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私 : 福島第1原 発 の事故に 首相補佐官 として対処し、 吉田所長 (故人)との連絡役を務めた 細野豪志 氏が3時間近くにわたって朝日新聞のインタビューに応じた。
細野
氏は事故対応の取材にほとんど応じてこなかったが、事故から3年以上が過ぎ、「 記憶の限界に来ている。そろそろ話さなければいけない
」と考えていた矢先に「 吉田調書
」 報道を見て、証言を決心したという。
A
氏
:例の所員の 9割
が 所長の命令に違反
して 10キロ
離れた 第
2
原発
へ
撤退
したこと
吉田調書
」で判明している件については、どうかね。
私 : 第1原発 からの撤退問題が浮上する 14 日夜 、 細野 氏は 吉田所長 から「 2号機に水が入りません。原因が分かりません 」という電話を受け、 吉田所長 が「自分たちは頑張ってきたけど、ダメかもしれないというニュアンスと受け止めた」という。
15 日午前 5 時 35 分 、 細野 氏は 菅首相 と一緒に 東電本店2階の対策本部 に乗り込み、首相は 第1原発 からの撤退に傾く 東電幹部 を「 撤退したら東電は必ず潰れる 」と激しく叱責(しっせき)。 細野 氏は首相とともに同じ階の小部屋に移り、そこで テレビ会議の映像 で 吉田所長 がいる現場の様子を知ることができた。
午前6時 42 分 。 吉田所長 が、前夜に想定した 福島第 2 への撤退 ではなく、すぐに現場に戻れる 第1原発構内やその近くの場所での待機 を命令した瞬間だ。ところが、東電がのちに開示したこの時の映像には 音声がない 。映像には 菅氏 とともに画像を見つめる青い防災服姿の 細野 氏の様子が映っている。
吉田所長 は調書で「 2 F(福島第 2 ) に行けではなく、福島第1の近辺で、所内にかかわらず線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言った」と言っている。
細野
氏は「 吉田調書
」を見て「 思い出しました。確かにそういうやりとりはあった
」と語った。
前夜に 吉田所長
から「 頑張ります
」という 強い言葉
を聞いていたため、「 退避
」という言葉遣いに少し引っかかったが、「吉田さんが言っているから現場が回る(対応できる)ということだろう」と受け止めたという。
A
氏
:やはり、「
2
F(福島第
2
)に行け
」はなかったのだね。
私 : テレビ会議の記録 で、 そのときの音声が欠落 しているのが妙だがね。 欠落 していなかったらすぐわかることだがね。