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今日は私の父の父、つまり私の父方のおじいちゃんの三十三回忌でした。
おじいちゃんの七回忌までは菩提寺の大僧正さんが、その後その方がなくなって十三回忌と二十七回忌はその息子さんのよって行われました。
お二人ともこの地に長く住んで、大僧正さんは亡くなったおじいちゃんのことをよく知っていたし、その息子さんもおじいちゃんや父や母を知っていて、二十七回忌の時には偶然にもその息子さんの下の娘さんのだんなさんが、弟の部下だったこともあって、お経の後のお説法も、親しみをもって話してくれたように感じました。
でも、今日はその息子さん(現住職)の上の娘さんの婿さんがお経をあげてくれたので、正直、その方は死んだおじいちゃんなど、どこの誰だかわかりません。父も母も初めて会った方のようです。
何回忌という時に唱えるお経はもう決まっているので、三十三回忌の我々に何を今更という感じもありましたが、その若いお坊さんは講演会かなんかで経典の解説でもするように、ポンポンと早口でお経の解説をし、何かにつけて言葉の後に「と、思います」と言われるので、ちょっと、、、。
おまけに、お経に妙に独特な節がついているので、ほんとにラップみたいです。
終わりのお説法もなくて、開始が15分以上遅れたのに、終わりは時間通りでした。
帰りに母が「もし住職さんだったら、〇万じゃちょっとお礼が少ないかしらって心配していたんだけど、あの若いお婿さんだったら、いいよね。」と、一言。
こんなもんです。
正直、回忌法要自体は、故人の云々よりも、今生きている人たちが元気で過ごしているかを確かめる顔合わせの機会のようにとらえているので、家の精進落しは死んだおじいちゃんの話ではなく、父の兄弟やその子や孫がどのように過ごしているかを話すのが中心です。
この冬は妹の長男が静岡県代表の清水商業で全国高校サッカー選手権大会に出場し、サッカーの専門雑誌に注目するプレーヤー50人として取り上げられたことで、盛り上がりました。
実家の父も車椅子ながら楽しそうに話を聞いていて、良かったです。
父自身は、今日はちょっと外にいる時間が長くて疲れてしまったと思うし、母も気を使っていて疲れたと思うので、また明日様子を見に行きます。
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