夫婦愛 Sさん



Sさんの奥様は、乳癌でウチの病院に通っていました。
ある日、旦那サマの調子が悪いということで、一緒に来院。
その時には、甲状腺癌が肺に転移し、末期の状態でした。
奥様は告知を希望されず、ご本人には癌であることを告知せずに入院生活が始まりました。

ご夫婦ともにとても感じのよい方たちでした。
入院当初は、自由に歩くこともできていたSさんですが、日に日に様態は悪くなり、痛みも出現。痛みに対しては、麻薬を使用して抑えるなど対症的な治療しかできませんでした。
Sさんも、悪くなる様態に疑問を持っていたと思います。
しかし、一言もそのことについては触れることがありませんでした。

ある夜勤の日。
Sさん個室に入っていました。
どうしても眠ることができないようで、コーヒーを飲みたいとおっしゃいました。
普段なら、そんなことはしないのですが、ナースステーションで一緒にお茶をすることにしました。
一緒に夜勤だった先輩も目をつむってくれました。
コーヒー好きのSさんのために奥様がインスタントコーヒーを用意していました。
夜勤のおやつもこっそり一緒に食べちゃいました。
今までの生活のことなど、Sさんの人生を語ってくれました。
お子さんのいなかったSさん夫婦は、受け持ち看護師の私を、子供のように思ってくれていたのかもしれません。
当時独身だった私の身や先輩看護師の身を案じてくれてました。

その夜勤が終わり、次の日。
昼から出勤すると、すでのSさんの意識はありませんでした。
痛みが強くなり、内服していた麻薬を点滴に変更したそうです。
昨日はあんなに元気だったのに・・・・。
その思いが強く、大変動揺してしまいました。

その勤務中に、Sさんは最愛の奥様に看取られ、亡くなりました。
普段は、患者さんの前では泣かないようにしていた私も、奥様と肩を抱き合いながら泣いてしまいました。
奥様は繰り返し
「ありがとね。ありがとね。」とおっしゃっていました。
そのありがとうは、私に向けられたものだけではなく、Sさんに向けられたものだったのでしょう。

Sさん夫婦に、夫婦とは・・・ということを教わったような気がします。


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