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今日の23時15分は新月。それもあって鞍馬山に行って来た。昨日のフィンドホーンのワークを終え、その夜、私にとっての大きな手放しを実行することになったあのあと、眠りにつくと ふと「そうだ、明日は新月。鞍馬に上ろう」 明け方、日の出を拝み、家を後にした。鞍馬は雪景色。道は凍てつき、空気はピンと張り詰めとても透明感あふれていた。 木々は雪をまとい、下草は雪に埋もれ、まだまだ春は遠い趣。そんな中、きょうは、大杉大権現社に参拝。 ほとんど人影も無く、ただ、ただ、自然が奏でる雪解けの水音と木漏れ日に煌く舞散る粉雪。今日は新月。終わりは、始まりのとき。雪の下では、草も木もその姿を哀れな形に見せている。 しかし、そのなかのなかでは確実に次が始まっている。決して止まらない、命のバトンが繋がっている。自らを終わらせない限り、続く命のバトン。どんなに遠くに感じても、繋がっているものがある。私は、もっと私を生きよう。
2006.01.29
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昨日、言っておりましたフィンドホーンからお出でになったイアン&ロージ・ターンブル御夫妻のワークに参加してきました。お二人は、北スコットランドにあるフィンドホーン・コミュニティの長老格でもあり、イアンさんは80年代半ばに自然石と廃材を利用してフィンドホーンの庭園の中に「ネイチャーサンクチュアリ」と呼ばれる、フィンドホーンの中でも特に聖なる場所とされている野外瞑想室の建設者としても有名です。ロージーさんとともにコミュニティの創設者のアイリーン・キャディさんや、ドロシー・マクリーンさんの信頼も厚く、今日のフィンドホーンの発展を支えてこられたご夫妻です。ネイチャー・サンクチュアリの写真はこちらから、 ↓http://angelharmony.raindrop.jp/findhorn/2.htm今日のワークは、二部に分かれていて第一部 内なる地球を感じるためのワークショップ 第二部 内なる地球を表現するためのワークショップ となっていました。ここでは参加者約40名が、まずは緊張をほぐし打ち解け会えるように。そして、自然の4大エレメント(土 水 火 風)を感じ、この場に愛がもたらされるようにと、まずは、大地にささげるダンス、天にささげる歌声から始まりました。お二人のとても穏やかで信頼に満ちたエネルギーは、すぐさま参加者全員を魅了し、その場には遠く離れたフィンドホーンの風が吹き抜けました。なにも気負わず、なにもこだわらないその姿勢は自然をありのまま受け入れ、生活するということのある種元型を見せていただいたようでした。御夫妻が言われるには、「2006年は男性性と女性性の統合の年。」だそうです。プログラムは、ヒンドホーンで実際行われているものと同じ内容のものを中心に、限られたスケジュールの中でしたが、穏やかに、そして濃いものでした。わたしたちは、全員で歌い、踊り、瞑想し、そしてシエアしました。今回のワークを通して感じたこと。わたしには、「意図を手放す」それがどんなポジティブと思えることでも。そして、「すべての行動に愛をもって行う」 「ただ受け入れる」これらのようです。1日のうちに少しでもいいから、一人静かな時間を持ち、ただ受け入れ、感謝と賛美を送る。しばらくは、このことを味わいたいと思いました。また、サプライズもありました。ワークとワークの合間に、エンジェルハーモニーではおなじみの、横笛奏者 福井 幹さんとアイリッシュハープ奏者 小川由美子さんのミニミニコンサートもあり、フィンドホーンで演奏されたすばらしい曲を聞かせていただきました。イアン&ロージ・ターンブル御夫妻とオーガナイズしていただいた初田さん、今日の日をシエアしていただいた参加者の皆様に感謝します。
2006.01.28
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明日は、エンジェルハーモニーでお世話になっている ブレス 初田さん主催のフィンドホーンから来日されたイアン&ロージご夫妻の講演会に行ってきます。私にとってはとてもいいタイミングのようです。しかし、フィンドホーンについて全然知識がなかったわたしは、いま、ドローシー・マクリーン著 「天使の歌声が聞こえる」とドローシー・マクリーン著 「大地の天使たち」ある方からのご好意でお借りできて読んでます。ワークは、イアンさんのお話とともに瞑想したり、テーゼ(歌)を唄ったり、セイクリッドダンスを踊ったりとからだ全体でフィンドホーンを感じる体験をするとありました。どんな出会いと、気づきがあるのか。数日前、眠れずにベットに体を横たえていた事があります。明け方近くだったと思います。突然、背骨付近からいままで蓄積されていたエネルギーのようなものが全て放出された感覚に襲われました。あとは、抜け殻のような感覚だけが残りました。何かが消滅したという感覚。もう一度、自分に必要なものを集めよう。一人で集めよう。間に合わないかもしれないが、プロセスを大事にしていこう。そう決めたから。
2006.01.27
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自分がブループリントで計画した、今世での働きがあるならなぜ、今の現実を創りだしているのか。今また、その事を問い直すために自分の内へ更なる深みへ向かう時のよう。今に気付くために過去の全てのものが必要だったとして、物理的なものの内に意図をもっても消滅させられるものとさせられないものがあるのはなぜ。私は、ここ数年のなかで、全てはエネルギーとみなすことができると思えるようになってきた。だから、この宇宙も、地球も、クリスタルも、木も、水も、人間もそれぞれが固有の波動を持つエネルギー。常に変化して、一時としても同じ状態ではない。だだ、これらのエネルギー間の結びつきの強さには差が生じる。特に人の思いが絡む時。エネルギー交換は全てのものの間に常に起きる現象です。それだけに間違えたエネルギー交換は時間・空間を超え存在し続けます。それだけに、この「間違えた!」に問題があるようです。それは、その時は気がつかなかった。という事実があり、その場で修正できなかった事実があるからだと。エネルギーは時間・空間を超えて存在するようです。だから、「癒し」ということができる・・へと繋がる。ただ、「間違えた!」エネルギー交換には、意識のみで是正できるものと、行動を伴わなければならないものとがあるようです。物質界にどれだけ実体をともなって現実化されているかによるようです。またさらには、社会的、道義的という顕在意識にどれだけ支配を受けるかにもよります。私は思うのですが、全ての人に与えられているのは、「選択権」・・・結果は別ものですが。どんなに未来が予測出来ても、その人の役があったとしても選らぶ瞬間だけはその人のもの。その結果どれだけの波紋を呼ぶかは知る由も無い。久々にこの仕事に携わるきっかけとなった感情がわいてきた。ハートというより第3チャクラの中にある自分が消えていく喪失感、否定される感情、嘆き。違うのは、「あ~~まだあったんだ~。 いまはじっくり感じておこう」と思えること。また、新しい始まりのために今は、内に向かおう。いつになるかは知れないが、もう間に合わないのかもしれないが、これも選択。自分が選択したことを受け入れ尊重しよう。まわりのすべては自分が作っている現実なら、きっと上手くいく。
2006.01.27
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よくカードや占星術で出てくる言葉ですよね。「慣れ親しんだもの、執着があるものを手放す事によって、より大きなものが手に入る・・・」よく使われるフレーズです。では、何をどこまで手放すか。手放すほうが楽なこともある。なぜ手放してはいけないものがあり、手放していいものがあるのか。エゴ?どこまでがエゴ? 明確な線引きができるのか?見えないものが強烈に手放す事を迫る。何もかも手放せと。 果たしてその先にまだ自分はあるのか。
2006.01.26
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実は、友人数人と、とある場所に協同で癒し関係の物販の店を出しませんかとの話が年末に舞い込んでいました。早速、物件を拝見して、「コレはステキだ~。こんなところでできるなんて!」しかも条件も格安で、うれし~~!!で、有頂天。さあ、忙しいゾ~。 アレを決めて、コレを決めて~。ところが、細かなことを詰めていきだすとアレ~~????最初と条件が違うところがある~?さらにさらに、つめると!伏兵が出てきて????この人だれ~~? なんでここにいてて 発言してるの~~?となってしまい、場のエネルギーも最初と全然違う!これは、私達と方向が違う!となって、この話はボツ!にしました。いい勉強させてもらいました。その場の主のエネルギーが、こうも影響を与え、それが現実を創りだすのか!ということ。人が集まれば、それぞれの思いに違いがでてくるのは必然ですが、向かうべき方向を共有できない場合、見かけは同じように見えてもそのエネルギーは決して沿う事は無く、互いに消し合うようです。笑えたのが、このエネルギーの変化を敏感に感じてイアコンタクトとっていたのが仲間だけで、先方は皆ポカ~~ン としてたことでした。
2006.01.18
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今日、ある方から今年の干支(えと)についてお話を聞く機会がありました。平成18年は、十干十二支(じっかんじゅうにし)でいえば「丙戌 ひのえいぬ」です。「丙 ひのえ」の「よこ一」は思いっきり伸びる陽の気を表し、下の「えんがまえ」は、かこいを表すので、要は、エネルギッシュな陽の気がだんだん内に入っていくことを表しているそうです。そこから盛んになったからといって有頂天になる事への戒めといえるそうです。また、「戌 いぬ」とは、「戊 つちのえ」に「一」を加えたもので、「茂」と同義語だそうです。木の枝葉が茂りすぎて日当たりが悪くなり、風通しが悪くなる様子を表しているとのこと。こうなると木が傷むので、思い切って剪定し、風通しをよくして、根固めをする必要がでてきます。つまり、丙戌の年は、いかに発展しても有頂天にはならず、足元を見つめ、余分なものに大鉈を振るい、基本を確認し大整理しなければならない年だそうです。昨年暮れからの、「今までのものが使えない、手放す、新たなもの、新たな関係を構築する、今までの延長線上にない自分の立ち位置」というメッセージを確認させられた話でした~。
2006.01.15
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ここ数日、混乱していた状況が鎮静化するにつれて強く感じるようになったのは、二つの時間軸を生きること。物質界の時間軸と非物質界の時間軸。その両方に同時に存在している事を認め、両方のバランスの元に存在していく事。さもなければ、片方から見た場合、その存在は希薄となり分離を招き、ついには、存在を否定される。常に同時に存在する事で、その存在は存在していると認識されるようだ。自分の中での二つの時間軸の統合こそが急務である。その為には、●●●●●●●だよな~。
2006.01.15
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今日は、今年始まって始めての満月。雨だけど、満月を感じたくて散歩にでた。いつものコース。今日は、朝からの雨でとても静かな日だった。いつものコースには大きな桜の木がある。その下を通り過ぎようとしたとき、桜の花の香にハッとした。そうか!もう準備は出来ているんだ!後はその時を待っているんだ!自分の中には、全てが準備されている。雪が・・・雨が・・・なんて、表面のことに惑わされている暇はない。じっとその時を待つ。今は次に繋げるために、今やるべきことをやるだけ。表面のことに惑わされている暇はない。
2006.01.14
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今すべき事は自分の役割をしっかりと認識し、行動に移すこと。全てが可能であること、ただその1点を信じて。信じるに足るものが存在してくれていることを信じて。その波動を心で受け止め、自分を解放する。やがて、全ては動き出す。さらなる高みをめざして。時間、空間を超え動き出す。
2006.01.12
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昨晩、久々に自分のためにクリスタルアライカードを引いた。1枚引きってやつです。普通は、5枚~で必要なだけ引くのですが、今日は今の状況が伝えるものという事で1枚引き。「ガーネッット」コレは、「繁栄・豊かさ・繁殖・大地のパワー・全てのニーズは満たされるという知識」のカードです。なんで?この状況が、ガーネットなの?もやもやを抱えながら疲れたな~。と思いお気に入りの塩風呂に入ることにしました。しばらくして、ふと気がつくと、こんなメッセージが届きました。「自分が信じているものの力と可能性を今の状況でも信じられますか?」「自分の中にある可能性を信じるということを、今も信じられますか?」「自分自身の価値を信じられますか?」「自分は常に何かが不足していると思っている だから求めるし、手に入らないのではと怖れる」「分離されている、分離される。 ことから来る不安と恐怖、不信。」神仏や天使、精霊は、決して私達を試されることは無いと聞いています。ただ、更なる変容のためには、過去世に正しいと思って決めたことや清算のために誓ったこと、永い転生でどれだけこのときを待ったのかと思うようなことが、今世実行されていても、もはやそれすら手放す必要があるという事のようです。では、自分は今どこにいてて、どこに向かうというのか?人生の豊かさとは、なんなのか?自分の潜在意識の予定にも無いもの。という事は・・・自分の想像の域を超えてしまってます。であるならば、残されたものは現実を受け入れることと願いの思いだけ。自分の感情を清算し、純粋に願い、祈り、そしてゆだねる。「人間」=人と人との間に生きるもの。 このことを継続しながら螺旋を上へ上へと上ることを求められるなかな~。
2006.01.12
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知人の方が、5日に京都 亀岡にある出雲大神宮にお参りに行かれ、本殿うらの岩くらを写されるとこんなにたくさんのオーブ(たまゆら)が写ったということで送っていただきました。昨日、私にとって大きなハードルがやってきました。このハードルが何を意味するものなのか今のところよく解りません。やっと、ほっと出きる状況が出てきたと思うのもつかの間、砂上の楼閣のように崩れ去ろうとしています。一人では出来ないのに、一人で進むことを強いられるのでしょうか。まだまだ、孤独や寂しさを学ぶ必要があるのでしょうか。そこへ自分で愛を注ぎ、癒すことを学ばなければならないのでしょうか。
2006.01.11
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素晴らしい!氏神様での初みくじ。ちなみに氏神様は“なぎの宮”別名元祇園さん。その名の通り 京都で 祇園さんと呼ばれる八坂神社の元々の神社です。神様は赤穂から勧進された神様で、都で疫病は流行したさいにお出でいただいた神様だそうです。当時、この当たり一帯は“なぎ”という植物の林だったようで、そこから“なぎの宮”と呼ばれているようです。で!肝心のおみくじはというと。ズハリ!第二十五番 「凶」「人のため善と思ひてなすことも 悪きとなれることを思ひて」とても、諭し深いみくじでした。やはり自分の感情から自由になる事が肝心のようですね。
2006.01.03
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携帯でしたので、画面が小さくてすみません。これは、滋賀県の和爾町の山腹で 出会ったお初レインボーです。あけまして おめでとうございます。今年も、宜しくお願いいたします。今年は、元旦そうそう、“ヒーリング”について考えさせられる1年のスタートとなりました。それは、ある宗教団体のトップの方がヒーリングされている現場に偶然、立ち合わせて頂いたことです。その方は、教団規模としては全国で中堅クラスの信者さんをまとめられている方で、通常ヒーリングは公にはされておらず、御利益信仰の問題点を良く取り上げてもおられます。しかし、信者さんの中でどうしてもヒーリングを必要と感じられる方がおられると、1会場3000人ぐらい いらっしゃる中から目ざとく見つけ出し、すぐさま始められるようです。でも、その方が必要と判断される方だけなので、決してせがんでも受け付けていただけないとのことでした。状況はこうでした。その女性の方は、50歳代後半ぐらい、多分脳に損傷があって両足、右手が麻痺されているようで、杖を使いかろうじて歩けるようでした。特に右足、右手の麻痺はひどく、足は引きずる感じでしたし、右手は指の自由も利きにくいようでした。その方に対し、約10分ほど背中、腰、肩、首の前後ろを丹念にしかもゴシゴシ扱くようにマッサージ風に手を動かし、あるときは腰に手を回し抱き上げ、あるときは、お姫様だっこされました。そして、片方ずつ足上げ、肩まわしを告げてその女性にするよう促されました。するとどうでしょう。すぐさま、足は太ももが腰の位置まで上がるし、腕はぐるぐる回せるし、右手の指も動くではありませんか。これほど素早く結果が出たのを見るのは初めてでした。私も、仕事がら何がおきているのか必死で感じてみました。そして、伝わってきたものは、単にエネルギーが強いとか、宇宙と繋がっているとかではなく、(もちろんこれらは、必要不可欠・最低限のことのようです)とてつもない大きな“慈愛”その方の真我との対話のエネルギーでした。その方の真我は決してどこかに損傷を受けているわけではないのですが、顕在意識は肉体が動かないと言う事を間違えて記録してしまっているように感じました。そこで行われたヒーリングは、その女性の方が顕在意識で作り出している枠組み(パラダイム)を、真我と意識と肉体を結びつけるために壊すことにあったようです。まさにこれは、ヒーリングというよりあえて“癒し”と呼ばせていただきたいと思うほど感銘的でした。ものの本によりますと、「人は自ら自分に枠をはめて苦しがる動物」のように書いてありました。まさしく、言えているな~。自分の感情からいかに自由になるか。とてもおおきなお年玉を頂いた気分でした。奥が深いな~~~~。
2006.01.02
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