心遣いのチーズケーキ


 気になる記事があったら、すぐに切りとっておくまでは良いのだけれども、その存在をすぐに忘れてしまう。だから、こういうことが、ままある。

 内容は、とある洋菓子屋さんのインタビュー記事。私自身、その洋菓子屋さんのお菓子は好きだし、そこの社長さんが好きだ。
 一応、面識はある。いつお会いしても、すごく陽気で、それでいて気を使って頂いたり、ヒントになる事をおっしゃったりで、すごく尊敬している。
 最後にお会いした時に、「いつでも遊びにおいで」とおっしゃってくれたが、きっと遊びに行ったら、「どちらさまで?」と言われるだろう。忙しい方だし、私のような若輩なんて、周りにざらにいるので、そんなものだ。

 さて、その内容だが、「ものづくり」の精神の基本が書かれているような気がした。なにより、「お客さまの喜ぶ顔がみたいから」という気持が溢れているのが、とても清々しい。

 私の師匠が、その洋菓子屋さんの社長さんとお友達だった縁もあって、面識があるわけだが、私の師匠から、聞いたエピソードが、とても心に残っている。


 私の師匠がお店をはじめた時、それはもう、散々なスタートだった。立地は良くないし、集まってくるスタッフも、これがまた大変な人たちで、師匠は頭を抱えていた。
 開店して半年ぐらいしたある日、洋菓子屋の社長が、お店にやってきたらしい。

「ちょっと、うちの店のオーブンが壊れててな。ちょっと悪いんやけど、オーブン、貸してくれへんやろか?」

 師匠はなにがなんだかわからないうちに、了解をだし、その社長はそそくさと、何かを作りはじめる準備をし始めた。
 それは、一口サイズのチーズケーキだった。
 もちろん、師匠に社長はなにか言う訳でもなく、世間話をしながら、チーズケーキを作っていった。 
 師匠は、職人なので、もちろん、その作業はすべて、横で手伝いながら、見ていて、作り方は自然と頭に入った。
 全ての作業が終わり、チーズケーキは焼き上がった。

「ほな、ありがとさん。助かったわ。じゃ、がんばってな。」

 そういって、社長は帰っていった。
 師匠はキツネにつままれたような気分だった。
 社長のお店のオーブンが壊れたから、うちに借りに来た?近くに他のお店もあるのに?チーズケーキ?

 師匠は、永年の付き合いから、ピンと来た。これは、社長が「チーズケーキを作ってみたら、どうや?」と、提案しているのだ、と。実際、社長のお店のオーブンは壊れてはいなかった。社長は、チーズケーキの技術をたずさえて、師匠の所に、励ましに来ていたのだ。

 私の師匠は、プライドの高い人である。そういった師匠に、「チーズケーキなんてやってみたらどうや?」なんて言っても、「うちはパン屋やからなぁ」とかわされるに決まっている。そこを、社長は師匠のプライドを尊重しながら、自らの手の内を全て見せて、師匠を励ましていたのだ。

 この社長の、こういった心遣いの話は、まだまだたくさんある。私は、自分の師匠から聞いた、この話を初めて聞いた時、「本当にすごい人だ」と社長の事を思った。

 人と人との心の通わせ方は様々だが、職人同士の心の通わせ方の、いちばん美しい形をまざまざと表す、心にしみいる話だった。


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