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「room335」と共にバンドでとりあげたフュージョンナンバー。これも先日の日記で触れた富士山での合宿で練習した曲なので、この曲を聴くとその時の風景が思い起こされる。パラシュートは日本のTOTOという取り上げられ方もされたスタジオミュージシャンが集合したバンドだった。1月に日記で書いた「Crossover Japan」で奇跡の再結成が実現。まさか生で彼らの演奏を観る事はないと思っていたので、ほんとに感謝感激雨あられ、至極のひとときだった。彼らの2ndアルバムの「6kinds 6sizes」の1曲目で、彼らの代表曲ともいえる「Hercules」、名曲です。松原正樹と今剛という最高のギタリスト。80年代の日本の歌謡曲やニューミュージックのアルバムには欠かせないギタリストだった。松田聖子の1stアルバムのタイトルチューン「Squall」の松原正樹のギターソロは最高に素晴らしい。聴くとすぐに彼のギターだとわかる油っこい(笑)音色。通信カラオケにも入ってるこの曲を歌うときは必ずギターソロも完コピで歌ってしまい、周りの失笑を買う(苦笑)。余談はさておき「Hercules」。マイクダンのベースはルート音中心の堅実なプレイに終始する。Aメロのギターに歌詞をつけて、「私の名前 ま~つばらまさき こんつよし」と歌ってスタジオ練習のまじめな雰囲気を壊したことも(爆)。そういえばカシオペアの「朝焼け」もメインのギターのメロディが「朝焼けの朝焼けが朝焼けで朝焼けだ」と歌える。高中正義の「ブルーラグーン」は近年ほんとに歌詞がついて驚いたが、「ぶ~る~、らぐう~ん、ぶ~る~、らぐう~ん」と歌っていた(苦笑)。ふざけたおっさんをお許しください・・・。Bメロでお得意のオクターブを使った「ン~ぺ ンペ ンペ ンペ」フレーズも登場。後半に向かうブレイクからエンディングにかけてのアンサンブルは聴くよりも自分で演奏した時の興奮度、高揚感は筆舌に尽くしがたい。バンド冥利につきる。林立夫は1拍3拍にスネアを入れ、今剛はウラを強調したリフを奏でる。松原正樹とベースはユニゾンで変拍子っぽいフレーズで盛り上げていく。変拍子じゃないのに変拍子っぽく聴こえる。TOTOの「ハイドラ」の間奏のような感じ。パラシュートはアルバム4枚を残して解散。インストもあれば、歌モノもある。リズム、ビートもさまざま。まさにクロスオーバーという表現がぴったりするバンドだった。うれしい事にこのアルバム4枚が3年前にリマスターで再発されて、私は飛び上がって喜び、同時に出た松原正樹のソロと一緒に喜び勇んで発売日にCDショップに駆け込んだ事を覚えている。そんなパラシュートの代表曲「Hercules」は聴くのも演るのも興奮する懐かしい思い出の1曲。私の携帯電話で今日もにぎやかに着信メロディとして、松原正樹がギターを弾いてくれています(笑)。
2005年04月10日
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今回の旅で京セラドームとナゴヤドームの2つのドームに訪れる事が出来た。正確に言えば藤井寺球場跡にも行ったので3球場か・・・(悲)。京セラドームの喫煙所はいたるところにあって、私にとっては非常にありがたかったが、煙草を吸わない人には迷惑この上ない事だろう。2階席の通路の喫煙所はパーティションで隔離されていたが、1階席は野放し状態。露骨に手であおいで煙を避けたり、嫌な顔攻撃して足早に去る人達もいて、当然のことだろう。ナゴヤドームは通れるスペースが限られていたので上層階や外野席の喫煙所がどうなっているのかわからないが、ネット裏の通路の喫煙所は上の写真のようにきちんと仕切られており明るく開放的な雰囲気。喫煙者も非喫煙者も快適に過ごせるようになっていた。喫煙者にはますます肩身の狭い時代になってきたが、やはり煙草を吸わない人に配慮したスペースづくりは必要だろう。大阪と名古屋、ナゴヤドームの勝ち!(笑)以前に東京ドームの喫煙所が変わったことを日記に書いたが、京セラドームが一番喫煙者に甘いといえるだろう。喫煙者の立場からすると、野球観ながらプハーッと一服できた昔が懐かしい。後楽園のジャンボスタンドで一服、神宮の外野でねころんで一服、川崎の腐った木のスタンドで一服、そいでまた横浜で泉平のいなり寿司食って一服。試合開始から試合終了までスモーキンブギ(笑)。あっ、どうして関西人のくせに関西の球場で一服してないのかですって?関西で野球観てた頃は未成年だったので(笑)。ほとんどの球場のスタンドで煙草が吸えなくなって久しい。たいていの喫煙場所にモニターテレビがあるが、それなら家で観てるのと変わらない。その点、先日訪れたスカイマークスタジアムの内野席は喫煙所がスタンドの一番後ろにあるにもかかわらず、グラウンドがバッチリ見えるのでモニターテレビではなく生の試合を観ながらプハーッ。昔に戻れる。ナゴヤドームで中村紀洋を見つけた。うれしいやないか、こうやってパネルにしてくれて。中日ドラゴンズの一員として認めてもらっているようで、救われたような気持ちになった。がんばれ、中村。日本シリーズで活躍する姿を楽しみにしてるで~!
2007年08月18日
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こんなに運を使い果たしていいのだろうか。そのうち恐ろしい不幸の大群が押し寄せてきたらどうしよう(苦笑)。昨日の日記の通りキャピトル東急ホテルの1005号室、ビートルズが滞在した部屋と共に、厚かましくも偶然遭遇したテレビ取材に随行して別の部屋も見せて頂いたのだった。過去3度宿泊しているマイケルジャクソン。その3度のうちのいずれかに泊まった部屋らしい。そして2004年にペ・ヨンジュンも宿泊した部屋だそうだ。ほぼ間取りは1005号室と同じだが、若干雰囲気が違った。このベッドでマイケルやペがお休みになったらしい。寝相の悪い私でも転がり落ちる事のなさそうな余裕の幅だ(苦笑)。夢の数分間の後、すっかり舞い上がっていた私だがビートルズ、キャピトル東急ホテルといえば重要な場所がもうひとつ、真珠の間を思い出した。先日ビートルズの新譜「LOVE」の記念イベントが行われた真珠の間。「LOVE」の試聴も行われた、そのイベントの抽選に見事落選。その悔しい気持ちを胸に、なんとか見せていただく事はできないだろうかと真珠の間に向かった。夜の宴会が行われるような雰囲気の中、入口にいらっしゃったホテルの方にお願いした所、宴会の準備でドタバタしていますが少しなら、と中へ入らせていただく事を許可してもらった。聞くと、閉館真近で私のように見せて欲しいと頼む人は結構いるとおっしゃっていた。舞台の奥の凹凸のある壁。まさにビートルズが記者会見を行った真珠の間だ!なにやら宴会で演奏するバンドのサウンドチェックに遭遇した。宴会前の準備時間だったのが幸いした。さすがに舞台に上がって壁を触らせてもらうとか、そんなデリカシーのない事はしません(笑)。とにかく天井の豪華なシャンデリアに会場の雰囲気、それを感じるだけで幸せだった。この夢のようなひとときから数日が経ちいまだに興奮さめやらぬ状態ではあるが、この素晴らしい雰囲気を持ったホテルが本当に跡形もなく解体されてしまうのだろうか。ホテルの中の全てのものが愛しい。ほんの数回訪れただけの、ホテルに1銭も落とさない無礼者の私でも(汗)そこはかとなく悲しさがこみ上げてくる。私でさえそんな感傷的な気分になるのだから、長年このホテルに勤められていた従業員の方々のお気持ちは察するに余りある。先日の日記でも書いたが、応対していただいたホテルの方のお一人お一人がとにかく優しい笑顔で接して下さり、キャピトル東急ホテルに対する誇りや愛を感じたと言ったら大げさだろうか。2010年に新しく生まれ変わった建物で再出発するという話だが、キャピトル東急ホテルという名前を存続するのだろうか。2年前、私の愛する近鉄バファローズが消滅した。合併という言葉が使われたが、実質はオリックスに吸収された。合併球団だという事でバファローズの名がつけられた。しかし「オリックスバファローズ」は近鉄とは似ても似つかない球団であり、近鉄出身の選手達の応援をしてはいるがいまだに納得できない。キャピトル東急ホテルもあの建物、あの雰囲気があって初めてキャピトル東急ホテルだと思う。新しく出来る高層の複合ビルに入るホテルはオリックスバファローズに感じる違和感のようなホテルになりそうな気がしてならない。「Thank You」なんてそんな・・・。こちらが言っても言い尽くせないほどのThank Youでした。とにもかくにも、あと数日で閉館されようとしている時に厚顔無恥な私の無理なお願いを聞き入れてくださった、キャピトル東急ホテルの皆々様に心から御礼申し上げます。本当にありがとうございました。歴史の現場に立ち会えた数分間、一生の宝になりました。
2006年12月02日
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昨日テレビを観ていたら、マイケル・ジャクソンの特集の中でなんと在りし日のキャピトル東急ホテルの姿が登場して驚いた。今は亡きマイケル・ジャクソンが来日時に常宿にしていたのが、今は亡きキャピトル東急ホテルだった。テレビの特集の中で、マイケルは来日中も宿泊部屋の床が汗でびしょびしょになるまでダンスの練習をしていたという、元支配人のお話があった。キャピトル東急ホテルの閉館直前に、奇跡的に最上階の部屋を見せていただいた事は当時の日記にも書いた。当ブログタイトルの背景写真も、その時撮ったキャピトル東急のビートルズの宿泊部屋の写真を使わせてもらっている、お部屋を見せてもらった時にホテルの方が仰っていたが、ビートルズの宿泊部屋の向かいの部屋に、マイケル・ジャクソンやヨン様が宿泊したらしい。という事はこの部屋でマイケルがダンスをしていたのか・・・。マイケルが泊まった部屋のベッドルーム。マイケルがこのベッドで日本の朝を迎えていたらしい。マイケルが2007年に来日した時、ホテルは解体の真っ最中。その時にマイケルはキャピトル東急の解体される姿を見てどう思っているだろうか、と日記に書いた記憶がある。キャピトル東急ホテルはすっかり姿を変えつつあり、マイケルはその姿を見る事なくこの世を去ってしまった・・・。そういえば、この部屋を見学した時にたまたまご一緒した広島から来たという女性が、マイケルの大ファンだった。これがマイケルが泊まった部屋だと聞いて大興奮されていた事を思い出した。彼女も今、深い悲しみに暮れているんだろうなぁ・・・。閉館前にホテルで配布されていた小冊子の「キャピトル東急ホテルメモリアル ~伝統は、時を越えて磨かれ続ける」をめくってみたら、ビートルズやクラプトン、ビリー・ジョエル、ハービー・ハンコックやダイアナ・ロス等と並んで「マイケル・ジャクソン氏(歌手)」のサインがある。この冊子はキャピトル東急ホテルの閉館時の宝物としてずっと大事にとっているが、さらに永久保存版の宝物になってしまった(涙)。
2009年06月28日
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このジャケット、決して的場浩司のアルバムではない(笑)。楽天のお仲間のツキミ姫さんにご紹介いただき、元KUWATA BANDのギタリスト河内淳一氏のHPにジェフポーカロへの想いが書かれているのを知った。92年に発表した彼のアルバム「Juice」のレコーディング時の興味深い話が書かれている。驚いたのが、このアルバムが録音されたスタジオがなんとTOTOの「Goodbye Elenore」のPVでおなじみのスタジオだったと言う事。また最も心打たれたのが、ジェフが「淳一のグルーブを大事にしたい」とデモテープを聴いて自分の中で消化してレコーディングではほとんど譜面も見ずに叩いていたというくだり。このくだりにジェフのセッションに対する姿勢が象徴去れていると思う。セッションに参加したアーティストの魅力を最大限に引き出すジェフの的確なドラミングと最高のグルーブは、この姿勢から生まれているのだろう。文中で出てきた「Studio-Aの友人」。貴重なジェフの声とカウントから始まり、ジェフフレーズ出しまくりの超超爽快な8ビートナンバー。演奏中に盛り上がりすぎてジェフはスティックを折り、その折れたスティックが河内氏のジェフの形見になっているらしい。欲しい~!この92年というジェフの晩年のセッションの中では弾けまくる演奏が珍しい1枚。比較的昔に入手したアルバムで一時期飽きるほど聴いていたが、またまた最近私のヘビーローテーションになっている。ジェフポーカロ教の信者の皆さん(笑)で未聴の信者は必ず聴かれる事をお勧めする1枚。ツキミ姫さん、改めましてありがとうございました。
2005年10月22日
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角松の曲を3曲コピーした事を思い出した。3月に卒業する4年生最後のライブを毎年やっており、角松フリークの先輩のバンドのベーシストが空席だったため誘いがあった。天敵チョッパーベースの曲は極力選ばないと言いつつ、マーカスミラーの終始チョッパーベースのこの曲をやることになった。ドラムはヨギホートン、ピアノがリチャードティーという黄金のラインナップ。中間部にはリチャードティーのまさにリチャードティーというピアノソロにマーカスのベースソロが待ち受けていた。聴いてる分にはこんなかっこいいファンキーな曲はない。ただでさえチョッパーには劣等感があるのにベースソロがあるため、私は地蔵になってしまいそうになった(笑)。ベースとドラムのコンビネーションが命のこの曲。一生懸命練習してステージに臨んだ。ベースソロもなんとかこなしたつもりだったがあとでライン録りのテープを聴いてショックを受ける。前ノリのドラマーに後ノリの私が途中途中でうまい具合にズレを起こしている。やっぱり16ビートは難しい。反省の1曲だ。<昨日の近鉄バファローズ>インボイス西武~楽天3-2西武小池が先発!2安打2四球も2三振などで3回を無失点に抑えた。観衆は6410人。岐阜~オリックス8-8読売なんかほとんど旧オリックスの選手ばっかりのスタメン・・・。観衆は読売相手のため15700人。
2005年03月20日
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いかん、松山千春に気を取られて、楽天の球団通算100勝という重大なニュースを書きそびれた(汗)。思い起こせば楽天の記念すべき1勝目を千葉マリンで観たのは2005年3月26日。長く苦しい日々を重ねたからか、すごく前のような気がする。309試合目でようやく100勝。昨日も宮様高須が決勝打で101匹ワンちゃんならぬ、101勝イヌワシちゃん(笑)。しかも100勝、101勝を挙げた相手がオリックスだなんて。今のオリックスって、必要な選手をピックアップして残り物を楽天に押し付けてできたんとちゃうんか?3シーズン目を迎えて新戦力も増えたとはいえ、合併は何だったのだといわれんばかりの現状。仰木さんは天国でどう思われてるだろうか。岩隈と礒部は別にして、選ばれなかった選手達が積み上げてきた100勝。皮肉にも合併球団へ行った猛牛投手陣は精彩を欠き、楽天に行った猛牛投手陣の方が結果を残している。そして合併球団にゲーム差をさらにさらに広げるこの2勝の重みは大きい。何年経っても近鉄出身の選手がいる限り、このオリックス対東北楽天という紅白戦には複雑な想いが交錯してしまうが、とにもかくにも、おめでとう100勝。通算成績3261勝3720敗271引分。リーグ優勝4回、日本一0回。近鉄バファローズの通算成績である。球団創設4年目に初のAクラス入りを果たしている。楽天はこれからどんな数字を築いていくのだろうか。東北楽天ゴールデンイーグルスの未来に栄光あれ。
2007年05月13日
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とうとうドナルドフェイゲンの新譜が3月に出るらしい。そんな情報を聞いて私はワクワクしている。前作「Kamakiriad」から13年、どんな音が聴けるのか今から楽しみだ。今月はTOTOの新譜も出るし、そのTOTOが4月に来日という話もある。今年は1月から、リイシューではなく新作が聴ける事でワクワク出来る幸せ。長生きすればいい事あるもんだ(笑)。今日1月10日はロッドスチュアートとパットベネター、そして新作待ち遠しいドナルドフェイゲン御大の誕生日。ドナルドフェイゲンは58歳。今日の1曲に挙げた「Snowbound」。写真にあるとおり、「Kamakiriad」が出た当時に2枚EPシングルが発売された中で、右のトマトのジャケットの方に収録されているベース、ドラムにボーカルのみという珍しいバージョン。このリズム隊とフェイゲンのボーカルだけで十分曲が成立している事に驚く。このバージョンで名盤「ナイトフライ」の「The Goodbye Look」や「The Nightfly」を聴いてみたい。ジェフポーカロとマーカスミラーのリズム隊にフェイゲンのボーカル。おそらくこれだけで十分、といったらラリーカールトンに怒られそうかな(笑)。このEP、「Home At Last」のライブバージョンも入っている。少々シンコペを加えたサビのアレンジが洒落ている。もう1枚のEPの方には隠れた名曲「Century's End」が収録。この曲、ジェフポーカロが生きていたら、間違いなくドナルドフェイゲンはジェフにドラムを依頼していたに違いないと思われるハーフタイムシャッフルの軽快なナンバー。この曲を躍動感たっぷりに笑顔で叩くジェフのプレイが聴きたかった・・・。去年出る予定だった「ナイトフライ」の紙ジャケ、リマスター盤は無期延期になってしまってショック。私が無人島に持って行きたいNo.1アルバム。ジャケットも音楽も演奏メンバーも最高。フェイゲンの監修による最新リマスターでどうか再度発売にこぎつけてもらいたいもんだ。ドナルドフェイゲン御大のお誕生日を心から祝い、まだまだこれからも「毒とウイットに満ちた言語感覚」で何のジャンルでもない「スティーリーダン」というジャンルの最高にごきげんな音楽を作り続けていって欲しいと願う。
2006年01月10日
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昨日TOTOの事を書いたが、その5年前の1994年4月18日には東京ベイNKホールでスティーリーダンの初来日ライブを観た。私にとって飛びぬけて好きなバンドの一つであり、まさかライブを観れるとは夢にも思わなかったスティーリーダン。80年の「ガウチョ」から活動停止状態だったし、ライブなど74年から一度もせず、完璧なスタジオワークのバンドだった。それが「NewYork Rock&Soul Review」で奇跡の復活とライブ演奏。このライブCDはいまだに愛聴盤だが、これがきっかけでこの日の奇跡を迎えることになった。私は代々木オリンピックプールのチケットを取ったが追加で東京ベイNK公演が出るのを知って、確か誰かにチケットを売ってベイNKのチケットを取った。より近くでいい音で彼らの演奏を見聴きしたかった。日程的には代々木より前の関東地区の最初のライブになった。とにかく2人に会える喜び。恐ろしい完成度を誇るスタジオ盤の曲をどうやって演奏するのか。行く数日前から興奮しまくっていた事を思い出す。ライブは2人を除いたバンドメンバーでのイントロダクションで幕を開けた。いきなりRoyal Scam~Bad Sneakersと続き、そのあとはAja!興奮冷めやらぬ中2人が登場して、なんと「Green Earrings」が始まった!ドラムはジャコと一緒にウェザーリポートでやってたピーターアースキン。彼のドラムまで拝めてしまう事にさらに感動。フェイゲンのソロ曲「IGY」や「Green Flower Street」も絡めながら、私の好きな「Hey Nineteen」をやるし、ジェフポーカロがロザーナの元ネタと公言した「Home At Last」、そしてジェフ本人が叩いてた名曲の「Chain Lightning」「Black Friday」も演奏されて私はフラフラになって1部終了。休憩時間に偶然10年ぶりに学生時代の友人にロビーで会ってびっくり。私はもう訳がわからなくなった(笑)。2部ではこれまた涙モノの「バビロンシスタ~ズ、しゃけっ」やキュルキュキュラキュラーのギターが楽しい?「リーリング印字イヤーズ」、そしてRoom335の元ネタ「Peg」と私の興奮は収まらない。スタジオ盤ではラリーカールトンのギターが泣かせる「Third World Man」まで演奏して、アンコールでは「My Old School」のあと、これもジェフが叩いた「FM」で幕を閉じた。スティーリーダンを初めてみた興奮とうらはらにジェフポーカロを思い出して寂しくなるとは思わなかったが・・・。それにしても参った。凄かった。ディズニーランドの帰り客と重なって帰りの渋滞も凄かった(苦笑)。このあとスティーリーダンはなんと1996年、2000年にも来日。私は毎回興奮で開いた口がふさがらないが、この初来日のライブは特に初めて2人を拝めたことや、初めて聴くライブのスティーリーダンの音への感動で、最も印象に残っている。そしてこの日記を書いててなぜか96年の来日の記憶が欠落していることに気づいた。2000年の来日の際、フェイゲンがあまりに静かな日本のファンに怒っていたという話もあるので、もう来てくれないかなあと思ったりもしてるが、この日記を書きながら当時の興奮がよみがえってきた。何とかもう一度彼らのステージを観ることはできないだろうか。
2005年04月18日
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今日4月7日は甲斐よしひろの53回目の誕生日。例によって浅く広い音楽嗜好の私であるので甲斐よしひろといっても知っている事は限られる(汗)。昔ラジオ大阪の人気番組「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」に鶴瓶の友人という事でゲストで登場したが、新野新と口論になって真剣にケンカしたこと、今都庁が建っている場所で伝説のライヴを行ったこと。セイコーの時計の宣伝で使われた「HERO」が大ヒットしたが当時のベストテン番組には一切出演しなかったこと。曲と言ってもそんなに知らない(汗)。そんな中、「翼あるもの」を学生時代にバンドでコピーしたことがあった。オリジナル中心のバンドだったが、学園祭の余興ということでコピーをやろうという事になり、前年はオフコースの「Yes-No」を採用し次の年の1曲が「翼あるもの」だった。「ホテルカリフォルニア」のようなベースラインで、最初はレゲエタッチのミドルテンポだが、途中から速くなる展開。ここにバンドメンバーが順番にソロを入れていくソロまわしを挿入して学園祭を大いに盛り下げた(爆)。ただ個人的には基本がやはりフォークだからか、けっこう楽しく演奏できた1曲だった。そしてもう一つの想い出が「ポップコーンをほおばって」。昔大阪の朝日放送、ABCラジオの人気深夜番組「ヤングリクエスト」の中に「ミキサー完備 スタジオ貸します」というコーナーがあった。当時高校生だった私。その頃組んでたバンドのギタリストがギターとドラムで雇われて参加していたバンドがこのラジオ番組に出演する事になり、聴衆の1人として朝日放送のスタジオで行われる公開録音に参加した。このコーナーはオーディションもなし、音楽のみならずアマチュアが出演して発表する場を開放し、「浪花のモーツァルト」キダタロー氏が司会、批評をするというものだった。私の高校は非常に厳しく、放送で高校名を伏せて欲しいと要望して番組の公録が始まった。だがいきなり、メンバー一人ひとりにインタビューするキダタロー。「どちらの高校ですか」「いや、あの、ちょっと」「あの、ちょっとやないがな、○○高校て書いてあるがな」(爆)。公録が始まってものの1分で高校名を暴露された。さすがキダタロー(笑)。そのバンドは2曲を演奏、1曲はオリジナルでもう1曲が「ポップコーンをほおばって」だった。まずオリジナルを演奏。曲を聴いてキダタロー、「なかなかよかった、君らは○○高校の誇りですぞ。」とまたも高校名を連呼(笑)。「100点満点で98点やな。」と賞賛したかと思ったら、しかし「あとの2点は顔が悪い」とオチがあった(笑)。そして2曲目の「ポップコーンをほおばって」。この数十年前の番組の放送されたテープを持っていて改めて聴いてみたが恐ろしくヘタクソな演奏で(苦笑)、イントロはぐしゃぐしゃ、歌が始まったらベースはハシりまくりギターもピッピキピーの騒音(意味不明)、挙句にボーカルが歌詞を忘れて苦笑いしている様子が見事に放送された。このバンドメンバー、皆元気なのだろうか。今どこで何をしているのかまったくわからないが録音テープを私が持っていますよ~(笑)。番組は時間が来てしまい、この曲を聴きながらのお別れとなり聴衆(といってもすべて身内)から選ばれた数名がバンド演奏をBGMにこのコーナーへの参加告知を棒読みで(笑)呼びかけて、バンドの演奏のフェイドアウトでコーナー終了となった。そんな事で甲斐さんにはなんとも申し訳ない日記になったが(笑)「ポップコーンをほおばって」を聴くと、このぐちゃぐちゃの演奏を思い出すという非常にインパクトの強い1曲になってしまった。甲斐さん及び甲斐バンドファンの皆様、こんな内容で大変申し訳ございません。
2006年04月07日
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