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Ryu-chan6708

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2015.05.13
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A モンゴル の東端で 1939 5 、「 ノモンハン事件 」と呼ばれる紛争が起きる。

国境線をめぐる小競り合い が、 旧満州国(現・中国東北地方)にいた関東軍と旧ソ連の機械化師団の衝突に拡大 4 カ月間 日本側 2 万人 ソ連側 2 6 千人が死傷 した。

ノモンハン事件 で苦戦した兵士の 渇きと飢えと疲労を 村上春樹 氏は「 ねじまき鳥クロニクル」( 95 年完結) で描いた。 彼が 長編小説 で初めて描いた戦争 が、 ノモンハン事件 だった。

小説 の中で『 ノモンハンにはまったく水がなかった』『世の中に喉(のど)が渇くくらいつらいことはない 』。 従軍した本田老人 は小説の主人公 オカダ・トオル に語る。

A 本田 戦友の間宮ら は事件の前年、敵地で 諜報活動中 に捕まり、 同行した山本は生きたまま全身の皮をはがれ、間宮は深い古井戸へ飛び込まされる
間宮 が闇の中で実際に味わった極限状況と、 オカダ が近所の枯れ井戸の底で体験する 個人の深層意識への旅 。この隔絶ぶりが、 戦争体験を継承することの絶望的な困難さ を暗示していると感じた。

文芸評論家の加藤典洋 氏は「 村上の作品には、日本とアジアの関係へ向けた視線が通奏低音のようにある。オカダの行為は、あの戦争とどう向き合うかという戦後生まれの日本人の課題を示している 」と語る。

A ノモンハン で優位を得た ソ連 23 ドイツと不可侵条約を締結 ソ連と英仏の挟撃を当面避けた独軍は 9 月1日、ポーランドへ侵攻し、第2次大戦が始まった
ソ連 ノモンハンで日本と停戦の翌日の同 17 ポーランドを攻略

一方、 欧州開戦をお膳立てした形の日本 2年後、南進政策を選んで対米開戦に至る 日本の敗因 の多くは、 ノモンハン事件でも見いだせるもの だった。

:「 ノモンハンで何一つ教訓を学ばず、南方で同じ失敗を圧倒的規模で繰り返した 」。

紀行文「ノモンハンの鉄の墓場」( 94 年) 村上 氏はそう述べ、 現代日本 を「 一皮むけば

そこにはやはり以前と同じような密閉された国家組織なり理念なりが脈々と息づいている

と評した。

個人間の戦争体験の断絶と対置される のは、 一貫して暴力的な国家の本質 だったんだね。






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Last updated  2015.05.13 15:27:09
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