侍大将

侍大将

本多忠勝

「本多平八郎忠勝」


徳川家臣で、 「徳川四天王」 の一人。

「蜻蛉(トンボ)切り」 (ハイ、そこ。 しょぼいとか言わない

という名を冠した愛槍と共に、
家康の出陣した戦のほとんどに従軍し、
数々の手柄を立てた。

出陣の回数はおおよそ五十数回にも及んだにもかかわらず、
一度も刀傷を負ったことがなかったという。


織田信長が本能寺で討たれたのを知った家康が自害しようとした際

必死に「本国、三河への帰還を果たそうぞ」と説き、

家康の 「伊賀越え」 の際、真っ先に先陣を切っていったのもこの本多忠勝。

その後も小牧・長久手の戦い、関が原の戦いなど有名な戦でも数々の戦果をあげ、

かの豊臣秀吉や、福島正則などの名将をも驚かせた。


蛇足

「蜻蛉切」名前の由来

そのあまりの切れ味に、
槍先に止まったトンボが真っ二つに切れたことからこの名がついたという。
重ね重ねいうが、決して しょぼいとかいわない。

世間は狭い!!

忠勝の娘である「稲姫」
(通称「小松」という。みんなこっちで呼んであげよう!! (黙れ)
かの真田幸村の兄、信幸に嫁いでいる。
まあ無双ファンの方であれば知ってるとは思うが、一応蛇足として。



………本多忠勝。いいよね…いかにも「三河武士」っぽいところが…
このまえ「戦国無双」に参戦!!とかいう話しをきいた時には
心配の余り関係サイトまわりまくりましたが、なんとか正統派な形でキャラクター化され、安心しました。
昔某ゲームで徳川家が途中で滅びたんで浪人になった彼を直勧誘、喜びいさんで
敵の部隊5千に対して1千の戦力で突撃させ、みごとに玉砕。
「初戦でいきなり戦死」という快挙をなしとげさせてしまったのがいまでも忘れられない…。
まあ…子供でしたからね……僕。
(5千対1千。 5倍差 はいくらなんでもむりだよ、少年…)



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