雪香楼箚記

秋(1)_七夕の






                                      藤原俊成
       七夕の門渡る舟の梶の葉にいく秋書きつ露のたまづさ










 門は「と」と読みます。家の出入り口のことではなく、川や海の流れが穏やかで、舟の渡りやすいところのこと。航路そのものを言うこともあります。瀬戸の「と」ですね。たまづさ、は、文章、転じて手紙を意味します。彦星が織姫に逢いにゆくために天の川を漕ぎわたってゆく舟の舵、その梶におりる露のように、わたしはどれほどの秋ごとに梶の葉に書きつづけたことであろう、露でつづるはかない手紙を、が一首の意味。

 愛媛でいちばん都市的な街はどこか? こんな質問があるとすれば、おそらく大方の人は松山を押すのでしょうが、ぼくとしては、宇和島を挙げたい。行ってみればわかりますが、宇和島のほうが趣味と伝統の面で松山よりずっと洗練されています。理由はたくさん挙げることができますが、例えばそのひとつが七夕。

 ぼくも本で読んだだけなのですが、まず、竹に短冊をつるすというのはほかの地方といっしょらしい。ところが、その短冊になにを書くかが大いにちがうのですね。芋の葉の露でかどうかはちょっとわからないのですが、筆で和歌を、しかも古歌を書くのだというのです。お願いごとではなくて。いちばんよく書かれるのがこの俊成の歌だそうで、まことに雅なことですが、さらにすごいのは、桶や盥に水を汲んで星をうつすという風習まで残っているという点。実はこれ、まことに由緒正しい七夕の行事でして、新古今時代の貴族たちは、まさしく七夕の宵におなじことをしていたのです。現在でも冷泉家(定家の子孫の一派が興した家で現在まで続いている公家華族)では、七月七日に盥の水に星影をうつし、この俊成の歌を書いた梶の葉を一枚浮かべているのだとか。でも、どちらかというと、祖先崇拝(俊成はむろん定家の父親ですから)が混ざってしまった冷泉家の七夕より、宇和島のそれのほうが平安の遺風をとどめていて、さらに古雅な感じがすると思いませんか?(ちなみに、この宇和島の七夕は、丸谷才一の『笹まくら』という小説のなかにちょっとだけ出てきます。戦後文学を代表する傑作。)

 都市というのは、こういうことが大事なんですね。あまり実際の生活には関係のない行事をきっちりと守っている。そして、その裏側にはその都市に暮らしてきた人々の伝統があって、そこから安定した趣味が養われてゆく……(例えば、短冊に俊成の歌を書きつづける宇和島の人は、和歌に対する趣味が自然に養われるのではないでしょうか?)。これが、都市の文化、あるいは文明というものであって、伝統のない都市、伝統の断絶した都市というものは本来ならあり得ない。宇和島の人が代々俊成の歌で七夕をするように、ロンドンっ子はパブとクラブのあの古くささを守りつづけ、パリジャンは古い市街を壊そうとせず、ニューヨーカーは母親のウエディングドレスを使って結婚式をする。「粋というのはなにかをすることではない。なにかをしないことだ」という名言がありますが、なにかをせずに伝統や習慣や風俗を守りつづけるところにしか都市はないのです。

 宇和島や冷泉家の七夕の話でも解ると思いますが、この俊成の歌は、七夕の歌といえば「いく秋書きつ」の歌というくらいに有名なもの。万葉集以来、ほとんど無数にあると言っていい七夕の歌を代表する名歌です。なにしろ、各勅撰集のなかで、巻四秋歌上の花形ともいうべき歌題が七夕なのですから、その名歌ぶりも想像がつくとは思うのですが、あらためて俊成の技量を見せつけられる思いがします。

 七夕というのは、もとは中国起源の伝説でして(そもそも古代の日本人は星にはとても無関心で、例えば星の名前で漢語でないものは「すばる」くらいしかありません。あとは太白星―金星―とか、斗星―北斗七星―とか、みんな漢文にあるもので間に合わせています。星を見る、という行為そのものが中国から伝わってきたものなのです)、万葉集に詠まれているのは、漢詩で七夕を詠んだものがあるのを見つけた知識人たちが、「じゃあ、和歌でもやってみよう」と考えて作った作品なのです。─ただ、その定着度はすばらしいもので、織女が機織り信仰と結びついたこともあって(古代の日本では、通貨の代わりに布を用いたほど機織りは重要な産業でしたので、当然のことながら、女性であればだれしもうまく機を織りたいという願いがあったのです)、平安時代以降多くの歌人が和歌のなかで詠んできました。ことに、織姫と彦星は年に一度しか逢えない、というのが、当時の妻問婚の風習に重ねあわされ、季節の風俗を詠みながら恋の歌にもなるという、いかにも王朝和歌らしい歌題として、人々から珍重されたのでしょう。星と星が逢う、ということから、星逢い、という言葉も生れました。

 中国では、彦星は牽牛というくらいですから、牛飼いなのですが、日本には牧童という職業そのものがないので、この面はあまり強調されませんでした。このように、中国と日本の七夕ではずいぶんちがっている点もあります。例えば、中国の説話には、彦星が織女のもとにゆくために、年に一度だけ、鵲という鳥が並んで天の川に橋をかけてくれる、ということになっているのですが(これを烏鵲の橋といいます。和歌では羽がいの橋)、日本の歌人たちは、このほかに、俊成の歌のように舟で天の川を渡るという話を作って、むしろこちらのほうで詠まれた歌が多いくらいです。また、星と星が逢うことで、天の川が両方から押され、水がこぼれて降るのが秋雨になる、とか、織姫はもとは天女で、天の羽衣を彦星に隠されてしまったため天に帰れなくなって……、という天の羽衣伝説を加味したものや、とにかく民間伝説まで合わせると膨大な量の七夕伝説があります。それだけ人気のあった説話であり、行事であったわけなのでしょう。

 さて、俊成の歌に戻りましょう。歌としては比較的に素直な詠み口で、しかし艶麗な印象がよく出ていて、いかにも俊成らしい作品です。一首の中心はやはり梶の掛詞で、これは

                            上総乳母
  天の川門渡る舟の梶の葉に思ふことをも書きつくるかな

という後拾遺集の歌を本歌にしています。この本歌のほうは、舟の舵と木の梶を単純に掛けただけで、まあ言葉遊びの域を出ないようなものですが、さすがに俊成はそこにひと工夫があります。梶の葉に露で手紙を書きました、という表現の下に、梶の葉に露が降りている、という情景がイメージできる仕掛けが隠されています。歌を作るときの実際の手順としては逆(つまり「たまづさ」が先にあって、次に実際の梶の葉をイメージした)なのでしょうが、まず、梶の葉の露という情景があって、それを暗喩的に表現して出てきたのが「いく秋書きつ露のたまづさ」という句であるような印象さえ、読者に与えるのがさすがに秀逸。本歌では単に、紙の代りに梶の葉を使ったという、それだけだった歌が、これでずいぶん手の込んだ、しかも自然なものになっています。言葉から言葉を生み、文学から文学を作りだす、というのは、文芸のいちばん正統なあり方で、事実から文学を作るというのは、所詮それに次ぐものでしかないのですが(俊成は「源氏物語を読まないような歌人はダメだ」と言っていますが、それはこの間の事情をよく伝えています)、この俊成の歌のすごいところは、そうした正統な位置に座しながら、しかも事実を描写したようなリアリティーと生々しさを読者に感じさせる点です。言葉の世界に深沈として沈み、深く言葉を愛し、執する人であればこそ、それが可能だったのではないでしょうか?

 七夕の、というのは、もちろん彦星を意味する言葉ではありません。この伝説と行事をひとくくりにして総称する言葉であり、ここの「の」は主格の「の」(彦星が、の「が」にあたる「の」)ではおそらくなく、連体修飾格の「の」(「の」の上下の名詞をくっつける働きをする)でしょう。つまり、七夕の門、でいちど軽く切れて、渡る舟、と続くはず。七夕の夜に彦星が通いつづけてきた天の川の門、というところを、七夕の門、と思い切って略したものなのです。

 ここの言葉の使い方、すばらしいですね。言葉の使い方、というと、いかに語彙を豊富にして、人の知らないような言葉をちりばめるか、というような意味にとらえる人が多いのですが、決してそうではないのです。言葉が道具である以上、硯の収集家と字の上手な人が必ずしも一致しないように、めずらしい道具、いい道具をたくさん揃えていれば、それがそのまま、そうした道具を上手に使えることにはならないのです、残念ながら。むしろ、言葉の使い方の上手下手とは、ある文脈、文体のなかで、どの言葉がいちばん相応しいかを見極め、ひとつの文章のなかでごくありきたりな言葉を生き生きと効果的に用いたり、めったに見かけないような言葉をだれにでも理解できるような口調で使ったり、そういうふうな技術の巧拙のことを言うのです。手持ちの言葉を増やすことも大切ですが、それをどう生かすかのほうが、言葉を使ううえではさらに大切なのでして、それが、たとえばこの俊成の歌の場合、みごとに成功している。

 七夕の門、という、思い切った省略の内側にあるものは、俊成の見た詩情なのです。ひと年にいちどだけ、女のもとに通うことを許された男が、毎年渡ってゆく天上の川の船路。秋の夕暮に、ひとりこころ急ぎながら小舟を漕ぐ男のうしろ姿。櫓の単調な、もの悲しいような、響きが繰りかえされ、焼けつくようにあせる恋心と、それに逆うような船足の遅さが、歌人の心のなかでないまぜになったとき、その情景をひとことで言いつくすための言葉として、この句が生れたのではないでしょうか? 省略は、必ずしも、イメージを削ることではないのです。むしろ、必要な言葉を残して、ぎりぎりまで削りつくした表現のなかから、より豊かなイメージを生みだすことにつながるのです。

 さて、梶の葉で書いた手紙はいったいどんな手紙だったのでしょう? これは、いうまでもなく、恋文ですね。織姫が彦星にわたした恋文。なぜ、それが解るのかといえば、「秋書きつ」と言っているからです。ここは、掛詞というほどのものではないのですが、軽い、言葉の相似から出てくるイメージのようなものは意図されています。秋、と、飽き。恋歌の常套的な掛詞ですね。そして、これは、たいがいの場合、女歌で用いられるものと決っている。だから、これは織姫の立場で俊成が詠んだ歌なのです。もちろん、梶の葉の手紙には、「あなたはもう、この恋に飽きてしまったのではありませんか?」という恨み言の歌が記してあるのでしょう。

 この、下の句に入るところで、俊成は視点を動かしているのですね。上の句はいうまでもなく、一年ぶりに通ってくる彦星を中心にして展開されている。ところが、それが下の句に入るところで一転して、今度は織姫をめぐる情景に視点が移っているのです。それも、ここは、例えば、天の川を渡る彦星、それを迎えた織姫、といったように、時間や、話の展開に添った順番で視点を移動させているのではありません。彦星を描く上の句と、織姫を詠んだ下の句は、ほとんど同時に別々の場所で展開されているふたつの情景を、それぞれ切りとっているのにすぎないのです。つまりこれは、映画のフラッシュ・バックに似た手法で、やってくる男、待っている女、の映像を交互に重ねて、躍動感のある話の展開と、緊張した「時間」の構成をねらっているのです。しかも、映画よりいっそう手がこんでいるのは、そのふたつのカットをつなぐための小道具として、「梶」という言葉を用いている。つまり、ばらばらな情景を重ねながら、それを貫く話の流れと、それを連ねるための小道具を用意して、読者を自然に歌の世界に引きこんでいるのです。

 いく秋、というのは、いくつの秋を、ということ。つまり、幾年をということですが、ここは、幾年を、としてはどうにもならないでしょう。なぜなら、この言葉を中心にして織姫は過ぎ去った年月を思い出しているのです。思い出し、それに懐旧の情を覚えるためにはなんらかのきっかけがなければならない。具体的には、過ぎ去った年をはかるための指標がなければならないわけです。例えば、

                            式子内親王
  はかなくて過ぎにしかたをかぞふれば花にもの思ふ春ぞ経にける

という式子内親王の歌ならば、これは、花を見て、それをきっかけにして、過ぎ去った年への思いを新たにしているのです。私は今ここで花を見ている。去年の今ごろも、その前の年の今ごろも、その前の年の今ごろも、花を見た。そう思うとなんと多くの年を重ねてきたことであろう……。この俊成の歌ならば、それにあたるのが七夕であり、七月七日、つまり、年に一度恋人の訪れる日なのです。だからこそ、秋を基準として、重ねつづけてきた年月を数えることになる。また一年が経ったのか、と。そしてそれは、恋しさを数える詠嘆でもあります。

 そういう、大切な一言に、さりげなく「飽き」という言葉の面影をしのばせている。ここらあたりが俊成の心憎いところです。おそらく、織姫は、というより、女は、男の心を疑わねばならなくなるような状況に置かれながらも、しかし、去りあえぬ恋心を抱いて、苦しみながらまた一年を送ったのでしょう。あるいは、去年まで、七夕の宵には必ず来てはくれたが、もしかすると今年はそうでないかもしれない。今年こそ心変りしたかもしれない、そう思っているのかもしれない。─それはなにも、この歌が七夕の歌だから、あるいは、妻問婚の時代に詠まれた歌だから、ということではないのだと思います。いつの時代でも、人を愛しく思う心は、人の心というあやふやな対象を前にして、どんなに確実な証拠があろうとも、ゆらぎ、疑い、不安にさいなまれねばならないものなのでしょう。俊成は、七夕というものが、非常に特殊な恋の物語でありながら(だって、もとは中国の話だし、なにしろ伝説ですからね)、しかしまた一方で、その奥にあるものは、自分たちが知っている恋の苦しさやはかなさ、そして喜びとなんら変るものではないということをよく知っていたのでしょう。この歌は、たしかに、個別的な恋の歌です。ここには、織姫と彦星という固有名詞がある。しかし、同時に、そうした個別性を抜けだした、普遍的な恋の姿が、ここには描かれているのではないでしょうか?

 恋文をしるした露は、あるいははかない恋に流した涙かもしれません。けれども、その涙の主を織姫とする必要はない。それは、織姫の涙であり、あなたの涙でもあるのです。


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