さるぞうのページ

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中学時代


「初歩のラジオ」と「ラジオの製作」までさかのぼります。
小学6年から中学1年にかけて電子工作の入門書を買って読んでいました。
当時は理屈は理解できていませんでした。でも、回路図を読んで、必要部品のリストを作って、おこずかいの千円札一枚を修学旅行で買った新撰組の財布に入れて、自転車で10km以上離れた姫路の正電社までパーツを買いに行っていました。
抵抗やコンデンサは割りと安いのですが、トランジスタが100円前後、目玉となるICは300円~2千円ほどしたと思います。

作ったものとしては、
 ・お湯の温度見張り番(精度が悪く使い物にならなかった)
 ・暗くなると点灯する電球
 ・目の部分のLEDが交互に点滅する、トンボを真似た電子細工。

当時、テスターも無く良く作ったものだと思います。ハンダもへたくそだったと思います。

さるぞうが中学に入学したのが、1981年でした。
ちょうどPC8001がブレイクしており、日本電気PC-6001、PC-8801 富士通FM-8 シャープMZ-80Bが一挙に発売され、それに合わせていろんな雑誌が出てきました。「マイコンベーシックマガジン」もずっと買っていたように思います。

当時のプログラミングははベーシックかマシン後しかメジャーなものは無く、必然的にベーシックを覚えることになりました。PCも無いのに配列やら関数やら条件分岐命令やらの解説を座右の書のように読み漁っていました。

中学生のとき作ったプログラムは数本です。
友人のお父さんが持っていたTRS-80(これを知っている人はかなりのPC通)上で動作するボールがランダムに揺れながら画面の左から右に移動するもの(野球ゲームを構想していたが、ピッチャーの投球を描くだけでいっぱいいっぱいだった)
と、従兄弟のお兄ちゃんが持っていたMZ-80B上で動作する画面上をボールが移動するプログラムとかが記憶に残っています。(テーブルテニスのラケットが無い版)

当時のPCは今から思えば非常にシンプルでした。RAMも32Kbyteとか64Kbyteで、実用性はかなり疑問でした。(オフィスでは使えないからオフコンではなくパソコンと呼ばれたのだと思います)

確か中学三年生のときにMSX規格がアスキーから発表されたと思います。
このとき、いろんな会社がPCを作りました。ソニーや三菱や松下もこのとき参入していたと思います。当時女流棋士の林葉直子(ヤマトヤシキの将棋祭りか何かで握手をしてもらったことがある)のポスターが記憶に残っています。

このころに、親にパソコンを買ってもらっていたら、さるぞうの人生は全然別なものになっていたと思います。勉強から落ちこぼれていたかも知れないし、PCの世界で花開いたかも知れないと思うのです。未だにパソコンが好きでプログラミングも好きなのですから、結局小中学生のときに芽生える嗜好はあんまり変わらないのではないかと思います。

高校では生徒会や部活、受験勉強に燃えていたこともあり、趣味の世界からは遠ざかっていました。


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