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アンスカ国文学会


2006年12月18日
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 明治といふのはいつたい何だつたのであらうか。我々はいまだにこの問ひに対して正確な答へを出し得てゐない。それは輝しい日本近代化の黎明であり、同時に侵略戦争と帝国主義への第一歩であつたし、漱石といふ西欧近代小説の骨法を取入れた文学的出発でありつつも、一方で自然主義ふう私小説といふ日本独自の文学形態が歩き出した瞬間であつた。光と影が交錯し、その境界線があまりにも曖昧な時代。我々の生きる現代へと直截に繋りつつもはつきりとした形を捉へがたい過去。明治は常に不鮮明なまま置き去りにされてきたし、さうすることによつて我々は自分たちの過去を振返るといふ勇気をしまつたままにしてきたのである。左翼たちには光の部分を評価する勇気が、右翼たちには影の部分を評価する勇気がないままに、彼らは主義主張によつて明治を考へてきた。しかしさうして得られた答へは正しいのだらうか。
 このやうななかで司馬遼太郎の描いてきた維新と明治初期の風景は多くの国民に受入れられた。なぜならば彼はその小説のなかで、明治の二面性を余すところなく書きつくしたからである。例へば『坂の上の雲』における主人公たちの昂然の意気と内面の悔い。彼らと明治といふ時代性が重ね合はされてゐるこの小説において、それらふたつは暗喩的にこの時代の明暗両面を表してゐるのだ。
 あるいは世の人は、司馬遼太郎といふのは当時はやりだつた左翼史観(自由主義史観のひとは自虐史観なんて言ふらしい。これはちよつと言ひ過ぎだらうな)に反旗を翻して「偉大なる明治」を描いたのだと言ふかもしれないが、それは必ずしも正しくないだらう。『「明治」という国家』を読めば判るのだが、彼は確かに明治の偉大さを言つてはゐるものの、その力点は西園寺公望が被差別部落から嫁を貰ひたいと言つた挿話や副島種臣と大江卓らによるアロー号事件のほうにあつて、日露戦争の勝利とそののちの日比谷事件や日韓併合については積極的に嫌悪の情を表してゐる。そこにあるのは、自由と平等、独立自助の精神、人間としての規律といつた明治への賛美と、十五年戦争へとつながる愚行に代表される明治への軽蔑にほかならない。彼は単純に偉大な明治を賛美してゐたわけではなくて、その裏側に潜む影の部分を鋭くそして優雅な手つきでゑぐり出しつつ、あの時代が持つてゐたすべてのものを描いたのだ。そしてそれは『坂の上の雲』を青春小説として、心の奥底でささやかな悔いを感じつつ生きてゐる青春群像の物語として読むとき、さらに分明になるだらう。例へば秋山真之を見るがよい。あれほど鋭敏な頭脳の持ち主であつたはずのこの男が、日露戦争後は神秘主義と宗教に溺れ、半ば狂つたやうな有様で死んでゆく。さう、まるで一九〇五年以降冷静な合理主義を放棄してゆく日本軍のやうに。そこに明治といふ時代の影がある。彼の前半生におけるあの昂然の意気、青春の輝しさといふ光の部分とはまつたく逆の。
 ひとつの時代をまるごと捉へる力量とそれを三人の若者といふ一点に集約する才能によつて、司馬遼太郎は明治なる時代への評価を下した。拙速ながらも何とか成し遂げた近代化とその理想主義的な革命精神への愛着。そして、生れゆく帝国主義への反省。この小説においてはそれらふたつの明治が混然となり、巨大な奔流を形作りながら流れてゆく。好古を、真之を、子規を、あるいは児玉源太郎を、乃木希典を、東郷平八郎を飲みこみながら。彼ら明治のひとびとは坂の上の雲といふ希望に満ちた家の将来像を眺めながら近代化への坂道を一気に駆け上つた。しかし足下を見つめないままに登りきつた坂の上に待ち構へてゐたのは希望などではなく、帝国主義といふ名の泥沼だつたのである。それが『坂の上の雲』における司馬遼太郎の明治観にほかならない。
 そして彼のこのやうな明治観が広く大衆に支持されたことは非常に興味深いと言はねばならないであらう。左翼ふうの全否定でも右翼ふうの全肯定でもなく、可は可、否は否とした態度こそが我々の望んでゐるものであり、もつとも受入れられやすい考へ方であるといふことになるからである。さう、「あれはいちがいに良いとも悪いとも言へない時代だつた」といふ明治観こそ、中村草田男があの俳句のなかで無意識のうちに投げかけ、司馬遼太郎が『坂の上の雲』によつて描きつくしたものにほかならない。そしてそこにはいつもいくばくかの懐しさ、郷愁が伴はれてゐるだ。
 私は先にこの小説を三人の男たちの青春を描いたものだと言つた。しかし今やそれを言ひ直さねばならない。光を影の両面を持つがゆゑに郷愁を誘ふものを青春と名づけるならば『坂の上の雲』には四つ目の青春がある。明治といふ名の日本の青春時代が。





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最終更新日  2006年12月18日 09時11分14秒
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