この国のこと



日の丸の歴史

日の丸が日本を代表するようになったのは、幕末の安政五年(1854)の江戸幕府の「異国船に紛れざるよう日本総船印は白地に日の丸幟」からです。その後に「御国総標」としていわゆる国旗として取りあつかわれるようになり、咸臨丸で幕府の使節団が米国に渡った時は、米国民は日の丸と星条旗を掲げて使節団を歓迎しました。それが明治維新後も引きつがれたわけです。

明治になって日の丸が日本の国旗であるということは国際的にも国内的にも常識になりました。国旗や国歌は必ずしも法律で定めなくてはならないものではなく慣習によって定まる場合も多いので、日の丸が日本の国旗となったのは明治の初めと言ってよいでしょう。もっとも日の丸は「日出ずる国」のシンボルとして歴史上はもっともっと古くから日本人に親しまれています。

君が代の歴史

明治2年に海軍の依頼で国歌を作るために、イギリス公使館軍楽長のフェトンが君が代の歌詞に曲をつけたのが最初です。しかしその曲は君が代の歌詞に合わなかったので、明治13年に宮内省雅楽課の林広守氏らが歌詞に合うように雅楽の旋律で作曲し直し、それを海軍省の軍楽隊教師のドイツ人のエッケルトが編曲しました。法律では決められませんでしたが、君が代が国際的にも国内的にも日本の国歌と認められ定着したのは明治の半ば以降です。

君が代は古くから歌われてきたようですが、歌詞が古文書に表れたのは、今から千年以上前の平安時代の古今和歌集に読み人知らずとして記録されています。この歌がさらに人々に歌われる間に一部が変化して、平安時代末から鎌倉時代初期になって和漢朗詠集などに今日そのままの君が代が登場します。鎌倉時代以降は祝歌として広まり祝賀用の愛唱歌として多くの人に親しまれました。江戸時代には仮名草子、浄瑠璃、長唄、謡曲、舟歌、盆踊歌、門付歌にまで広がっていました。


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