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私 : 1941年12月8日に開戦 されるが、「 アジア・太平洋戦争 」を「 白色人種と有色人種 」、「 アジア人と欧米との人種戦争 」として位置づける論説は、 検閲による厳しい取締りの対象 となっていたという。
A氏 : アジアの解放は白人支配からの解放 ではないの?
私
:要するに、 白人である同盟国のドイツ、イタリヤに対する配慮、あるいは中立条約を結んでいるソ連に対する配慮
からだね。
だから 「欧米帝国主義・白人帝国主義」のアジア支配からの解放という戦争目的
を、 日本は公然と掲げることはできなかった
。
A氏
:当時は、 アメリカは国内で人種問題
を抱え、 欧米の支援をうける中国は有色人種
だから、 アジア人種解放の宣伝は効果的
だったろうにね。
三国同盟は戦争の戦争大義の足かせ
になったね。
私
:「 アジア・太平洋戦争の大義
」は最初、明らかでなく、 東条首相
は「 検討中
」で開戦となる。
宣戦布告詔書
では、「 自存自衛のための戦争」が大義
となるが、その後、戦争名が「 大東亜戦争
」と命名される。
しかし、その後、戦争の目的は「 自存自衛
」、「 大東亜新秩序建設
」、「 大東亜共栄圏建設
」の間を揺れ動くことになる。
A氏 :それにしても、日本よりはるかに優れた工業力を持つアメリカに何故、無謀な戦争を仕掛けたのかね。
私
:この本では、著者は、理由の一つに 臨時軍事費による軍備の充実
をあげているね。
戦争をすれば、 多額の軍事費を要求でき、これにより、軍備をより充実
できる。
実際に、 アメリカの軍備の遅れもあり、開戦時の太平洋地域における日本の戦力はアメリカを超えていた
という。
A氏 :「 短期決戦 」に持ち込めば英米を屈服させることができるという「 幻想 」が生まれたわけか。
私
:これに 軍の独走
を許す、「 統帥権
」の問題があるね。
また、 日米交渉で日本政府の基本政策
は「 戦争瀬戸際外交
」だったことが 無謀な開戦に引きずり込まれる原因の一つ
としてあげられている。
A氏 :「 戦争瀬戸際外交 」?
私 :「 だめなら戦争をするぞ 」という 強い意志 を相手に示すことによって、 相手側の譲歩や妥協を引き出す外交政策 だね。
A氏 : 北朝鮮型 だね。
私
:このため 国内的には強力な言論・報道統制と世論指導
を行う。
日本は「 アメリカけしからん
」ということで 次第に戦争気分
になっていく。
A氏
: ムードで国民が動く
というのは、最近の 郵政民営化選挙
、最近の 沖縄の集団自決の教科書改訂
でもあるね。
反対意見を言えない雰囲気
を作るのは怖いね。
私
: 戦争を回避するために、対米妥協をしたら、国民の憤激を買うだけでなく、強硬派によるクーデターや内乱を引きおこす恐れが出てくるムード
となったんだね。
「 戦争瀬戸際外交
」は 国内的にも、日本政府を後戻りできない地点まで、自分自身を追い込んでいった
ことになり、こうして無理な戦争が始まる。
後はご承知の通りの結末だね。
「 アジア・太平洋戦争
」なのに、かなりの戦力を中国にしばりつけられ、中国への軍備補給路を断つためにインドなどへの戦線拡大など、 最後まで日中戦争の長期化が足かせ
となったね。
A氏 :戦争末期には「 玉砕 」だね。
私
:戦争中、一時、「 玉砕
」が美化されたが、 1944年初め頃から、使われなくなる。
それは「 玉砕
」の頻発が逆に 日本軍の弱さを国民に印象付けることを恐れた
ためという。
43年頃から日本兵の士気が低下
し始め、 サイパン島では2300名という多数の日本兵が捕虜
になり、中には少佐、中佐クラスの高級将校もいたという。
俺たちは小学生で常に腹を減らしていたね。
著者は、 総戦力体制は、農民、労働者、職人などの下流階級の経済力を相対的に向上させ、同時に、「皆貧乏」だから格差を下方に平等
にしたという。
女性の銃後の役割も重要
になり、これらが 戦後の民主主義体制に連続
したという。
次の第7冊目は未刊行の「 占領と改革 」だね。
もう、年末だ、今年は対話で付き合ってもらってありがとう。
A氏 :こちらこそ、来年もよろしく、よいお年を。
「ポスト戦後社会」吉見俊哉著・シリーズ… 2009.09.01
「イスラムの怒り」内藤正典著・集英社新… 2009.08.24