「24」シーズン3


ずっと気になりながら、ブログを更新できなかった。
昨晩「24」Part3を全巻観終わったので、まとめて感想を書く事にした。
この「24」もPart3になって、キャストも前シリーズで死んで3には登場しなくなった人や、3で新登場の人など、入れ替えがあった。
それでも事件は全く別だが、人間関係は引き続きなので、ずっと出演している人には愛着が沸く。

Part3はウィルステロなので、余計に恐怖に思えた。
一般市民の中からも多数の被害者が出たし、捜査官の中にも出た。
1~3まで観て思うのは、今までなら荒唐無稽に思えた物が、現実にもありそうだと思える事が怖いと言う事。
今でも覚えている、突然テレビに映った、NYの無差別テロの映像の衝撃。
あまりにも現実味のない映像に、咄嗟に何が起こっているか把握できなかった。
観ていた番組は、すぐにテロのニュースを伝えるキャスターとNYの映像に差し替えられた。
キャスター自身が、気が動転していて、状況が把握できていないのがありありだった、あの無差別テロ。
まさかあんな事が現実に起こるなど、誰も思っていなかったはず。
しかし「事実は小説より奇なり」
本当に起こってしまった。

だから現実に「なんでも有り」と思うから、「24」のテロ事件にしても、「もしかしたら、本当にあるかも」と思えてしまう。
ジャック・バウアーは時には独断先行に見えるが、人一倍仕事に対して責任感もあり、部下や家族を思う気持ちも強い。
しかし一度捜査の任務に就けば、私情を挟まない、いえ、挟む事のできない仕事だと肝に命じているからだ。
その非情と思える程、任務に忠実な自己管理ができるからこそ、大統領の信頼も強く、数々のテロを解決できたのだと、今回のPart3で強く理解できた。
それは部下の任務とプライベートの狭間で苦しむ姿、又法に背く選択をして罪に問われる者の姿を見るだけで、バウアーもきっとこんな過程を経て、今に至っているのだろうと思えたからだ。

でもやはりシリーズ3ともなると、マンネリ感を防ごうと、ちょっと無理な展開やスケールアップさせようとした映像が、逆に違和感を感じさせたりした。
そして主犯を説得する為に、結局は娘を使うのは、ちょっと安易かもと思った。
もっとテロにあった一般市民の犠牲者の人間模様など、掘り下げて欲しかったとも思う。
そこから捜査官との軋轢や、捜査官自身のプライベートと仕事の間で揺れる気持ちなど、表現してみたら、今までの2までと違った面白さが出たのではないかと思った。
なぜなら後半からは、最初の被害者達が全く出て来なかったからだ。
主犯の犯行動機ももっと詳しく知りたかった。
そんな意味で、マンネリ感を無くそうとして、スケールアップした事で、少し中途半端なシリーズになってしまったようで残念な気がした。
でも最後の巻は緊張感も途切れなく、あっと言う間の2時間だった。


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