~RO Novels~   第五章 信頼のゲフェン編  突入

~RO Novels~   第五章 信頼のゲフェン編  突入

第四章~オーク村編4

Ragnarok Memories

      第四章   ~怒涛のオーク村編4~






十二節:~"ハーツ""レン"~

 踊る月は淡い光を放ち、オークたちの住む村を照らしている。まるで、今までの悪夢を洗い流すような……そんな優しい光であった。

 そんな光降り注ぐ中、ルナとオワゾーネはオークレディたちのところに料理の手伝いをしに、ソレーユ・ニケ・ハワード・アダモニスは男のオークたちと薪をくべる手助け(火炙りの祭壇とは別のものを作った)をしに向かった。夜中だというのに、オーク村は昼間のように慌しい。そして、バーネットとハーツレンは近くの河原に向かった。もちろん、誰もひき止めなどしない。

 2人は時々虫たちの声に耳を傾けながら、静かに森を進んでいった。歩くたびに、乾いた草を踏む音が心地よく森に木霊する。

「僕はね、この森の音楽が大好きなんだよ。目を瞑って聞いているだけで心が落ち着くんだな、これが。」

「……それは、目の見えない俺に対する配慮か?」

しかし、バーネットの表情はむしろ今までよりも穏やかだった。ハーツレンもおどけて笑ってみせた。

「いやいや、そうじゃない。なにも目が見えるのがいい事とは限らないしね。」

「……そうだな。川の音が遠ざかっていくのを聞き分けられるのも、目の見えない者の特権だ。」

ハーツレンは「何だって?!」と言って立ち止まり、ふうとため息をついた。

「道を一本間違えたかな。最近はこんな時間に出る事なんてなかったからー。」

「やれやれ。」と両手を放って、また元来た道をたどり始める。また、静かに草を踏む音だけが二人の時間の中を流れていた。いつの間にか虫の声はしなくなった。

「……お前の父は"ハーツレン"か?」

不意にバーネットが静寂を破る。しかし、ハーツレンは特に驚いた様子も見せず、笑いながら頷いた。

「ああ、そうだよ。僕の父は"ハーツレン"だ。アユタヤ一族の生き残り。おかしな話だろう?父と同じ名前なんて。でも、これにはちゃんと意味があってね。」

「…意味?」

すると、ハーツレンは足元に落ちていた小石を拾って、空中に投げた。そして、パチンと指を鳴らすと、不思議な事にその石は真っ二つに割れてしまった。

「父には2人の子供がいたんだ。1人は僕だけど、もう1人、1歳違いの弟がいた。あいつは10歳の時に誤って崖から落ちて行方不明になっちゃったんだ。下は流れの速い大河だったし、その後は言わないでもわかるよね。」

「……それが名前とどう関係する?」

再び、ハーツレンはパチンと指を鳴らした。すると、空中で割れた2つの欠片がくっついてしまった。

僕の本当の名前は"ハーツ"。そして、弟の名前は"レン"。 もしも、僕があの時、あと少しでも早くレンに気づいてれば、あいつは死なないで済んだかもしれない。そう思うと、やりきれなくなる。けど、死んじゃったのは現実で、今となってはどうしようもない事だ。…だからせめて、あいつの分まで生きようと思って、あいつの名前をもらったんだ。"ハーツレン・レン"としてね。」

はははと乾いた笑い声が森に響いた。コトンっと先ほど投げた石が地面に落ちる。その時のハーツレンの横顔はなんとなく悲しそうだった。

「……それで、魔法が使えるのは母方の血か。」

バーネットが話題を変えようとして問いかけると、ハーツレンはいつもの笑顔に戻った。

「そうそう。僕の母はシュバルツバルト共和国の人間で魔法アカデミーの先生だったんだ。今は引退して、方々を探検しては冒険譚を書いてる。"世界旅行記を書くんだ!"って躍起になってたねぇ。こんなご時勢に呑気なもんだよ。最近はめっきり会わなくなった。」

「……ではお前の……」

「"父"は死んだよ。」

その時、一際強い風が2人の間を駆けた。ゴオオオという音と供に、バーネットは雷に打たれたように動けなくなった。

「師匠は……死んだ……のか?」

「正確には、"殺された"かな。父が追っていた仇に……」

「……"ネオ・イージス"か。」

ハーツレンは一瞬びっくりした顔になった。

「父は君にそこまで話してたのかい?仇の事まで。」

「ああ……だから、俺もその秘密機関を追っていた。そうすれば、師匠に会えるかもしれないと思ってな。だが…」

「彼らは影のような存在だろう?噂自体が少ないし、その噂も噂を呼んで何が本当で何が本当なのかわからない。」

ハーツレンは悔しそうに歯軋りした。どうやら彼も観測者でありながら、"ネオ・イージス"を追っているようだ。

「……お前も一族の復讐のためか?」

その問いにしかし、ハーツレンは笑いながら首を横に振った。

「僕に父のような力量はないよ。それに、僕もアユタヤの生き残りなのに変わりはないけど、そんな実感はない。僕はシュバルツバルトで生まれ、シュバルツバルトで育った。復讐なんてする気も起きないさ。僕はただ……彼らが何者なのか知りたい。どうして彼らは一族を殺したのか、彼らの目的は何なのか。」

話し方から、彼の言っている事に嘘はないようだ。

「……お前は、師匠が殺されるところを見たのか?」

「見たよ。僕の目の前で殺された。まだ僕が15の時だ。」

「奴らの顔は見たか?」

「僕らを襲ってきたのは、熊の毛皮みたいな銀色の服を着て、自らを"ネオ・イージス"と名乗り、顔を仮面で隠してる弓士の少年だった。ひどく荒々しい奴。父はもちろん戦ったよ。その時の僕はひよっ子同然だからね。」

ハーツレンは特に思い出すのが辛そうな表情をしなかった。

「……師匠は少年に負けたのか?」

「いや。戦闘は、圧倒的に父の方が有利だった。放たれる弓を切り落としながら進んで、あっという間に間合いをつめ、押し倒したよ。それで、とどめを刺そうとした。……でもなぜか父は最後の攻撃ができなかった。短剣を振りかぶったまま、わなわなと震えだしたんだ。だから。」

「……それで、その少年に殺されたのか。奴らはおかしな術を使うと聞くからな。」

「まぁね。でも、なぜかその時の父は、自分から動かなかった感じがしたよ。まぁ、今となっちゃわからない事だけど。」

「それにしても……お前は"ネオ・イージス"と対峙して、よく生きてたな。」

バーネットの言葉にハーツレンは再び笑った。

「僕は死んだフリのプロだからね。父との戦闘に夢中になっていた奴だから、僕に流れ矢が当たって死んだと思ったんだろう。ケチャップは必需品だよ、まったく。あ、ほら!あそこだよ。河原!いやぁ、随分時間がかかったなぁ。」

そう言って、彼は河原に向かい、走り出した。幅5m程度の小さな川は月の光を浴びて、幻想的に映えている。

 2人は河原に腰を下ろした。草の柔らかい感触が何とも言えず、心地よい。

「お疲れさん。道を間違えた事は責めないでくれよ。」

ハーツレンがそう言うと、バーネットは微笑して頷いた。

「……おかげでいろいろな話もできた。こんな綺麗なところでは、あんな事話す気にもならなそうだな。」

「あらぁ?まるで景色が見えてるような口ぶりですねぇ、お兄さん。」

嫌味たっぷりにバーネットの目隠し辺りをちょんちょんとつつくハーツレン。

「なにも、目に見えるものだけが美しいとは限らんぞ。」

バーネットも負けじと悪戯な表情を浮かべた。

「ははは、その通りだ。」

 その後、しばらくは無言で流れる川を見つめていた。ちょろちょろと水の流れる音、時々吹き抜ける風の音が非常に美しい。そんな中、2人は何を考えていたのだろうか――



 ――時計塔アルデバランより北方。シュバルツバルト共和国領土の企業都市リヒタルゼン。シュバルツ随一の巨大企業がひしめくこの発展都市の地下に、彼ら"ネオ・イージス"のアジトがあった。銀色のタイルを敷き詰め、不気味なほど静かなこの研究所では、常に血の匂いが絶えない。

 3つの巨大な試験管の中で、緑色の液体漬けにされているのは人間であった。たくさんのチューブが体の中に向かって伸び、常に赤いモノが流れ込んでいる。おそらくは、死体からとった血だろう。たまに、大きな肉片と白い粉が混ざっていることから、どうやら死体をすりつぶして流し込んでいるようだ。試験管の中の人間、1人はまだ幼い少女、もう1人は筋肉質の男、最後の1人は老廃した女性である。

 そして、3つの試験管の前に、無言でそれらを見つめている弓士の姿があった。熊の皮のような銀色の服を着て仮面をつけている男である。

レンさん 、どうかしたんですか?」

その後ろから心配そうにミニュアが声をかけた。例の冷たい声ではない。レンは振り向き、彼女を見た後再び前に戻った。

「まだ俺が 人間だった頃の事 を思い出していた。」

「えっ?」

その言葉に、面食らったように固まるミニュア。レンはそれ以上何も言わず、振り返ると彼女の方へと歩いていった。

「で、何のようだ?」

「あ、長官が今後の動向を話したいからみなを集めろと。」

ミニュアが慌てて説明する。顔は仄かに赤く火照っていた。

「そうか、ご苦労。では、広間に行こう。」

「…はい。」

 広間までの長い廊下を、レンが少し前を歩き、ミニュアはそのすぐ後ろを歩いていた。ツカツカとタイルを踏む乾いた音だけが不気味なくらい大きく聞こえる。

「レンさん。もし、ボクたちが日の目を浴びるようになったらどうしますか?」

レンの顔色を覗いながら、ミニュアが尋ねた。彼はしばらく黙っていた。

「そうだな……俺たちのようなバケモノを受け入れてくれる静かな場所を探してそこで暮らすさ。」

「ボクたちは英雄になるんですよ?ロード・オブ・デスを倒して、世界中の人たちから尊敬されるようになるんですよ?」

「英雄だろうが、何だろうが、俺がバケモノな事に変わりはない。」

冷たくそう言い放つと、ミニュアは少し頬を膨らませた。

「ボクは小さな孤児院を建てて、そこで昔のボクみたいな孤児を集めて一緒に暮らしたいです。みんなで山や湖に行ったりして、日が昇ったら起きて日が沈んだら寝て毎日を過ごすんです。」

「……」

レンは黙っている。

「イレンドさんも できる事なら 教会で一生を神に捧げたいって言ってました。まぁ、あの人はもともと聖職者だったですからね。それにマーガレ……」

そう言って、慌てて口をつむぐミニュア。レンは特に気にする様子もなく前を向いて平然と歩いていた。

「ごめんなさい……とにかくレンさんだってまだ若いんですから、あとの事考えた方がいいですよ。」

「やけに饒舌じゃないか、ミニュア。何かいい事でもあったのか?」

ミニュアはその言葉に顔を真っ赤にして下を向いた。

「いえ……ただ、少し嬉しかったんです。」

「なにがだ?」

別に答えを強要するわけでもなく、かと言って全く煩わしいという様子もない声でレンは尋ねた。

「レンさんがさっき母体たちを見てた時、何かいつもの怖いのと違う感じがしたので。」

「……」

レンはその後、何も言わなかった。ミニアもそれ以上は何も言わない。しかし、急にレンの裾を掴んで止まった。

「何だ?」

彼が振り返ると、そこにはうつむき加減に目を涙で濡らして上目遣いで見上げているミニュアの姿があった。

「ボクたち……きっと表の世界で生きられますよね……?」

「何を言っている?」

完全にいつものミニュアの声ではなかった。声は悲しく震えていて、鼻水を啜り上げる音もした。

「ボク、怖いんです……いくら人を殺しても……どれだけの死体を集めようとも……いっこうに出口が見えないんです……それどころか、どんどん世界が遠ざかっていく感じさえするんです……ボクは…本当は…人をこれ以上殺したくない……誰も…ボクの周りからいなくなってほしくないんです…」

そう言って、ついにその場に泣き崩れてしまった。すると、今度は屈折した笑顔を見せながら、両の手をレンの前で開いた。

ホラホラ…嗅いでみてよ…!…ボクの両手……血の匂いしかしない!……部屋にある花をもみくちゃにしていい匂いをつけようとしても全然とれない……何で?!……何でとれないのさ?!…同じ年の普通の女の子は香水とかつけて、いい匂いがするのに……なんでボクだけ血の匂いしかしないの……?口の中もそうさ!…焼きたてのパンを食べても、絞りたての牛乳を飲んでも、道に生えてる野いちごを口に入れても…するのは血の味ばかり!…本当はどんな味がするの……?忘れちゃったよ……パンてどんな味?ねぇ…?ねぇ!!甘いってどんな感じ!?辛いってどんな感じ?!好きってどんな感触…?嫌いってどんな気持ち…?

そこまで言って、ガクンとうな垂れるミニュア。

「ねぇ……誰か…教えてよ…… 教えてよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

ドスッ!鈍い音と供に、ミニュアはそのままレンにもたれかかった。レンの一撃で気を失ったようだ。すると、ドタドタとイレンドが走ってきた。

「どうした?」

「どうやら、人間としての感覚と"ネオ・イージス"としての感覚が共鳴しすぎて、感情コントロールができなくなってしまったらしい。彼女はまだ若いからな。精神安定剤を飲めばすぐに治るだろう。」

「長官に報告して、薬をもらってくる。」

イレンドが駆け出そうとするのをレンがとめた。

「長官にいらぬ心配をかけさせるな。安定剤は薬品倉庫の中にある。とってきてくれ。」

イレンドは腑に落ちない顔をしていたが、わかったと頷き、その場を去った。

 再び静かになった廊下で、レンはしばらく彼女の顔を見つめていた。そっとこめかみ辺りに垂れた髪をかき上げてやった。目の周りは赤くなっている。スヤスヤと寝ているような顔であった。

「レン…さん……イレンド…さん……マーガレッダ…さん……ハ…さん……長官……」

一滴の涙が頬を伝わり、床に落ちた。ピチャッという音と供にそれは弾けた。レンは仮面を外し、ミニュアにそっと笑いかけた。

「きっと、お前はいい保母さんになれる……」




十三節:~"誇り"とは~

 寅の刻ほど、闇は一層濃くなる夜空の下で、オーク村は相変わらず真昼のごとき活気に溢れていた。ルナとオワゾーネがオークレディたちに「シチュー」なるものの作り方を丁寧に教えている。ハワードはジャガイモの芽を器用に取り除くと、鬘剥きを披露して、オークレディたちを魅了していた。ソレーユとニケは相変わらず薪割りをしている。アダモニスは途中で父親の事が心配になり、フロイントリヒのところへ向かった。

 アダモは気絶したままだった。いつもの場所に横になり、頭に濡れたタオルを置いたまま、目を閉じている。呼吸は微弱ながらきちんとしていた。バーネットと出かける前、ハーツレンが言うには命に別状はないらしいが、なかなか目覚めない父にかなり戸惑い気味のアダモニスだった。フロイントリヒが側者に目配せをして、親子2人きりの空間を作る。最初、アダモニスはずっと黙っていた。外のドンチャン騒ぎの音が余計に部屋に響いた。

「父チャン。ハーツレンさん大丈夫言ってタ。」
そう言って、アダモの顔にそっと手を乗せる。まだ暖かいその体に、アダモニスはほっとしたような顔を見せた。

「巡礼者タチ、見事オーガニス様に勝ッタ。試練を打ち破ッタ。」

それからまたしばらくの沈黙。

「あいつ等、父チャン思ってるほど悪い奴等じゃナイ。キット…絶対!それニ……」

彼はよいしょと立ち上がって、傍らに置いてあったオークヒーローの兜を両手で抱え、アダモの頭の近くに置いた。

「オーガニス様これを父チャンに渡せ言ってタ。オーガニス様本当は人間とオーク争う止めてホシイ。人間もオークも今生きテル。ジゲーヴィのやった事許せナイ。デモ!ハーツレンさんやルナたちオラたち良くしてクレタ!」

アダモニスは大きく深呼吸してその場から再び立ち上がる

「父チャン。オラ行くヨ。ルナたちまたシチウー作ってくレル。父チャンに持ってクル。」
そう言ってアダモニスは部屋を後にした。それと入れ替わるようにしてフロイントリヒが入り、頭のタオルを取り替える。

「アダモ様。ご子息は外に出て行きました。」

耳元で囁くと、アダモは薄っすらと目を開けた。どうやらずっと前から起きていたようだ。

「フロイントリヒよ…余は間違っておったのか。」
先ほどの荒々しさが嘘のように、さながら蚊が鳴く程の声を出してぼんやりと天井を見つめる。

「アダモ様は族長の身ゆえ、私たちにはわからぬ気苦労がございます。私たちみな分かっております。アダモ様がオークを守るためになさった事だと。」

にっこりとオークスマイルのフロイントリヒ。

「フ……余は怒りのあまり人間と過ごした日々を忘れていたようだ。まだ覚えておるか?アダモニスが小さい時、鉄砕という気持ちのよい盗賊気取りと、リユという半人前プリーストが来た時の事を。ユミルの旅をしていたという。今はどこにいるのだろうか。」

「えぇ、覚えています。アダモニス様が初めて狩りをなさった時の事ですね。確か獲物はアンバーナイト。鉄砕殿は見つけるのが上手でございました。あの時はアダモ様もまだお若く……」

その言葉にキッとフロイントリヒを睨んだが、すぐに笑って「うむ。」と頷いた。

「余はあの時、人間は偉大だと思った。ユミルの旅という途方もない仕事を進んでやる者がたくさんおった。彼らに協力は惜しむまいとオーガニス様に誓った。」

そう言ってアダモは、近くにあった 傷のついていない 黄金の兜を手にした。

「"誇り"とはこれの事か。」

誰に尋ねるわけでもなく、ぽつんとそう漏らした。

「違う。では"誇り"とは……」

誇りとは心に刻むものでございます。 それは決して折れる事のない旗の様。強き心にて内なる自分に立てた誓いにございます。」

「うむ。」
満足げに頷くアダモ。

「元よりこのような兜に誇りなどない。兜を守ることが我らの役目ではない。誇りを守ること、誓いを立て実行する事こそ我らオーク族の役目である。」

「ならば誓いを果たさねば……」

アダモは腰に力を入れて上半身を起き上がらせた。そして、 傷ついた方の 黄金の兜を頭に飾り、力強く立ち上がる。

「フロイントリヒ。 あれ を用意せよ。」

「っは!」

心得て、フロイントリヒは一礼して部屋を後にした。アダモもまた、盾と剣を手に取り、賑やかな外へと出て行った。



 ――その頃、オーク村では、散歩にでかけていたバーネットとハーツレンが戻り、いよいよ巡礼者たちにご馳走が振舞われていた。7人は全員が十分座れる程の長テーブルにつき、目の前に並べられていく料理の品々を生唾を飲んで見つめていた。草蒸しのウルフの肉、アンバーナイト(カタツムリ)の酢の物。重要なタンパク源であるファブル(イモ虫)たちはまだ皿の中でウネウネと可愛らしく動いて、ルナとソレーユを気持ち悪がせた。オワゾーネは平気のようである。

「おい、ハーツレン。あれは何だ?」
ハワードは品定めするよう細い目で、5人がかりで運ばれてきた黒い塊を指差す。

「あれはグラストヘイム領土では珍しい、ゴートっていう羊の肉さね。オークたち数名が月に1度、シュバルツバルト共和国の許可をもらって、国境エルメスプレートに狩りに行くんだよ。彼らの中では本当にめでたい事がないと食べない代物なんだけどねぇ。あと、かなりクセがあるから気をつけた方がいいよー。」

「あ、ほら!シチューが来たわよ!」

そう言って、両手を組んでおいしそうのポーズをとるルナ。

「オラ父チャンにシチウー持ッテク。」

「アダモはまだ起きないのかい?そんなに強く魔法使ったわけじゃないんだがねー。」
ハーツレンは若干心配そうな顔でアダモニスを見つめたが、思いの他気にしている様子もなく安心した。

 そして、最後にバーネットの身長はあろうかという程の大きな樽がテーブルに置かれ、コップに飲み物が注がれていった。

「巡礼者皆サマ。食事の用意できまシタ。どうか怒りを沈めてくだサイ。」

「くだサイ。」

オークロード未満の中で一番偉いオークだろうか。彼が大きな声でそう言ってお辞儀すると、他のオークたちもその真似をした。

「それじゃ、遠慮なくいただくか!」
ニケは最初からこれに決めていたと言わんばかりの勢いでゴートの肉に手を伸ばしたその時。

「待てい!」

その場の全員が驚いて声のした方を見ると、そこにはアダモとその後ろにフロイントリヒがいた。一瞬で戦慄のようなものがオーク村を包み込む。

「アダモ様……」

オークたちは口々に小さくもらすと、ソレーユたちが座っているテーブルへの道を開けた。アダモはその道を何も言わず険しい顔で進み、巡礼者の前で止まった。

「父チャン!みんな本物ダゾ?!オラ見たンダ。ニケ、オーガニス様から神器もらッタ!」

さっとアダモニスがテーブルを離れ、アダモに近寄ると足にしがみ付いて彼を見上げた。アダモはそれをひょいと摘み上げると、もう3歩歩いてテーブルに座らせた。アダモニスは何も言わない。と、次の瞬間!

「アダモ様!」

「アダモ様!やめてクダサイ!」

「族長そんな事するモンじゃナイデス!」

なんとアダモは地面に座り、巡礼者たちを一通り見回して土下座したのだ。そして一言。

「すまん……」

オーク族を束ねる族長が、人間に深々と土下座している。硬い岩盤の土地だが、それをも砕く勢いで頭を地面に押し付けた。

「や、やめてください、族長さん!私たち人間だってあなたたちに……」

「父チャン!やめてヨ!」

慌ててやめさせようとするルナとアダモニス。他の皆もどうすればいいかわからなかった。

「"誇り"とは誓いだ。余は族長になってから、巡礼者に協力は惜しむまいと心に誓いを立てた。その誓いを果たさなかった、誇りを守るべき者が守れなかった。その戒めだ。」

悔しさが言葉から伝わってきそうなほど悲痛の叫びであった。族長としてのプライドは何もない。一人の、この世に生きる者としての恥じらいが彼に土下座をさせたのだ。

「巡礼者の皆様!」

後ろからフロイントリヒが近寄り、立てひざをつく。

「今回のオーク族の愚行、真に申し訳ありませんでした。ですが、ここは一つ、その広き心にてなにとぞお許しを…!」

そう言って、彼はさっとニケに近寄り、両手で手のひら程の金色のメダルを差し出した。メダルにはオークの兜の絵が刻んである。

「これは"オーク勇者の証"でございます。オークヒーローに代々伝えられる誇り高き品でございます。どうがお受け取りを!」

「お、おれ?!」

ニケが当惑していると、アダモが顔を上げた。

「お前はオーガニス様に認められた神器の所有者。真の勇者である者に、このメダルを引き継ぐのは我らの役目なのだ。そして、それを得た者にもまた、役目がある。」

「役目?」

「さよう。お前が自分の役目を果たしたと思った時に、これを時のオークの族長に返しに来るのだ。そしてメダルは次の勇者を待つ。いつかユミルの旅が成功するために。」

「……」

「お前には、その覚悟があるか?これを返すまで、お前は朽ちてはならぬ。その生への覚悟がお前にはあるか?」

「……」

少し考えてニケは、そのメダルを手に取った。純金のメダルなのか、スベスベした表面がニケの手に吸い付くように馴染む。その瞬間、全身に力が漲ってくるのを感じた。

「アダモさんよ。 おれはこのメダルを返しにこねえぞ。

「なんだと!」

「おれは……」
そう言ってメダルを強く握り締めた。

「おれたちはユミルの旅を終わらせてやる!ロード・オブ・デスを倒し、世界を平和にしてみせる!この仲間たちと一緒に!それがおれの役目だ。」

その言葉にみなが力強く頷いた。それを見てアダモもふっと笑い、小さく頷く。その時、傷ついた黄金の兜が前に増してきらきらと輝いたように見えた。

「よかろう。余はお前たちが気に入った!好きなだけ飲み食いするがよい!何をしておる?!誇り高き巡礼者様にオーク舞踊を披露せよ!みなでおもてなしするのだ。」



 ――それから、朝まで一行はオークたちと一緒に飲めや歌えやの大騒ぎをした。古くから伝わるオーク舞踊。アダモも、フロイントリヒも加わり、大いに一行を湧かせた。ハーツレンが魔法で火の弧を描き、夜空を演出すると、みながそれに釘付けになった。アダモニスは「シチウー」の食べ方を自慢げに年上のオークたちに説明した。バーネットは無口で酒を煽っていたが、いつもとは違い、時折口元を緩ませた。ハワードはすっかり彼に魅了されたオークレディたちと楽しく会話していた。オワゾーネはいつものとろけた目で注意深くファブルの群れを観察して、人差し指でつついた。ソレーユとニケはよほどお腹が減っていたのか、目の前に出されるものを何とも識別せずにどんどん口の中に入れた。ルナはお礼に、コンロンに伝わる舞踊を披露した。ニケも誘ったが、彼は恥ずかしかったのか、だんことしてやらなかった。

 こうしてしばしの間、一行はユミルの旅の過酷さを忘れ、オーク村に酔いしれた――。




オーク編Epilogue:~布切れ~

 そこは真っ白な空間だった。だだっ広い3次元の空間がどこまでも続いている。そして、その空間を静寂が支配していた。

「どこだ……ここは?」

その中で一人、当惑していたのはソレーユであった。先ほどまでオーク村にいたはずなのだが……

「ルナ、どこ?ニケー!どこだ!?みんな……どこ行ったんだ?」

大声を出すと、声が乱反射して山びこのように帰ってきた。それもいろいろな声色になって帰ってくる。不思議な感覚だった。ソレーユは仕方なくその空間を歩き、出口を探し始めた。そして、何分歩いただろうか。

「か…ユミ………子…のか?」
ふとどこからか太い声が聞こえてきた。所々途切れて聞き取りにくい。声の主は遠くにいるらしかった。

「しか………としたら……プロ……王………同じ………ぜです?」
今度は別の声が聞こえてきた。淡い女性の声か。ソレーユはどこかで聞いた事のある声だと思った。そして、ソレーユが声のする方へと歩いていく。

(ルナたちかな?何の話をしてるんだ?)

「じゃが、それ……考え……ない。」
再び違う声。低い濁した、けれどもどこか優しい声だった。その声を聞いた時、ソレーユははっとなった。

(オシリスだ!)

姿は見えない。けれども、その声は確実にオシリスの声であった。ならば、前の2つの声はオーガニスと月夜花なのだろうか。さらに近寄る。

「490年前。ロード・オブ・デス復活と同時にユミルは姿を消した時、プロンテラの王も消えたのだろう?」
今度ははっきりと聞こえた――オーガニスの声だ。

「でも彼はまだ幼いわ。それにロード・オブ・デスに殺されたのかもしれない。」
続いて月夜花の声。

(何でこんなところで話してるんだろう。)

「じゃが、死体は見つからなかったし、カースたちもどこかで生きてると思うとる。それに、それならなぜ彼が…… 消えたプロンテラ王と同じ名前なんじゃ?

(プロンテラ王と……同じ名前?)

「同じ名前なんていくらでもあるじゃない。」

「ううむ……月夜花は相変わらず自説を曲げぬのう。兎に角、何らかの関係があるのは確かじゃ。……オーガニスはどう思う?」

「決め付けるのも問題だが、そうでないとも言い切れぬな。いずれにせよ、彼らがニブルヘイムにつけば、全てがわかる。」

「そこまで行けるかしら。」

「何としてでも着いてもらわねばなるまい。一番 世界の真実 を知る可能性がある。ワシらも知らない、この世界の真実がな……」

「空白の歴史……か。その謎が解けた時、この世界がわかるのか。」

「ラグナロク大戦とロード・オブ・デスの出現……この2つの間に挟まれた空白の歴史。それがわかれば、ロード・オブ・デスの正体がわかるじゃろう。」

「正体はもう検討がついているでしょう?残念だけど……」

「そうじゃが……ワシは信じたくない。 彼女 がそんな事するはずがない……きっと何か別のモノが……」

「そうだな。今のロード・オブ・デスが彼女かどうかはともかく、我らが倒した方は何だったのか。それは気になるな。」

ソレーユの心臓はばくばく脈打っていた。その音が3人に聞こえるのではないかという程だ。姿の見えない3人の声を、その場で固まって聞いていた。

(じゃ、じゃぁ、"彼女"ってのがユミルの事なら……ロード・オブ・デスはユミルって事なのか?!でも何でだ……彼女はロード・オブ・デスを倒したんだろ?何で彼女がなんだ?それに"彼"って誰だ?プロンテラ王と同じ名前って……)

「あらら?何を聞いちゃったんだい君は?」

急に後ろから話しかけられて今度は心臓が止まりそうになった。驚いて振り返ると、なんとそこには…… ソレーユ がいた。

「誰だ?!」
その質問によくわからないと首をひねり、悪戯に笑ってみせた。

「誰って、俺は"ソレーユ"だよ?君こそ誰だい?」

「お、俺がソレーユだ!」

わけがわからなかった。目の前にいるのは紛れもなく自分である。自分なのだが、今の自分も自分だ。鏡ではない。きちんと自我を持っている。

「お前偽者だな。俺になってどうする気だ?!」

ソレーユが大声を張り上げる。

「お、お前こそ偽者だろ!本物は俺だ!」

「お前が偽者だ!この野郎!」

ズブッ!鈍い音と共にソレーユは腹あたりが熱くなるのを感じた。見ると、何と目の前の自分が自分にグラディウスをつきたてている。どす黒い血がポタポタと垂れた。

「な?!」

ソレーユは声も出ない。それを見てソレーユが面白そうに笑った。そして、耳元でソレーユに優しく囁く。

「これは夢だ……夢だ夢だ。楽しい夢だったんだ。そうだ、お腹いっぱい食べて、友達と遊んで……」

「何をわけわからない事を…!」

妙だった。血が出ているのに大して痛くはない。むしろその部分に湯たんぽでも当てたような気持ちよさだった。そして、だんだんと眠くなってきた。

(ああ……死ぬってこういう感覚なのかな…?)

ソレーユは続けた。

「君は何も見ていない。月夜花もオシリスもオーガニスも。何も聞いていない。ユミルの事もプロンテラの事も。これは楽しい夢だったんだ。俺がパチンと指を鳴らせば、夢は終わり、君は仲間と旅を続ける。」

そして、ソレーユはパチンと指を鳴らした。その瞬間、ソレーユは何とも言えない心地よさに包まれ、次の間には意識が飛んでいた――。



 ――ソレーユは息苦しくなって目が覚めた。しかし、目の前が暗い。それもそのはず。ソレーユの顔の上にニケのお尻が乗っていたのだ。

「バフ…!バフバフ!おっほ…!ハアハア……」

やっとの事でニケのお尻をどかすと、上半身だけを起こした。

(そうだ……昨日はあの後ハーツレンさんのテントで寝たんだ。)

眠気眼をこすりながら欠伸して、紙とインクの匂いが充満するテントの空気を吸い込んだ。周りを見渡すと、ニケが鼾をかいて寝ている以外、誰もいなかった。しばらくボーっとしながら、夢の事を思い出そうとした。

「何の夢を見てたんだっけ……ユミル……?ん、違うな。そうだ、お腹いっぱい食べたんだ。それに、ネルフィと一緒に食べたんだっけか。ディーンたちもいたな。それにしても……何でこんな懐かしい夢見てたんだろう。」

何か重要な事を忘れてる気がする、と口をむにゃむにゃ動かして考えたが、思い浮かばなかったので、とりあえずテントを出る事にした。

「ゴチン!」
出るのと同時に頭が何かにぶつかった。ソレーユは不意を突かれて後ろに尻餅をついた。ぶつかった相手も吹き飛んだようだ。

「いてててて…」

「あ、おはよう、ソレーユ!良く眠れた?」

「ルナか。おはよう。もうぐっすりだよ。」

涙目になりながらその相手を確認するとルナだった。随分前に起きていたようだ。

「昨日は大変だったもんね。それより、そろそろ出発しようって。お昼には出ないと、夜までに森を抜けられないから。」

(意外と石頭だな……)
そんな事を思いつつ、わかったと立ち上がった。

「じゃ、ニケも起こさないとね。酷い寝相!」

「あ、なぁルナ。」

「え?」

「前にフェイヨンでこの世界の事話してくれたろ?その時のいなくなったプロンテラ王の名前わかる?」

自分でもびっくりした。なぜこの質問をしたのかわからない。突発的に出たのだ。そして、それ以上にルナは面食らって驚いた。それでもすぐににっこりと笑い、答えた。

「確か トリスタン だったと思う。どうしたの急に?」

「いや……なんとなく気になっただけだよ。さぁニケを起こそう!」

ソレーユは心のモヤモヤが晴れたような気分になった。もちろん、なぜそんな気持ちになったかわからないが。



 ――それからニケを文字通り叩き起こして、一行は合流しハーツレンと共にアダモの部屋に向かった。

「オーク族長様。」

ルナの合図で、みなで立てひざをつき、お辞儀をする。アダモはそれを止めずにゆっくりと頷いた。

「これから私たちはゲフェンへ向かいます。滞在中、本当にありがとうございました。」

「急ぎのようだから止めはせん。お前たちならば必ずロード・オブ・デスに打ち勝てるであろう。それには……」

そう言ってアダモが目配せすると、隣に居たフロイントリヒが剣の模様に絡みつく対になった二匹の龍の紋章の入った茶色い布をルナの前に出しだした。

「巡礼者公認書印でございます。これからの旅、これを使えば、あなた方が紛れもなく巡礼者である事の証明になります。」

さぞかし喜ぶだろうと思ったアダモたちだが、ルナは首を振ってフロイントリヒの手を引かせ、ポケットから自分の巡礼者公認書印を取り出した。その瞬間、アダモとフロイントリヒの顔が歪む。

「なんだ、巡礼者の証を持っておったのか!?ならばなぜ早くそれを出さなかった?」

その問いにルナはまっすぐにアダモを見て答えた。

こんな布切れでは分かり合えない ……そうでしょう?人間がオークに悪い事をしたのは事実なのですから。」

そして、しばらくの沈黙。

「ハッハッハッハ!お前たちはどこまでお人よしなのか。本当にすごい者たちだ。それで、お前たちを見込んで頼みがある。おい、アダモニス。」

アダモが呼ぶと、部屋の奥からアダモニスが出てきた。いつもとは違い、きりっとした眼差しで一行を見つめている。首には大きな角笛を巻いていた。

「アダモニスを一緒に連れて行ってくれぬか?小さな頃からオーク村にきた人間と遊んでおったが、外の世界を見せたいのでな。お前たちと一緒に行けば余も安心だ。」

「オネガイシマスダ。」

「それに子供でもオークはオーク。荷物持ちでも何でも力仕事は得意なのだ。」

ルナは振り返り、みなで頷いた。

「おいで、アダモニス君。」

かがんで両手を差し出すと、アダモニスは喜んでスタスタとルナの胸に飛び込んでいった。

「あの野郎…ルナ様に馴れ馴れしく……」
ハワードが地団駄踏んだが横のバーネットに殴られ黙った。

「オ、オラ、何でもするゾ!荷物も持つシ、穴だって掘ルシ、何でもスル!」
うんうんと優しく頷くルナ。

「アダモニスは、私たちの仲間です。」

アダモは嬉しそうに笑った。こんなに笑顔になったのは初めてだろう。

「ありがとう、巡礼者よ。その代わりと言ってはなんだが、アダモニスには オークの角笛 を持たせておく。我らオーク族の力が必要な時はその笛を吹かせるがよい。どこにいても必ず力になりに行く、と誓おう。」

「その誓い、忘れんなよ?誇り高きオーク族さん。」
ニケがビシっとアダモに向かって言うと、アダモは苦笑いして頷いた。

「それでは、私たちはこれで。」

「うむ。旅の無事を常に祈っておる。」

「私が村の出口まで送りましょう。ゲフェン方面ですね。」



 ――それからアダモと別れを告げ、オーク村の出口まで歩いた。途中会うオークには全員土下座まがいの挨拶をされ、一行は少し照れくさかった。

 そして、オーク村と書かれた木のアーチがある場所までやってきた。目の前には鬱蒼と生い茂る木々の間にある、一本の細い道があった。

「オークがエルメスプレートに狩りに行く時の道でございます。ここから歩けば、2,3時間でオークの森を抜けられるでしょう。」

「本当に何から何までありがとうございました。」

「ハーツレン。お前は来ないのか?」
バーネットが珍しくそんな口を開いた。ハーツレンは笑いながら首を横に振った。

「僕はまだここに残るさね。まだまだ知りたい事がいっぱいあるし。折角アダモが僕の束縛を解いてくれたんだ。もうちょっとここでノンビリ研究するよー。」

「……そうか。仇は、必ず俺がとる。」

コクリと頷くハーツレン。

「仇ぃ?」

不思議な顔でオワゾーネが尋ねた。妙なところは敏感なのだ。

「……何でもない。こちらの話だ。」

「何よそれぇ。」

「そいう事さね。さぁさぁ!早く行かないと日が暮れる前にオーク森出れないぞ?」

「そうね……じゃ、行きましょ!」
ルナが一歩を踏み出す。

「ハーツレンサン。今までアリガトウ。オラ、帰ってキタラ、また話きかせてクレサイ。」

「あぁ、待ってるよ。」

アダモニスの目にはいつの間にか涙が溢れていた。

「あぁもう!さっさと行くぞ、ほら!根性の別れってわけじゃねぇんだ!また会えるって!」

ハワードがアダモニスをひょいと持ち上げると、ルナを追い越して走り始めた。

「あ、こら!挨拶ぐらいきちんとやらせてやれよ!」
ニケが追いかける。なぜか、右手にはソレーユが。

「な?!ちょっと!話せよ、ニケ!ニケェェェ!泣くなよ!」

引きずられるように行くソレーユ。「泣いてなんかねえ!」とニケがソレーユを殴るのが見えた。

「またぁ、イモ虫ご馳走してくださいねぇ。」
とろけた笑顔でくるりと回り、オワゾーネが歩き出す。

「……酒もな。」
無愛想にそう言うと、彼も一歩、振り返らず踏みしめた。



 ――どんどん小さくなる一行を、ハーツレンとフロイントリヒが見つめる。見えなくなる、その瞬間まで。

「彼らは何かやるような気がします。」

「君にももしかしたら、僕みたいな予知の力があるのかもね。特に、あのソレーユって子。不思議な力を感じるよ。彼らが世界を変えてくれる……そんな気がするさね。それより……君は大丈夫かい?子供の頃から親さながらにアダモニスを可愛がってたそうじゃないか。」

フロイントリヒは頷き、ちょっぴり寂しそうな横顔で笑った。

「確かに……アダモニス様がいなくなってしまうのは寂しく感じられます。それでも、アダモニス様が立派になられて帰っていらっしゃるのならば、それは私めにとってとても嬉しい事にございます。」

「そっか。じゃぁ、アダモニスが戻るまでに、もっと立派にならないといけないさね。」

「えぇ。帰り、そして族長の座につくその日までに、私もアダモニス様に負けぬ程立派なオークロードにならなければなりません。そのためにハーツレン様。どうかお力添えを。」

「わかった。じゃ、立ち話もなんだからアダモの家に行こうか。これからの研究の説明をしなきゃねー。」

「わかりました。」

 そして、2人はアダモの家に戻っていった。太陽はオークの誇りほどに高く、熱い熱い午後の時を刻み始めた――




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