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2015.10.22
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カテゴリ: 人生ケセラセラ
娘は小学校で不登校になってしまった。

たまたま4年生の時、クラスメイトに一人も仲の良い子が居なかった。
幼稚園からほぼ同じメンバーで持ち上がりなので、接点の無いメンバーに意外性は期待できなかった。
でも、それまで友達に恵まれていたのだから、なんとか乗り切れるだろう…不安だけど、一年だけ乗り切って欲しいと思った。

それでも担任が良い先生だったら大丈夫だったと思う。
でも、運悪くその年だけ、担任が最悪だった。
それ以外は担任に恵まれていたのに、一体どういうめぐり合わせなんだろう。

最後の決め手は、性格の悪い一人の女子生徒。
彼女は、誰か一人を徹底的に苛め抜く訳ではない。

そのやり方は、笑顔でワイワイ楽しそうなのに、一人にだけ声もかけず、
移動のときもさそわない。
周りから見ていると、まったく気がつかない。
短時間なら問題ないけれど
長時間だったり、毎日だったり、部活なども毎回だったりすると、段々と心がしぼんでいくようなやり方。

担任はそれがわからないのか、ずっと同じ班たったり、席が隣だったりで、一年間離れさせてもらえなかったらしい。
親がもっと口出しすべきだったのかもしれないが、私が子どもの頃はそういうことで親に助けて欲しいと思った事も無かったし、乗り越えられるのではないかと思ってしまった・・・

そして、つい二月の末に突然学校に行けなくなってしまった。
あと、正味一ヶ月だった。

娘が「学校に行きたくない。休みたい」と初めて言った日、
私も今まで良く頑張ってきたなと思ったので、

学校にはとりあえず「風邪で休ませます」と電話したのだが。
18時頃担任から電話があり、
「明日は絶対に来させてください。明日来ないと、もう学校に来られなくなりますよ」と言うのだ。

風邪と言ったのに?
担任は原因を知っている。


その後担任の言うとおり、学校には行けなくなった。
その学年が終わり、以前担任だった先生が新しい学年で担任を引き受けて下さって
娘は喜んで新学年に希望を持って通い始めたのだけれど・・・
1週間もすると顔色が悪くなり、行きたいと願うのに、どうしてもクラスには行けなくなってしまったのだった。

その後、中学に進学した時も同じ。
最初は元気に通って、楽しそうだったのに、やはり一週間位すると、顔が真っ白になって行けなくなった。



運が良い事に、友達にはずっと恵まれて、数人の友人が顔を見せて声をかけてくれて、
一緒に遊びにも行ったり、又学校には行けなくても塾には楽しんで一緒に通うことができた。
中学ではクラスにはいけなくても、別室登校する事ができた。

素晴らしい友人や先生方、又近所の皆さんの温かい心を痛感した。


でも、内心点は無い。

さあ、高校進学、どうしたらいいのか?
その件ではネットの先輩方に実体験を伺い、随分と参考にさせていただいた。

1)
まず、私立高校なら受け入れてくれる所はあると言うこと。
だけれど、費用がかかる。
もしも又通いきれなくなった時も、学費は払い続ける負担が大きいし、
出欠に厳しい学校が多いので、結局は出席日数が足りなくなってしまうし、
大検などをとるにも、費用が学校に掛り過ぎて、塾や家庭教師の費用が捻出できない。


2)
公立高校で、県内に何校か不登校枠がある高校が置かれている。
塾に通ってある程度テストの数は取れていたので、学校からはこれを強く進められた。
「普通高校に戻るのが、一番幸せでしょう」という先生の思い込みは、良くわかる。
私だってそうなったらどんなにホッとするでしょう。
でも、良く考えて?
友達も多く、家からも近い中学だって通えなかったのに、普通高校に毎日通える可能性はほとんど無い。
今までだって、本人が一番望んで、頑張っていたのだよ。
「普通の中学生にいつかはきっと戻れる」と思いたかったのは、本人なんだ。

普通高校では、出席日数が足りなかったら落第だ。
ただでさえ一杯一杯なのに、たった一人で一つ下の学年に混じったら?
通える?不登校だった生徒でなくたって相当キツイ。


3)定時制・通信制

我が家はこれを選択した。
最初は定時制に受験で合格して通い始めたのだが、
毎度同じで最初の一週間で通えなくなってしまい、本人がどれだけがっかりしたか。
それでも、せっかく合格できたのだから、ゆっくり速度でも定時制でやっていきたいと強く本人が望んでいた。

でも、私から見ると、何年かかっても卒業できる可能性は相当低いと感じたので、
同じ高校内の通信制に転部する事を進めたが、本人は抵抗を示していた。
娘も私も通信制がどんなものか全く想像できなかったので、ともかく先生に相談に行こうと誘い、
相談すると、とても親身になって説明していただけた。

通信制は、先生のほうからあれこれ関わってくれる事はほとんど無い。
レポートの提出期限も、テスト合格の期限も、本人が自分で管理しなくてはならず
普通なら「おい、お前だけ宿題提出がまだだぞ、今日中に持って来い」などと声をかけてくれるのが先生だと思われるだろうが、そういうの一切無し。
でも、相談すればとても暖かく対応してくださる。
内容は、思ったより学生らしい生活ができると感じて、話を聞いたとたんに即「通信制に転部する」と決めた娘。

通信制は学年が無い。
だから、今◎年目、というのはあるけど、落第も無いし、ある意味全員同級生。
どの単位がどれだけ取れているかだけ。

これがね、本当に気持ちを楽にしてくれる。
できれば三年で卒業して欲しいと思ってしまったけど、
ゆっくりペースで5年の予定。
段々と生活にもリズムが生まれ、学校に愛着もあるし、顔見知りもすこしずつできてきて楽しそうだ。
赤ちゃんをベビーカーに乗せて体育の授業を受ける若い女性もいれば、高齢者もいるそうで、
皆がそれぞれのペースで頑張っている。

通学は週に二日なので、なんとか通える。
私も行ける日は車で送る。

徐々に心がのびのび落ち着いてきた。
時間に余裕があるのでバイトも始めて、それもとても良い経験になっている。
高校生時給だからとても安いけれど、それでも一箇所で長く勤める事が大事だと話した。
不登校で、バイトもあちこち落ち着かないと、辛抱が足りないように判断されがちだから。
卒業までずっと勤めれば、大きな意味があると思う。



又、カウンセリングにも通った。
とても素晴らしい先生に出会えた事がとてもラッキーだった。
近所にも良い先生はいるのだが、相性もあり、東名で遠くまで毎月通ったけれど、
やはり本人が話しやすくて、会うのが楽しくて、気持ちがほっとできる先生じゃないと意味が無いのだと思う。

この先生には、誰にも話せなかった辛い部分が少しずつ開放できたようだ。
先生に話せるようになったら、家族などにも気楽に気持ちを話せるようになっていったように思う。




心療内科にも通っている。
もう薬を減らしていこうと医師には随分前から言われているけれど、
時々気分が悪くなることがあるので、通院と薬は続けている。
合う薬がみつかってからはとても楽になったので、私は良かったと思っている。



家では、「普通になって」「頑張って」と言うのをやめて、
「あなたはとても可愛い」「あなたが大好き」「あなたは面白いねえ」「よくそんなに眠れるねえ(批判ではなく、単に飽きれて)」と言うだけにした。
本や映画も薦めたけど、好みもタイミングもあるので、こちらから薦めるよりも
本人が興味を持つものをこちらも関心を持って大事にする事にした。

勉強についてはガミガミ言わないけれど、レポートやテスト期限は親もしっかり監視しないといけない。
又、どんな事を学んでいるのか興味を持って話を聞いたり、
家庭科なども適当にやらないで、しっかり大事なポイントを教えるようにしている。



家には猫が二匹いて、それぞれ個性的だ。
飼い主の贔屓目ではとても美しい猫たちだけど、変なところにオシッコしたり、
夏は長い毛がからんでボロ雑巾みたいになってしまったり、
猫なのに爪がしまえず、歩く時「カチカチ」音がしたり、
とても情けない部分もある。
でも、いいところがあって、どうしょもない欠点もあって、それがひとまとめでとても魅力的なのだ。

人も同じだね、と良く話し合う。
わざわざ娘のために話したのではなく、本当にそうなのだ。

人には個性や欠点があって、余計魅力が増すものなのだね。
優秀だったり、「普通」だったりもいいけど、そうでなくてもありのままで素敵なのだ。

娘のおかげでその事がわかって、私自身も幸せになった。





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最終更新日  2015.10.23 01:11:33
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