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2023/12/27
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「SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2023  YOUTH IN THE JUKE BOX」と名付けられたそのツアーは、1986年までの楽曲だけで構成され、「青春のジュークボックス」がコンセプト。
私のような初期からのファンにとっては、とってもありがたいセットリストでした。

ここから、非常に私的な話になりますので、興味のないほとんどのかたはスルーください。

私が浜田省吾を知ったのは、彼がデビューアルバムを発売した1976年。
多感な中学2年14歳の時、友人のお兄さんから回ってきた「生まれたところを遠く離れて」というデビューアルバムをダビングしたカセット聞いて衝撃を受け、一気にファンになりました。
ただ、地元広島でも、彼はマイナーな存在で、同級生にも彼のファンはカセットを借りたその友人くらいしかいませんでした。
高校2年の時に行ったコンサートでは、コンサートの3日前にチケットを購入しても、前から9番目。
浜田省吾本人が「広島-ヤクルト戦」の観客席みたい、と自虐的なことを言って笑いをさそう、という状態でした。

私が高校3年生の時、浜田省吾ファンの友人と、ギター部であった弟たちとバンドを組んで高校の文化祭のステージに参加。
浜田省吾の曲を3曲ほど歌いました。
当時は、浜田省吾の曲を演奏するようなグループは絶無です。

浜田省吾の人気がぐっと出始めて、コンサートチケットも手に入りにくくなったのは、1980年代に入ってから。
ちょうど私が大学に入学したころです。
コンサートツアーの名前を「ON THE ROAD」とした1982年くらいからです。
私は大学2年。
彼の大躍進が始まります。
1982年に武道館でのコンサート。
今では、ちょっと売れれば武道館でコンサートをしていますが、当時は、武道館でコンサートすることは「一流アーチスト」の証でもありました。
1983年にはホリプロから独立し「ROAD & SKY」という個人事務所を設立。

ということで、今回のコンサートは、デビューから「JBOY」までの曲で構成された、まさしく「青春のジュークボックス」です。

なんと、すでに還暦を過ぎた私が、中学、高校、大学、そして、就職して上京したころに聞いていた曲なんですね。

当然のことながら、コンサート会場は、おじさん、おばさんでいっぱい。
すでに70を超えた、白髪のミュージシャンと、人生の苦楽を経験してきた初老のファンが、手を振り上げて盛り上がる姿というのは、ちょっとした感動ものです。
青春を取り戻した瞬間ですね。

右には、「かっこいい。やばい。」と言いながら、一緒に歌うおばさんに挟まれて、少々気が散る部分がありましたが、つかの間の「非日常」を楽しんでいるのだから、ということで、OKです。

それにしても、浜田省吾は、70を超えても、声も出てるし、動きも軽やか。
大画面にアップになったときは、皺も気になったりするものの、若いですね。
私もまだまだ老け込でいる場合じゃないな、と思った次第です。






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Last updated  2024/01/05 06:02:51 PM
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