海の散歩道

心の壁とトラウマ










さっきまで1時間半の友人からの電話に付き合ってました

あたしにしては珍しいです

義姉以外との女性との長電話は・・・





はじめは辺り障りのない話をしていたんだけど

なんだか彼女が夫の愚痴を漏らしだした

実はそれは初耳

今まで彼女はご主人のことをいつも立てていた

【頼りになる人なんだ】と言っていた

でも、心のうちはどうも違ったらしい







男尊女卑の観念が未だ抜けていないのか

ご主人は彼女を【格下】に見ているらしい

というよりそうご主人が言っていたらしい

(まずはそこが問題だとは思うけど)

それが良い時もあれば悪い時もあるんだろうと思う

【格下】と見られると言うことは

ある意味、守ってもらえると言うこと

ある意味、頼ってていいと言うこと

でも、その反面

口出ししてはいけないと言うこと

自分は尊重されないと言うこと

彼女はなんとなくそういうことを感じているんじゃないかと思い話をすると

どうやらその通りだったようで

それからは今まで聞いたことのない胸のうちを見せてくれた








その中に【これは大問題だ】と思えるものがあった

それは彼女がご主人に対して

【壁を作っている】と言うこと






【心の壁】というものは実に厄介である

確かに外界から自分を守ってくれる防御であると同時に

外界を澄んだ目で見えなくしてしまうものでもある






どんな高さの壁にしても

相手との間に壁があると言うことは

相手と関わりを持とうとした時に

その壁を乗り越えていかないといけなくなる

乗り越えると言うことは

話をする前に余計な体力を消耗すると言うことである

余計な体力を消耗すると言うことは

話をすることそのものに力が降注げなくなり

本当に話したいことが話せないと言うことに繋がる危険性がある

話したいことが話せなければ

当然、相手も自分の本当の思いを理解できるはずはない

でも、壁を乗り越えてまで話をしに来たんだ

という思いがある当人からすれば

【自分はここまでしてるのに、なんで分かってくれないんだ!】

と、相手には理不尽としか言えないような怒りを露にすることになる

そんな理不尽な怒りをぶつけられた相手は話す気が失せる

そんな相手を見た当人は自分はここまでしたのに・・・

という無力感に囚われ

いつしか壁を乗り越えて現実の相手と話をすることをやめ

壁の中の【自分の中にいる相手】と話をすることになる

でも、それはとっても危険なこと

【自分の中にいる相手】は決して相手本人ではない

【自分の中にいる相手】はあくまでも自分が作り出したものにしか過ぎない

これまでの相手との関わりの中で

相手から受けた言葉・行動をつなぎ合わせたものが

【自分の中にいる相手】であって【相手本人】ではないのだ

単なるイメージでしかないのだ

でも、そんな自分の中で作り出した【自分の中にいる相手】は

良くも悪くも自分にとって話しやすい相手となる

でも、それは決して【本物の相手】ではないのだから

【自分の中にいる相手】と話し続けていると

いつしか【本物の相手】が見えなくなってしまう

要は妄想と話をしているような状態になってしまうのだ







でも、このこと全てを否定はできない

【心の壁】を作ってしまったのには

自分にも理由があるだろうけど

少なからず相手にも理由があるのだ

相手の言葉で傷付いたり

相手に否定されることが積もり積もれば

いつしか【心の壁】はできあがってしまうんだろうと思う

でも、トラウマにいつまでも囚われていては先には進めない

【トラウマだから仕方ないんだ】と

ぬるま湯につかっているのは簡単だし、楽なこと

でも、いつまでもそこにいてはなんの解決にもならない

いくつものトラウマをトラウマとして抱えていては

生き辛くなるだけ

生き易くするためには

より良い人生を送るためには

例え苦しくても

それが茨の道だったとしても

少しでも頑張ってみようと思えるなら

解決への糸口を見つけるため

もがいてみるのもいいのかもしれない

諦めて端から匙を投げるのではく

いろんな視点からトラウマを見てみるのもいいのかもしれない






ひとつのトラウマをいろんな視点から見れるようになった時

それまでこんがらがった糸の塊が

ウソのように解けていくのかもしれない




















November 23, 2005 23:42:08



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