Tequila's  Bar

Tequila's Bar

2006.01.17
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11年前に、阪神淡路地方に明け方、大地震が襲った。

まるで、文明近代化の終焉のように感じた。
高速道路の陸橋が倒れ、ビルが倒壊して、重なるように崩れた下町を炎が嘗め尽くす。
倒壊した家の柱に挟まれた被害者を炎が飲み込んだ。
死に行くものは、家族に逃げろと励まし、共に手を取り合いたい家族は想いを残して、炎から逃げるしかなかった。
避難所での、我先に援助物資を漁る人もいれば、動けないほどのショックに呆ける人を支える他人がいる。
被災者住宅は、街を移すものではなく、行政の能率を考えた割り振りで、見知らぬ人の中に一人住まいをする老人を孤独死に導いた。

ありとあらゆる場面で、いまの社会の在り様を見せ付けられた震災だった。

今日を後悔なく生きること。

でも、いまだに出来ていない。
想いを残さずに1日を終わることが・・・・・・。
もし、後悔ないような1日を送れたら、運命さんに我が身を素直に委ねることが出来るような気がする。
恵まれたことも恵まれないことも、感謝で受け入れられるような気がする。

阪神大震災があって、その年の春、夫さんと私は喫茶店を開店した。
私は、パニック障害になるまでの人生で、冷たい利己主義な人間で我が侭いっぱいに生きてきたから、思い残すようなことは何もなかった。
でも、夫さんは喫茶店のマスターになってみたかった^^。
で、震災後はじめて私にそれを打ち明けられたとき、私はその夢を叶えてあげたいと思った。
幸い、家の1階で開店すると言う手筈で、資金繰りと準備は私の担当になった。
お店で提供するメニュー開発が夫さんの担当だった。

私は、外出が出来なかったので、ファックスと電話で食器選びからカーテンの一枚まで揃えた。

2月中旬から2ヵ月後、前日まで大工さんや内装やさんが工事してくれたお蔭で、4月29日に喫茶店「桜亭」を開店した。
開店のお客様ラッシュで、夫さんと私は店を閉めると、這うように階段を上がってうちに帰った。
夫さんは、3日目に「もう満足した」と言った。(;^△^)ア、ァハハハハハハ

店は足掛け10年を持って、一昨年閉店したけど、目まぐるしい日々だった。

そういえば、はじめて息子たちが兄弟げんかをしたのもお店を開店した頃だった。

息子たちは、心配だった母が元気になったと安心したのだった。
兄弟げんかも母親が元気だから出来るものらしい。

月日は流れる。
でも、その日その日を心残りなく、生ききること。
これは、不可能かもしれないけれど、目標になっている。
そのきっかけは、阪神淡路大震災であった。





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Last updated  2006.01.17 13:01:33
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Re:阪神大震災から11年・・・・・(01/17)  
もう、そんなに、なりますか・・・。関東大震災に

かわいそうな位、大人しくてね。解るよ。そうですか、
阪神大震災は、Tequilaちゃんに、とって分岐点になる
事柄に、なったんですね。その日、その日を、精一杯
生きる。心おきなく生きる。見事ですよ。 (2006.01.17 17:38:04)

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