「師匠が言うには」シリーズ

師匠が言うにはシリーズ

『ルーミー語録について』

何か、自分にとって悩みがあったり、
なんだかおぼろげな疑問があったりするときに
ぱらぱらと古い文献、「ルーミー語録」をひっぱりだしてきて、
そこを開く、すると目に飛び込んできた最初のページに
それに対する明確な答えが載っていたりする。

その昔は、OSHO本でしていたり、他、いろいろな精神世界系の本でも、
また、占いの本など、なんでも試してた。タロットもそうだし、
だけど、最近はそのどれもピンとこなくなってきていた。

ずーっと本棚の奥に眠っていた「ルーミー語録」を
開いて見た事はつい最近まであまり無かった。
と、いうのもこの本は井筒センセの古書で、文体もなんだか難しく
古びた感じがどうも苦手で、倦厭してたのだけど、なぜか、
最近はとてもしっくり来るようになった。

時が立つと、入ってくるものも理解も変わってくるものなのだな、
と思う。

今になってようやくその意味がつかめるようになって来た、
ということなのだろうか。

この文献は、たぶん今ではなかなか手に入りにくいと思う、
(よくしらべてはいないのだけど)
これは、お弟子さんと師、ジェラールッディン・ルーミーの
文字通り談話録を誰かが書き留めており、それをそのまま本にしたものだ。

OSHO講話録と同じく、
ルーミーが直筆で書き記した、という形の文献ではない。
確か、ルーミー自身で本を書いたということは無かったと思う。
自作したのは詩のみであったと記憶している。
(ちがってたらごめんなさい)

なので、生きた弟子と師とのやりとりが
この本の中でもうかがえる。

こうして、何かのおりにつけ
この本を開くとき、生きた言葉が私の内側のどこか
”かの”部分にひびくよう。

人にはたぶん、その時々で出会う文献や言葉というものがあって、
それから促され成長していくものなんでしょうね。


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言葉の機能は人を鼓舞して探求に駆り立てることにある。
探求の対象まで言葉で把えられるわけではない。
もしそうでなければ、何もこんなにまで苦労して、
自己を無化したりする必要がどこにある

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ちょうど、言葉というものの扱いの難しさに頭を悩ませ、
今や、放棄しようか、と思っていたときに
師匠が言うには・・・と言う事を目にしたわけで、
言葉というものの神秘に触れざるを得ないな、と考えさせられたのでした。

むーん。(。-ω-). . .


この本に出会えたことに感謝します。
どうもありがとう。


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bara


魂はその知恵を

魂から受けとる。

それは本からでもなく、

他の人々の言葉からでもない。

頭をからっぽにした時、

神秘的な知恵が浮かんだとしたら、

それは心から出た輝きなのだ。




メブラーナ・ジェラールッディン・ルーミー






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