サマンサがバーネットに小包を渡した。まだほんのりと暖かい。

「ありがとう、おばさん。それと……あとでチヨが粗品持ってくるって言ってた。」

「おやぁ、チヨちゃんが来るのかい?それは参ったねぇ……んじゃ、お昼までにはこのオタンコナス共を上のベットまで運んどこうかね。チヨちゃんにはあんまりよくないだろう?教育上。」

そう言って笑いながら上を指差した。

「運ぶの手伝いましょうか?」

バーネットが言うと、ハワードは化け物を見るような目で彼を見た。どうやらこれ以上ここにいたくないらしい。

「大丈夫さね。明け方シュレンがピラミッドの方にあるオアシスに水汲みにいったからそろそろ戻ってくるだろうし。シュレンさえいればものの数分で終わるだろうよ。」

それを聞いて安心するように肩を降ろすハワード。少しバーネットは残念そうだった。

「そんじゃ行ってくるよ、おばさん。」

「危険な事はするんじゃないよ?!」

「わかってるって!んじゃ行くぞ、バーネット!」

そう言って、「悪人大歓迎」の張り紙がしてあるドアを元気良く開け、外に出て行く。外はすっかり熱くなっていた。人通りも少し出てきている。


 ―その時、一塵の風が吹いた。それは、二人の背中を、そしてモロクの朝を、優しく穏やかに駆けていった――









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